10節 気がつけば色彩の在る世界
10節 気がつけば色彩の在る世界
「なんか運命っぽくない!?運命っぽいよね?」
こちらを向いてちょっと興奮しながら、絵里が目をキラキラさせている。
「そんなんじゃないったら」
本当にそんなんじゃないんだと思うのだけれど。
「でもさぁ!転校して来て、後ろの席になって、校内を案内してあげて、同じ係になって、毎日一緒に居るなんて、それって神様が2人をくっつけようとしてるんだよ絶対!」
「たまたまだよ」
「たまたまのことを運命って言うんだよー!」
「そうなのかな」
「だよだよ!一花だって結城君のことカッコイイって思うでしょ!?」
「それはー…」
それは、たぶんそうなんだろうな。うん、たぶん結城君はカッコイイ。
「まあそう思うけど」
「ほらね!一花、今までそんな風に思ったことないでしょ!?」
「それはー…」
たしかにそうなのだけれど。
「でも好きっていうか、他の人と違うなぁっていう感じで…」
「それが好きっていうことなんじゃないの!?」
ないの!?と聞かれても…なんか妙なことになったなぁ。
どうやら絵里は私が結城君のことを好きだってことにしたいみたいだ。
でも本当に、全然そんなんじゃないんだけどな。
「良く分からないよ。誰かを好きになったことってないから…」
「そんなぁ!!私のこと好きじゃなかったの!?」
「それはまた別だよ。絵里は特別」
「やったぁー!!」
ヒョ~!と言いながら立ち上がり、両手を上に上げてクルクルと回り出す。
おへそが丸見えになっているから今すぐやめさせたいのだけれど、なんだか可愛いからしばらく眺めている。絵里は7回転したところで飽きたみたいでサッと座った。
「何でも係って何でもしてくれるの?」
切り替えが早い。そういう所が好きだ。
「私たちにできることならね」
「昨日のアンケートの結果はどうだったの?」
「あー、どうだったんだろう?まだ見てないや」
「一花ってさ、そういうとこあるよね!」
「うん、ある」
あるのだ。あとでやろうの“あとで”は、いつまで経ってもやって来ないものだよね?
その時、ちょうど結城君が教室に入って来た。
「あ!結城君おっはよー!」
絵里が元気よく声をかける。
「おはよう。前田さん」
「じゃなくて、絵里で良いってばー!」
「なかなか難しい問題だね」
結城君はちょっと面白い顔でそう答えて、私にも「おはよう」と言ってから、ひとつ後ろの席に座った。結城君が席に収まると、絵里はまたピョーンと立ち上がり、ビュン!と私の右隣の席に結城君の方を向いて着陸する。
「ねえねえ結城きゅん!」
「どうしたの。朝から元気だね。」
「朝だけかも!」
「ああ、そういう人って居るね」
「私がそのタイプ!起きた時が一番テンション高くて、時間が経つとどんどん眠くなってくの!」
「それで、どうしたの?」
「何でも係のアンケートの結果!どうだった?」
「部外者には教えられないな」
「ちょっと一花さん聞きました~!?この人、意地悪だったよぉ~!」
絵里は最高に意地の悪い顔をしながら何故だか電子煙草を吸う仕草をしている。何かのキャラクターの真似かな?
「でもね絵里、部外者には教えられないな」
「ちょっと一花までぇ~!」
私の一花が結城色に染まってしまったー!と言いながら、絵里はガチ泣きしている。両手の甲で目を覆って上を向いてウェーンウェンエンとやっているので、やっぱりおへそが丸出しになっている。もしかしたら今日はおへそ丸出しが天丼のパターンなのかもしれない。しばらく様子を見た方が良さそうだ。
「でも結城君、実際どうだった?返信来てた?」
実際私も気にはなっていたので尋ねてみる。すると結城君は「うん、来たよ」とスマホを取り出し、しばらく画面をスクロールしてから顔を上げ、「やっぱり後でにしようか」と言った。
結城君の視線を辿ると、絵里の後ろに四谷君が立ってモジモジしていた。それに気づいた絵里は、「あ!委員長おはよう!」と言って立ち上がり、「お席は女子高生の桃尻で温めておきましたんで!」と言って旧暦のフランス貴族のようなお辞儀をした。
四谷君は、「そういうことはあえて言わないで欲しいのでありますが…」と小さな声で文句を言った。そして着席すると、ポッと頬を赤らめた。
「どう!?温かい!?」
「絵里、やめてあげて」
「はーい!」と元気よく右手を挙げた絵里のおへそが顔を出す。やっぱりこれ、わざとだな、と自信は確信へと変わった。
私が絵里のおへそをペシッと叩いて「へそ!」とツッコむと、絵里は「うへぇ~」と言って恥ずかしそうにモジモジする。え?そういうパターン?
