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異形は恋をする。  作者: 桃文化
第1章 恋するサラマンダーは自分の尾を燃やし続ける
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第3話 ひまりサラマンダー③

「恋…?」


 スプリンクラーから水が放出されている中、僕と華彩は話し続けていた。正直教師がやってくるのも時間の問題ではあるのだが、華彩によると「異形のやったことだからきっと特にお咎めはないわ」とのこと。

 異形であることを隠すようなタイプは人間であろうとする。

 しかし、隠すことがそもそもできなかった華彩はきっとこういう生き方を選んだのだろう。異形である立場を利用するということを。

 それが正しいかどうかは一度置いておいて、お咎めがないというのならぜひそれにあやかりたいところではあるのだが、鞄に仕舞っているとはいえ、借りた本が心配だ。濡れてしまう。場所を変えよう、と合図をする。


「嫌よ」


 断られる理由が分からなかった。

 雨のように降る水を浴びても華彩の顔を覆う炎に変化はない。消えていない。消える気配もない。燃え続けて揺らめいている。そこから感情を読み取ろうと思うものの、出会ったばかりの僕には少々難しかった。

 僕が「なんで?」と聞く前に伝わったのか、降り注ぐ水のようにぽつぽつと華彩が話し始めた。


「もう一度仕切りなおして私の恋を手伝って、なんて恥ずかしい言葉言いたくないわ」


 ただの我が儘だった。

 このままじゃ風邪を引くぞ、と訴えても頑なに自分の意見を曲げない。「私は異形よ。炎の異形。こんな柔な水なんかで風邪なんて引かない」僕が引くんだよ。「ちょうどいいんじゃない?もし風邪で学校を休んだら誰も届けてくれないであろうその日のプリントなら私が届けてあげるから」澄ました顔でそう言った。いや、顔は見えないのだから雰囲気の話になってしまうが。

 なんにせよ、人にものを頼む態度では決してなかった。異形をこじらせてプライドが高くなっているのだろうか。それとも、こういう生き方しか選択できないのだろうか。

 今のはスプリンクラーのように水に流してやろう。今までのこいつの人生の過酷さを想像するとそれぐらい許してやってもいいという気持ちになった。


「で、恋を手伝うってどうすればいいんだ?ラブレターを下駄箱に入れておけばいいのか?」

「いいえ、そういうことをするのなら自分でするわ」


 そこはしっかりしているんだな、と思った。

 大事なところは他人に任せない、ということなのだろう。少しだけ燃えてる頭の炎が大きくなっていた。これは照れてるんだな、となんとなく思う。

 なんというか、下手な人間より感情が豊かなのではないだろうか。わかりやすいというべきか。まだ照れる以外の感情はよくわかっていないけれど。

 ちらりと華彩を見る。スプリンクラーのせいか少し下着が透けている。異形もブラジャーするんだ、なんてアホみたいなことを考えてしまった。

 それに気付いたのか華彩は自分の体を抱くように腕で大き目な胸を隠す。なんだこの敗北感は。


「私、可愛いのよ」

「は?」


 何行か読み飛ばしたのかと思った。

 唐突だった。寝ぼけながら読んでいた本で知らないうちに1ページ飛ばしていたような違和感がそこにあった。平然としている。いや、ここだろ、照れるところは。お前自分を褒めることに関しては照れとかないのかよ。


「小さい頃から両親に可愛い可愛いと言われて育てられてきたわ。将来美人になるね、と言われて育ってきた。お母さんもお父さんも嬉しそうに話していたの。当時の記憶なんてほとんどないからその時撮っていたビデオとかを見て知った部分ももちろんあるのだけれど」

「…」


 何が話したいのかよくわからないが、とりあえず聞いてみよう。これ以上余計なことを話してスプリンクラーの餌食になり続けるのだけは勘弁だった。

 それを読み取ったのか華彩は話し続ける。


「おばあちゃんも喜んでいた、楽しみねって。おじいちゃんもモテるね、なんて年甲斐もなくはしゃいでいたわ。私はそれがくすぐったかったけど嬉しかった。でもね、お母さんもお父さんもおじいちゃんもおばあちゃんも…誰も私の今の顔を知らないの。もちろん私も。私は今、どんな顔をしているのか、みんなの言ったようにちゃんと美人になっているのか、それがわからないのよ。この炎のせいで」


 きっと、異形はこの世界でとても生きにくいのだろう、なんて思うことがある。人間たちという自分とは別種の生物がいる中で過ごす日々というのはどういう気分なのだろうか、と。

 ああ、なるほど。確かに生きにくい。だって彼女たちの人生は人間の人生なんだ。普通に生まれて普通に学校に通って普通に就職して普通に死んでいく。それを普通じゃない彼女たちは真似事のように、人間に沿って生きていかなければならない。それはなんという苦行なのだろうか。

