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9節 架空のダンジョン、黄金脳筋のラスボスと肌色頭脳労働者の悔恨

9節 架空のダンジョン、黄金脳筋のラスボスと肌色頭脳労働者の悔恨


 ピラミッドの中はゲームに出てくるようなダンジョンになっていた。

 ひと言でいえばそういうことになってしまうが、新生日本国東都新都心のど真ん中にダンジョンが出現したという事象を正確に理解することは極めて困難である。

 可能性の話をすればキリがない、と言ってしまえば一応の格好はつくが、かといって可能性の検討なしには先に進むことすら叶わない。なぜなら、時宮計介はポッピン・ドーナツ新都心本店の店内で、“一人だけ”そこがダンジョンであると認識して呆然と立ち尽くしている可能性が高いからである。

 計介はまず付近に設置された監視カメラの映像を確認した。視界の端に浮かんでは消える計252の画面を瞬間的に処理し検討した結果、やはり新都心にはピラミッドなど出現しておらず、東都民は平穏なる日常を謳歌しているとの結論に達する。

 それはつまり、当初の予想の通り、現在この場所がピラミッドを模したダンジョンであると認識しているのは計介ただ一人という可能性がより高まったことを意味する。そうなると次に重要になるのは、計介が一体今どこに居るのか、ということである。

 計介は自身のGPS情報を参照する。すると、計介の所在を示す赤い点は月面上を指していた。その表示を見た瞬間、計介は可能性について検討する思考そのものを放棄した。そしてその代わりに、腕時計のスイッチに触れた。

 さて、目の前にはブロック塀風の内壁に囲まれたやや広めの空間が広がっている。正確には、いや、距離を図るのも面倒臭い。しかしその部屋は一辺20mの立方体である。20mピッタリだ。気持ち悪い。四隅には松明が掛けてあるので視界はある程度確保されている。奥に続く通路の入り口も見える。そちらへ進むしかないだろう。通路入口の脇には宝箱風の何かが置いてある。きっとアイテムか何かが入っているのだろう。