「四谷君、昼休みにどこか使える教室ってないかな?」
結城君が少し強引に空気を元に戻してくれる。
「係の打合せに使いたいんだけど」
「何でも係は便宜上、生徒会直属の係ということになっているでありますから、生徒会室を使って良いでありますよ」
「あ、そうなんだ」
「で、ありますよ。昨日も入れたでありましょ?」
「え、普通は入れないの?」
「取っ手が指紋認証になっているでありますから」
それは私も知らなかった。1年半通っていても、学校にはまだまだ知らないことが沢山あるんだな。絵里は「スパイの秘密基地みたい!良いな良いなぁ~!」と言いながらジタバタしている。
そんな訳で、私たちは昼休みに打合せを行うことになった。
4時間目が終わり、山縣先生からの頼まれ事をひとつ片付けてから、お弁当代わりのジュースを持って生徒会室を訪ねる。すると中には結城君、四谷君、そして絵里が待っていた。
「え、何で勢揃い?」
「はいはーい!一花の親友であるあたし前田絵里には参加する権利がありまぁ~す!」
「僕には委員長としてクラスメイトの悩みを把握する義務があるでありまぁ~す!」
「と、いう訳でテコでも動かないんだよ、この2人」
「なるほど…」
チャイムと同時に四谷君の腕を抱えて一目散に教室を飛び出して行った絵里な訳だ。
生徒会室の中は6つの机が向かい合って並んでいて、さらに上座に1つの少し大きめの机が部長席のようにしてこちら向きにくっついている。昨日四谷君が座っていた席だ。今日はそこに結城君が座っている。そして結城君から見て右手前に四谷君、その横に絵里が座っていたので、私は四谷君の目の前、結城君の左手前に座ることにした。
「じゃあさっそく始めようか。食べながらで良いよ」
と言って結城君がスマホを操作すると、スクリーンミラーリングによって各自の机にスマホの画面が映し出された。アンケートの結果を結城君はグラフにまとめてくれていた。でも食べながらじゃ見にくいんじゃないかなと一瞬心配したのだけれど、四谷君はお弁当を手に持って上品に食べていたし、絵里は菓子パンを両手で持ってムシャムシャと頬張っていたので全然大丈夫そうだった。結城君はお昼ご飯を持って来ていなかった。お腹空かないのかな?まあ私もジュースひとパックなのだけれど。
「まずアンケートの結果として一番多かったのは、来週に控えた休み明けテストの対策関連だね」
机に結果が映される。確かに1位はテスト対策。29人中、13人が回答している。
「次に多かったのは、人間関係に関する悩みだね。といってもほとんどは恋愛についての悩みなんだけど…」
「ふぁいふぁーい!あたふぃもこれでふぃたぁー!」
食べるか喋るかどっちかにしなさい、絵里。
2位は恋愛相談、8人の回答だった。
「次は委員会や係活動、部活動の手伝いや助っ人だね」
3位は5人の回答だった。
「残りは各1票ずつの回答だね」
4位は3人がそれぞれバラバラの回答で、家庭環境に関すること、体調に関すること、そして進路に関することだった。
「さて、この結果について何か意見のある人はいるかな?」
結城君に言われて、結果を何度か読み返してみる。
私はあまり社交的な人間じゃないから、クラスの全員とちゃんと話したことがある訳じゃなかった。でもアンケートに対する回答を見ていると、みんな何かしらの悩みを抱えて過ごしているんだと改めて思った。口には出さなくても、何かしらに悩んでいる。そんな風にクラスメイトを見たことがなかったなと、少し不思議に思った。どうして悩んでいないと思えたのだろう?悩みがあって当然なのだ。
「これってやっぱり2人だけじゃカバーしきれないよね?」
絵里が急に真面目な顏になって言う。真面目な顔も可愛い。
「だってそうでしょ?物理的に不可能だよ、これ全部を2人で対応するのは」
