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異形は恋をする。  作者: 桃文化
第2章 夢みるサキュバスはいつか醒める夢を見続ける
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第19話 ゆめのサキュバス⑦

「兄ちゃん、夢乃が妹でよかったって思うことある?」


 唐突のように思えた。

 ふと、唐突に妹からそんな質問を投げかけられたことがある。今でも鮮明に思い出せるのはきっとその時の夢乃の雰囲気がいつもと少し違っていたからだろう。

 不安そうな、どこか期待しているような、様々な感情の混ざった顔。僕は迷わず即答した。


「毎日思ってる」

「ほんと!?どういうとこ?どういうとこ?」

「え…」


 そこまで掘り下げられるとは思っていなかったので言葉に詰まる僕。だめだ、ここで言葉に詰まっては。きっと何かの創作物を見て、兄妹の在り方を疑問に思ったのだろう。だから、ここはすっと回答して、安心させてあげなければいけない。

 しかし、兄妹というものは日ごろ意識しているようなものではないため、例があまり思い浮かばない。何か話さなければという思いが言葉を紡いだ。


「小学生にしては発育のいいところ」


 地獄のような空間が広がった。


「兄ちゃんも所詮体目当てなの…」


 ものすごく誤解されやすい絶望の仕方だった。


「ん? 待て。兄ちゃん『も』ってなんだ。もって」

「え?」


 僕以外に夢乃の体が目当てであるような男と会ったことがあるというのだろうか。最近は小学生も進んでいるというし、夢乃が知らず知らずのうちに大人の階段をのぼっていても不思議ではない、のか?なぜかわからないけれど考えただけで吐きそうになってきた…。


「ああ、お父さん。パピー。夢乃は発育のいい方だねって」

「…」


 とんだスケベおやじだった。

 というか、図らずともカエルの子はカエルを体現してしまっているのか…?


「まあ、とにかく。夢乃が僕の妹でよかったと思った瞬間はたくさんある。日常なんだ、そう思うのは。だからぱっと例えが出ないだけで、普段日ごろからそう思ってるよ」

「ふうん」


 割といい回答だったと思うのだが、夢乃の反応はあまりよろしくない。


「夢乃はね、たまに思うよ。兄ちゃんの妹じゃなかったらなって」

「え…?」


 滂沱のように涙が溢れてくる。

 僕の妹が嫌、ということはそれつまり僕が兄であることが嫌、ということに他ならない。僕が兄として不甲斐ないから夢乃は…。

 これ以上傷つきたくない。そう思い、僕は今まで夢乃にしてきた嫌われそうな出来事をピックアップしていく。ええと、セクハラ…風呂場覗き…トイレ覗き…箪笥漁り…靴下の匂い嗅ぎ…なんだ、思い当たる節が多すぎてどれが決定打になったのかがわからない。

 もしかして、これら全てが積もりに積もってその結論…なのか…?

 日々の積み重ね…?


「えっと…そうじゃなくて。夢乃が普通に兄ちゃんと同級生で、学校で出会って、お友達として仲良くなって、そして…」

「夢乃…?」

「う、ううん、やっぱなんでもない」

「いや…僕は友達なんてできるような人間ではないから学校で出会っていたらそのままお互い一言も話さずに卒業して終わりだと思うぞ」

「うう…本当に兄ちゃんの学校生活が心配になってきた…」


 それは要らぬ心配というやつだった、本当に。

 だってそもそも、学校では何もないのだ。いじめられているわけでもなく、ただ日々無を過ごしているだけの学校生活なのである。喜ぶこともそりゃないが、心配されるようなこともないのがいいところだった。

 ただ、まあ。

 そうやって誤魔化すことは簡単だろうが、しかし僕は感じていた。なんだか妹の様子がいつもとおかしい。それはさっきから思っていることだったが、レベルが違う。なにか僕の知らない何かが妹にはあるような、そんな気がして…。


「デパート、行こうか」

「え?」

「ほら、近所にあるデパート。そこの屋上にミニ遊園地があるだろ?」


 よくあるデパートの屋上にあるアトラクション。小さなメリーゴーランドが置いてあるさびれた場所ではあるけれど、僕と妹がよくそこで遊んでいたのだ。

 今はもうこんなに大きくなってしまったから、なかなか行かなくなってしまったけれど、妹はまだまだ年齢的にそこで遊べるだろう。僕は…絵面がやばいだろうけれど…可愛い妹のためだ。