 計介は歩き出し、次の瞬間突如として空中に表れたゴブリン風のモンスター風の何かの方をちらりとも見ずに裏拳でぶん殴り、通路を奥に進む。宝箱は無視した。

 通路は一本道で思いの外長かった。途中、左右の壁から矢のような物が多数発射され、それは正確には200本ピッタリであったが、床を這って進む計介には当たらなかった。

 矢の襲撃からピッタリ2分後には前方から岩で出来た大玉が転がって来たが、左側の壁のブロックのひとつに触れると回避スペースが出現するので面白いことにはならなかった。

 さらに2分後には床が開いて落とし穴が出現したが、ギミックが作動する前に飛び越えているので問題にならない。

 通路を抜けると再び立方体の部屋に出たが、失敗すれば左右の壁に押しつぶされる石像移動タイプのパズルを秒速で解いて先に進む。

 次の通路は途中で3方向に分岐しており、左に進めば毒ガス責め、右に進めばランダムに動くレーザー光線によってバラバラにされてしまうので迷うことなく直進する。

 分岐を直進した先で待ち構えるスフィンクスの謎かけには、スフィンクスが口を開く前に「居抜き」と答えて驚かせ、その先の巨大迷路を最短コースでクリアする。

 迷路のゴール地点に居る老人との将棋対決は三間飛車で受けて121手で勝ち、感想戦をしながら美味しい煎茶を頂きひと休憩。

 さて、ここからが本番だ、と計介は湯呑みを置いて立ち上がった。

 歩を進めた先には木製の扉。

 脇の立て看板には、「この先に強力なモンスターの気配が!」の文字。

 どうやらボス戦のようである。

 とことん人を馬鹿にしている。

 計介は再び時計に触れてから、扉を開けて中に入った。

 扉の先は広い部屋。西暦時代の洋館の大広間のような雰囲気がある。

 窓の外は暗く、夜空が広がっている。

 室内には燭台の灯り。赤い絨毯。白い壁。支柱には細かな彫細工。

 先に通路はない。行き止まりだ。

 中央にはゴーレム風のモンスター風の何かが仁王立ちしている。

 全身金ピカ。目だけが赤く光っている。

 体長は3mピッタリ。このダンジョンでは何もかもがピッタリなのだ。

 右手には体長と同じだけの刃渡りを持つ巨大な斬首刀。

 既に計介の初撃に備えて構えている。

 臨戦態勢というやつだ。

 今度こそ本当に死んじゃうかも、と計介は思ったが、とりあえず何かしないと始まらないので、おもむろに近づいてゴーレムの左脛を蹴ってみる。

 だが蹴りが脛に届く前にゴーレムの斬首刀の刃が計介の左側頭部目がけて飛んでくる。

 瞬間的に右足を振り上げて錐揉み式に飛び上がり、両足の裏で刃を受け止めたが、ゴーレムの圧倒的なパワーに弄ばれるようにして壁に叩きつけられる。爆音。

 崩れ落ちた壁の破片に埋もれた計介は、「もうやだ、帰りたい」と思ったが、投げた空き缶が一発でゴミ箱に入る光景を何度か思い浮かべることで何とかモチベーションを保ち、ガラガラと音を立てながら瓦礫の中から立ち上がった。

 それから計介は、ゴーレムの攻撃を誘い、それを避けることに集中する。

 体長の割に動きはすこぶる素早い。

 パワーはもちろん見た目の通り。

 掠っただけで戦意を喪失しそうになる。

 しかしこちらから攻める。そして避ける。

 攻める、避ける、攻める、避ける、反復、反復、反復、反復…。

 左右から、上下から、正面から、背後から、斜めはどうか、フェイントも混ぜてみよう、どんどんスピードを上げていく、遠くから瓦礫を投げたら、声で挑発した場合、足にしがみ付くと、目つぶしは効くのか、ちょっと組んでみようか、絞め技は…効かなそうだ、連打してみよう、3発までしか当たらない、すぐ対応して来る、キリキリ殺しに来る、すごいな、狂戦士かお前は。でも、あと10秒で解析完了。


 10…、9…、8…


 攻める、避ける、攻める、避ける…


 7…、6…、5…


 反復、反復、反復、反復…


 4…、3…


 反復、反復、反復、反復、反復、反復、反復、反復…


 2…、1…


 瞬間的に飛び退き、ゴーレムとの間に10mの距離を作る。

 「はい、お疲れさん!」

 そう叫ぶと、計介は腕時計のスイッチを左右同時に押す。

 音のない世界でゴーレムは完全に静止し、燭台の炎は飴細工のように固まる。

 もちろん計介も完全に静止している。

 しかし全てが静止した世界で、計介の脳だけは稼働する。

 ここからは、完全なる思考の世界。

 計介は、それまでに集計したゴーレムの行動パターンの解析結果によって、この先60秒間の正確な行動可能性を手にしている。したがって、計介はこの先の自身の行動とゴーレムの行動の無数の組み合わせの中から、“最終的に自分が勝つ”パターンを見つけ出し、それを実行することができるのである。

 奇跡ではない以上、もちろん欠点もある。“出来ないことはやっぱり出来ない”のである。仮に計介が100mを5秒で走ることができたらゴーレムに圧勝できるとしても、計介にその能力がない以上、この空間ではその可能性は選択肢として現れない。つまり、勝てない相手には勝てないのである。

 だからこそ計介はこのような場合、勝利に通じる組み合わせが在ることを半ば神頼み的に渇望するしかない。現実の物理世界は完全に静止するように感じるので見た目はなんとなく格好良い秘密兵器であるが、その実、運頼りに過ぎない側面もあるのである。

 しかし計介は、案外落ち着いていた。

 今回の事件、そしてこのダンジョンが、おそらく計介による攻略を前提にして創られていたからである。

 まず改竄された監視カメラの映像がポンドのCMになっていた件。その映像は全てが同じという訳ではなく、再生スピードに差があった。そして、不自然に画面が暗転する箇所が、それぞれの映像にタイミングは違えど存在していた。

