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6節 庭木の上に直接空の青色

6節 庭木の上に直接空の青色


 結城君と並んで廊下を歩いていると、生徒会室から四谷君が出てきた。

 「あ、美園さん!結城君の校内探検ツアーを代わってもらってしまって本当に申し訳ないであります!僕は見ての通りの状況でありまして…」

 四谷君は、両手に抱えた段ボール箱を少し持ち上げてみせる。

 「特に用事もなかったし、全然気にしないで」

「そう言ってもらえると少し気が楽でありますよ」

「お仕事頑張ってね」

 私の言葉に「ありがとう!」と返すと、四谷君は汗を飛ばしながら小走りで去って行った。きっと一往復では済まないんだろうなと思うと、可哀想だけれど少し可笑しかった。

 「彼は皆から頼られているんだね」

 四谷君の背中を見送りながら、結城君は目を細めた。

 「そうなの。とてもユニークで、すごく働き者だから」

「彼の本職は?」

「えっと、クラス委員長と2年生の男子寮長、あと生徒会書記と、美化委員だったかな」

「たくさん掛け持ちしているんだね」

「いつも大変そうだけれど、学内での役割は指定されてしまうから」

「優秀であればあるほど、負担も増える訳だ」

 結城君は特に批判的という風でもなくそう言って、ふいに歩き始めた。その一歩目の右足が、「さあ、行こうか」と言っているように感じて、私も自然について行く。歩き方ひとつで相手にメッセージを伝える方法があるんだなと思って、私は少し感心した。

 部室や委員会室が並ぶクラブハウスを出て中庭に入ると、結城君の視線がベンチに向けられたので、私は「ちょっと休憩しようか」と言ってベンチに腰掛けた。結城君は「ちょっと待ってて」と眉で合図して、向かい側の教室棟に入って行き、しばらくすると小走りで帰って来た。

 「どっちが良い?」

 そう言って差し出された両手にはパックのジュースが握られていた。コーヒーとイチゴオレ。こんな時、絵里なら迷わずイチゴオレを選ぶんだろうな、と思った。

 「コーヒーが良いんだけど、結城君のだった?」

 私がそう尋ねると、結城君は「ううん、予想的中」と言って私にコーヒーをくれた。手渡す時には、ちゃんと目で微笑みかけてくれた。私がどちらを選んでも彼の予想は的中するし、手渡す時にはきちんと微笑んでくれるシステムなのだ。そのシステムは、私の隣にきっちり拳2つ分スペースを空けて座るところまでがセットだった。

 「野球をしている音が聞こえるね」

 結城君は慣れた手つきでパックにストローを通す。

 「美園さんは部活動には入っていないの?」

「うん。入ってないよ」

「委員会は?」

「風紀委員なんだけど、実はほとんどやることがないの」

「風紀に乱れがないから?」

「そうなの。だからほとんど保健委員みたいなことしかしていなくて、体調不良の子がいないかとか、みんながちゃんとご飯を食べているかとか、そういうのをチェックするの」

「なるほどね」

 ストローを吸いながら、結城君は小さく頷いた。

 「現状で風紀が乱れていない以上、風紀委員の仕事は風紀の乱れを未然に防ぐことに集約される訳だね。安定的な精神状態の維持だったり、ストレッサ―の排除だったり、身体的な健康管理だったり」

「そんなに一生懸命じゃないんだよ?何か気づいたことがあった時にだけ、報告するだけだもの」

「先生に?」

「ううん、ジャンヌに」

 そういえば、と思って私は結城君にスマホを見せてもらう。結城君のスマホは初めて見る形をしていたけれど、ホーム画面には東都学園のアプリがちゃんとインストールされているようで安心した。

