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異形は恋をする。  作者: 桃文化
第1章 恋するサラマンダーは自分の尾を燃やし続ける
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第6話 ひまりサラマンダー⑥

 華彩と出会った翌日のことだった。

 僕は放課後に華彩に呼び出され、その昔話とこれからの目的を相談してきたのである。要するに、フラれるために告白する協力をしろというわけだ。その顔ではフラれることすら満足にできない。難儀な話だ。

 それを人通り聞き終えた僕は少しだけ考える素振りをしながらも華彩にこう答えた。


「協力するよ」


 それに対し、華彩が言い放った言葉は「正気…?」である。協力するといった人間にとんだ仕打ちではあるが、わからないでもない。無償という言葉ほど恐ろしいものはないのだから。

 華彩は「なるほど」と呟いた後、少しだけ恥ずかしそうにしながら口を開いた。


「協力する代わりに私の体がご所望というわけね」

「ご所望ではない」


 何段飛ばしの思考なんだそれは。


「古くから男性は何らかの対価に女性の体を求めると聞いたことがあったのだけれど、違ったのかしら」


 刑務所出身なのだろうか。どこの常識だそれは。

 どこでそういう知識を仕入れてきたのかはわからないが、男というものを色々誤解しているのだろう。異形と向き合ってきた彼女がどこかしら人間とずれていてもおかしくはない。ただ、ずれ過ぎである。

 そう伝えると炎を少しだけ大きくしながら、こう言うのだ。


「では何をご所望なのかしらこの贅沢者は」


 贅沢者とはとんだ言われ様だった。

 若干だが、機嫌が悪くなったらしい。自分の体を拒否されたから…?しかし、じゃあいただきますというわけにもいかないだろう。結局は詰みなのだった。

 少し大きくなっている炎は怒りを表している…?たぶん。そうなのだろうと思った。


「ああ、わかったわ。私にも協力しろということね。あの…小さい子との恋愛について。えっと確か五陵花さんと言ったかしら。彼女のことが好きなのでしょう。あんなに楽しそうに帰っていたのだし」


 相変わらずの誤解具合だった。

 この勘違いは僕が恐れていたことなのだが、こいつにはどう勘違いされてもいいと思える。そもそも、こいつは誰かに言いふらしたりそれこそ僕が誰かと付き合っていることを軽蔑するタイプの人間ではない。

 言いふらす相手すらいないだけ、というのもあるのだろ思うが。

 とはいえ、否定しないわけにもいかない。だって、それは間違いなのだ。僕と五陵花はそういう関係ではない。もう何回も言っているが、使い古された言葉できっぱりと言い切ることとしよう。


「それは誤解だ」

「そう、あなたみたいな人間が誰かと付き合えるとは思えないのだし、当然ではあるわね」

「…」


 あっさりと納得されたら納得されたで、こちらは納得がいかないのだった。


「そもそも五陵花さんは誰かと付き合ったりするような感じではないわよね。恋より食…という感じ、というか子供にしか見えないのよね。もちろん、可愛いという褒め言葉よ」

「そうだなあ…今までそういうあいつの浮いた話は聞いたことがないなあ…まあ、五陵花が誰か好きな人を連れてきたら僕の検閲は必要だが」

「検閲ってなによ…なんであなたの許可が必要なの」

「ちゃらちゃらした人間に騙されている可能性があるかもしれないだろ。僕が守ってやらなくちゃいけないんだよ、五陵花は」

「距離をとりたいのか違うのか、よくわからないわね」


 それは僕が一番わかっている。中途半端だということぐらい。それでもやはりこのスタンスは変えられないのだった。学校では距離をとりたいが、じゃあ、それをずっと学校外でも継続したいかと言われると答えはノーだろう。好きなのだ、どうしようもなく。もちろん、恋愛的な意味ではない。家族として、幼馴染として。

