表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
童貞概論  作者:
4/10

道程4 虐殺

「魔法使い様ぁ抱いてぇ!」

「きゃーっ! 魔法使い様! 私が童貞をもらってあげるぅ」

「だめー、私がお金出しても買ってあげる!」


 黄色い声が町中にこだまする。

 王都の目抜き通りで凱旋パレードをする俺は、白馬からヒラヒラと手を振る。

 眼下に集まるきゃわいい女どもは……


「全て俺の女じゃーーっ! 一列に並んで乳を放り出せぃッ! 片っ端から舐め転がしてやる!」


 金を払ってでも捨ててしまいたかった童貞を、まさか買ってやろうと言われるとは。やはり神はいたのだ。

 いや、目の前に神があられたら、三十年も待たされた愚痴をしっかり述べよう。

 それだけで千の夜を超えるかもしれないけれど。


 ーーきろ


 世界は女だらけではないか。どいつもこいつも美女、美少女ばかりだ。


 その中にコソコソと隠れる人影があった。


 んん? アレはわっしょいされていた時にヤジってきたおっさんか。

 覚えているぞ。しっかり報復はさせてもらうからな。



 ーーおきろ


 規制線をはる兵士を押しのけて、興奮した雌どもが俺の元へなだれ込んでくる。もみくちゃだ。


 まてまて、揉むのは俺な! 揉まれるのお前ら!

 やめろ。苦しいし、ああおっぱいが、痛いじゃないか、ああいい匂いが。


 ペシペシとおっぱいで顔を叩かれまくる。目も開けていられない。痛いが悪くない。

 俺の顔を張って良いのはおっぱいと銭だけや!


 ーー起きたまえエド!


 強烈な一撃が左の頬を張る。


 あれ? おっぱいってこんなに硬かったか?


 混濁した頭で、なんとか俺は目を開ける。



「ようやく目を覚ましたかい?」

「んあ……?」


 ぼんやりする視界の中でワーズワースが笑う。

 いつものように無邪気な笑いというより、皮肉めいた色が口元と青い瞳に滲んでいる。


「いきなり倒れて五日間も昏睡していたのだよ。心配したじゃないか」

「……とてもそうには見えないが」


 俺は辺りを見渡す。

 薄暗く狭い部屋だ。部屋の四隅には蜘蛛の巣が張り、どう贔屓目に見ても看病に向かない。


 それに……


「これはどういうことだ?」


 俺は自身の両手首を見ながら言った。

 太い鎖に繋がれ、その先は壁にアンカーで打ち付けられている。

 俺は両腕を上げた状態で冷たい床に腰を下ろしている状態だ。

 夢の中で英雄となっていた俺は、目を覚ますと囚人の扱いを受けているわけで、混乱するというより良い感じに頭がおかしくなりそうだった。


「そりゃね。怪物を拘束するにはこれくらいは必要さ」

「はぁ? 何を言ってやがんだ」

「君が何をしたかわかっているのかな? まあ分かっていないから、そうして汚い唾を飛ばしているのだろうがね」


 俺は何かしたか? そりゃセラのおっぱいをねぶるように凝視したり、ミナリに裸を要求したり……うん。色々やらかしてはいるが、ここまでされるいわれはないはずだ。


「エドくん、君は魔王軍一万体を殺したんだ。それも一瞬でね」


 重いため息を吐きながらワーズワースは言った。


「それが俺の仕事だろう?」


 何を今更。

 セラを餌に俺を釣ったんじゃないか。


 そう言う俺にワーズワースは眉間にしわを寄せた。


「私はね、君に魔王軍討伐の助けを依頼したのさ。君のしたことは討伐ではない。だだの虐殺だ。アレは戦いとは言わない」

「なにを言ってるのかわかんねぇよ! こっちの血を一滴も流さず砦を破壊したんだぞ。褒められはしても、責められるようなことをした覚えはねぇよ! なんなら先払いとしてセラの乳を一揉みくらいさせてほしいね!」

