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異形は恋をする。  作者: 桃文化
第1章 恋するサラマンダーは自分の尾を燃やし続ける
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第2話 ひまりサラマンダー②

 異形、とは。

 人間が生まれてくる時に数パーセントの確率で発症する病気のようなものである。恐らく正確には1%にも満たないだろうその確率で、人間とは別種の、異形と呼ぶべき存在が生まれているのだ。とんだぼったくりガチャとも言える確率だが。

 不治の病、ともいえるだろう。現状治療方法はない。ただ、診察を受けて異常がないか確認するだけ。

 異形の異常を確認するだけだ。

 その異形にも様々で、生まれてすぐわかるものからしばらく経過しないとわからないものまで種類はたくさんあるのだという。今でもその種類の数は増え続けており、次々と新しい異形が生まれているらしい。

 今現在、異形は世界で認められており、異形として生まれた人間は登録を行わなければならない。登録、と言っても大仰なものではない。住所が変わった時に届け出るような、そんな形式めいた登録だ。それでその異形に、病名のような異形名が与えられるわけだ。

 異形専門の医者はその登録を見て、診察を行うという。もちろん病気のようにその病気によって治療法は違うため、異形名というのは実はかなり大切だったりするらしい。まあ、この部分は関係のないことだ。特に異形ではない僕にとっては。

 ただ、そんな世界的な動きとは別に、どうしても異形を受け入れられない人間もそれはもうたくさんいる。差別をなくそうだのなんだのという運動は全ての人間に刺さるわけではないのだ。だから、基本異形は異形であることを隠して生活していることが多い、らしい。らしいというのは隠してるわけだからそりゃ当然わからない。僕にはわからないからこんな曖昧な言い方になる。

 もしかしたら君の隣で生活している人間が、異形かもしれない、なんて。出来の悪い怪談みたいなオチがついてしまって大変申し訳ないが、ここからようやく本題だ。


「あなたに手伝ってほしいことがあるの」


 異形名、サラマンダー。なるほど、ようやく納得がいった。異形なのか、彼女は。彼女、でいいんだよな。今更ながら。見た目と声で決めているが、女声の女装男だとしても顔がわからないからなんとも言えない。いや、そもそも。別に男だろうが女だろうが僕には関係のないことだった。

 ただ、声はかわいらしい。どこか高飛車な感じはそれこそ時代遅れのツンデレ、とやらを思い出す。


「僕に手伝ってほしいこと?」

「そう、端的に言えば、私の…その……を手伝ってほしいの…」

「あつっ!お前、照れるな!」


 照れる度にぼふぼふと顔の炎が燃えて火花が散る。確かにこのままでは僕も危ないが、それ以前にここは図書館、燃えるものがたくさんある。ここから火事になってもおかしくはない。それこそこの僕の手に持つ本が火種となることも…。


「安心して。炎の異形でも図書室に入室が許されてるぐらいコントロールできてるから」


 火だるま女は図書室の入り口を指さした。


「あそこ。異形センサーがあるの」

「異形センサー?」

「そう、入室が禁止されてるところでは入室した瞬間にブザーが鳴るわ。そうして危険のないようにしているのよ。ブザーが鳴れば先生や警備員が飛び出してくる。それで生徒の安全を守るわけね。本全てを燃えないように加工するよりお得でしょ」


 そんな、大変なことになっているのか…。

 異形を認める流れが出来ているこの世界。しかし、我々は異形についてあまりにも知らなさすぎる。学校でも習わない。存在はさすがに生きていればどうやってでも知ることになるが、詳しく知っている人間などほぼいないだろう。これが矛盾。世界と人間との、矛盾なのだ。

 まさか自分の通う学校の仕組みさえ、3年生になっても知らないとは思わなかったが。きっとまだまだ一般生徒に説明されていないことがあるのだろう。学校側も、『異形がいるということを伝えないで異形による被害を受けないようにする』という難しい問題をクリアするために必死なのだ。


「あなたは割と異形に詳しいのね」

「割と、ね…」

「なぜ?興味があったの?」

「いいや…理由なんてないよ」


 理由はモテたかったからなんて言えなかった。

 異形の中にはとても綺麗なものがいる。例えば異形ハーピィ。手が翼のようになっている異形なのだが、まず美人だ。可愛い。あとすらっとしている。

 そんな異形に、まだ差別もあるような異形に、僕はお前たちのことを理解しているんだぜ、と寄っていけばモテる、と思って中学生の頃に少し調べていたのだ。なんという最低な理由だろうか。異形という立場さえ利用しようとした最低の考えではあるが、許していただきたい。モテない男の戯言として。


「話が逸れたわね。それで、もう一度言うわ…いえ…やはり場所を改めましょう。ここじゃ、その、聞かれてるかもしれないし…それに図書室で話すのはマナー違反よね」

「…」


 お前はそれ以上に違反している何かを持っているわけだが、まあ、コントロールできている、というのならいいだろう。少なくとも僕のお気に入りの本たちがうっかり燃えるようなことはないのだろうし。


