第7話 ひまりサラマンダー⑦
「へえ、あなたと蛇縄くんが幼馴染ね」
華彩から話を聞かされた後、驚いたようにかたまっていた僕に「なにかしらその反応は?もしかして何かあるということ?私に、花の女子高生に好きな人を言えと恐喝しておいてあなたは私に隠し事をするつもりということね。なるほど、あなたのスタンスは分かりました。殺しましょう、そんな恥ずべき人間は、殺しましょう」と詰め寄られ、自白した。
僕と、蛇縄の関係を。
しかし…いつも通りに見えて僕に詰め寄った華彩はどこか余裕がないようだった。その反応は好きな人のことを少しでも知りたいという、ただの女の子に見えたのだ。言葉はとんでもなく物騒であったが。
だから決して華彩が怖くて自白したのではなく、僕なりにこの女の子に協力したいという気持ちから自白した、ということを覚えておいて欲しい。
そういうことであれば自白、という言葉もまた違うか。僕は、伝えてやったのだ。あえて、目の前の大火事女に。
「何かまた失礼なことを考えているわね」
ぐいっと顔を寄せる。
普通の人間であれば異性に顔を寄せられるというのは少なからずラブコメっぽいシーンであり、所謂ご褒美という見方もできるのであるが、こいつの場合はそんな生易しいものではない。
目の前でぱちぱちと炎が燃えている。
炙りだ。もはや。炙っている僕の顔を。
「…まあ、今はあなたのことなどどうでもいいわ。それよりも、なかなかにない偶然ね。まさか私の相談相手が好きな相手の幼馴染だったなんて」
「幼馴染とまでは言えないよ。もう関わりはほとんどないし。あいつが今何をしていて、何をしていないのかなんて残念ながら僕も同様に知らないんだ」
「別に。あなたに期待はしていないから、気にしなくていいわ。というより、あなたが何者であろうと蛇縄くんとどういう関係であろうと、私がすることには変わりがないんだし」
相変わらず、炎のように熱い女だった。
その情熱はどこからくるのか。これもサラマンダーの異形の効果なのだろうか。1つのことに関するとんでもない執着心。絶対にあきらめないという気持ち。
今回は、好きという気持ちを諦める、ことを諦めない…なんてややこしいことになるのだろうが。
「…」
でも。
だからこそ。
わかりやすい。もうすでにその気持ちが、その執着心が、答えを出しているようなものなのだ。その炎がなんなのか。その炎を消す方法とはなんなのか。それこそ、頭のよい華彩であれば、とうに気付いていてもおかしくはない。
ああ、本当になんて嫌な役目なのだろうか。
こんな相談役なんて、協力なんて、しなければよかった、ともうすでに後悔しているのだった。
僕が、気付かせないと、いけないのか、これを。
「蛇縄は…異形嫌いなんだ」
「知ってるわ。私は確かに避けられてはいたけれど、あの反応は単純に異形を恐れている人の反応だった。ま、当然よね。まだ中学生なんだし。でも異形嫌いってほどではなかった気がするのよね。嫌いとか、それこそ殺したいほど憎いだなんて。私が最初に会った時はそんな感じじゃなかった気がするけれど…きっと私が異形になって、しばらく避けられて、会わないうちに何かあったと考えるべきかしら。ねえ、大海原くん」
「…さあな」
それは教えられない。教えたくない。蛇縄のことは別にどうでもよくて、あいつが何をしようと僕にさえ迷惑がかからなければそれでいい。しかし、その話をしようとすると、別の誰かを巻き込むことになってしまうのである。それこそ、死んでも話せない。
しかし、それはわかっていたのか華彩は「ふうん」と小さく呟くとそれで諦めたように話を変えた。
「ところで、私のこの炎を消す方法、何かわかったかしら」
「…」
わかっている。
恐らく。
ただ、僕はとっさに嘘を吐いた。
「わからないよ。そんなにすぐわかるわけないだろ」
「そう…。いえ、実は少しだけ期待してたのよ。あなたに、ではないわ。あなたなら異形の専門家とか知っていそうなものだったから。もちろん私の専属であるお医者様もいるにはいるのだけれど、すでにお手上げ、みたいね」
もしかしてなんやかんや言いつつ僕に相談したのはそれが理由なのか…?
