道程6 今日の昼飯はゴーヤチャンプルを作る
何日続くのでしょうか、この地獄は。
性欲などもはや遠く彼方へと押しやられ、女性に触れるだけで嘔吐をしてしまうのです。
それでも無理やり手篭めにされ、月の裏側からやってきたような女の人たちが私の上を通り過ぎてゆきます。
何度か魔法に頼ろうとするものの、私の脳髄からすでに魔法式は喪失しておりました。童貞を喪失するということは、魔法を喪失することと同義なのでした。
一人称がおかしいとお思いでしょうが、人生観を黒色に塗り替えられたのです。致し方ありません。
桃色だった私の女性への理想は、腐って液状化し、ハエや蛆がわく程度には腐臭を放っております。
腐って腐って、よもや男色に堕ちるのではないかと危惧するほどでございます。
あれほど渇望していた性交は、私に至上の喜びを与えるどころか、生きる活力を根こそぎ収穫していったのでございます。
「ちょい。なにブツブツいってんねん」
聞き覚えのある声に顔を上げると、鉄製の扉の覗き窓からちょこんとした耳が踊ります。
扉の向こうの主は、ぴょんぴょんと跳ねながら私に語りかけます。
「生きてるんか? 死んでたら死んでんねんって返事せぇや」
「そこは生きていると返事してはダメなのでございますか?」
「はぁっ!? 何やその喋り方。キモいわ。少し待ったって」
そういうと扉の向こうで金属を擦る音がします。
擦る音は嫌いです。
もう擦らないでください。
かちゃりと音が鳴り、小柄な少女が駆け込みます。
「おや、ミナリさんではありませんか。ご無沙汰でございます」
ミナリさんは私の姿を見て眉をしかめます。
「見ないでッ! 穢れた私を見ないでッ!」
生まれたままの姿である私は、羞恥心と罪悪感で太ももでジョニーを挟み込んで隠します。
年端もいかない少女に見せていいものではありません。以前の私ならば、嬉々として見せていたのでしょうが。
あゝ、穴があれば入りた……いえ、穴はもう懲り懲りでございます。
能ある鷹は爪を隠すと言いますが、脳のない私は爪ほどに縮み上がったジョニーを隠したいのです。
「しっ! 静かに」
ミナリは私のジョニーをチラリと見やると、赤面しつつ顔を背けます。
汚い私はお嫌いですか。そうですか。もう私は穢れて真っ黒です。ピンク色の純情一途だった私のジョニーも、情事という悪友に染められ、ドス黒く光っております。目を背けたくなるのも理解はできます。
「助けに来たんや。逃げんで」
「なぜ?」
「なぜ? 知らんのか、自分処刑されんで」
ミナリの話によると、どうやら虐殺は私の独断専行で行われたとされているらしいのです。
「あながち間違いではないと思うのですが」
「せやけどな、けしかけたんはワーズワースや。これは人身御供ってやっちゃな。あのボンボンは利用するだけしたらポイーやからな。ウチもそのくちや」
「ミナリもですか?」
「せやねん。ウチはな、まぁカナリヤみたいなもんやねん」
よく分かりませんが、ミナリは言いながら忙しく指を動かし、私の手錠を解除します。
妙に手慣れた風に感じます。
「ウチもな、スラム出身やねん。どうやって食ってきたかは、まぁ分かるやろ?」
幼い少女が生きていやためにの手段は限られます。今の手つきを見れば、想像に難くありません。
「それにしても私を処刑したら、抑止力が無くなるといってましてが……」
「死んでてもな、それがバレへんかったら抑止力やねん。それに、魔法使いはほかにも……」
扉の向こうから足音が聞こえ、ミナリは声を潜めます。
足音は一旦この部屋の前で立ち止まり、そしてゆっくりと遠ざかります。監視役でしょうか。
「今は逃げることが先決や」
手錠が外され、私はミナリに手を引かれて立ち上がります。女性に触れられると嘔吐がこみ上げますが、不思議とミナリの手に嫌悪感は感じません。
「逃げる……どこに逃げろと?」
「知らんがな。とにかくここじゃないどこかや」
私は手首をさすり、痛みに声をあげそうになりました。本当ならば今頃は手首じゃなく、乳首をさすりながらセラに声を上げさせていたはずなのです。
長年夢見た黒髪乙女との愛のある性活。それも全て泡となり消えました。今では分かります。全てが流れ流されてきた自分に責任があることを。
どこに逃げるか。
自分で決めろとミナリは言います。
「……逃げる前にやりたいことがある」
「まさかセラに一発食らわせたいとか言わんやろな」
以前の自分しか知らないミナリは呆れたように言います。
「いえ、魔族の捕虜が捕まっている部屋に行きたいと思います」
「はぁっ!? どないしてん、自分」
きっとワーズワースは自らの欲求を満たすために、捕虜を密かに殺しているに違いありません。
それをセラが治療する。そして再び惨劇は繰り返される。
そのために聖女としてのセラは利用されているのではないだろうか。セラの「またですか」というような顔は、そんな気がしてなりません。
「捕虜を逃がします」
そんなことで私の罪がなくなるわけではありません。自己満足の世界です。それでも、やらないよりは幾分かマシに思えるのです。
「あんな、魔法も使えへん自分にそんなことできひんやん」
「そうですね。そうかもしれません。でも決めたのです」
「罪滅ぼしのつもりか」
ミナリの声に侮蔑の色が滲みます。
「そうかもしれません」
私は同じ言葉を繰り返した。
自分でもわからないのです。
「そんな事してもな、自分が殺した一万人は生き返りはしないねん」
「はい……」
「それでも助けるんか? それどころか犬死する可能性の方がデカイで」
「もう死んだようなものです。一度死ぬのも、二度死ぬのも同じです」
私の言葉にミナリは大きく息を吐き出します。
そして、「わかった」と言います。
「でもな、それはまた後でや」
そう言うと彼女は私のみぞおちに、短剣を鞘のままねじ込ませたーー
蛇足的コラム
ゴーヤをもらってきたと思ったのだが
全部ピーマンでした。
回鍋肉にします。