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異形は恋をする。  作者: 桃文化
第3章 とある日々
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第22話 いろみフェスティバル①

 夏休み。

 誰にだって学生であれば平等に訪れるそれは僕にも訪れるのだった。当たり前のように。何もない僕にも訪れてしまう。遊ぶ予定も何もない僕はひたすら受験勉強に明け暮れていた。もともと勤勉な方ではないが、やることがないので勉強しか僕にはなかった。

 しかし、かつ丼を食べたことのない人間がかつ丼を食べたいと思うことがないように、楽しい夏休みを過ごしたことのない僕は楽しい夏休みを知らないため、それを求めることもないのだった。

 無知なんて大層な言葉があるけれど、知らないということは一種のセーフティなのである。なんてことを考えながらもそもそ布団から這い出た。すでに気温は高いものの、やはり布団から出るのはとても体力が必要だ。少し前までは、どうやって起きていたんだっけ。

 リビングにいって時計を見てみると朝7時。本当にいつも通りの生活で笑えてくる。

 親はすでに仕事のようで家にはいなかった。いつものことだ。食卓にあった食パンを焼いて食べる。焼いている間に歯磨きを終わらせ、カーテンを開ける。


「…」


 とてもまぶしかった。

 快晴である。これは今日も暑くなりそうだ。絶対に外には出ないようにしよう。家で涼むのが一番だ。焼きあがった食パンを見て、僕は「しまった…」と思わずつぶやいてしまう。

 2枚食パンを焼いてしまっていた。最近よくあるのだ。体が勝手に2人前作り上げてしまうことが。というかそもそも僕は料理なんかできなくて、それこそパンを焼くことぐらいしかできないわけだが、今までどうやって生きていたのだろうか。

 まるで代わりに作ってくれた人がいたみたいに…。

 不意にゴンゴンと窓を叩く音がした。窓を見ると手が見える。手、だけ。小さな手だ。背丈が小さすぎて顔が見えなくなっているが、大体わかる。こんなことをする人間は1人しかいない。


「なんだ、五陵花」

「うしくん、いれて」


 なんで玄関じゃなくて窓なんだ。しかも小さな窓。少し離れた大きな窓まで誘導し、窓を開けて中に入れる。靴をなぜか僕が持ってなぜか玄関まで運んであげた。

 学校では話しかけるな、と言っている裏をついているつもりなのか、夏休みに入ってからよく五陵花が遊びに来る。たぶんカーテンの開いた瞬間を見て、こっちに来てるんだろうな。

 しかし、ちょうどよかった。2枚焼いてしまったパンがあるのである。


「五陵花、朝ご飯食べたか?」

「ううん」

「パン食べるか?」

「うん」


 五陵花の前に皿を用意する。牛乳も用意して簡易的な朝食だ。僕が食パンを食べているとふと、五陵花がこんなことを言い始めた。


「うしくん、夏祭り」

「夏祭り?」

「行こ」


 五陵花が言っている夏祭りとは大きなものではない。町内会の人たちで公園にて開かれるような小さなものだ。とはいえ、この暑い中というのもあるし、人だってたくさんいる。僕は何よりも人の多いところが苦手なのである。


「暑いし」

「夕方からだから涼しいよ」

「人多いし」

「関係ない」

「というかそもそも仙道と行けばいいだろう。あんなに仲良しなんだし」


 主に仙道側が五陵花にメロメロみたいではあるが。いろちゃんなんて呼んでいる。五陵花は体格が小さく、ぽっちゃりしているからか柔らかそうで可愛いとよく言われている。女子にも人気があるのだった。