「うん…よく、行ったよね。家族みんなで…」

「あの2人は忙しくて来れないだろうけど、また2人で行ってみようぜ。ほら、あそこのメリーゴーランド好きだったろ?」

「うん、うん、ふふ…いこっか2人で」











『サキュバスの夢を見せるっていうのは簡単に言えば現実改変なんだ』


『夢と称して、現実を改変する。つまり、今回でいうと妹のいないうしくんの妹であると現実を改変していた、ということになるね。ああ、信じられないだろ。昔からの記憶があるから。きちんと一緒に歩んできた記憶があるから、信じられない。でも、その記憶も作られたものなんだよ、言葉を選ばないで言うけど』


『サキュバスってのは体がない。概念の異形だ。それでも、精気を搾らなければいけない。サキュバスだから夢を見せて、精気を搾り取る必要があるんだ。とはいえ、姿が見えないサキュバスの異形では限度がある。そこでよくある手段として、憑依というものがある』


『人間に憑依して、その人間を操る。濃い精気を吸い取るためには、同族になる必要があるんだ。人間から搾り取るのなら、人間になる必要がある。だから人間に憑依をすることになる』


『大方、異形にやさしい君をどこかで見つけて、精気を搾り取る対象として選んだのだろう。もし、仮に本当の妹じゃないとバレたとしても、君なら精気をくれそうだからね』


『ああ、そういえば。精気、精気って言ってるけどこれは何もえっちな意味だけじゃないよ?そりゃ精子も直接的なエネルギーにはなるだろうけど、汗とかもエネルギーになるし、それに…それに人間には寿命、というエネルギーがある』


『寿命ってあまりいい意味で使われないけれど、簡単に言えばその年齢まで生きるエネルギーでもあるんだ。それが一番手っ取り早い。エネルギーを得る上でね』


『私も異形専門医だからね。その行為を咎めるつもりはない。だってサキュバスにとってその行為は生きるために必要なことなんだから。私たちが食べて、飲んで生きるように、サキュバスは人の精気を奪わないと生きていけない。綺麗に消えてしまう』


『だから、君から寿命を奪うために君の妹として河上瑞穂に取り憑いた。というより、河上瑞穂に取り憑いていた時に君を見つけたのかな?もともと河上瑞穂はサキュバスに取り憑かれた人間として収容所に入っていたのだから。そこから逃げ出して、君を見つけたんじゃないかな』


『まあ、どっちでもいいけど。結論としては夢乃ちゃんがサキュバスの異形で、取り憑かれていたのは河上瑞穂だった、というわけだ』


『我々の想像の逆だったというわけだね。夢乃ちゃんに取り憑いていたわけじゃなかった』


『とはいえ、おかしいんだよね。君の寿命を吸い続けているのであれば、現実の改変に綻びが起きるのはおかしいんだ。君が一瞬夢乃ちゃんのことを忘れたり、私がこうして夢乃ちゃんはサキュバスの異形であると説明したり、それがもうおかしい。吸い続けているのであれば、万全な状態のサキュバスであれば私たちに違和感を抱かせず、ずっと君の妹として過ごし、君が死ぬまで寿命を吸い取るはずなのだ』


『むしろサキュバスの異形は弱っている。現実改変というエネルギーが必要なことをやっていれば自分のエネルギーが枯渇するぐらいわかるはずなのに。そのためにずっとうしくんから寿命を吸い取るのが利口なやり方だとわかっているはずなのに、夢乃ちゃんは君から寿命をとらなかった。それどころか、きっと誰からも寿命をとっていない』


『それはなぜなのか。私の専門外だ』


『どちらにせよこのままでは夢乃ちゃんは綺麗に消えてしまう。それか深い深い、監獄のようなところに幽閉されるかもしれないね。サキュバスの異形なんて本当はそんな扱いをされる異形なんだ。人の命が懸かってるからね。それでも、生活院に入れられていたのは現実改変。逃げられたのも現実改変。自分に都合のいい世界に作り変えて夢を見せていたというわけだ』


