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7節 言葉足らずのピラミッド、糖分過多なドーナツと装飾過剰なポップミュージック

7節 言葉足らずのピラミッド、糖分過多なドーナツと装飾過剰なポップミュージック


 結論から言えば、麻生瞳に関するデータは全て改竄され、閲覧不能になっていた。

とはいえ、手がかりが全くなかったという訳でもなかった。むしろ、手がかりは意図的に残されていた。

 まず、彼女の姿が捉えられていたであろう監視カメラの映像には、全てポッピン・ドーナツのコマーシャル映像が上書きされていた。ポッピン・ドーナツ、通称ポンドは、東都で今若者に一番人気のドーナツショップである。「あんなモノを食べちゃダメだ」と親や教師に言われれば言われるほどに食べたくなるのが若者の性で、要するにポンドのドーナツは東都で最も甘い物のひとつなのである。

 コマーシャル映像は東都民であれば誰もが皆、一度は観たことのあるものである。画面全体がイエローで、ピンク色の砂糖がかかったドーナツがあちらこちらで大きくなったり小さくなったりしていて、画面の中央で人気No.1アイドルの“あいちん”が歌ったり踊ったりしている例のCMである。

 通話履歴などの音声データにはすべてポンドのCMソング「恋するポッピン・ドーナツ」が上書きされていた。「あなたと私は恋のポンド♪きらめく心はドーナツてるの♪前髪ポッピン、ポッピンドーナツ♪」という例のアレである。

 麻生瞳に関するwikiにはポンドの頁がペーストされていた。おかげさまで、元々は中華料理店を営んでいた創業者が店頭で売り出した肉まんが今のポンドの原型になったという事実を、計介は今回初めて知ることになったのである。

 結論、麻生瞳に関するデータは全てポッピン・ドーナツで埋め尽くされていた。

 それは過去16年分に及ぶ膨大な量のデータ改竄であった。彼女の誕生以来の全データに細工がされたということは容易に想像できた。そのような仕事を視た時に、計介は事件・事故、つまりは“誘拐”に類する可能性を全て却下した。

 これは“イタズラ”だ。

 直感でそう判断した。

 性質が悪く、そして極めて優秀な悪戯である。

 第一級秘匿事項に関する内容に手を加えられるような人間を、計介は片手で数えられるほどしか思い浮かべることができなかったし、さらに過去16年分のデータ全てとなるともうお手上げである。

 そして何より重大なのは、改竄の事実をジャンヌが認識していなかった点である。計介はパンドラボックスから帰還してすぐにジャンヌ本人に確認したのだが、ジャンヌはこのような改竄が行われていたことを把握しておらず、また改竄が行われた結果を認識しても、その実体を正確に理解することはできない様子であった。

 さらに悪いことに、ジャンヌは麻生瞳の容姿に関する記憶を失っていた。それはそうだ。ジャンヌは情報の集合体を記憶のベースとしているのだから、情報そのものを書き換えられてしまえば、現在所持している記憶そのものが書き換わってしまうのである。したがって、麻生瞳の所在を探ろうとしても、ジャンヌに“だけ”は見つけられないということになった。

 ジャンヌに気取られずにパンドラボックスに侵入し、第一級秘匿事項を改竄し、その痕跡すら残さず、結果も認識させない。そのような所業をやってのける人物こそが“麻生瞳”であると計介は理解した。

 どうやら今回の話は、世間知らずの箱入り娘がトラブルに巻き込まれたのではなく、我々の理解を越えた世間知らずの天才少女が自身で巻き起こしたトラブルだったということのようだ。

 もしかしたらこの推理は間違っているのかもしれない。本当は誘拐なのかもしれない。しかし計介には妙な確信があった。そしてその確信は、意図的に誘発されたものなのかもしれなかった。

 この時点で大分降りたくなっていた計介であったが、日比谷からの直接の依頼であるし、何より麻生首相が絡んでいる時点でもうどうすることもできなかった。どうすることもできないというか、もうどうにかしなくてはならなかった。乗りかかった船というか、既に計介は指定席に座り、船は港を出てしまっていた。

