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童貞概論  作者:
2/10

道程2 純潔と純潔で取引

 そのままわっしょいされる事2時間。我が家のあるスラム街から王都の中心地までは遠いのだ。

 正直どんな罰ゲームよりもキッツイ。


「わー! 魔法使い様!」との声が多いが、中には「三十路童貞とか……自分の息子なら殺して俺も死ぬわ」とか、「意外と普通じゃん。普通なのにヤレねぇとか(爆笑)」とか言っているおっさんたちもいた。


 まあ、わかる。わかるよ。

 でもお前らの顔は覚えたからな!

 あとでキッツイのお見舞いしてやるからな!


 そんなふうに怒りと羞恥心で身悶えしていると、やっとこ王宮にたどり着く。


 通されたのは目が痛くなるほど輝いている部屋だ。ゆうに俺の家の数倍の広さはある。

 そこの中心に小さな円卓があり、俺は無理やり座らされる。


「あのぉ、これだけ広いのに調度品はこの円卓だけ?」

「広い? そうかな。これくらいは必要さ。狭苦しいと心まで貧しくなるからね」


 両手を広げてキラッと笑う。


 こいつ殺してやろうか。どうやら無自覚に人をイラつかせる才能があるらしい。


「まぁ、うん。ソウデスヨネー」


 目を泳がせながら肯定してしまう。俺が先に死んだほうがよさそうだ。


「エドくん。敬語はいらないよ。今日から私たちは仲間になるんだから」

「はい?」

「ワーズワース様さぁ、本当にこいつをパーティーに加えるつもりなのか?」


 猫耳族の幼女が椅子にあぐらをかきながら言う。

 不満を全身ににじませている。


「そうだよミナリ。魔法使いは得難いからね。特に攻撃魔法を扱える術者は」

「生活魔法の術者が2名。攻撃に特化した術者は現在この国にはおりません。ワーズワース様がパーティーに加えたいのも当然かと」

「あと君もいるさセラ。現存する回復魔法師は君一人だ」

「いえ、私は聖職者ですので」


 セラと呼ばれた神官服の黒髪乙女は恥ずかしそうに俯く。耳まで真っ赤だ。


 そこで思い当たる。


「なぁ、なんた……」

「セラと申します」

「セラはいわゆる聖女ってやつなのか?」


 俺の言葉にコクリと頷く。


 なるほど。

 なるほど。


 童貞男は三十路越えで魔法使いになる。

 そして女は二十歳を処女のまま迎えると聖女となる。

 しかし全員がなれるわけではない。見目麗しい完全無欠の乙女だけだと言われている。つまり神はとびっきりのエロだと言える。


 つまり、俺の目の前にいるのは、黒髪乙女で、処女で、聖女というわけだ。

 誰にも、触られたことのない、巨乳が、そこにはある!