 恥ずかしくてこんなこと本人の前ではいえないけど。でもきっとこれじゃいけない。少し学校の外でも気を遣おうと思った。こんなやつにも見つかるぐらいだし。


「それで、お前の炎をどう消すか、だったか。1つだけいい作戦がある」

「水を浴びたらどうだ?とかいうつまらない回答を言ったら殺すわよ」


 終わりだった。

 僕の作戦はここまでである。


「私が、そもそも、こんな頭になってそれを試していないとでも思う?確かに消火器はまだ試していないけれど、一時的に消すだけではだめなの。また、燃えるのよ。私はさながら薪というわけね。私がいる限り燃え続ける。それを切り離すことはできない」

「へー、バーベキューには便利だな」

「私はその気になれば放火ぐらい、何の問題もなく行えるということに気付くべきね」

「すみませんでした」


 悪ふざけしすぎた。

 顔が燃える異形…ねえ…。異形の発言というのは何らかのきっかけが必要になる。いきなり、なんの脈絡もなく起こったように見えてもそれには必ず理由があるのだ。なんて、これは昔お世話になった異形の専門家、異形の医者の言葉である。

 だから、僕もそれに倣うとしよう。

 華彩のきっかけを。

 普通じゃなくなった、異形となったきっかけを。

 考えるとしよう。


「あれ、そういえば、お前が好きな人の名前を聞いていなかったな」

「言う必要がある?あなたは私の炎を消すことだけを考えていればいいの。あとは私が動くわ。あなたが気にすることじゃない」

「ここまで言われれば気になるって」


 こんなプライドの塊みたいな女が誰を好きになったのか、なんて気にならないわけがない。こいつは誰かを好きになるというよりも、ふうん、私のことが好きなの?気持ちが悪いわね、なんていってバッサリ斬り続けるようなイメージがある。

 僕は興味本位でそれを聞いていた。

 彼女もきっと協力してもらっておいてそれを教えないのはなんだか不義理のように感じたのだろうか。

 静かに口を開いて。

 炎をいつもより赤く燃やし、大きく広げていきながら、恥ずかしそうに言うのだった。

 僕はこれを聞いて後々後悔することになる。

 だって、それは僕が一番聞きたくなかった名前であり、もう二度と関わりたくないと思っていたやつの名前なのだから。

 それこそ、数分前の自分を殴ってでも聞くのを止めればよかった、とそう思うのだった。


「私が好きな人は、蛇縄梔子(へびなわくちなし)。蛇縄くんよ」









 自分語りばかりで申し訳なく思う。しかし、彼女の今後の恋路を説明するうえで必要な内容のため、少しばかり我慢していただくことになるが、僕は昔友人という存在がいた。

 今はまるでいないみたいな言い方であるが、いや、実際いないのだ。

 過去にはいたのだ。

 普通の人間のように、人間の友人が。

 僕は今のように色々とこじらせていたわけではなかったし、一番好きな遊びは外でサッカーという今では考えられないほどのアクティブさを持っていたぐらいだ。今では見る影もないのだが。

 五陵花も当時は幼馴染、という括りにいれてもいい、もののどちらかといえば友人というイメージが強かった。遊び相手だった。

 だが、今回の言う友人とは五陵花のことではない。

 五陵花ともう1人。いつも一緒に遊ぶ友人がいた。それが蛇縄梔子だった。


「やあ、うしくん。調子はどうだい?」


 何をしても人並み以上にできるやつだった。毎日毎日そうやって、嫌味のように僕に聞いてくるのだ。にやにやとしながら、蛇のように。

 医者の息子で、顔もよく、当時から背も高かった蛇縄はとてもよく女の子に好かれていた。バレンタインの日に僕が呼び出されて、わくわくしながら言ったらその女子から蛇縄くんに渡してほしいの、と言われたときの気持ちは今でも覚えている。

 まあ、しかし、そんなことはどうでもよかった。

 僕はあいつに一生勝てないのだし、あいつも僕のことをそこまで気にしていない。だからだろうか、小学生の頃からよく遊んでいたはずなのに中学生になるときには少しだけ疎遠になっていたのだ。

