エピローグ 夢みるサキュバス
夏が本格化してきた。
夏休みが終わり、それでも猛暑は続く。セミの鳴き声がグラウンドから教室に伝わる。しかしその鳴き声を聞いているのは僕ぐらいで、他の人間は夏休みの話やひと夏の思い出自慢を話していてセミの声なんか聞いていないみたいである。
帰りのHRが終わり、鞄を片手にすぐ教室を出た。出るとすでに先回りしていた五陵花が鞄を抱きかかえてちょこんと立っていた。くそ、先回りされている。
「一緒に帰ろ」
「五陵花、学校では話しかけるなってあれほど…」
「まだまわりに誰もいない」
「そ、そうだけど…」
やっぱり僕は弱かった。
誰もいない間に学校を出て、教室で思い出話をしている人たちを後目に僕らは下校する。やっぱり太陽の光は強くて汗が噴き出てくる。
というか、五陵花が近い。近すぎる。なぜか僕にべったりくっついているのだ。
「五陵花?」
「だって、うしくん寂しそうだったから」
「僕が?」
別に何かあったわけでもない。そりゃ夏休みの思い出がひたすら勉強、家で昼寝、たまに五陵花に無理矢理誘われて遊びに出掛けたぐらいで他には何もないわけだから寂しくないわけではないが。
しかし顔に出るほど気にしているわけではなかったのに。
五陵花には伝わってしまうのだろうか。
なかなか離れてくれない五陵花を引きはがし、しばらく歩いていると前から元気そうな子どもの集団が走ってきた。後ろにいる大人は保護者…じゃないよな。担任の先生とか?
「あんまり生活院から離れないようにね~!」
それでわかった。生活院の職員か。確か生活院は異形だけではなく、行く宛てのない子供も預かっているのだったっけ。ってことは今走っていったのは全員人間の子どもか。
僕はその光景を眺めていた。
なんだか懐かしさを感じて。
「あ、おい瑞穂!また変なとこにボール飛ばして」
「う、うるさいわね…今取りに行くからいいでしょ」
1人の女の子が目にとまる。
瑞穂と呼ばれた女の子。黒髪をお団子にして、どこか大人びて見える雰囲気。なんだか、その子のことを目で追ってしまって。足元にころころ転がってきたボールに気付かなかった。
「す、すみません、大丈夫でした?」
「え、あ、ああ…大丈夫。ほら、ボール」
「ありがとうございます」
女の子にボールを渡す。
「じゃあ、これで」
「ああ、気を付けろよ、『夢乃』」
「うん」
走り去っていく女の子。
それをまじまじと見ながら。
「というかなんで今僕『夢乃』なんて呼んでしまったんだ…?」
いつか見たアニメキャラの名前とかを間違えて言ってしまった…とか?ぐおお…ダメージがすごい。黒歴史どころじゃないぞこれ…。
「だいじょうぶ?うしくん」
「え、ああ。心に傷を負ったぐらいだ」
「じゃなくて、涙」
「え?」
そう言われて目に手を伸ばすと、ボロボロと涙が溢れていた。
なん、で。理由がわからない。咄嗟のことで言葉も出なかった。
「また私の膝枕が必要」
「ひ、必要ないから!」
涙を流しながらもその気持ちはどこか晴れやかだった。
この夏の空のように。
〇
「なんで今私、夢乃って呼ばれて返事しちゃったのかしら…しかもうん、って…見ず知らずの人にうん、って…」
「あれ?瑞穂、泣いてるの?」
「な、泣いてるわけないでしょ!」
第2章 夢みるサキュバスはいつか醒める夢を見続ける END
よろしくお願いします。