「…(ぼふっぼふっぼふっ)」


 …あれ、どうみてもコントロールできてないよな…。なんだか顔の炎が不規則に燃えている。炎が広がったり、狭くなったり…それでも顔は確認できない。普通だったら話すことも出来なさそうなのに…。というか痛くないのだろうか。燃え続けて熱くないのだろうか。燃え続けてもまだ形のある頭。それに形だけわかるツインテールも、ずっとそのままだ。燃え尽きたりはしない。

 異形、サラマンダー。

 体から炎を噴き出す異形の中でも特異なものに付けられる名前だ。そもそも異形自体生で見ることはほとんどないのだが、それでも顔、というか頭から炎が噴き出し続けるというのはなかなかに異質なのだろう。

 これでコントロールできているということは頭から炎を完全に消すことはできないということだろうし。自らが異形であることを隠せない異形。

 初対面であり、いきなり訳がわからないことを言われたが、それでも少しだけ彼女の人生というものがどのようなものだったのかを知りたくなった。億劫であることに変わりはない…のだが。


「わかった。場所を変えよう。その前にこの本を借りたいんだ」

「その本…随分熱心に読んでいたみたいだけど…好きなの?」

「ああ…好きだよ。みんなが笑顔で終わる話は大好きだ」


 片手にその小説を抱えてカウンターまで行く。その日の当番だった図書委員に借りたい本の名前と生徒手帳を提示。パソコンに何やら登録を終えて一枚の紙を手渡された。これが借りてる証拠、というものだ。返す時はこれを本と一緒に返せばいい。

 これらの手続きをしている間、図書委員の女の子はちらちらと火だるま女の方を見ていた。まあ、気になるよな…。火だるま女の方は全く関係なしとばかりに微動だにしない。そもそもそれ前が見えてるのか?目とかどうなってるんだ。

 僕ら2人が図書室から外に出る。まわりの生徒はちらりとこちらを見るが、すぐにいつもの日常に戻っていった。昼休みも終わりに差し掛かっており、生徒の数はまばらだ。僕がここに来る時よりも静かになっている。


「私は隠したことがないの。異形ということを。今は高校3年生。入学時からこんな頭だったから慣れてる人はみんな慣れてるわ。友達らしい友達はできなかったけど」


だろうな、というのは失礼だろうか。

 単純に怖いのだろう。頭が燃えている人間なんて。


「ああ、でも僕はそんな話を聞いたことがなかったな。頭がそう…その…噴火してる生徒の話なんて」

「言葉を選んでそれなのね…。でも私の話を聞いたことがない、なんて珍しい。クラスに1人はいる噂好きの生徒と交流があれば、いや、交流とまではいかなくても少しでも話したりしたことがあれば嫌でも耳に入りそうなものなのに」

「…」


 何かを察して黙り込む。

 しかし火だるま女は止まらなかった。


「え…まさかあなた交流がない…とか?クラスに友達がいないの?」

「うるさいな…」

「いえ、でもあなたも同じ3年生よね…さすがに2年あったら1人ぐらい友人がいても...えっと...だったら2年間友人がいない、ということ?1人も?あなたももしかして異形…とか…?」

「人間だよ、100%人間」

「いえ…もしかしたら友人ができないという異形の可能性もあるわ。異形名、孤独…とか」


 そんな異形いてたまるか。

本当に驚いているのかそれとも馬鹿にしてるのかどちらともわからない彼女の言葉を適当にあしらいながら歩いていく。

そういえば、このままどこへ向かうつもりなのだろう。早くしなければ昼休みが終わってしまう。確かに僕は友人がいない、クラスの中でも孤立している人間ではあるが不良ではない。できる限り目立たないためにも校則やら何やらのルールは絶対に守っている。何かあった時にこちらに非がないというのは本当に便利なのだ。

だからチャイムが鳴るまでには終わらせてしまいたいとそう考えていた時のことだった。

ぴたりと彼女の足が止まる。


「ここにしようかしら」


 廊下のつきあたり。

 確かに誰かがわざわざ来るような場所ではない。ちょうどよく人の多い場所からは死角になっていて、このつきあたりまで人が来なければ見えないようになっている。

 こんな場所、冷静に考えて作っても大丈夫なのか。人から見えない場所というのはいじめの温床になるのでは、と心配になってしまう。

 一番の心配はこの目の前の女に何をされてしまうのか、ということだが。


「まずは自己紹介をしましょうか。私は華彩火鞠かさいひまり。この学校の3年生。3年2組。所属している部活動はなし。というよりこの見た目じゃどこかに属するのは難しい、ということなのだけど…」


 ぼっぼっと火が不規則に揺れる。顔が見えない状況ではあるものの、なんとなく表情というか炎まみれでも動きがあることが分かった。今はしゃべっている動きなのだと思う。顔を炎が覆うこの異形で感情表現が豊かというのはなんというかまた皮肉な話だ。

 こうして自己紹介だけ聞いていると普通の女の子だな。厳密に言えば異形は人間ではないのだが、それでも目の前にしてみてわかる。この子はきっと人間と同じでただの普通の女の子なのということが。

