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異形は恋をする。  作者: 桃文化
第2章 夢みるサキュバスはいつか醒める夢を見続ける
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第17話 ゆめのサキュバス⑤

 これはきっと過去の記憶。

 家のリビングでくつろいでいた夜。明日も学校という陰鬱な気持ちを抱えていると、明日の準備をしている夢乃が目に入った。そういえば僕も昔は前日にランドセルを開いて、翌日の授業の準備をしていたっけ。今では面倒で当日の朝に準備するか、もしくは準備すらしていない。

 あまりにも毎日楽しそうに学校に通う夢乃を見て、ふと、こんな質問をしたことがある。


「学校楽しいか?」


 正直、答えなんて決まりきっていた。そもそも楽しそうにしているから聞いた質問であるわけだし、それはもう楽しいという回答になるだろうことはこうして質問した僕でもわかる。

 案の定、夢乃は当然のようにこう答えた。


「うん、楽しいよ」


 こうして学校を楽しいと断言できる人間が、この世に何人いるのだろうか。そう思わされるほどの笑顔を見せて、夢乃は答えた。

 そんな質問をした僕を不思議に思ったのか、夢乃はかわいらしく首をかしげながら僕に質問した。


「兄ちゃんは楽しくないの?」

「楽しくないね」

「ああ…」


 夢乃が一瞬、これめんどくさいスイッチ入れちゃったかなという顔をしたことがショックではあったが、それで止まるような僕ではなかった。


「そもそも、あなただけの夢を見つけるだの学び方を見つけるだの個人を尊重しようとする方針をこちらに押し付けておいてクラスでは出る釘を打つかのような共同性を尊重している。運命共同体なんて言葉を使うような教師もいたけれど、僕はあんな狭い部屋に入れられた40人近い人間と運命なんか共にしたくないね。他の人間の運命を僕に押し付けないでほしい。そう思いながら過ごしてきた」

「うん…」


 まるで地獄を見る様な目で、いや、地獄にて生前の罪を清算されている人間を哀れむように見ていた。常人では耐えられないような目であっても僕は無問題。さらりと受け流して見せた。


「なんだその目は」


 受け流せていなかった。


「兄ちゃんは可哀想だなって」


 直球だった。


「でも夢乃はそんな兄ちゃんが好きだよ」


 妹の何かを歪めてしまっていた。

 僕が言うのもなんではあるが、夢乃はなんだかダメ男にひっかかりそうな危うさがある。しっかりしているからこそ、私が見てあげないと、と責任感を感じるというか…それともダメ男に対し、私の手がなければ生きることもできないの可愛いみたいなあれなのだろうか…なんにせよとても心配だ。


「悪い男と関わるなよ」

「兄ちゃんとも関わっちゃダメってこと?」


 妹の中で僕は悪い男カテゴリに入れられていることがここで初めてわかったのだった。


「んー、夢乃は将来兄ちゃんの介護をしなきゃいけないから、そういう人と関わる時間とかないと思うよ」


 小学生女子の将来を奪う存在だったのか僕は…。

 というか将来が将来すぎる。もっとこう…夢のある話をするような話題ではないだろうか、将来の話。


「僕のことはいいよ。最後には一人で孤独死するつもりだし」

「兄ちゃんが夢のある将来の話をしようって言っちゃいけないと思う…」


 暗い将来に頭を抱える兄妹だった。


「もっと兄ちゃんのことを放っておいてもいいなって思えるような何かがないと夢乃は心配です」

「例えば?」

「えっと友達ができたりとか…」

「ないな」

「彼女ができたりとか…」

「ないな」


 何もなかった。


「ほらね」

「なんでお前が得意げなんだ」


 僕も得意げであってはいけないが。

 何も得意じゃないし、自慢できないようなことだ。


「全く、ほんとに全く兄ちゃんはしょうがないなあ。夢乃がずっと一緒にいてあげるから」

「なんだこの母性は」


 母親に似たのか。

 どこか嬉しそうににやにやとしながらそう言う夢乃。兄の不幸がそんなに嬉しいのだろうか。しかし、僕も満更でもないのであった。ならお願いしようかな。僕が1人でさみしくないように、ずっと隣にいてもらおうかな。夢乃が、僕の妹である限りは。