しかし、残念。
残念ながら、僕は異形の専門家を知っている。知ってはいるが、役に立たないと思う。今回の件は特に、な。異形の専門家だからこそ、役に立たない。だってこれは、恋の話なのだ。異形の領域ではない、人間の領域内だ。
「華彩、お前は人間だよ」
「…バカにしてるの?この頭で、私が人間であるわけがないでしょう」
きっぱりと言い切る。
異形、人間とは別の存在。しかし、異形は人間の世界で生きていかなくてはならない。だから、人間であることへの執着はとても強いのだ。未練、とも言えるが。
華彩は違う。
異形らしい見た目であるため、人間であることを諦めるしかなかった。それが、今の華彩を作り上げている根本にあるもの、なのだろう。
「なにかしら、その目は」
「別に。華彩じゃなくて僕が顔の燃えるサラマンダーの異形であるならば、誰も困らなかったのかな、なんて思ってな」
「あなたは色々とデリカシーやら何やらが足りていないようね。まあ、それだけ人間と異形を差別していないとも捉えられるけれど。そうね、確かに天涯孤独のあなたの顔が燃えていれば問題はなかったのかもしれないわね」
「誰が天涯孤独だ」
家族はいる。
「冗談よ。その名前のように広い懐で受け止めてほしいわね」
「その名前が間違っていると言っているのだが」
大海原だなんて、たいそうな名前は持っていないんだよ。
「いえ、でも、ええ…そうね。私も何度も考えたことがあるわ。私以外だったら、私が人間だったならって。でも、最終的には私でよかった、なんて思ってしまうのよ。別に異形であることが好き、というわけではないの。できれば今すぐにでもこの頭を切り落としたいぐらいなのだけれど」
「物騒だな…」
「サラマンダーの異形というのなら、それこそイモリやヤモリのように尻尾を切り離してもまた生えてくるというような気合ぐらい見せてほしいものよね」
でも、そうなったとしても、新しく生えた頭もまた燃えているのだろうと、そう思った。
「私でよかった、っていうのは自己犠牲なんかではないわ。そんな綺麗なものじゃない。私は善人ではないし、偽善者にもなれない」
「だろうな」
「同意されたらされたで燃やしたくなるわね」
変に口を挟むのはやめよう。
「私は私がこの異形でよかった。だって、他人がこんな異形で、頭が燃えてたら怖いじゃない?その頭で話しかけてきたら、逃げ出してしまうでしょう?私だってそう。そんな怖い思い、したくないから。だから私でよかった。私が異形のおかげで、そんな恐怖を感じる必要はない、というわけね」
華彩は、そう言った。
お化けが怖いから自分がお化けでよかった、という理論だろうか。いや、結局はお化けになったとしてもお化けは怖いままのような気がするのだが。
強がり、なのだろうか。
僕は華彩火鞠という女がわからなかった。当たり前だ。出会ったばかりで全てを理解することの方が難しいというものである。
「大海原くん」
「…なんだ」
「ごめんなさいね」
それは、一体どういう意味なのだろうか。
僕には、よく、わからなかった。
〇
話をしよう。可愛い可愛い妹の話をしよう。
僕には妹がいる。とても可愛い妹、であるのだが、最近はなんだか口ばかりが達者になっており、喧嘩になることもしばしばである。
それでも兄というものは妹を見捨てられるものではないのだ。なに、小学生のたわごと等僕にとっては羽虫の飛ぶ音と同じ。綺麗に聞き流してにっこりと笑って見せよう。
兄として。
男として。
僕は妹の見本とならなければならない。僕というとても高尚な人間を目の前にして、有象無象のこの世の男どもに引っかからないように教育しなければならない。
ああ、いいよって来る男共はお兄ちゃんと比べると路傍の石ころ、ドブ川、腐った牛乳のようなものだなあ、なんて考えをしてもらわねば。悪い男に引っかかってしまう。
僕の背中を見て育て。
この僕の背中を見て。
「あ、兄ちゃん」
僕が頭大火事女と共に下校していると、たまたま帰宅途中であった妹の夢乃と出会った。これから蛇縄と関わらなくてはならないかもしれない憂鬱さを吹き飛ばすような笑顔だった。
