12節 あるいは神の視点
12節 あるいは神の視点
ここに神の視点がある。
例えばほら、東都学園の教室棟1階廊下、C-202B886V地点に女学生が2人。
相対的に髪の長い方の学生の名は三上正子。
9月8日生まれ、女、16歳。A型。右利き。身長162.2cm、体重50.8kg。
2年8組、出席番号22番。保健委員。テニス部。
“感情値”は-2.8689102kE。
三上正子の隣に立つ髪の短い学生の名は林夏子。
12月12日生まれ、女性、16歳。O型。右利き。身長156.5cm、体重46.2kg。
2年8組、出席番号18番。図書委員。テニス部。
“感情値”は-0.9010584kM。
林夏子の場合、三上正子の影響を受けているに過ぎないことは明白であった。
感情値-1.0kMを超えた人間の思考はライブラリに自動転送される。
全てを見通す神の視点は、三上正子を既に知っている。
三上正子は2年10組出席番号24番美園一花に嫉妬の感情を抱いている。
それは転校生、結城司を独占している美園一花への悪感情である。
61時間前までは感情値+1.2235287kMであった。
しかし34時間前に0.0kMを割り込み、18時間前には-1.0kMを突破した。
それが今では-2.0kMを超え、“鎮静対象”と成っている。
三上正子といつも行動を共にしている林夏子の感情値も、3407秒後には-1.0kMを超えることが予想される。
三上正子の思考は加速的に具体性を増している。
三上正子は30秒以内に移動を開始し、300秒以内に美園一花に接触。結城司との関係を問い正し、負感情を誘発する言動を複数回実行するであろう。
その中で三上正子は、自身が結城司に想いを寄せていることを明かし、美園一花を障害として認定、そして存在を排除する種類の行動を選択するのである。
しかし、神の視点はそのような行動を容認しない。
ほら、窓の向こうにはクラブハウス棟の廊下C-202B902Q地点を歩く美園一花と結城司の姿が見える。
三上正子の眼球が2人の姿を捉え、視神経が脳に告げ口をする。
感情値は一気に-3.8882635kMまで上昇する。
三上正子の右足が僅かに動く。
しかし神の視点が三上正子のBMIに干渉すれば、三上正子は活動を停止する。
結局、三上正子の右足は1歩も踏み出すことなく、三上正子の身体は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
友人が鎮静化された様子を見て、林夏子は僅かに取り乱す。
だから言ったのに、もうヤバいからやめようって、私何度も言ったじゃない…。
そんな林夏子の声は、もう三上正子に届かない。
すぐに用務員がやってくる。
東都学園の用務員、後藤元喜に抱えられて、三上正子は新生日本国東都という舞台から降ろされる。
学生の感情値超過による鎮静処置の事実は学生全員のスマートフォンに通知される。
通知を受け取った美園一花は眉をひそめて訝しむ。
彼女の肩越しにスマートフォンを覗き見た結城司は、能面のように張り付いた微笑のままで廊下の天井を見遣り、全てを超越した神の視点と対峙する。
結城司。
1月1日生まれ、男性、16歳。
A型。両利き。身長170.0cm、体重60.0kg。
2年10組、出席番号31番。何でも係。
“感情値”、+3.14159265kM。
第Ⅰ章 了