 彼女の家族ももちろん悪気があったわけではないのだ。

 きっと昔は異形だとはわからなくて、普通の家族が普通にするように自分の子供を褒めていただけなのだ。それがとある時点からまるで拘束具のように彼女を縛っていく。

 期待が、重い。

 反転する。


「それでも褒めてくれたの。可愛いに決まってるわ、って言い続けてくれてるの。だから、私は信じるしかないのよ、私は可愛いって」

「…それで、僕はどうすればいいんだ」


 さっきと同じ質問をもう一回。

 次は華彩も誤魔化さず、ストレートにこう言った。


「この頭の炎を消してちょうだい。いえ、消すのを手伝ってほしいの」


 わかるでしょ?この外見じゃ、恋をする以前の問題だって。褒めてくれた私の顔を取り戻して。こんな私じゃなくてちゃんとした、私を取り戻したいの。

 小さく笑ったように言う彼女の炎はどこか泣いているように見えた。

 それはきっと今もなお降り注ぎ続けているスプリンクラーのせいだと思うことにした。そうしなければ僕は彼女に、同情してしまいそうだったから。







 本当にお咎めがなかった。

 あのあと駆けつけた教師に対して淡々と私の炎がやりました、という彼女は先ほどまでの年相応の彼女ではなく、どこか達観した彼女のように思えた。

 まあ、その代わり制服がびしょびしょに濡れてしまったわけだが、まあ、それは後日彼女に対して文句を言うことにしよう。私の顔で乾かす?って言ってきた時はさすがに断わったが。

 昼休みのチャイムが鳴る前になんとか教室へ戻ろうと歩いている時、ふと、気になって僕は彼女にとある質問をした。


「なぜ僕に相談したんだ?」


 今まで関わりのなかった僕に。この3年生になってなぜ相談を。それこそ恋の悩みだなんて仲のいい友人にするものだろう。出会ったばかりの男子生徒にする話では決してなかった。

 僕はどんな答えを期待していたのだろう。僕みたいな人間が相談しやすそうなタイプの人間に見えるわけがないのに、なんとなく僕の人間性がよかったんだな、なんて思っていたのだ。少しぐらいはしゃぐことを許してほしい。まともな相談なんて受けたことがなかったのだから。

 彼女はきっぱりと、そんな僕の考えを斬るように告げた。


「消去法」


 僕に相談する前にこの学校の僕を除く全校生徒に相談しようと思っていたようだ。その結果、僕だけが残ったらしい。

 僕が最終手段だった。

 ただの残り物だった。


「まず、この外見だと相談前に逃げられてしまうもの。その事実って私からしたら結構大きいのよ。そもそもあなたじゃないけど友人なんて呼べる人はいないのだし」

「同じにするな」

「ああ、そうね。あなたは普通の人間なのに友人がいないのだったわね。私と違ってできない理由がありありとわかるようなことではなく、人間性諸々含んだ結果友人が1人もいない、ということを忘れていたわ」


 手ひどい反撃を受けたのだった。

 まあ、しかし、ああいっていたのが照れ隠しだと考えるとなかなか可愛いやつではある。本当に唐突に相談をされてしまったが、しかしそれは彼女からしたらとても大切なことだったのかもしれない。

 見ようによっては所謂チョロい女の子、という枠組みに入れられてしまうのかもしれないが、僕は少し違う、とそう思った。

 彼女の姿を見て、逃げない、という選択肢を選ぶ人間はなかなかいないのだろう。その事実が信用に足るようなことだったとしてもそれは何もおかしくはない。チョロくなんてない。彼女がしっかりと見定めて選んだのだ。まさかそれが友人のいない恋愛経験のない男だとは思わなかったろうが。

 貧乏くじ、というやつだった。貧乏くじで僕を引いた女だった。


「あとは…そうね、あなた異形に慣れてそうだもの」


 そのセリフについてはスルーした。

 具体的な相談内容はまた明日話すと伝えられて現在放課後。あんなことがあったとは思えないぐらい静かな放課後だった。

 帰りのホームルームが終わり、もよおして慌ててトイレに行ったあと、教室に戻ると誰もいなかった。雨も降っていないのにびしょぬれになって教室に戻ってきた僕に声をかける者がいなかったことからもなんとなくわかっていたが、今年も残念ながら友人はできないみたいだ。

 こちらも友人を作る努力をしていないので、当たり前の結果である。

 鞄を背負って静かに教室の戸を閉めた。がらがらという戸を動かす音が校舎内に響く。まるで世界に僕しかいないみたいな感覚になっていた。窓から入ってくる夕焼けの光が尚更この世のものではないような。そういう気分にさせてくれる。

