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童貞概論  作者:
10/10

道程10

 案の定だ。

 スラムを出ると兵士たちに囲まれる。


 しかしまるで俺を恐れるように遠巻きに包囲しているだけだ。俺が一歩進むたびに包囲網も後退する。


「魔法を失ったこと、知らされてないんや」


 ミナリが耳打ちする。


 なるほど、抑止力のためにも伏せているというわけだ。

 それなら俺の罪状はなんなのだろう。


「ワーズワース殿下の命令を無視しての虐殺行為。それに伴う拘禁からの逃亡だ」


 俺の問いに士官が叫ぶ。よく見れば俺をわっしょいしていたおっさんだ。俺の魔法を体験しているからか、腰が引けている。


「お前らに俺が捕まると思ってんの? 皆殺しにすんぞ!」


 そんなつもりもないが、それで逃げてくれたら手間も省けて助かる。

 俺の怒声に怯んだのか、目の前に道がひらける。


 否。そうではなかったようだ。


「貴様にそんなことができるのかい?」


 不遜な態度で現れたのはワーズワースとセラだ。


「わざわざこんなところまでご足労、痛みいるな」

「なに気にすることはないさ。貴様を従えたのは私のミスだからね。痛恨のミスだよ。まさか私の制止を振り払い、あのような残酷な所業に出るとは」


 兵士に向けて芝居掛かった仕草で哀しみの表情を浮かべる。


「しかし! そんな貴様を裁くのも私の使命。いかに強力無比な魔法を使おうとも、私は負けない!」


 おおっと兵士たちが感嘆の声をあげる。咽び泣くものもいるようだ。


 呆れてものが言えん。

 魔法を失った俺をなぶり殺し、悪の魔法使いから世界を守った英雄にでもなるつもりなのだろう。


「それに私には神から遣わされた聖女もいる。負けるわけには、いかないッ!」


 腰からスラリと剣を抜き、貴公子然とした構えを見せる。


「ほい。超極小の粒子崩壊発動」


 脳内に現れる魔法式を限界まで薄めて発動する。

 対象はワーズワースの剣だ。

 王家に代々伝わると自慢していた宝剣が粒子に分解され、大気へと溶ける。


「なっ!? 貴様魔法を!?」


 どよめきが起こり兵士たちがたじろぐ。そしてワーズワースは唖然として声をあげた。


「おかげさまでな。童貞を卒業して賢者に進学したよ。お前もどうだ? そろそろ卒業したら」

「なにッ!?」


 俺の言葉にワーズワースは顔面をデスラーよりも青くてして後ずさる。

 デスラーってなんだっけ。

 まあアレだ。血が止まったように鬱血した感じだ。


「……聞いたことがあります」


 セラがワーズワースの背後から声をかける。

 声が震え、信じられないものを見るような目で俺を見る。


「神殿に伝わる古い言い伝え。その者、全てを愛に捧げて暗黒の地に降り立つべし。しからば茨の道は拓……」

「あーー、あんな、そー言うのはいい。所詮不確かな神話だ」


 俺はセラの震える声を遮る。

 衆人環視のなか愛とか、金玉がキューとなるってなもんだ。


「ワーズワース、べつに俺はお前にザマァしにきたわけじゃねぇ。お前が囲っている魔族の解放をお願いに来たんだ」

「……お願いだと? 力を誇示しているだけではないか」

「お前にゃ言われたくねぇけどな。剣の力に王家の力。それに加えて魔法も使えるんだろう? 童貞王子様よぉ!」

「貴様ッ!? 何故それを」


 俺は早く気付くべきだったのだ。

 なぜ俺は数日も卒倒していた?

 魔法使いが魔族への抑止力となるはずなのに、なぜこいつは俺を殺そうとした?

