堕ちたりなんかしない
「僕は君のこと、どうしようもないくらい好きだよ?」
私は今、美形の男に壁ドンたるものをされながら愛の言葉をささやかれている。
〜遡ること1ヶ月前〜
私はとあるゲームに負けて罰ゲームを受けることになった。
その内容は『クラス一暗い男子に告白をする、もしOKされた場合はそのまま付き合う。ある程度相手を満足させたら罰ゲームであったと相手に言うこと』というまぁ、イジメに近しいことをさせられたわけです。
とりあえず私は、クラス一暗い男子こと坂本蓮。いつも長い前髪で顔を隠し、メガネをかけていてクラスの隅で本を読んでいる目立たない男子である。
私は内心では彼に同情するが一応罰ゲームだ。受けなければならない。
彼を放課後の中庭に呼び出した。
何も知らずにくる坂本に心の中で必死に謝るが任務を遂行する。
「何の用かな?椎名奈緒さん」
う、彼からの先制攻撃。しかし私もやらねばならぬ。
「あのさ、坂本くん。私と付き合ってよ」
言った。私言ったぞー!よし、頑張った。多分断るだr……
「うん、いいよ。もちろん“恋愛”的な意味で、だよね?」
「え、あ、うん。はい、そうです」
坂本の口元がニヤリとする。
「そう、それじゃあよろしくね。奈緒」
そう言って去っていく彼の後ろ姿を私は呆然と見送った。うっそだろぉぉぉぉぉ?!!
その翌日
彼、坂本蓮はなぜかものすごい美形となって私の元を訪れた。
「奈緒と釣り合うようになりたくて髪、切ったんだ。それにメガネはもともと伊達だったから外してみたんだ」
と、特上の笑顔とともに言われる。私は唖然とした表情で彼を見やる。髪は切られ、メガネは外され、彼の今まで見やることができなかった顔がそこにはある。
ぱっちりとした二重に右目の下に泣き黒子がある、それがより彼にセクシーさをもたらしている。
坂本の顔を凝視していると、フッと少し目を細めて笑いかけた。その表情だけで愛しいものを見つめている目だと誰しもがわかった。そして、彼が登校してから黄色い歓声を上げていた女子達はその男子が坂本蓮であると、また椎名奈緒の彼氏であることを思い知ったのだ。
そんなことになっているとつゆ知らず、奈緒は己の世界に入ってしまっていた。
罰ゲームだったとはいえこんな美男子に化ける男に告白し付き合うことになった。これはすぐにでも言うべきではないか?と。しかし、どのタイミングで言えばいい?どうしよう?!これ、女子から敵に回されるような展開にならない?!大丈夫か?!
奈緒、奈緒、と呼ばれる肩を揺さぶられながら名を呼ばれる。揺さぶっている相手を見やると、そこには心配そうな表情をした坂本がいた。
「奈緒、大丈夫?気分でも悪い?」
「いや、大丈夫。ちょっと混乱してただけだから。でも驚いたなぁ、坂本がこんなにカッコよかったなんて」
「蓮」
「は?」
「蓮って呼んでよ。僕のこと、さっきから苗字で呼んでるでしょ?もう恋人同士なんだからさ、名前で呼んでよ」
突然話をそらしてきた坂本に驚きつつも、ほらと促されてしまい流される。
「蓮、これでいい?」
「うん、いいよ。嬉しいなぁ、奈緒に僕の名前を呼ばれるなんて。君に呼ばれたらたとえ火の中だろうと行っちゃうかも、ね?」
ふふふっと笑う彼を見る。いや、それは重いって。
そんなこんなで罰ゲームだったと言うタイミングを逃し、ズルズルと付き合っていた。
そして、2週間前。私たちはデートをすることになった。
内容はまぁ、ありきたりという感じだ。巷で話題の映画を見て食事をしてウィンドーショッピングをするということだった。が、私はここで勝負に出た。
一回デートさせすれば坂本は満足するであろう、と。そうして罰ゲームで付き合っただけ、そこに恋愛感情はないとちゃんと言おう、と。この関係が終わって仕舞えば女子達からキツイ視線をぶつけられなくて済む。
そう、考えていた私は食事が終わった後、勝負に出た。
「ねぇ、坂本。私があんたに告ったのってさ、罰ゲームなんだよね。満足した?じゃあ、私もう帰るわ、面白い時間ありがとね。お金、渡しとくわ」
と言い残し坂本を置いて帰る。最後は顔を見ることができなかった。でも、これで終わりだと思うと気持ちが少し楽になるのとなんとも言えない感情が心の中に残る。それを全て無視して、私は家路についた。
そんなデートからの学校は少し気まずさがあったがそれでも頑張って行った。教室についてから今日学校に来たことを後悔した。
彼、坂本蓮が教室の前に立っていた。慌てて踵を返そうとするが坂本に腕を引っ張られそれどころか抱きしめられた。そして耳元で言われた言葉に私は戦慄を覚えた。
「ねぇ、僕のどこがダメなの?ダメなところ全部直すよ?あぁ、それとも僕の本気がまだ伝わってないのかな?一目惚れだったんだよ、君のこと。それからどういう人物なのか調べて、どうすれば君に近づけることができるかって考えて、もうすぐだって思った時に君から告白されて。僕とても嬉しかったんだ。どうしてくれるの?こんなに君のことが好きなのに、何が足りない?どうしたら君は僕のことを好きになってくれる?」
私が驚いて固まったままの状態でいると彼はまた嬉しそうに言った。
『今は抵抗しててもいいけど、ここまで堕ちておいで?』
その後、私は離してもらえずデートの時のことにも触れられずそのままズルズルズルズルと“交際”を続けていた。
彼は私を束縛し始めた。電話にでなければ引くほどの不在着信が残っていたり、いく先々に現れたりするようになった。マジストーカーだよ、あれ。
そして今日、私は見てしまった。
坂本が一年の女の子に告白されているのを。私はその光景を見てモヤモヤとした気持ちがグルグルとしていた。この気持ちはなんだ?