『きっとそろそろ夢は覚める。その時うしくん、君にできることはなんなのかな。どういう行動なのかな。私はそれを楽しみに待っているよ』











 一目惚れ、だったかもしれない。

 概念のような、体のない、そんなものが、人ともいえないそんなものが初めて抱いた感情だったように思う。ずるいから、人に憑依して、憑依した人の評判が下がろうと自分自身の手は汚さない。そんな風に生きてきた。そうやって、生き凌いできた。

 サキュバスは全ての人間から精気を吸い取れるわけじゃない。相性というのがある。相性が悪ければ精気は吸い取れないし、良ければ吸い続けられる。好き嫌いみたいなものだろうか。

 河上瑞穂。

 親にDVを受けていたボロボロの女の子。服は汚れ、肌は傷だらけ。自分はサキュバスなんて異形であることを呪っていたけれど、彼女の方が大変そうだな、なんて思った。


『私になら憑依してもいい』


 河上瑞穂はそう言った。

 相性のよかった相手であるからか概念である自分と河上瑞穂はなぜか会話ができたのだ。一緒に話しているうちに河上瑞穂はそう言ったのである。

 それがどういう意味かわかっているのだろうか。

 寿命を吸い取り、汗を吸い取る、だけではなく、精気とはその…所謂えっちな行為だって含まれているのである。自分が憑依しているとはいえ、体自体は河上瑞穂の者。まだ小学生という年齢で、それをやろうと、そういうのだろうか。


『そうに決まってるじゃない。私はこんなんだからこれ以上評判なんて下がらない。あなたが考えていることは全て気にしなくていい。それよりも、私はここから逃げ出したい。このゴミみたいな家から、逃げ出したい。それと、これが一番の理由。話し相手であるあなたがいなくなるのは、困る。友達を助けたい』


 友達…?

 そう言われたのは初めてのことだった。


『だから、私に憑依して』


 そういう河上瑞穂の体は震えていた。恐ろしくないわけがない。自分に憑依されることも、その後行われる行為も。

 なぜならば、河上瑞穂が受けていた虐待の中には、父親からの性的暴行も含まれていたのだから。すなわちもう『初めて』じゃない。吹っ切れていたのはそういう理由だったのかもしれなかった。

 どうせ、もう私の体には価値なんてない、そう思っていたのかもしれない。


『瑞穂…ここから出よう』


 だから、自分は誓ったのだ。

 この子を守るために憑依をしよう。人に憑依し、その人を不幸にするというサキュバスの異形。それはそうだろう。自分の姿は見えないし、憑依しているわけなのだから、全ての評判は憑依されている人に返ってくる。それでも自分はこの子を幸せにしたかった。

 この家を抜け出すことは簡単である。逃げる時に少しだけ、『あなたたちに娘はいなかった』という夢を見せればいい。あとで覚めた時にはもう娘の姿はないし、それにいなくなってもこの人たちは騒がないだろうと思う。

 悲しい夢だったけれど、瑞穂は喜んでいた。


『ありがとう!サキュバスの異形さん…ええと、名前がないのが不便ね…そう、あなたは夢乃。夢乃という名前にしましょう!』


 こうして夢乃は生まれた。

 この瞬間に夢乃になった。

 あとは夢乃が消えるまで、この子を守り続ける。そうだ、生活院に保護してもらおう。夢乃が消えないでいられる時間は短い。他の人の寿命を奪えばなんとかなるかもしれないけど、それでは瑞穂に顔向けできない。守るために殺すのは嫌だ。

 だから、夢乃が消えてもまともに生活できるような、生活院に入ろう。今の瑞穂の姿なら、異形じゃなくても保護してくれるだろうし、それにしてくれなくても夢乃には現実改変がある。

 近場の生活院を探している、そんな瞬間だった。


「あのなあ…お前」

「お前じゃない!私のことはスカーレットと呼びなさい!」

「うええ…絶対に嫌だ…」


 あのひとに出会ったのは。

 一目惚れだった気がする。

 それが2年前。

よろしくお願いします。

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