 その筆頭があの仙道なのである。

 あの女、僕を変態呼ばわりしておいて自分だってなかなかなものだと思うのだが、そういう話をするたびに「でもおっぱい揉んだ」と僕の痛いところを突いてくるのである。


「結ちゃんは帰省中」

「へえ、あいつ実家こっちじゃないのか」


 思わぬところで思わぬ情報を得た。全く使い道のない情報。

 なるほど。ということで僕に白羽の矢が立ったわけだ。それにしても五陵花は僕と違って友人も多いし、仙道が無理なのであれば僕以外に声をかければいいものを。

 単に僕が祭に行きたくないというのもあるのだが。


「うしくんと行きたい」

「え~…僕は家にいたい~」

「いつも家にいる。かたつむりみたい」

「…」


 なんと言われようともかたつむりであろうとも僕はてこでも動かない。外を見てみろ。この時間帯なのに太陽がやる気を出しすぎている。日差しがすごい。夕方とはいえ、絶対気温が大変なことになるだろう。僕は汗をかくことが苦手だ。とても苦手。すぐにシャワーを浴びたくなり、帰宅してしまう。

 そもそも僕らは受験生なのであって遊ぶ時間なんてないはずだ。世の中の高校3年生は全員毎日ずっと勉強をしているに違いないのだから。

 と、言い訳を言い連ねてみても、五陵花にそんなものが通じるわけもなく。


「行こ」


 とだけ言われて終わってしまう。

 僕たちの通う高校は僕の家からそんなに離れていないので、クラスメイトがいる可能性だってある。そうなればもう言い訳が不可能だろう。女子と2人、夏祭り、そんなの傍から見ればデート以外の何物でもないのだ。僕の恐れていることが現実となってしまう。

 僕という異端者と付き合っているせいで、五陵花の評価が下がってしまうのだ。それだけは絶対に、何があっても避けなければいけないのでだった。


「いかな~い」

「行こ」

「いかな~い」

「行こ」

「いかな~い」

「へびくんと行こうかな」

「行きます!!!」


 僕は泣きながら手を挙げていた。こんなに苦しい選択があっただろうか。

 へびくんとはすなわち蛇縄のことである。五陵花ももうしばらく交流はないはずなのだが、蛇縄と五陵花が夏祭り…?外見のいい蛇縄とかわいらしい五陵花。あまりにも非の打ちどころがないぐらいにお似合いなのである。そしてそういうことを考えるたびに僕はなんというか、ちょーっとだけ嫌な気分になるのだった。

 仙道曰く「なにそれ。自分に気があると思ってる女の子をとりあえずキープしとくクズ男みたいな考え方」とのことだった。とても具体的な罵倒を受けて、僕は自己嫌悪に陥る。

 しょうがないじゃないか。五陵花がだれかと付き合うみたいなそんなこと、あまり、考えたくはないのだ。しかもそれが蛇縄って。夏休み明けにそんな噂が流れていたら僕は教室で失禁する自信がある。

 しかし、僕がそのまま行ってしまえば、それこそ僕と付き合っているのではないか、なんて噂が…なんとかして、うまいこと、うまいこといく手はないだろうか。

 考えろ。僕が過去にやったことを…ヒントを探し出せ…そうだ!


「五陵花、僕は女物のパンツを顔に被っていっていいか?」


 もちろん許可は下りなかった。











「よし」


 小さな祭りとはいえ、公園の中では大きい公園なので人がとにかく多い。夕方とはいえ、まだ気温が高い中、たくさんの人が行きかっていた。

 僕はその祭り会場の公園で1人ガッツポーズをしていた。というのもかなりいい案を思いついたからである。そう、屋台で売っているお面だ。あのアニメキャラを模したお面を被ることによってまわりから僕だとわからないようにする。これが一番いい。

 というわけですでに僕の顔には魔法少女ものの可愛い女の子のお面がついているのだった。

 ちらりと腕時計を見る。まだ集合時間前。お面を買うためにはやく来てしまった。向こうからは僕だってわからないだろうし、僕が五陵花を見つけなければ。

 そわそわそわそわそわそわ。

 いやいや、落ち着け。なんだ。初デートの中学生なのか僕は。さっきから同じ場所を行ったり来たり、無意味な行動を繰り返している。さすがに、ダサい。そんなことしているからかまわりの人たちの視線を集めてしまっていた。


「ママ、あのおじさんお面してる」


 お面のほうへの注目だった。

 というかなんでみんなお面してないの…?結構紛れるかと思ったけどみんなお面なんてしていない。もうこの文化は廃れてしまったのか…?お面を買うお金があれば食べ物を買うみたいな、そういう…?