 そしてあの夜の狂ったように鳴り響く鐘の音。あの夜に魔法使いとなったのは、俺一人ではなかったのだ。神は二人のために阿保みたいに鐘を鳴らしていたのだろう。

 そして、俺の股間に顔を埋めてパタパタする、やたらと優しく愛撫するような奴の手つき。


「わ、私は童貞などでは……魔法使いなどでは……」

「あのさぁ、確かに処女じゃねぇだろうけどさ。You……ホモだろ。それもガチサドのモーホーとか、マジ救えねぇな」

「貴様ッ」


 ワーズワースの手のひらに魔力が集まる。

 即死系の危険きわまる術式。

 しかし今の俺には魔法式まで丸わかりだ。


魔法式解除オールデリート


 いち早く俺は奴の魔法式を解体する。

 ワーズワースの手元で術式は不発し、魔力が弾けた。


「ぐっ!?」


 暴走した魔力は奴の腕を付け根から焦がし、ワーズワースは片膝をつく。


「で、殿下!」

「うるさい! 馬鹿みたいに見ていないで、あいつをなんとかしろ!」


 心配する兵士たちに怒声をあげる。

 もはやワーズワースにはいつもの余裕に満ちた姿はない。


「おい、お前ら。言っておくけどな」


 俺は剣を構えながら顔を見合わせる兵士たちに声をかける。


「見ての通りだ。第二王子たるワーズワースが童貞のホモ野郎で、しかも魔法使いだと知ったお前らはな、絶対口封じで殺されるぞ。こいつの本性を見せてやる」


 俺は踏空ブロウ・アウェイを発動し彼らの頭上に飛空する。ミナリは小さな声をあげて俺の腰に抱きつく。


 俺は脳内に浮かぶもうひとつの魔法式を発動した。

 空が歪み、過去の記憶を映し出す。


 どよめきが起こった。

 兵士たちは俺が空に投影する映像に釘付けとなる。



【「私はね、こうやって」


 ワーズワースは短剣をぬくと、魔族の子供の首筋に刃を当てる。


「こうしたかったのさ」


 サッと右手が動くと、魔族の首にぱっくりと筋が描かれる。まるで筆で描いたように。

 そして天井まで血しぶきが飛ぶ。


 何も言う間も無く。何も止める間も無く。

 一つの命が消える。


「その快感を、貴様は一瞬で奪ったのさ」


 魔族の子供はどちゃりと血だまりに倒れる。

 パクパクと口が何かを訴える。

 俺は言葉の代わりに吐瀉物を吐き出す。


 何を、とワーズワースが笑う。貴様はもっと殺した、と言う。

 俺は、もっと殺した】


 ワーズワースが捕虜となった魔族をなぶる映像が、透き通る青空に投影される。


 俺の記憶を映像化する術式。自己流だかうまくいった。


「やめろやめろぉぉぉ!」


 わめくワーズワースを見下ろす。まるで滝にでも打たれたように金色の頭髪は汗に濡れている。



「ワーズワース。俺はこの映像を世界中に流すことができる。神の鐘の音があるだろ? あのシステムをジャックするんだ。今の俺ならできる」

「やめろ! いや、やめてください! なんでもします。貴様の、いや、貴方のジョニーを咥えろと言うなら咥えます!」

「阿保かぁぁ! んなこと全力で断る! そうじゃない。そうじゃなくってな、とらえた魔族を解放しろ」


 俺からの条件はシンプルだ。

 魔族の解放。

 魔族との平等で平和的な講和。

 そして臣民が飢えない国づくり。


「それを飲むなら、兵士たちの記憶を消去する。そしてお前は英雄として国をまとめるがいい。真っ当な形でな」


 ワーズワースは膝を折って手のひらをあわせる。

 そんなことでいいなら、とその口が言う。


「そんなこと……か。平和で誰もが食っていける国を作る。それはな、お前が思っているより難しいぞ」


 隣でミナリが頷く。

 俺たちは泥をすすり、他人を欺き、物を盗り生きてきた。

 そんな生き方をする者は数えきれない。


「でもやるんだ。俺はいつもお前を見ているからな。お前の背には常に剣が突きつけられていると思え」


 そしてそれは俺自身にも言える。

 俺は世界を変える。それが俺のやったことへの罰だ。


 まずは魔族を故郷に送ろう。

 そして彼の国を変えてみせる。それは少しづつ世界中に広がり、慈愛に満ちた世界となるのだ。


「遠い道のりだ。ミナリ、お前はお前の道を生きろ」


 俺は腰にしがみつくミナリを見る。

 彼女は幼い。無限の可能性がミナリの前には広がっている。茨の道を俺とともに歩く必要なんてない。


「一人では辛い道もな、」


 ミナリの瞳は青空よりも澄んで、太陽よりも紅く燃えていた。


「後ろから誰かが押したらな、辛さも半分やねん。それにな、」


 ミナリはそっと俺の耳元で囁く。


「心が通じた相手とのセックスって、天にも登るほど気持ちエエらしいで」

「ま、マジ!?」


 セックスさんよ、お前の実力はそんなもんなのか、なんて思っていたのだが、違うのか!?


「大マジや。せやからな」


 ミナリは言葉を切る。地上から俺を呼ぶ声が聞こえたのだ。


「エド様ッ! やはり貴方様は私が見込んだお方! そんな小娘よりもどうか私を隣に!」


 見るとセラが黒髪を乱しながら叫んでいた。いっそ清々しいほどの風見鶏だ。

 すがりつくワーズワースを足蹴にしている。


「あんなん言ってるで。どないするん?」

「どうでもいいさ。それよりも続きがあるなら話してくれよ」


 俺は地上から声が聞こえないほど上昇する。誰にも聞かれたくないし、聞かせたくない。


「ええとな、せやからな、あと10年待てる?」


 少し不安そうにミナリは言った。

 俺の答えは決まっている。


「30年待ったんだ。それくらいどうってことない」





 未来の歴史書にはこう記されている。

 世界を変えようと茨の道を進んだ大賢者エド。その傍らには常に希少種猫耳族の美女が寄り添っていた、と。




 ーー完ーー








お目汚しスマン。

次は真面目に書く

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