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童貞概論  作者:
1/10

道程1 祝福か断罪か

おっぱいを連呼します

 澄みきった夜空は、祝福の鐘の音を響かせるのに、とてもうってつけの舞台だと思った。


 あと数分で俺は三十歳となる。ついに童貞のまま大台を突破するのだ。


 もちろん嬉しくはない。なんなら穴を掘って隠れたい。なけなしのお金を握って今から娼館にでも駆けこもうか。


 いや、無理だ。今まで何度も試してみたが、ことごとく理不尽にも阻止される。

 ある時はスリに財布を取られ、ある時はクリーチャーばりの中年おばさんが出現し萎えた。しおっしおだ。

 歴代の魔法使いたちも同じ気持ちだったのだろうか。


 男は童貞のまま三十路を越えたら魔法使いとなる。例外はない。それでもこの世界に魔法使いは稀だ。


 魔法使い。あらゆる現象を操作し、強力無比な魔術や生活魔法で人類に貢献する尊い存在と言われている。世間では神に選ばれた者と呼ばれることだってある。


 俺は神に選ばれるより、一人でもいいから黒髪の乙女に選ばれたかった。そして、そして……


「セックスしてぇぇんだよぉぁぉぉッ!」


 リビドー全開の魂の叫びは、同時に天から鳴り響く鐘の音にかき消された。


 頭のおかしい前衛芸術家が、まるで気が狂ったように鐘を打ち続けるようなけたたましさだ。


 その音は世界中に響き渡る魔法使い誕生の鐘の音だ。

 神に祝福されている証でもある。

 ホント狂っている。


 ジンと痺れるような余韻を残し、祝福の、いや、俺には断罪の鐘の音は消えた。


 俺は自分の身体を見下ろす。

 特に変わったことはない。俺のジョニーがモゲているのでは? そう思って下着をめくる。ある。なんか怒っているように見えるが、あるにはある。


 と思っていたら唐突に変化は訪れた。


 頭の中に古代言語の魔術式が駆け巡る。目線を動かせば次々と現れては消えてゆく。

 このひとつひとつが魔法発動の術式なのだろう。


 とりあえず俺は赤く点滅している式に焦点を当てる。

 効果は不明だ。危険な魔法の可能性もあるので、俺は裏山に向かって術式を言語化する。

 聞いたこともない古代言語がスラスラと口からもれる。


『リビドーが足りません。補充してください』


 脳内で警告音とともにそんな声が聞こえる。


 リビドー?

 制欲が魔力になるのだろうか。

 俺は仕方ないので妄想する。


 ああ、セックスとはどんなに気持ちがいいものなのだろうか。女の人の胸は、いや、胸とかそんなもんとちゃうねん。


 おっぱいだ。


 おっぱい。

 なんて素敵な響きだろうか。

 女性のあの柔らかそうな胸部を、これほど体現した言葉は他にない。絶対だ。アレはおっぱいであって、おっぱい以外の何物でもない。はじめにおっぱいと命名したのは誰だろうか。神よりも崇めてもいいと俺は思うのだが。

 ああ、おっぱい。はたしてどんな感じなのだろう。


 僕はエア胸揉みをすべく右手を差し出した。もみもみ。


『リビドーが補充されました。魔法式起動。粒子崩壊パーティクルクラークス発動します』


 何その危険な単語!?


 そう思った時には遅かった。

 裏山全体に半球状の闇が広がる。どう見てもヤバイ。


「いや、ちょっ、ちょまーーーーッ!!」


 俺は唖然として膝をついた。目の前には、まるで巨大なスプーンですくったように地表が抉られていた。




 ◇



 翌朝俺は拉致された。


 とりあえず裏山消失の件は無かったことにして寝ていたのだが、強引に家へと突入してきた兵士に叩き起こされたのだ。


 そして両側から腕を掴まれた。


 あ、これはアレか。裏山のアレか。


 などと冷や汗をかきながら言い訳を考えていると、そのままわっしょいわっしょいと胴上げされた。


「新たなる魔法使いの誕生に幸あれーーッ!」

「新時代の幕開けじゃーーッ!」


 そんなことを叫びながら空中に放り投げられる。


「ちよっ! やめッ! 投げすぎぃぃ!」


 うちのぼろ家は天井が低いんだ。ガンガン頭をぶつけて目が回る。


「マジやめろ脳筋!」


 見れば兵士と言うより、もう少し位の高い将校みたいだ。どう見ても俺より年長もいる。

 どうせこいつらもセックスしているんだろう、そう思うと腹が立ってきた。筋肉とか見せびらかして女をゲットしてるんだろうファック。


 頭にきた俺は脳内から弱そうな魔法式を言語化する。


 その途端、何かに弾かれたように将校たちは吹き飛ばされ壁に打ち付けられる。


 ザマを見ろ。非童貞ども!