「見解の相違だね。君は魔族を見たことがあるのかい?」

「……ねぇよ」


 魔族が使役するモンスターなら見たことはある。

 モンスターはときおり境界を超えて国境近くの村に出没することがある。醜怪なゴブリンやオークどもだ。


 逃げ惑う住人の目を盗み窃盗に入る。それもスラムで生きる俺たちの貴重な収入源でもあった。

 とはいえ廃れた村にまともに金になるようなものはなく、なけなしの食料を頂戴するくらいなものだったが。


「しかし魔族は魔族だろうが。お前もそいつらをぶっ殺そうとしてたんだろう? 何を言ってんのかわかんねぇよ!」

「では教えといてやるさ。エドくん、いや、貴様が何をしたのか。おい、入れ」


 鉄製の扉の外に向かって叫ぶ。

 軋みをあげる扉が開かれる。外の光が差し込み目を刺す。その逆光の中で兵士が一人の子供を突き飛ばすように部屋に投げ入れた。


 子供は後ろ手に手を縛られた状態のまま、勢いで俺の目の前でうつぶせに倒れた。


「魔族の捕虜さ。よく見たまえ」


 ワーズワースは冷ややかに言った。


 まだ幼い少年だ。背丈はミナリほどだろうか。褐色の肌に色素の薄い髪。粗末な麻の上着は破れ、鞭で打たれた跡が痛々しい。


「……助けてください。助けてください。なんでもしますから」


 虚ろな目は俺の姿を探すようにぶれている。もはや見えているのかすら怪しい。


「…おいワーズワースお前はなんてことを」


 捕虜とはいえ、いたいけな少年になんてことを。俺は憤った。そんな愁傷な心だって俺にもある。


「君が殺した魔族とは、彼らのことさ」


 汚いものを見るようにワーズワースは少年を踵でこづく。


「まて、ワーズワース」

「君は有無を言わさず彼らを皆殺しにしたのさ。言葉を失ったね」

「ちょっと待てよワーズワース! 魔族って悪い奴らだろうが! 魔王っていやぁ界を滅ぼすとか言われ……」


 俺の言葉は激痛によって遮られた。

 ワーズワースが軍靴のつま先で俺の顔面を蹴り上げたのだ。


「スラム街のクズが、いつまでも私のことを呼び捨てにするのはさ、良い加減気が滅入るのでやめてもらえないか」


 目が絡むような痛みの隙間からワーズワースの声が響く。


 クソッ。

 なんだこの状況は。


 俺は痛みに耐えながら脳内の魔法式を呼び出す。

 なんとかして逃げなければ殺される。


「無駄だよ。君の魔力の源は性欲だ。この状況で妄想できるはずもないだろう? それとも貴様は打たれるたびに興奮する変態かな?」


 言われなくったって分かる。リビドーが空っけつだ。ひとつも魔法式が見当たらない。


「まったく困った事態だよ。真正面から魔族を打ち破り、英雄の名を永遠に刻む予定だったのだがね。そうして私は王位継承第一位になるはずだったのさ。それを君は!」


 みぞおちにつま先がめり込む。

 胃に何も入っていないためか、俺は酸っぱい胃液を撒き散らしながらもんどりを打つ。


「下手をすれば虐殺の汚名を受けかねんよ」

「俺を殺すつもりか? しかし俺を殺したら逆に魔族の反撃を受けることになんぞ」


 まだ俺には利用価値があるはずだ。

 考えろ。今は泥をすすってでも生き延びるんだ。


「狡いことを考えているね。無駄だよ。ある意味副産物だがね。あんな虐殺を目の当たりにして、まだ魔族が我々に戦いを挑むと思っているのかい? 向こうから休戦の申し出があったよ。むしろ無条件降伏といってもいい」

「俺のおかげだな。ありがたいと思えよ」


 俺の言葉にワーズワースは無表情に笑った。

 確かに笑っていた。しかしその顔には表情という人間味は小指ほども見当たらなかった。


「私はね、こうやって」


 ワーズワースは短剣をぬくと、魔族の子供の首筋に刃を当てる。


「こうしたかったのさ」


 サッと右手が動くと、魔族の首にぱっくりと筋が描かれる。まるで筆で描いたように。

 そして天井まで血しぶきが飛ぶ。


 何も言う間も無く。何も止める間も無く。

 一つの命が消える。


「その快感を、貴様は一瞬で奪ったのさ」


 魔族の子供はどちゃりと血だまりに倒れる。

 パクパクと口が何かを訴える。

 俺は言葉の代わりに吐瀉物を吐き出す。


 何を、とワーズワースが笑う。貴様はもっと殺した、と言う。

 俺は、もっと殺した。


 胃が軋む。何も吐き出すものはない。代わりに目と鼻から汁が垂れる。


「ワーズワース様、それくらいにされては」


 混濁した俺の耳に、セラの優しい声だけが響いた。




 




男梅サワー


とかいう酒を買った。

梅酒を想像してたら、梅干しのサワーだった。死ね

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