 なんだか、疲れた。

 あれだけ話したのはいつぶりだったろうか。口が痛い。考えてみれば話していたのはほとんどあの女ではあるものの、学校で話すことなんてそれこそ五陵花が話しかけてくる時ぐらいだろう。それも僕から拒絶しているので回数は多くない。

 階段を降りていく。3年生の教室は4階にあるため、少しだけ玄関が遠い。こつこつという足音。時折話し声や走っているような足音が聞こえる。どうやら僕以外にもこの世界には人がいるようだ。

 玄関で靴を履き替え、校舎から出る。校門が見え、その校門を通り抜ける。なんだか拘束具が外れたような、解放された気分になる。


「あ、うしくんいた」


 一瞬にして再び拘束具が付けられることとなった。


「五陵花…」

「あの、うしくんクレープたべにいこ」


 にへらと笑いながらとてとて駆け寄ってくる。今日も今日とて丸くて小さい。伸びた髪の毛は後ろで2つに結っているが、下の方で結んでいるため、ツインテールという印象は受けない。

 制服は校則を守っており、スカートの丈も短くせず、きちんとしていた。ぼけーっとしたように見えてそのあたりはしっかりしているのだった。


「僕の話を聞いていたか…?」

「うん、だからここで待ってたの」


 あー…そうか。

 ここ、学校の中ではない、よな。学校で話しかけるのをやめろ、という言葉を本当にそのまんま受け取っていたらしい。

 本来であれば断わるべきなのだろう。それこそ、彼女のことを考えれば。そもそも学校外こそ危険な気もする。学校外でも一緒となるとそれはもはや誤魔化しようがないというものだ。偶然会っちゃってという言い訳もなかなかに難しい。

 だから断わるべきなのだ。

 貫くなら。

 一貫するのなら。

 僕はここで断るべきなのだ。


「ああ…少しだけな…」


 今回だけは。一緒に行こう。なんて、僕は本当に中途半端なのだった。

 すぐに揺らいでしまって。

 そんな風に自己嫌悪しても、五陵花の笑顔が見れるなら、と思ってしまう。五陵花が笑ってくれるなら僕はなんだってしてあげたい。しかし、そのためには僕とはきっと関係を断ち切るべきなのだろう。

 ふと、昔のことを思い出す。

 思い出して、僕は。やっぱり五陵花の笑顔を選ぶのだ。

 都会、というわけではないが、この辺りはとても広い。それこそ大きなお店に行かなければ他の生徒に見つかることもないだろう。見られたとしても僕らのことを知っている人間でなければわからないだろうし。五陵花は知らないが、僕は僕のことを知っているような人間がいるとは思っていない。だから注意すべきはうちのクラス…そして五陵花の友人…できることなら3学年の生徒…。


「ないない、まず見つからない」


 小さく呟く。

 横を見ると五陵花が目を輝かせながら歩いている。さすがに僕と一緒に歩くことが嬉しくてたまらないと思っているんだろうという勘違いはしない。これはクレープのことを考えているのだ。

 そして次に前を見ると頭が燃え盛っている女が立っていた。


「…」


 なんでだ。

 よりにもよって僕を知っている数少ない人間がなぜここにいる。

 スルーしたい。

 できることなら無視したい。夕焼けの色と似てたから保護色のようになって気付かなかった、と後になって言えば誤魔化せるだろうか。

 お互い歩いていく。どんどん近づいてくる。さすがにここまで近づいてしまえば言い訳は通用しない。五陵花に説明するのも面倒であるし、華彩に五陵花について説明するのも面倒だ。

 どうしたものか、と悩んでいると、すっと僕の横を通り過ぎて歩き去っていった。


「あれ」


 絶対に絡まれると思ったのに。

 しかし、その予想は外れたということになるのだろう。彼女は僕のことを気にもとめなかった。いや、それが彼女のいつも通りなのか。

 頭が燃え盛っている女と話している異常なやつ、というカテゴリに相手をいれないように気を遣っている。異形と関わりのある人間だとわからないように。相手を傷つけないために自分が傷つくそのやり方。

 僕のこの考えが当たっているのであれば、なんと悲しい生き方なのだろうか。

 そしてその姿を僕は、自分と重ねてしまった。

 重ねて、そして何事もなく、僕も歩いていく。これがきっと異形と人間の道。交わらない平行線。


「…」


 なんて。

 ただ華彩が僕のことを知人と認めていないだけかもしれない。なんでも異形に肩入れしてしまうのは中学校の頃の悪い癖だ。モテたいというパワー。それの延長線。その延長線もまた、きっと異形とは交わらない平行線なのだろうと、そう思った。

よろしくお願いします。

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