 と思ったら支えを失って俺は背中から床に叩きつけられた。痛みを飛び越えて息がつまる。


「はいはい。そこまで!」


 ゲホゲホと言っている俺の頭上から涼しげな声が聞こえた。いわゆるイケボというやつだ。


「すまないね、盛り上がっちゃってさ。えぇっと、エド君だったね」


 涙目で見上げると、よく知った顔の男が手を差し出している。

 この国の人間なら誰でも知っている男だ。


 アルフェルド王国の第二王子であり、随一の剣の使い手との誉れ高き貴公子ワーズワース。

 魔王軍との戦いでは常に先陣を切り、数々の強敵を打ち破っている現役バリバリの英雄だ。


 金色のサラサラとした髪をファサッとかきあげ、白い歯が輝く。

 俺に差し出された手は剣を持つ手にはとても見えないほど繊細で美しい。


 ……ヤってそうだな、こいつ。


 そういえば英雄ワーズワースの傍らには二人の美少女が寄り添っていると聞く。


 差し出された手はとりあえず無視して涙目をこする。そして辺りを見渡す。


 なるほど。確かにいるのだな。


 彼の右手側には黒い艶やかな髪をした神官服をきた女。そして左側にはルビーのように燃える目をした猫耳族。


「ワーズワース様、ひとまず事情を説明しては?」


 神官服を着た黒髪乙女が控えめに言う。


 実に好みである。黒髪に黒い瞳は希少種だ。白い肌は陶磁器のように滑らかで、黒髪とのコントラストがなんともいえない。それに、なにより、おっぱいでけぇ……。


「んなことよりさっさと連れてけばええやん」


 猫耳族の娘が黒髪乙女に口を尖らせて言う。

 こっちは、アレだ。はい、アウト。幼すぎる。何が二人の美少女だよ。どう見ても幼女じゃないか。

 もう消えろお前。俺のリビドーはお前にゃチンピクしない。


「まあまあ、二人とも。そうだね。エドくん。まずは魔法使い誕生おめでとう。私は君のことを待っていたんだ。ひとまず王宮にご招待しよう。話はそれからだ」

「いや。無理……」

「無理じゃないさ。そりゃ一般臣民が王宮に入ることなんて無理だけれどさ、君にはその資格がある」

「いや、そういう意味じゃなくって……」


 僕は差し出された手を払いのける。

 不敬罪で斬首されそうだが、正直もうどうでもいいと思い始めていた。


 俺が童貞のまま三十路を越えたことは全世界に知れ渡るだろう。

 このままおめおめと生きていけるはずもない。

「わー魔法使い様〜!」とか言いながらも、心の中では「クッサ! 童貞臭ぱねぇ!」って思うに違いない。死ね。


「もう生きていけない。もうムリ。はい、おしまい。俺の人生よさらば。すぐ、即 死ぬから出て行ってくれ」

「どうしたというんだい?」


 ワーズワースは怪訝そうに眉を寄せる。


「ちっ。英雄様にはわからねぇよ。とどけこのチモチ」

「うん、届いたさ! 最ッ高さ。だから迎えに来たんだよ」

「……話が通じない人か、あんた」

「バッチリ通じてるさ。君も今日から英雄となるのさ。私と同じだね」


 無邪気にニッコリと笑うとパチンと指を鳴らす。

 それが合図となり、俺は将校に有無を言わさずわっしょいされたまま拉致されたのだった。


 魔法使い降臨の祝福か。ファンファーレが鳴り響く街中を、そのまま胴上げされながら移動する。


 さすがに衆人の中、魔法で蹴散らすわけにもいかなかった。






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