「確かにそうでありますなぁ。しっかり全員が回答してくるとは僕も驚いたでありますよ」
「ゆくゆくはこういう依頼みたいなものが全学年から来ちゃうんでしょ?」
確かにその可能性はあった。そのための下調べとしてのアンケートの実施だったのだ。
「大事なのは、まず話を聞いてみることだと思うんだ」
と、結城君は案外楽しそうに言う。
「まずは話を聞いてみて、できるできないはその後で判断すれば良いんだと思う。それにこの会議に参加したってことは、もちろん、四谷君と前田さんも協力してくれるんだよね?」
そう言ってニヤッと笑う結城君の視線を、絵里は白目を剥いて受け止める。
「もちろん僕は協力させてもらうでありますよ。クラス委員長として、生徒会書記として、みなさんのためにお手伝いさせて頂いていることの延長でありますから」
まだ働くつもりなのか。四谷君の精神構造はもしかしたら私たちとは根本から違っているのかもしれない。ところで、四谷君は何て回答したんだろう?
「ありがとう。じゃあ、まずは休み明けテストの対策は四谷君と前田さんにお任せしたいんだけど良いかな?」
「え!?あたしも!?」
「うん、だって前田さん、成績学年3位なんでしょ?」
「何で結城君が知ってるのぉ~!?」
「いや、だって…」
と言って結城君が私を見る。裏切り者め。
「ちょっと一花~!何でも打ち明け合う仲になっちゃってるってことぉ~!?」
絵里、その察しの良さを前面に打ち出した目つきはたぶん間違ってる。
「学年1位の四谷君と3位の前田さんが勉強会を主宰すれば、きっと参加者は集まると思う。僕たちも協力するから」
「任されたでありますよ」
「あ、あたしは部活がぁ~…」
「絵里、部活入ってないでしょ」
「一花の裏切り者ぉ~!!」
太古の昔から、裏切りは連鎖するものなのだ。
その後、恋愛相談はひとまず後回しにして(絵里、ごめんね)、委員会や部活動のお手伝いと、4位の個別相談について、私と結城君で分担して話を聞きに行くことになった。
何となくゆったりペースで活動していくことになるのかなと思った何でも係だけれど、いざ始まってみれば思いの外忙しくなりそうだった。
これまで私は、特にやるべきこともなくただまったりと学校生活を送って来た。でも2学期になって、結城君が転校してきて、たった数日で私の生活はとても大きく変化したように思えた。それが良いことなのかどうかは分からなかったけれど、決して嫌だなとは思わなかった。それが自分でも不思議だった。
話し合いが一段落すると、結城君はどこからか取り出したチョコレートバーを齧り始めた。そのチョコレートバーにはウエハースが入っていて、誰が食べても必ずそのウエハースの部分が細かくこぼれるのだけれど、結城君はとても器用に食べているみたいで全然汚さなかった。
そんな結城君が四谷君と、絵里と、楽しそうに談笑しているのを見て、何だか良いな、と思った。
生徒会室を出た後で、教室に戻りながら結城君に尋ねてみた。四谷君の回答は何だったの?って。そしたら結城君は「何だったと思う?」と言って含みを持たせた微笑の視線を四谷君の背中に向けて、それきり何も答えてくれなかった。
でも結城君の視線はとても多くのことを語る。
私は教室に向けて早足で進む四谷君の背中を見つめながら、ああ四谷君も恋をしているんだな、と思った。あんなに忙しいのに、勉強もたくさんしているのに、教室には早足で向かうのに、それでも誰かを想いながら、四谷君は毎日頑張っているんだ。
そう思うと、四谷君が頑張れる理由が少しだけ分かったような気がした。
結城君の方に視線を戻すと、美しい金色の瞳がそこにはあった。
気がつけば、私の世界には色彩が在った。
そしてその世界の真ん中で、結城君は2本目のチョコレートバーを齧っていた。
「ひと口いる?」
と聞かれたけれど、なかなか難しい問題だった。