 そこで計介は、麻生瞳の所在を突き止めることに渋々ながら熱心に取り組むことにした。後ろを見ながら前向きに、消極的な姿勢で積極的に、それが時宮計介という人間なのである。

 彼女の足取りを掴むために今取れる方法は2つ。

 ひとつは、優秀な技術者に依頼して改竄されたデータを修復してもらう方法。

 もうひとつは、アナログな探偵的手法で地道に足取りを辿る方法である。

 計介は、いよいよ日比谷の言った通りになりそうだと思ってため息をついた。

 しかしながら、あのジジイのドヤ顏を正面から受けねばならぬ未来を回避し、穏やかなる日常へと舞い戻ることを理想的な最終目的と設定すべく、計介は上記2通りの方法を同時に遂行することに決めた。

 一度決めたら実行あるのみ。計介は他人が思うよりもサッパリとした人間性を兼ね備えているのが秘かな自慢なのである。

 そこからの計介の行動は素早かった。出掛ける支度をしながらジャンヌに今回の事件に関与できる人物を洗い出してもらい、各方面への根回しを依頼した。そして計介が服を着終え、腕時計を巻き、スマートフォンを上着の内ポケットに仕舞って、水平線を眺めながら炭酸水を口に含み、妙に格好をつけて家を出るまでの間に、ジャンヌは全ての仕事を終えた。

 マンションのエレベーターで地下駐車場まで降りると、ALEXUSが自動走行で迎えに来る。マイカーに乗り込みアクセルを踏み込むと、計介はある人物に電話をかける。今回の件に関与でき、麻生瞳の存在及び容姿を知っていて、ITに滅法強い人物。そんな都合の良い人材がいるのかと一笑に付したくもなるが、内閣情報局次長兼アクセサ協会東都支部長である鈴木礼次を知る者は、俄かに納得することであろう。

スロープを上がって地上に出た所で、鈴木と回線が繋がった。

 「ジャンヌから大体のことは聞いていますよぉ。時宮君も相変わらず奇妙な仕事ばかり引き受けていますねぇ。でもその好奇心、多少のカタルシスを感じずにはいられませんねぇ、私としてはねぇ」

 鈴木のねっとりとした声が頭の中に纏わり付く。

 計介は好奇心が旺盛な訳でもお人よしな訳でも自ら進んで変な仕事ばかりしている訳でも鈴木と同類な訳でもなかったが、良い返事が思い浮かばなかったのでとりあえず無視して話を進めることにした。

 「データはご覧頂けましたか?」

「うん、大体何となくで見ましたよぉ。ドーナツ、最近食べていませんねぇ」

「どう思いました?」

「そうですねぇ、いかにも瞳ちゃんらしいなぁと思いましたよぉ」

「どういった人物なんですか?麻生瞳というのは」

 通勤ラッシュで割合に混雑した湾岸線を新都心方面へと向かう。綺麗な隊列を組んで並ぶ自動車群は、自動運転で完全に制御されており、計介以外のドライバーは皆、タブレットで仕事をしたり、モニターに映るニュース映像を眺めたり、朝ご飯を食べたりしながら優雅に過ごしている。それでも全ての自動車は80km/h以上のスピードで走行している。

 そのような自動車群の中を、計介は細かく割り込み信号を出して他の自動車に搭載されたAIに介入しながら縫うようにすり抜けていく。通常の自動車にそのような機能は搭載されていない。アクセサの特権である。

