道程10
案の定だ。
スラムを出ると兵士たちに囲まれる。
しかしまるで俺を恐れるように遠巻きに包囲しているだけだ。俺が一歩進むたびに包囲網も後退する。
「魔法を失ったこと、知らされてないんや」
ミナリが耳打ちする。
なるほど、抑止力のためにも伏せているというわけだ。
それなら俺の罪状はなんなのだろう。
「ワーズワース殿下の命令を無視しての虐殺行為。それに伴う拘禁からの逃亡だ」
俺の問いに士官が叫ぶ。よく見れば俺をわっしょいしていたおっさんだ。俺の魔法を体験しているからか、腰が引けている。
「お前らに俺が捕まると思ってんの? 皆殺しにすんぞ!」
そんなつもりもないが、それで逃げてくれたら手間も省けて助かる。
俺の怒声に怯んだのか、目の前に道がひらける。
否。そうではなかったようだ。
「貴様にそんなことができるのかい?」
不遜な態度で現れたのはワーズワースとセラだ。
「わざわざこんなところまでご足労、痛みいるな」
「なに気にすることはないさ。貴様を従えたのは私のミスだからね。痛恨のミスだよ。まさか私の制止を振り払い、あのような残酷な所業に出るとは」
兵士に向けて芝居掛かった仕草で哀しみの表情を浮かべる。
「しかし! そんな貴様を裁くのも私の使命。いかに強力無比な魔法を使おうとも、私は負けない!」
おおっと兵士たちが感嘆の声をあげる。咽び泣くものもいるようだ。
呆れてものが言えん。
魔法を失った俺をなぶり殺し、悪の魔法使いから世界を守った英雄にでもなるつもりなのだろう。
「それに私には神から遣わされた聖女もいる。負けるわけには、いかないッ!」
腰からスラリと剣を抜き、貴公子然とした構えを見せる。
「ほい。超極小の粒子崩壊発動」
脳内に現れる魔法式を限界まで薄めて発動する。
対象はワーズワースの剣だ。
王家に代々伝わると自慢していた宝剣が粒子に分解され、大気へと溶ける。
「なっ!? 貴様魔法を!?」
どよめきが起こり兵士たちがたじろぐ。そしてワーズワースは唖然として声をあげた。
「おかげさまでな。童貞を卒業して賢者に進学したよ。お前もどうだ? そろそろ卒業したら」
「なにッ!?」
俺の言葉にワーズワースは顔面をデスラーよりも青くてして後ずさる。
デスラーってなんだっけ。
まあアレだ。血が止まったように鬱血した感じだ。
「……聞いたことがあります」
セラがワーズワースの背後から声をかける。
声が震え、信じられないものを見るような目で俺を見る。
「神殿に伝わる古い言い伝え。その者、全てを愛に捧げて暗黒の地に降り立つべし。しからば茨の道は拓……」
「あーー、あんな、そー言うのはいい。所詮不確かな神話だ」
俺はセラの震える声を遮る。
衆人環視のなか愛とか、金玉がキューとなるってなもんだ。
「ワーズワース、べつに俺はお前にザマァしにきたわけじゃねぇ。お前が囲っている魔族の解放をお願いに来たんだ」
「……お願いだと? 力を誇示しているだけではないか」
「お前にゃ言われたくねぇけどな。剣の力に王家の力。それに加えて魔法も使えるんだろう? 童貞王子様よぉ!」
「貴様ッ!? 何故それを」
俺は早く気付くべきだったのだ。
なぜ俺は数日も卒倒していた?
魔法使いが魔族への抑止力となるはずなのに、なぜこいつは俺を殺そうとした?