「あ、うしくん」


 すると五陵花が到着したようで声が聞こえた。なんでお面を被っていたのに僕だとわかったのかについては深く掘り下げると僕が傷つく気がしたのであまり考えないでおく、というより。五陵花の姿を見て、そんな思考は吹き飛んでしまった。

 浴衣、だったのである。オレンジ色のかわいらしい浴衣。着物はぽっちゃりしている方が似合うみたいな意見もあるみたいだが、浴衣もそうなのではないかと思わされるほどに似合っていた。いつもは下の方で2つに結んでいる髪の毛も今は上にあげてポニーテールのように1つにまとめている。こんな姿を見たのは小さいころから一緒だったけれども、初だった。


「五陵花、えっと…その浴衣は?」

「お母さんにやってもらった」

「おばさんに?」

「うん。うしくんと行くこと言ったらやってくれた」

「…」


 なんだかいろいろと盛大に勘違いされているみたいだった。

 下の方を見ると足は動きやすいようにかスニーカーであるところが五陵花らしい。おばさんからはどうしてもスニーカーはやめてくれと言われたみたいだが、気にせずスニーカーで来たみたいである。


「そ、その…に、似合ってると思う」

「ん、ありがと」


 いつもと同じように見えたその反応だが、僕には五陵花が照れているように思えた。

 しかし、すぐにダッシュ。近くにあった焼きそばの屋台を見て目を輝かせている。僕はそれを見て、思わず笑ってしまった。いつもの五陵花だ。


「うしくん、焼きそば!たこ焼き!わたあめ!」

「わかったから。そんな焦らなくても屋台は逃げないよ」


 どれを食べるか迷っていた五陵花はすぐに手前にあった焼きそばに決めたようだ。僕の分も合わせて2人分注文しようとすると五陵花は首を横に振った。


「1人分をわけた方がたくさん食べられる」


 なんだこの祭りに慣れた女は…。

 自分が少しでもたくさん食べられるように、考えることに慣れている。そのための作戦。相変わらずだった、本当に。


「このために浴衣も少しゆるく着せてもらった」

「女子力より食欲だものね…」


 その後もたこ焼き、リンゴ飴と買っていき、広場にある椅子に座って2人で食べる。五陵花が焼きそばをすすり、そしてそのまま僕に箸を渡してくる。

 いや、まてまてまて。


「これ間接…」

「?」


 ですよね。そういうの気にする人じゃないですよね。

 僕はしばらく考えて、そしてその箸を使って焼きそばを食べる。ちらちら五陵花のほうを見てみるが、まったく気にしている様子がない。それどころかたこ焼きを食べることに夢中になっている。「あ、たこ焼き全部食べちゃった」おい、作戦!!

 次はリンゴ飴なのだが…。


「それはわけるの難しいし、五陵花が食べな」

「ううん」


 そう言って僕の口に近づけてくる。


「いや、これ食べわけるのは難しいし、ほら僕はあんまり甘いの得意じゃないし」

「ん」

「はい…」


 あきらめて少しだけ飴にかじりつく。甘さがものすごい。リンゴまでは届かなかったが、もう満足だ。僕は飴から口を離す。


「ありがとう、ちょいゴミ捨ててくる」


 一応あーんされたことになるのだろうか、と思うとどうにも気恥ずかしくて、僕は適当な理由をつけて少しだけ離れる。夏の暑さは人をおかしくしてしまうのかもしれない。











 五陵花色味はしばらくリンゴ飴とにらめっこしていた。彼がかじりついた後。もちろん、何も感じないわけがないのだ。焼きそば等はまだしも、飴は直接かじりつくものだ。直、なのである。

 五陵花は彼がかじった方とは逆のところをかじりつこうとして…そしてやめた。やめて、彼がかじりついたところと同じところにかじりついた。


「…」


 五陵花はどうせあとで全部食べるし、なんてことを考えていたのだが、それでも顔が赤くなっていく。今、この場に彼がいなくてよかった、と思うのだった。


















よろしくお願いします。

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