 「ひとことで言えば、“天才”ですねぇ」

「そうでしょうね」

 鈴木の口からは、計介が既に抱いた印象以上の情報はもたらされなかった。

 「時宮君も天才ですけどねぇ、瞳ちゃんのそれはちょっと次元が違いますよぉ」

「その次元とやらの違う天才の施した改竄を修復できますか」

「できませんねぇ」

 想定の範囲内であった。

 「それは“完全には”という意味だと解釈して良いですか?」

「もちろん、そう思ってもらって良いんですよぉ。私にもねぇ、おじさんの意地というものがありますからねぇ」

「僕からのお願いはひとつだけです」

「ほほう?当ててみせましょうかぁ?」

「結構です。改竄された防犯カメラ映像の撮影日時と設置箇所だけ修復しておいて下さい」

「そのお願いが2つなのか1つなのかという議論はさて置きですねぇ、そう言うと思ってもうやってありますよぉ」

 さすがか、と計介は思った。想定の範囲内であった。

 計介は車を自動走行モードに切り替え、目的地をポッピン・ドーナツ新都心本店に設定した。このまま行けば、11分52.198秒後に到着する予定である。

 「16年分のデータですからねぇ、時宮君の脳なら耐えられると思いますけどねぇ、もし今運転中ならねぇ、変な意地を張らずにねぇ、自動走行に切り替えた方が良いですよぉ」

「どうぞ」

「そういえばですねぇ」

「何ですか?」

「瞳ちゃんですけどねぇ」

「美人なんですか?」

「いえいえ~」

「ブスなんですか?」

「ギョッとするほどのねぇ、美少女ですよぉ~」

 だから何なんだ、と計介は思った。

 しかし自身が無意識的に面食いであり、相手の容姿によって態度に変化が生じることを、計介は他人が思っている程には正確に理解していなかった。

 「では、送信!ですよぉ~」

 来た、と思った瞬間には既にブラックアウトしている。

 ギリギリ保った意識感覚に、いくつもの“同じ”画面が洪水のように襲い掛かってくる。

 イエロー、ピンク、ドーナツ、アイドル、イエロー、ピンク、ドーナツ、アイドル、イエロー、ピンク、ドーナツ、アイドル、その繰り返し。

 計介は、微かしか残っていない感覚を頼りに、暗闇の中に自身の右手を探した。

 認識の縁から脳の中心目がけて、「恋するポッピン・ドーナツ」が幾重にも折り重なって攻撃を仕掛けてくる。吐いたら後が面倒だと、計介は丹田かもしれない場所に力を込める。

 分散した意識のどれかが、右手の存在に行き当たる。かろうじて動かせることが分かると、計介は右手をゆっくりと、しかし素早く身体の左側であろう場所まで動かし、左手首に巻かれた腕時計だと思われる物体に触れた。

 はっきり言って、全ては勘の世界であった。しかし勘だけで生きてきた。

 腕時計の両脇のスイッチだろうと思われる物体を押すと、瞬間的に意識感覚の背景色が亀ゼリー的なものから杏仁豆腐的なものに切り替わった。ひとまず成功である。

 ここまで来たらあとは穏やかに処理が終わるのを待つだけである。

 遮るものの無い脳の中で、画面が時系列順に並んでいく。と同時に所在地がマッピングされていく。生まれてから現在までの、麻生瞳の行動が、大枠の歴史として記述されていく。何を行い、何を語ったかは分からずとも、所在地には目的が記され、時刻には営みが隠されている。

 お前はそういう人間か、と計介が思った時には、車は目的地に到着していた。

 ゆっくりと瞼を開いて窓の外を見ると、新都心の繁華街の中心、ポッピン・ドーナツ新都心本店が在るはずの場所には、店舗ビルの代わりに巨大なピラミッドが鎮座していた。

 ピラミッドのてっぺんには、巨大なドーナツが宙に浮いてゆっくりと回転している。

 繁華街はそれなりに賑わっているものの、通行人は誰一人としてピラミッドを気に留める様子もない。

 誰かにこの状況を説明して欲しかったが、最も良く理解しているのは計介自身であった。

 いっそのことこのまま帰ってやろうかとも思ったが、そういえばまだ朝食をとっていなかったことを思い出し、ドーナツでも食おうかな、ということにして計介は車を降りた。


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