そしてあの夜の狂ったように鳴り響く鐘の音。あの夜に魔法使いとなったのは、俺一人ではなかったのだ。神は二人のために阿保みたいに鐘を鳴らしていたのだろう。
そして、俺の股間に顔を埋めてパタパタする、やたらと優しく愛撫するような奴の手つき。
「わ、私は童貞などでは……魔法使いなどでは……」
「あのさぁ、確かに処女じゃねぇだろうけどさ。You……ホモだろ。それもガチサドのモーホーとか、マジ救えねぇな」
「貴様ッ」
ワーズワースの手のひらに魔力が集まる。
即死系の危険きわまる術式。
しかし今の俺には魔法式まで丸わかりだ。
「魔法式解除」
いち早く俺は奴の魔法式を解体する。
ワーズワースの手元で術式は不発し、魔力が弾けた。
「ぐっ!?」
暴走した魔力は奴の腕を付け根から焦がし、ワーズワースは片膝をつく。
「で、殿下!」
「うるさい! 馬鹿みたいに見ていないで、あいつをなんとかしろ!」
心配する兵士たちに怒声をあげる。
もはやワーズワースにはいつもの余裕に満ちた姿はない。
「おい、お前ら。言っておくけどな」
俺は剣を構えながら顔を見合わせる兵士たちに声をかける。
「見ての通りだ。第二王子たるワーズワースが童貞のホモ野郎で、しかも魔法使いだと知ったお前らはな、絶対口封じで殺されるぞ。こいつの本性を見せてやる」
俺は踏空を発動し彼らの頭上に飛空する。ミナリは小さな声をあげて俺の腰に抱きつく。
俺は脳内に浮かぶもうひとつの魔法式を発動した。
空が歪み、過去の記憶を映し出す。
どよめきが起こった。
兵士たちは俺が空に投影する映像に釘付けとなる。
【「私はね、こうやって」
ワーズワースは短剣をぬくと、魔族の子供の首筋に刃を当てる。
「こうしたかったのさ」
サッと右手が動くと、魔族の首にぱっくりと筋が描かれる。まるで筆で描いたように。
そして天井まで血しぶきが飛ぶ。
何も言う間も無く。何も止める間も無く。
一つの命が消える。
「その快感を、貴様は一瞬で奪ったのさ」
魔族の子供はどちゃりと血だまりに倒れる。
パクパクと口が何かを訴える。
俺は言葉の代わりに吐瀉物を吐き出す。
何を、とワーズワースが笑う。貴様はもっと殺した、と言う。
俺は、もっと殺した】
ワーズワースが捕虜となった魔族をなぶる映像が、透き通る青空に投影される。
俺の記憶を映像化する術式。自己流だかうまくいった。
「やめろやめろぉぉぉ!」
わめくワーズワースを見下ろす。まるで滝にでも打たれたように金色の頭髪は汗に濡れている。
「ワーズワース。俺はこの映像を世界中に流すことができる。神の鐘の音があるだろ? あのシステムをジャックするんだ。今の俺ならできる」
「やめろ! いや、やめてください! なんでもします。貴様の、いや、貴方のジョニーを咥えろと言うなら咥えます!」
「阿保かぁぁ! んなこと全力で断る! そうじゃない。そうじゃなくってな、とらえた魔族を解放しろ」
俺からの条件はシンプルだ。
魔族の解放。
魔族との平等で平和的な講和。
そして臣民が飢えない国づくり。
「それを飲むなら、兵士たちの記憶を消去する。そしてお前は英雄として国をまとめるがいい。真っ当な形でな」
ワーズワースは膝を折って手のひらをあわせる。
そんなことでいいなら、とその口が言う。
「そんなこと……か。平和で誰もが食っていける国を作る。それはな、お前が思っているより難しいぞ」
隣でミナリが頷く。
俺たちは泥をすすり、他人を欺き、物を盗り生きてきた。
そんな生き方をする者は数えきれない。
「でもやるんだ。俺はいつもお前を見ているからな。お前の背には常に剣が突きつけられていると思え」
そしてそれは俺自身にも言える。
俺は世界を変える。それが俺のやったことへの罰だ。
まずは魔族を故郷に送ろう。
そして彼の国を変えてみせる。それは少しづつ世界中に広がり、慈愛に満ちた世界となるのだ。
「遠い道のりだ。ミナリ、お前はお前の道を生きろ」
俺は腰にしがみつくミナリを見る。
彼女は幼い。無限の可能性がミナリの前には広がっている。茨の道を俺とともに歩く必要なんてない。
「一人では辛い道もな、」
ミナリの瞳は青空よりも澄んで、太陽よりも紅く燃えていた。
「後ろから誰かが押したらな、辛さも半分やねん。それにな、」
ミナリはそっと俺の耳元で囁く。
「心が通じた相手とのセックスって、天にも登るほど気持ちエエらしいで」
「ま、マジ!?」
セックスさんよ、お前の実力はそんなもんなのか、なんて思っていたのだが、違うのか!?
「大マジや。せやからな」
ミナリは言葉を切る。地上から俺を呼ぶ声が聞こえたのだ。
「エド様ッ! やはり貴方様は私が見込んだお方! そんな小娘よりもどうか私を隣に!」
見るとセラが黒髪を乱しながら叫んでいた。いっそ清々しいほどの風見鶏だ。
すがりつくワーズワースを足蹴にしている。
「あんなん言ってるで。どないするん?」
「どうでもいいさ。それよりも続きがあるなら話してくれよ」
俺は地上から声が聞こえないほど上昇する。誰にも聞かれたくないし、聞かせたくない。
「ええとな、せやからな、あと10年待てる?」
少し不安そうにミナリは言った。
俺の答えは決まっている。
「30年待ったんだ。それくらいどうってことない」
未来の歴史書にはこう記されている。
世界を変えようと茨の道を進んだ大賢者エド。その傍らには常に希少種猫耳族の美女が寄り添っていた、と。
ーー完ーー
お目汚しスマン。
次は真面目に書く