そこで16年分の映像を年別に分類し、各年毎の画面を正方形に、しかも左上から右回りに中心に向かって並べ、全てを同時に展開し、それを16層に重ねると、東都の地図が浮かび上がる。そして、“あいちん”の姿が計介の自宅からポンド新都心本店に向かって繰り返し移動していくのである。

 次にこのダンジョン。このダンジョンが顕現する条件は、改竄データを整理し“ヒント”を得ることであろうと思う。それが脳内で直接展開しなくてはならないのか、外部のデバイスを通じて展開したヒントを視覚情報として認識しただけでも良いのかは不明であるが、ヒントの認識をBMIが確認した時点で、逆にBMIによって五感をハックされるのであろう。そうして、特定の個人にしか認識されないダンジョンが完成する訳である。

 ダンジョン内のギミックはどうだったであろうか。あまりにも子供じみた仕掛けばかりであったが、一歩間違えば確実に死んでいた。このダンジョンが仮想のものであったとしても、五感がハックされた状態で自分の死を認識すれば、おそらく心臓は停止してしまうであろう。ショック死である。しかし計介には引っかかりようもなかった。ライブラリの情報量は馬鹿にならないのである。

 古代からの仕掛け・トラップ・迷路に類するものの全てのデータ、小説・漫画・ゲーム等の創作物に登場する全てのダンジョンデータ、人類とAIによって蓄えられた将棋の棋譜等の必要情報を回線開けっ放しで自身の脳とリンクさせ、五感によって得られるライブ情報と組み合わせて処理していけばクリアは容易である。

 それは、アクセサであれば方法は違えど乗り越えられる程度のハードルであった。あとはなぜこんな面倒なことを吹っ掛けて来たのかという至極当然の疑問が残るが、それは麻生瞳本人に尋ねてみるしかないだろう。

 ということで、ゴーレムを倒して先に進まねばなるまい。

 計介は改めてゴーレムのこの先60秒間の行動パターンを洗い出す。

 その総数は1兆を超えたが、まずは何より“勝機”を探り当てねばならなかった。

 そもそもこのゴーレム、どうやって倒せば良いのかが分からない。弱点みたいなものがあるのだろうか。これまでの行動パターンにおいて、計介はゴーレムに対して計411の攻撃をヒットさせたが、ダメージらしいダメージを与えられたようには思えなかった。体の表面は非常に硬く、計介程度の攻撃力では傷ひとつ付けられない。ゴーレムは計介の攻撃をわざと受け止め、そして攻撃の直後で動きが止まる瞬間を利用して反撃を仕掛けてくる。図体の割に小賢しい戦法である。

 しかし1回だけ、計介の攻撃が当たるより以前にゴーレムの方から反撃を仕掛けて来たタイミングがあった。

 最初の最初、脛を狙って蹴りを放ったタイミングである。

 まさかな、と思いながら計介はゴーレムの脛を蹴り上げるパターンのみを抽出する。しかしそのどれもがゴーレムの猛攻を躱しながら脛まで辿り着くまでに60秒丁度で、蹴った後でどうなるのかは分からないままであった。蹴ること自体は、どうやら出来るみたいだ。

 それ以外の可能性においては全て60秒以内に殺されてしまう運命にあるようだったので、もう脛にでも縋るしか方法がないのも事実である。

 さっきまで互角に戦っていたじゃないかって?