アイコンをタップすると、眼鏡をかけて白衣を着た3頭身のジャンヌが表示される。

 「今、学校の中を色々と案内している所なの」

「もちろん知ってますヨ~!それで、どうしたんですカ~?」

「結城くんの所属委員会はもう決まった?」

 私の問いに、ぷちジャンヌは笑顔で答える。

 「もちろんですヨ~!でもごめんなさイ。通知は本人にしか伝えられないんですヨ~」

「あ、そうだよね、ごめんね」

 結城君にスマホを渡すと、結城君は画面を見つめて「こんにちは」と言った。その目には確かに微笑みが備わっていたけれど、私に向けられたものとは少し違う気がした。

 「それで、僕はこの学校では何の仕事をすれば良いのかな?」

 横から画面を覗くと、彼女は腕を組んで、「ふっふっフ~」と意味深に笑いながら、右手で顎を撫でていたが、私に気づくと、「一花ちゃん、覗いちゃダメですヨ~!」と言って両手を胸の前でフリフリした。どうしようもなく可愛らしい。

 「僕が許可するよ」

「ですカ~?じゃあこのままお伝えしちゃいますけど、パンパカパ~ン!結城君は、“何でも係”に決定で~ス!パチパチパチ~!」

 私は驚いて結城君を見る。結城君は眉ひとつ動かさずに、「そう」とだけ答えた。

 「結城君はとっても優しくてすっごく優秀な生徒さんなのでス~!だから、学園内の困っている人たちを助けてあげて欲しいんでス~。やってくれますカ~?」

「強制なんでしょ?」

「コミットメントって大切なんですヨ~!言われたままやらされるんじゃあ、強制労働みたいで嫌じゃないですカ~!なので私が“やってくれますカ~?”って聞くので、“いいとモ~!”って答えて下さイ~!」

「嫌だと言ったら?」

「結城君はそんなこと言いませんヨ~!だって私は、あなたが“やってみても良いナ”と思う役割しかご提案しませんもノ~!」

 ぷちジャンヌがドヤ顏でふんぞり返っている様子を見て、結城君はクスッと笑った。

 「参った。僕の負けだね」

「もちろん、これまで学園になかった新しい係ですし~、とっても大変な活動になることがバッチリ予想されるので、今回は特別に~、“助手選択権”をプレゼントしちゃいますでス~!」

「助手選択権?」

「そうでス!“何でも係”の活動をサポートしてもらうサブメンバーを、結城君が自由に決めて良い権利なんでス~!もちろん指名された生徒さんに拒否権はないですヨ~!」

「コミットメントはどこへ行ったの?」

「大丈夫でス!結城君が選ぶ生徒は、何でも係のサブメンバーになることにも、結城君の助手になることにもちゃんとコミットする子なんですヨ~!」

「じゃあ僕が誰を選ぶか、君にはもう分かってるんだ?」

「も~ちろんですヨ~!私を誰だと思ってんですカ~!?」


 「君は誰なの?」


 結城君の声があまりに無機質だから、私は急に後頭部を打たれたみたいな気がして視線をプチジャンヌから結城君に移そうとする。

 でも、どうしてだか分からないけれど、今結城君の目を見てはいけない気がして、行き先をなくした視線を中庭の先の一番遠い場所へ避難させる。

 あまり背の高くない庭木の上に、直接、空の青色が重なっていた。

 空は心の色だというけれど、私の心を写しているようには到底思えなかった。でも、今の私の心の色をした空なんて、この世のどこにもありはしないように思えた。


 「ジャンヌですヨ~!これでも結構偉い人なんですヨ~?私ィ~!」


 視界の外、遠い所で、声だけが聞こえる。


 「好きな人はいるの?」


 「いきなりどうしたんですカ~?グイグイ来ますネ~?」


 「ねえジャンヌ、君には好きな人が、いるのかな?」


 いつの間にか、空には雲ひとつ浮かんでいなかった。


 「私は、み~んなのことが、大好きなんですヨ~!」


 「偶然だね」


 ただ一色、ただ青色だけが、世界の全てみたいな顔をしてこちらを見ていた。


 「僕もそう思っていたところなんだ」


 そして私は、結城君の助手として、“何でも係”のサブメンバーになった。

 それは最初から決まっていたことなんだと思った。

 でもその“最初”がいつなのかは、全然分からなかった。


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