 それこそ、この2年間、ずっと孤独によく耐えていたと思ってしまう。見た目は異質でも中身は普通。そのギャップはきっとずっと彼女を苦しめ続けるのだろう。


「好きな食べ物は沸騰したシチュー」

「露骨な人外感を出すのはやめろ」


 前言撤回。やはりどうしても人間ではない、異形は。


「冗談よ。熱いものや辛いものは好きだけど、人並みに、といった感じかしら。ところで大海原おおうなばらくん、1つだけ質問があるの」

「誰だそれは」


 聞いたことがない名前だった。


「あれ?」


 炎を纏った頭で可愛らしく小首を傾げる。


「あなたの名前」

「僕はそんな懐の広そうな名前ではない」

「ええ、あなたはなんとなく、人間としての器が小さそうだけど…違ったかしら。大海原くん。確か海みたいな…水みたいな…そんな名前だったはず…」

「ふわっとした記憶だけでよくあんな自信満々に呼べたな」


 昔、ずっと名前を間違えられているのに言い出せなかったことを思い出した。呼ばれるたびに違うのにな…と思うのだが、違いますよというのもなんだか憚られて。さらにあいつは名前を間違えられた影の薄いやつと思われるのも癪で言い出せなかったのだ。

 そんな頃と比べて僕は成長できたと言える。こうも堂々と相手の間違いを指摘できるとは。


「まあ、大海原くん(仮)でいいわ。今は便宜上そう呼ぶとしましょう」


 人の名前に便宜上も何もあるか。

 燃え続けながらもこうして人を小馬鹿にできることはある種の才能かもしれない。うぐぐ、と頭を抱える僕を見て静かに笑った(ように見えた)華彩。静かに口を開いた。


「やはり、あなたに話しかけたのは間違いじゃなかったみたいね」


 さすがにそれは気が早くないだろうか。

 まだこいつの頼み事とやらを聞いてもいないし、それを手伝うとも言っていない。手伝うと言うつもりだったとしてその頼み事が無事成就したわけでもない。まだ、何もかもわからないような状態で吐くようなセリフではないように思えた。


「いいえ、間違っていないわ。あなたは私が話しかけても、逃げもせず、バカにもせず、怖がらず、普通に接してくれた。これだけで私は間違っていなかった、と言えるの」


 ふと、思う。

 同年代の人たちに怖がられるというのはどういう気分だったのだろうか、と。僕は専ら蔑まれるようなことはあれど、怖がられるようなことはない。だからその気持ちが分からない。

 自分の異形が原因で。人に怖がられ、気味悪がられる。普通にしているだけで異常になる。望まないで孤立する。それは一体、どういう気分なのだろうか。

 僕も決して真っ当な学校生活を送っているわけではないが、それでもきっと僕は異形になりたいかと聞かれればノーと答えるだろう。

 そんな選択すらできなかった彼女たちは。


「それで、僕への質問って?」


 気付けば自分から促していた。

 今まで話を聞くことも少し億劫だな、と感じていたが、誰かに頼みごとをするというのも彼女にとってはとても大きいことなのかもしれないのだ。無下にはしたくない。


「簡単な質問よ。あなたは…異形が好き?」


 正直に答える。


「…嫌いではない」

「あなたらしい答えね」

「会って数分のやつに僕らしさなんてわからないだろ」

「友人がいなくて、無駄に斜に構えてる時があって、コミュ力が地獄の同学年、で当たってるかしら?」


 当たっていた。

 全問正解だった。

 まさしくそれが僕だった。


「と、いうのも私の頼み事なんだけど…その…」


 頭の炎が大きく燃え上がっていく。あ、これは照れてるんだな。照れに関しては分かりやすい。人間も照れたり、恥ずかしがったりするときは顔が赤くなるだろう。彼女の場合は常に真っ赤、というか炎なので分かりにくいかと思いきや、こうして炎が強く、大きく燃え上がっていくのだ。


「その…あのね…」


 どんどんどんどん大きくなっていく。

 延焼というにはすでに顔まわりは全て燃えているので、なかなかいい表現が思い浮かばないが。シルエットだけでなんとなく判断していたツインテールも今や大きな炎に包まれてよくわからなくなっている。

 見た感じは大きな火の玉と人間の胴体って感じだろうか…。


「あの…とても言いにくいんだけど…バカにしないでね…これ話せるの私を見ても逃げないあなただけなのよ…」

 

 大きく大きく。

 いや、これちょっと洒落にならないのでは…?こいつ、自分の偉業をコントロールできているとか言っていなかったか?図書室に入室可能なことをドヤ顔で話してなかったか?全くもってコントロールできているとは思えない。それぐらいの大きさへと広がっていく。

 どこかで見たと思ったら、これはきっと、あれだ。




「あの…私の!恋を手伝ってほしいの!」




 火山の噴火だった。

 燃え上がった炎は天井までのぼり、無事スプリンクラーを作動させるのだった。もう二度とこいつを図書室に入れないでほしい。


よろしくお願いします。

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