 それは認識と現実の乖離というものである。避けたと思っても当たっていた。掠っただけだと思っても抉られていた。戦闘においては所詮その程度の能力しか計介には備わっていないのである。そもそもが頭脳労働者タイプなのである。そんな俺がなんでこんなことをしなくちゃならないんだと、計介はこの部屋に入ってから362回も思っているのだ。色々な所の骨が折れていたが、気にしたらもう立てなくなっちゃうからずっと無視してきた。でももう限界が近い。1発でもまともに食らったらおしまいだということは、脳内を支配する無数のデッドエンドが証明していた。

 計介はここからゴーレムの脛に蹴りを入れられるパターンの内、最も被弾の少ないものを選択してルートを頭に叩き込む。何度も何度も何度も何度も。

 何度も繰り返し確認して脳に“経験”として認識させる。

 大丈夫、何度も上手くいった、何度も成功した。

 そう認識させることで、身体運動のパフォーマンスを最大限にまで引き上げる。

 ビビったら負けである。

 日和ったら死ぬ。

 よし、行くか。

 計介は頭の中で解除コードを入力する。

 ゴーレムの咆哮が響き渡る。

 それを無視して一直線に走り出す。

 それは、これから1分間続く猛攻を紙一重で躱し切る茨の道。

 何度も繰り返した光景をひたすら丁寧に辿って行く作業。

 分かっていても躱し切れない極限の世界。

 計介の攻撃はゴーレムには効かない。

 だから最後の一撃に賭けて、ひたすら躱し続ける。

 何度も視た光景が、痛みを伴って体験される。

 皮が破かれる。

 骨が砕かれる。

 内臓が潰される。

 それでも動き続ける。

 動き続けるしかない。

 止まればそこでお終い。

 どうして嫌な体験とはこうも時の流れが緩やかなのだろうか。

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうのに。

 もう1分経つだろうか。

 経つ訳がない。

 まだ10秒しか経っていない。

 計介はそれを知っている。

 何度も経験しているのだから。

 計介はふと、学生時代を思い出していた。

 毎日放課後に籠っていた理科準備室。

 埃っぽい部屋の中には、町内から集めたジャンク品が山のように積み上がっていた。

 来る日も来る日も、日が暮れるまでそれらを弄って遊んでいた。

 既に死んでしまった鉄くずを組み合わせて、ちゃんと動くようにしてやる。

 なんの役割も果たせなくて良い。

 きちんと歯車が回ったり、シリンダーがピストン運動を続けたり、電流がきちんと切り替わったりすれば、それだけで良かった。

 誰かの役に立たなくて良かった。

 動いてさえいれば、この世界に存在して良いんだと思ってやれた。

 それだけだった。

 ただそれだけだったのに、才能があってしまった。

 作り上げたものが、誰かの役に立ってしまった。

 思いつきが、世界を変えてしまった。

 なりたくもないものに、なるしかなかった。

 「俺のぉ―」

 58秒が経過し、ようやくゴーレムに隙ができる。

 計介の左足は既に後ろへ引かれている。

 「馬鹿野郎ぉぉぉおおお!!!」

 思い切り振り抜かれる計介のローキックがゴーレムの左脛を直撃する。

 ダメージなど生じないはずであった。

 しかしゴーレムは一流のサッカー選手のように派手に転ぶと、声にならない声をあげながら、打たれた脛を両手で抱えて転げ回る。

 そしてゴーレムは白く光り始め、その輝きは部屋全体を覆うまでに広がる。

 視界が奪われる。

 認識は光に包まれ、計介は所在を見失う。

 しかしそれは一瞬のことで、すぐに視覚は取り戻される。

 徐々に明瞭になっていく視界の先には、若者で賑わうポッピン・ドーナツ新都心本店のカラフルな店内が在った。

 計介はどうやら窓際のボックス席に座っているようである。

 目の前にはミルクシェイクと、ピンク色のドーナツがふたつ。

 そしてシートの対面には、金髪碧眼の美少女が頬杖をついて座っていた。

 計介はとりあえずミルクシェイクを一口飲んで、自分が生きていることを確認した。大丈夫、生きている。ミルクシェイクはきちんと甘すぎる。身体はどこも痛くなかった。

 「で、どうだった?」

 と、計介が尋ねると、美少女はシートに背中を預けて腕を組み、4秒間目を瞑って物思いに耽ってから、パッと笑顔になってテーブルに身を乗り出し、計介の目をじっと覗きこんだ。

 「うん!良かったと思う!!!」


 イラッときたので、思い切りぶん殴った。


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