「おや、地鳴りかな」


 かすかに宮殿が揺れる。ギッシギッシと軋むシャンデリアをワーズワースが見上げた。

 猫耳族のミナリは情けない悲鳴をあげて椅子の手すりにしがみつく。


「いや、違う。すまんな。ちょっとだけ興奮して魔力が暴走しかけただけだ」


 俺は鼻血が吹き出さないように気をつけながら言う。


「それで話とは? 条件次第では聞いてもいい」


 ニタリと笑う俺をセラは不安そうに見つめていた。

 照れるじゃないか。



 ◇



 魔法使い誕生の鐘の音を、ワーズワースははじめあまり期待していなかったらしい。

 そりゃそうだ。所詮三十路童貞の社会不適合者だからな。


 そう言うと「違うさ」と首を振る。


「魔法使いと言っても能力に個体差が大きすぎるのさ。以前いた攻撃魔法使いは、せいぜい炎の球を生み出したり、矢を防ぐくらいの突風しか巻き起こせなかったと聞いている」

「そうなのか?」


 初耳だ。

 しかし確かに生活魔法師の方が多いとは聞く。


「ああ。だから君が消滅させた山を見て驚いたよ。あれほどの威力は歴史上でも類を見ない」


 裏山のことが話題に上がり俺は背筋を丸めた。なにか罪になるだろうか。なるわな。国土はすべからく王家のものなのだから。


「私が思うに、君はただの童貞ではないね?」

「童貞にただも糞もねぇよ」


 俺は吐き捨てるように言った。

 なじられてるのか褒められているのか分からん。俺からしたらただセックスしてないだけの男なのだ。


 不貞腐れる俺を見てワーズワースが困ったように笑う。

 なんだか不穏な空気が横たわる。


「つまりだ、私が言いたいのは……」

「お茶をお持ちしました」


 セラが湯気の立ち上るティーカップを台車に乗せて運んでくる。

 険悪な雰囲気を察したのだろうか。セラは少し席を外していたのだ。


「ああ、ありがとうセラ」


 まずはワーズワースの前に置き、ミナリにはミルクを差し出す。

 そして最後に俺の前に置こうとしたのだが、貧乏人のサガか。思わず受け取ろうとして手を差し出す。その瞬間だった。


「まてっ!」


 ワーズワースが珍しく、というかはじめて真剣な表情で怒鳴った。


 驚いたセラがカップを落とし、派手に割れる。中身は無事俺の体にぶっかかった。


「熱ッ!!」

「ああっ! 申し訳ありません! すぐ拭きます」


 俺にかかった熱湯をセラが拭こうとする。俺はすかさず股間を突き出す。


「まてっ! 私が拭く!」


 驚くほどのスピードで駆け寄ると、ワーズワースは俺の股間をハンカチーフで拭き拭きする。妙に優しい手つきがムカつく。


 殺すぞ。いや、マジで。


「セラとミナリには言っておく。今後一切、彼には、エドくんには触れては駄目だ。これは命令と思ってくれ」

「言われなくてもやな、触るわけないやん」


 ぷーくすくすとミナリは笑う。

 セラも俺から距離を取る。命令は絶対らしい。

 まぁ、王族だからな。


「どういうことか聞かせてもらえるんだろうな?」


 俺は股間に顔を埋めるようにパタパタするワーズワースを見下ろす。

 もうさ、ええから。パタパタは。



「エドくん聞きにくいことを聞くのだが許してくれ。君は生まれて一度も女性と触れ合ったことがないのでは?」

「ばっ! ばっか。んなわけあるか。ある……か? あれ? ちょっと待てよ」


 三十年の壮大な歴史を振り返る。壮大すぎてほとんど覚えてないけれど。というか、覚えるほどのこともなかったけれど。


 アレはスラムの孤児院時代だったか。焚き火を中心にして男女がペアになって踊るという行事があったはず。

 その時に俺はどうしただろうか。


 そうだ。最初の一歩でつまづき、焚き火の中にダイブしたのだった。

 女の子の手を取り、親指でスリスリするという願望は、あえなく泡となって消えたのだ。


 孤児院もなぜか職員は暑苦しい男だけだったし、卒院してから働き口を探した時も、なぜか女っ気のない職場ばかりだった気がする。


 そんな……まさか。


「いーや、違うね! 俺だって人間の子だ。生まれる時は母親の中から這い出してきたんだから、その時……」


 必死に力説する俺の肩を、ワーズワースがポンと叩く。

 首を振りながら悲しそうに瞳がうるんでいる。


「そういうことさ。つまり君は、ただの童貞ではないのさ。女性と一度も触れ合ったことのない、完全無欠の童貞……これはもう童帝チェリー・オブ・エンペラーと言ってもいい」

「いや、それはちょっと」

「おかしいと思ったんだ。外を歩けば出会いに当たると言われるこの世界で、なぜこんなに規格外の魔法使いが誕生したのかと」


 確かにそんなふうに言われている。

 街を歩けばパンをくわえた少女と角でぶつかるし、落し物をしたら必ず美少女が拾う。

 週末の街は酔っ払いに絡まれている美女ばかりだし、それを救おうと日々男は肉体を鍛える。


 それなのに俺ときたら…。角でぶつかるのは大工のおっさんだし、モンスターに襲われるのはたいがい俺だ。もしくは襲う側が俺で、イケメンにボコられるまである。

 どうなってやがる。


「私だって森やダンジョンを探索していると、一日に一度はモンスターに襲われている少女を救っている」

「まぁ、せやね。ウチもワーズワースに助けられた口やし」


 ミナリがウンウンと頷く。


「そう考えたらな、確かにそこのクッサイ童貞の存在は奇跡やね。見た目が特別悪いわけちゃうやん? まあ中身は腐ってそうやけどな」

「失礼よミナリ」

「いやいや、せやかてセラも気づいとるんやろ。ずーーーーっとこいつセラの胸見てんで?」

「そ、それは」


 セラは恥ずかしそうに両手をもじもじさせて、俺の視線に気づいたのかハッと胸を手をやる。


「ああ。見てる。もはや凝視と言ってもいい。見るぶんにはタダだろ」


 俺はそんなことでアタフタしない。

 照れたセラは可愛いので、なんならもっと視姦することにしよう。


「まあまあ。それも彼の魔力の源だと思うんだ」

「つまり見てもいいと?」

「そう言われると答えづらいな」


 ワーズワースはセラにむける俺の視線を遮るように移動する。


「つまり君は女の人の体を触れたことがないから、想像するんだよね?」

「ああ、するね。触り心地、匂い。全て未経験だから妄想は捗るぞ」

「それだよ。知っていたらなんてことはないんだよ。知らないから理想化する。それが君の魔力の源だ」


 ほーん、と俺は鼻をほじりながら聞き流す。


「エドくんの力は絶大だ。一度でも女性に触れたら、その力は失われるかもしれない」


 しるか。

 そのうちヤってやる。童貞と魔法使いを同時に卒業してやる。


「エドくんはまだ知らないと思うんだけれど、世界は危機に瀕している。だから魔王軍を倒すために一緒に戦ってほしい。魔王を倒すまでさ。それまではすまないが君が女性に触れることは、国家級の犯罪とさせてもらう」

「はぁぁぁんっ! なんやて!?」


 ホジホジしていた指先が根元まで突き刺さる。


「その代わりと言ってはなんだが……。本当にいいのかいセラ?」


 鼻血を垂れ流す俺に誰も突っ込まず、視線が一同にセラに集まる。


「はい。覚悟の上です。見事魔王を倒した暁には……私の、えっと、その、はじめてをエド様に捧げます」



 無音。



「はぁぁぁんっ! なんやて!?」


 指はさらにねじ込まれた。








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