 いつだってやつのまわりには女の子がいて。

 そして何不自由ない人生を笑顔で歩んでいるような、そんなやつだった。


「そんなに自分を卑下するものじゃあないぜ」


 にやにやと蛇縄は言った。

 慰めのつもりでも僕からしたらそれはもう嫌味と同じだ。お前のような立場で僕の何がわかる、だなんていうつもりは全くない。ただ、きっと、なんとなく相容れない予感がしていた。幼馴染ではあるものの、あいつとは合わない。そんな気が、いつからかあったのだ。

 ただ、そんな嫌味な蛇縄を僕は別に嫌いではなかった。羨ましいと、妬ましいと思ったことは何度もあったが、それであいつを嫌いになることはなかった。そもそもここで嫌いになったら逆恨みも甚だしいわけでもあるし、なんて、疎遠になってもどこかでは蛇縄のことを考えていたのだ。

 結局は幼馴染で、五陵花と同じなわけだから、どんなことがあっても、嫌いにはなれなかった。

 ただ、決定的に、僕と蛇縄をわけるような出来事が中学生の頃にあった。


「やあ、うしくん。調子はどうだい?」


 いつも通りだと思った。

 また、か。僕はその時、別に何も変わりないよ、と答えたのを覚えている。そう言った時の蛇縄の目を、僕は一生忘れないだろう。蛇のような男だった。蛇のように威嚇をして、縄のように巻き付く。名前のとおりの人間だった。

 その男が、僕をまるで化け物を見るかのように見ていたのだ。

 さすがの僕も驚いた。

 こいつが僕を軽んじるのはしょうがないと思っていた。こいつと比べると僕はどうしようもなくしょうもない人間なのだから。

 しかし、恐れられるようなことをした覚えはない。

 だって僕は何も変わらない、変わりなかったのだから。


「ああ、なるほどね。君にとっては何も変わりないわけだ。ああ、よくわかったよ。うしくん。君はこれが日常なんだね」


 次の瞬間には僕を軽蔑するかのように見てきたのだった。

 妹からはよく鈍いと言われる僕も、さすがに、その言葉で、その目で彼の言いたいことが分かった。今は伏せさせてもらうが、当時のことを、彼は、思っていたのだろう。決して日常とは言いにくかった日常を指して、彼は調子はどう?と聞いたのだ。

 僕は慌てて言ったのを覚えている。そういう意味で言ったのではない、と。


「まあ、いいよ。よく考えたら元から君はそういう人間なのだったし。なあ、うしくん。君はさ、異形を許せるか?僕はさ、許せないんだ異形が。憎くてしょうがない、異形が。あの化け物たちが。憎くてたまらないんだよ。それこそ殺したいほどに」


 中学生の言うセリフではなかったように思う。

 いや、逆に殺すだなんて中学生らしいと言うべきなのだろうか。

 しかし、この殺すにはきっと、言葉以上の意味が含まれているのだろうと、そう思った。


「僕はどうすればいいのかもうわからないんだ」


 蛇縄は泣きそうな顔でそう言った。


「だから、矛盾を抱えて生きることにしたよ。君はきっと、そんな矛盾も矛盾と捉えないんだろうけれど、僕は君ほど強くないから、こうして背負っていく」


 その言葉の意味は、よくわからなかった。

 だが、高校入学すぐの頃にあったデモを思い出した。学生参加型のデモ。異形を社会から排除する。それを志した学生運動。その筆頭にいたのが蛇縄だったことを、思い出した。

 それを確認してから僕はやつと一度も話していない。どころか、見てさえいない。

 これが蛇縄梔子。

 きっとわからない点も多かったろうが、単純に、これだけ覚えてもらえれば問題はない。

 蛇縄梔子は異形を殺したいほど憎んでおり、嫌っている。異形が好きになるにはあまりにも、考えうる限り最悪の相手だと。

 それだけ覚えてもらえればいい。

 そしてそれに関わることとなった僕の気分もまた、最悪なのだった。

 

 

よろしくお願いします。

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