まさか、ね。そんなわけない。私が嫉妬しているなんて。ないないないないない。あってはならない!なにせ、ストーカー束縛男だからな?!
ふぅ、とりあえず落ち着こう。もう一度その告白現場を見やると坂本がこちらを見た。そして何事もなかったかのように去っていく。
何やら悪寒がする。今日はもう帰ろう、と準備をしているといつのまにか戻ってきていた坂本に捕まった。
「ねぇ、奈緒。僕さっき一年生に告白されちゃった。どうすればいいかな?」
なぜわざわざ報告をする。
「さあね、その子と付き合ったらいいんじゃない?可愛い感じでお似合いって感じよ。さ、どいて。私もう帰るから」
そう言って自分の席を立つ。が、坂本に腕を引っ張られ壁際に追い詰められる。え、なんで?
「なんで君はそんなことを言うの?あぁ、もしかして僕が君の行動を監視したの怒ってるの?ごめんね、だって君はとても可愛くてモテるでしょ?だから余計な虫がつかないようにしようと思ってね」
それに大丈夫だよ、とまで言われる。どこが大丈夫だ。この束縛男。
そして冒頭に戻る。
「僕は本当に君のことが大好きなんだ、むしろ愛してる。愛してるじゃ足りないくらいにね。もしかして嫉妬、してくれたの?だからあんなこと言ったの?」
そうだったら嬉しいなぁ、と続けられる。
「嫉妬とか、するわけないじゃな」
精一杯の反論をしてみる。
「ふーん、そうなんだ。それにしても顔が赤いよ?それに脈も速い。これは期待してもいいよね?」
「勝手に脈を測るなぁぁ!!」
「じゃあ、僕のことを意識してくれてるって思ってもいいんだよね?嬉しいなぁ、君が着実に僕の元へ堕ちてきてくれている」
ふふふっと彼が笑う。
「堕ちてなんかない!ストーカー束縛男なんか誰が好きになるって言うの?!」
「最初こそは君に合う男を演じていたけど、君がそれを拒否したんじゃないか。罰ゲームだったと言ってね。だから僕は僕流で君を愛そうと思ったんだよ。それに君はあと少しで完全に堕ちる。君がその気持ちと向き合えばいいだけだ。僕はずっと待ってるよ」
言い終えると私の耳に一つキスを落とした。高校生とは思えない大人な顔をした、いや男の顔をした坂本はとても恐ろしく、綺麗で美しかった。不覚にもときめいてしまった私は悪くない。きっと。
顔に熱が集中する。今、私はきっと顔が赤くなっているだろう。そんなことは御構い無しにキッと坂本を睨みつける。
「その表情たまんない、他の誰にも見せたくない。やっぱり監禁してしまおう。それとも僕のものだって知らしめるべきだよな?あぁ、なんて可愛いんだ奈緒。深〜い深〜い暗闇の中にいた僕を照らしてくれたのは君だよ。僕の女神と言っても過言ではない。素晴らしい。早く堕ちておいで、僕はずっと待ってるから」
堕ちてやるものか。でも美しい顔が熱でうかされたようにトロンっと笑っている様子は私にトキメキという不整脈を与える。
「坂本、とりあえず手、離して」
「蓮」
と耳元で囁かれる。
こそばゆいからやめてほしい。
「蓮って呼ばなきゃ、離さない」
「わかったから、蓮。離して」
「本当にわかってる?前も言ったのに苗字呼びに戻ってたし、わかるまで身体に教え込むのもいいな。君は僕だけのものだって」
「いや、それはやめて。蓮、わかったから。今度からちゃんと言うから、ね?離して」
そう言うと渋々といった感じで手が離される。
ホッとする自分と少し残念がっている自分がいるのに気づく。意識してしまえば彼をみることができない。そんなわけない、私は彼に堕ちてなんかない。絶対に。
私は認めない。
あいつに堕ちたらなんかしない!
『意地張らないでもいいのに、早く自覚して堕ちておいで』
読了ありがとうございます。