妹の夢乃は体が弱い。それが死につながるわけではないが、どこかはかなげな印象でいつか消えてしまうのではないか、と不安になってしまう。
とはいえ、夢乃の口調はまだ元気だった小さいころから変わっておらず、大人しい印象とは別に僕のことを兄ちゃんと呼ぶのだった。
まだ小学6年生であるため、赤いランドセルを背負い、子供特有の可愛らしい服を着ている。足にはレギンスのようなものを履いていた。頭はお団子を作っており、遠目から見るとシルエットがパンダのようである。
特別仲がいいわけではないが、しかし、顔を見かけて話しかけない仲でもない。夢乃の通っている小学校が僕の通っている高校と近いため、こうして時々会うのだった。
「今日は友達と一緒じゃないのか?」
友達という言葉を発したのは何か月ぶりだろうか。
しかし、妹の前ではかっこつけたい僕なのである。動揺を見せないように、いい慣れてる感を出すように。後日、このことを華彩に伝えると「大海原くんは言葉を発するだけでも大変そうね」と結局嘲笑されたのであるが。
「うん、宿題たくさん出ちゃったからみんなで手分けしてやろうって話になって」
「へえ」
手分けして宿題をやる、か。今はそんな文化があるんだなあ。
ちなみにまたもや後日、華彩は「異文化コミュニケーションね、あなたと妹さんのやりとりは」と嘲笑してきたのであった。「最近はグローバル化なんて言葉もあるみたいだし、自分の生活圏以外の文化を取り入れるのも大切なことかもしれないわね」と、よくもまあすらすらと言葉が出てくるものだった。
ちなみに友人のいる人間の文化を取り入れても友人のいない人間には実行不可能であるという異文化コミュニケーションでの最大の弊害があったことは言わないでおく。
「兄ちゃんは…帰る途中?ってうえ!?」
夢乃が可愛らしい声をあげた。儚げな印象を受ける妹からはなかなか想像がつかない声だった。
恐らく。
いや、確実に僕の隣にいるだろう人間に対しての驚きだろう。
華彩火鞠。
頭の燃えている異形。
なんだかんだと慣れてしまってきているが、初見のインパクト、というのは今でも忘れられない。こうして普通に話せている僕であっても最初は動揺してしまったのだから。
だから、責められないだろう。
こうしてまだ小学生の妹が、華彩に対して驚いてしまったことは。
「兄ちゃんが、女の人と、歩いてる…」
僕に対しての驚きだった。
なぜか5・7・5だった。
この妹にとっては頭の燃えている人間より、女の人と歩いている兄の方が驚きの対象となることをここで初めて知ったのである。
さすがにそれはどうなのだ。それはどうなのだ、というより、そうさせてしまう僕とはいったいなんなのだ。さすがに少し落ち込む。
「あなたの妹さんにとってあなたって一体どういう位置付けなのでしょうね」
「今の反応を見ればあらかた分かると思うが」
あらかた分かってほしくないことだった。
夢乃の驚きがひと段落した後で、「あれ、燃えてる…」と小さく呟いたのが夢乃から華彩に対する初めての言葉である。もう少し驚かれると思った華彩も少し拍子抜けしたように笑っていた、ように見える。「似た者同士ね」と僕に小さく呟いて、華彩が前へ出た。
「私はあなたのお兄さんの…クラスメイト、みたいなもの。初めまして、夢乃さん、でいいのよね。私は華彩。華彩火鞠。少し頭が燃えているけれど、気にしないでくれると嬉しいわ」
別人だった。
僕に接する時は親の仇のように滅多打ちしてくるため、誰に対してもああやってつっけんどんな態度をとるものだとばかり思っていたが。
夢乃も少し硬直したあと、「よ、よろしくお願いします…」と小さな声で精いっぱい伝える。まだ、先ほどの驚きから解放されていないのか、少しぎこちなさを感じる挨拶。
「…?」
夢乃が挨拶と同時に手を伸ばした。
それを見て、華彩は首を傾げる。夢乃は慌てて差し出した手をひっこめた。
「あ、あと…、ご、ごめんなさい…。そ、その…握手…って…」
