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童貞概論  作者:
3/10

道程3 加速しろ!

 えらく地味だ。


 英雄と言われているくらいだから、軍隊引き連れて「ソイヤソイヤ」と敵軍にカチコミ、魔王軍の将軍でも殺すのかと思っていた。


「そんなに簡単にはいかないさ。魔王軍の砦には障壁があってね、一般の人間には空気自体が猛毒なのさ」

「お前は平気なのか?」

「なぜかね」


 ワーズワースはひょいと両肩をあげる。

 聖女はその障壁を突破できるとして、猫耳族はどうなのか。

 ミナリはひょいひょいと岸壁をよじ登り索敵をしている。


「猫耳族や亜人たちは少なからず魔族との繋がりがあるからね。元を辿れば同種というわけさ」

「ふぅん。なるほどね。それよりお前ら遅いぞ。さっさと行ってサクッとやっちまうぞ」

「エドくんは元気だねぇ」

「すごいと思います」


 ワーズワースとセラの息は荒い。

 英雄様とか呼ばれても所詮は王族。足場の悪い登山道はあまり経験していないらしい。


 俺といえば、その日のパン代を稼ぐのにも死に物狂いだったのだ。こいつらの荷物をまとめて背負っているが、正直なんてこたぁない。もっと過酷な仕事もやってきた。これくらいで根をあげるようには育っていない。


 それよりも秒速で仕事を終わらせて、俺はヤりたいのだ!

 1秒だって無駄にしちゃいられない。


「見えたで!」


 俺より先を行くミナリが叫ぶ。

 逆光になってよく見えないが、どうやら岸壁を登りきり遥か先を見ているようだ。


 とりあえずどんなものか見てみよう。

 そう思って遅れる二人を残してよじ登る。北の果てに近いこともあり極寒だ。雪よりも凍結の方が厄介で、とっかかりに指を引っ掛けても気をぬくと滑りそうになる。


 しかし空はどこまでも青く澄み渡って心なしか気持ちがいい。生きてきたスラムが空気まで腐っているから余計にそう思う。


 やっとこさ登り切る。なかなか骨が折れた。ワーズワースたちを見下ろすとかなり下の方でへばっている。仕方ないかもしれない。


「どや、見えるやろ?」


 小さい背を伸ばして遠くを見るミナリに並ぶ。

 彼女の視界の先に確かにそれが見えた。


 砦というには禍々しい。まるで地獄への門扉だ。雲ひとつない蒼穹にポッカリと群青の瘴気が広がっている。


「あそこまで行くのか?」

「せやで。つーか近いねん。もっと離れてぇな。童貞が移る」


 ミナリが下から睨みつけてくる。


「移るもんならな、世界中の男に厄災振りまいてやるわ。つうかさ、お前はもうヤってんの? ワーズワースと」

「はあッ!? んなことふつう乙女に聞く!?」

「聞く。なんなら詳細まで聞いちゃう」


 そして臣民たちに告発するのだ。ワーズワースはとんだペド野郎だと。そして最終的に英雄は俺一人というわけだ。


「してへんわ! ウチまだ10歳やで。んなことできひんわ!」


 顔を真っ赤にして怒る姿は、なかなか愛らしい。


「それならあと10年したら相手してやる」

「せんでええわ。童貞のくせに態度だけはデカイな。おかしなやつや」


 慌てたり照れたり表情がコロコロ変わって面白い。

 喋り方もどことなく親近感を覚える。スラムは地方からやってきた難民も多く方言も飛び交う。ミナリの方言は西方の方だろう。俺も少し近い。


 見た目はセラが圧勝だが、話しているぶんにはミナリの方が落ち着く。


「さあって、仕事するかね」

「は? ここから下山して坑道を通るつもりやねんけど?」

「必要ない、たぶん」


 砦はかなり遠く、小指ほどに見える距離だがなんとかなるだろう。


 魔法を使えるようになってから怠惰に過ごしてきたわけじゃない。それなりに実験もしてきた。あれくらいの距離ならなんとかなるかもしれない。


「いやいやいや。直線距離で10キロは離れてんで。それに……」

「いいから黙ってろ」


 視線を脳内に移す。同期しているとでもいうのだろうか。風景と魔法式が同時に視界に映る。

 少しコツがいる。はじめは酔ったような感覚になったが、なんとか違和感は少なくなってきた。


 視線を巡らせる。次々と魔法式がスクロールする。

 目当ての魔法は初めて使った粒子崩壊だ。広範囲攻撃では一番使い勝手がいい。


 見えた。視線でロックする。


『リビドーが足りません。補充してください』


 無機質な声が脳内で警告する。


「ちっ」


 俺は舌打ちしてセラの姿を探す。

 まだまだ下の方でヨジヨジしている。さすがに米粒大の姿から妄想するのは非効率だ。


 仕方ない。


「脱げ、ミナリ」

「はぁ?」


 間抜けな顔で俺を見返す。瞳が大きく余計に幼く見える。


 うーん。無理かもしれん。いや、妄想するのだ。ミナリの10年後を!


「とりあえず脱げ。いや、少し待てよ。真っ裸よりもチラリズムの方がいいかもしれん。谷間を見せろ。それでどうにかする」

「気でも狂ったんか!? いきなり何いうてんねん!」

「世界平和のためだ。谷間だ。谷間を見せろ!」

「皮肉かッ!? まだ無いわンなもん!」


 きっちり首元まで覆われているのに胸元を抑える。

 それをじっとりとした視線で舐め回す。

 ちゃうねん。

 魔法のためやねん。


 ううむ。しかし、まぁこれはこれで。


 脳内で10年ほど時を加速させる。かすかな膨らみがしだいにふくれてゆく。こんなことは非童貞には到底無理だろう。プロである俺だからなせる技だ。


『リビドーが補充されました。魔法式起動。粒子崩壊パーティクルクラークス発動します』


「きた!」


 俺は体内から溢れ出るリビドーを発動させた。



「うそ……やん」


 疲労感で座り込む俺の隣でミナリが声を失っている。


 視線の先では砦を中心に半径5キロ圏内の地形が変わっていた。

 古い地層があらわになっている。

 他には何も無い。

 我ながら無茶苦茶だとは思う。


「これは……」


 背後からワーズワースの息を飲む声が聞こえた。

 セラは小さく悲鳴をあげた。


「とりあえず、な。一仕事は終えたぞ」


 そう言うのが限界だった。

 俺は冷たい岩肌に倒れ、意識を失った。


 俺は早くに気付くべきだったのだ。許容される以上の力は、いずれ疎まれることに。



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