華彩の顔は、炎で見えない顔はその時、どのような顔をしていたのだろうか。ぼわっと少しだけ大きく燃えた後、穏やかに、めらめらと、ゆらゆらと、まるで原っぱの風になびく草花のように、その炎は燃えていた。その色は赤く、全てを燃やしてしまう、消え去ってしまうような、攻撃性の塊。そのはずなのに、優しいイメージがその炎にはあった。
「そうね、ごめんなさい。この年齢になると、挨拶に握手をするということもなくてね。思わず、忘れてしまうのよ」
嘘だ、と思った。
きっと、この頭になってから、異形であることを隠せなくなってから、華彩は誰にも触れられることがなかったのだろう。異形が避けられる理由は1つではない。人間とは違うから、気持ち悪いから、そんな理由もあるにはあるが。その中の1つに、自分を守るため、というのがある。
特に華彩のような、炎の異形の場合はそれが顕著だったろうに思う。あの炎は危ないから、近づいたら燃やされるかもしれない。自衛のために、華彩に触れることはなくなっていく。
だからこそ、責められない。
華彩は、人の悪意に敏感であっても、優しさには、善意には鈍くなっていた。
「はい」
華彩が手を伸ばす。
何気ないその動作を行う手は小刻みに震えていた。自分から手を伸ばす。その伸ばした手を、避けられたらと考えるだけで怖くてたまらない。スムーズに出せていたように見える手には、そのような感情が込められていたように思う。
しかし、その心配をよそに、夢乃は、震える手を小さな手で握った。
「よろしくお願いします」
「ええ、よろしくお願いします」
夢乃の手に握られたその手の震えは、もう知らぬ間に止まっているように見えた。
そんな華彩を見て、夢乃は心配そうに顔を覗き込む。見えない顔を、静かに覗き込んでいる。なにか、具合がよくないのか、と。そう考えているのだろうか。
華彩は「なんともないわ」と静かに微笑んだ(ように見える)。
「その、夢乃さん。なんというか、初対面でこんなことを聞くのもなんだとは思うんだけど、それでももし、よければ聞かせてほしい。あなたは私の顔、怖くないの?」
「こ、怖いって感じはしません…。その…綺麗だと思いました…優しそうな、感じがして」
華彩は驚いたように目を見開いた。
そして静かに、呟くのだ。
「…そう。変なことを聞いてごめんなさいね」
質問の意図がよくわからなかったのか、途切れ途切れの言葉を紡ぐ夢乃。
だからこそ、嘘ではないと分かる。
お世辞なんかじゃない。きっと、心の底から想っているんだって、分かるんだ。
「なかなかだろ、僕の妹」
「なぜあなたがドヤ顔をしているのかは疑問だけれど、そうね。あなたに似なくてよかったわね、という感想かしらね」
「それはどういう意味だ」
顔の話であるならば、勘弁願いたいところであるが。
華彩はそう言うと「私はここで」と短く挨拶をして、1人この場から去っていった。
その後ろ姿から僕は華彩の感情を読み取ることができなかった。炎の揺らめきもいつもと変わらず、だけれど、いつもと変わらないことが逆に気になるというか。
彼女は今、何を想っているのだろう。
「き、緊張した…」
「緊張?ああ、人見知りだからな、お前は」
「いや、兄ちゃんの唯一のお友達だと思ったら緊張して…夢乃が何か粗相をしたら兄ちゃんに愛想尽きてお友達やめちゃうんじゃないかって思ったら…」
「…」
異次元の気の遣われ方だった。
小学生の女の子にここまで言わせる高校生の男というのもなかなかにえげつない構図である。こいつ、実は遠まわしに僕のことをバカにしているのではなかろうか。
「ていうか兄ちゃんの方が何倍も人見知りでしょ」
追い打ちだった。
その追い打ちに抵抗するかのように僕はこう言った。
「別に友人じゃない」
「じゃあほ、ほんとに恋人…」
「それはもっとないな」
ふと、考えてしまう。
華彩と恋人同士になったら、どういう感じなのだろうか、と。どういう感じもなにもそもそも全く想像がつかない。
未だに僕はあいつが恋をしているだなんて、どこか信じられていないのかもしれない。
僕と妹は並んで帰る。
今は少しだけでも、そんな前途多難な道を忘れることができるように。
よろしくお願いします。