 きっと、嫁いだりとかして、戸籍的に相手の家に入って、僕の妹ではなくなった時、その時は一目散に僕を見捨てるといい。お前の幸せを、掴みに行けばいい。

 僕は、お前が幸せになるまで、一緒にいてやるよ。兄だから、な。










『夢乃ちゃんにとり憑いたサキュバスの異形ちゃん?』


 異形専門家、異形専門医である蛇縄木南が発したその言葉。

 すでに、それが解答であると言わんばかりに述べたそのセリフ。それを受けて、目の前の夢乃のようで夢乃ではないような、そんな「それ」は、こう言った。


「あはっ、そうだよねえ、やっぱバレちゃうよねえ」


 実体のない異形。

 それが実在するとしたら、もう、なんというかめちゃくちゃだ。なんでもありじゃないか。異形は人間と近しい見た目をしているからこそ、差別に悩まされている。奇異の目を向けられることに悩まされている。

 しかし、これは、もうそんな次元ではない。

 人の目に見えない。いや、もうそれは別にいい。今更、異形関係で何かあったとしても驚くことはない。顔の燃えた女。思い出す。むしろ人の目に見えないほうが驚きは少ないのではないか、とさえ思ってしまいそうな、そんな中で。とても大きな無視できないことがあるのだ。

 人にとり憑く。

 すなわち、人を異形にする異形だということ。

 夢乃は人間だ。しかし、今の騒ぎを見て、まわりはどう思っただろう。姿形が夢乃である以上これは夢乃にとり憑いた異形の仕業です、と説明して信じてくれるだろうか。

 きっと信じてはもらえない。異形自体、まだ大きく浸透しているわけではないのに。


「夢乃から離れろ」

「なんで?というかそもそも、なんであんたが私に指図してるの?一番最初に私を見た時のこと、忘れてしまったのかしら」


 妖艶に微笑む夢乃、もといサキュバス。

 最初、というのはもちろん華彩のあれこれが終わって、家に戻った時のことを言っているのだろう。軽くその舌で舐められただけなのに、死にそうになるほどの快感を与えられた。

 死を覚悟するレベルの快感は恐怖でしかない。僕はあの時、本当に死ぬと思ったのだ。だが、そうだとしても、退くわけにはいかない。

 このままではどうなる?夢乃は学校にも通えず、異形として施設に入れられるかもしれない。夢乃自身は全く問題がないのに、だ。そんなの、そんなの、あまりにも。

 僕は手元にあった木南さんからもらったスナイパーライフルの一部を切り離す。パーツが外れていくと小さな拳銃に変わった。すぐにサキュバスに向かってそれを構える。

 一時的なものでもいい、少しでも、ここで落ち着ける時間を。

 引き金を、引いて。

 その弾が、サキュバスの目の前で弾き落とされる。


「これ、もう効かないんだけどさあ、むしろ性欲というか我慢が限界になって私が出てきやすくはなるんだけど、しんどいんだよね。我慢が我慢できなくなる時って」


 そう、何のこともないように話し始めた。

 僕は指示を待つ。蛇縄木南からの支持を。待っている。いつまでも。いつまでも。ずっと。…。…。


「あの…」

『ん?ああ、あとは頑張ってくれ』


 自分の知識をひけらかしにきただけだった。

 

「ちょ、ちょっとなにこれ…」


 後ろでは仙道が驚いていた。


「大海原に妹なんていたの…?」


 驚く対象が違った。


「しかもこんなに可愛い…?子どものお姫様みたい…名前なんていうの?」

「夢乃」

「大海原夢乃ちゃんね」


 名字が違う。

 というか、異形を前に僕らはなんでこんな久々に会った親戚みたいな話をしなければならないのだろう。忘れかけているというか、そもそもこいつは人の命を奪うことができる異形であるはずなのに。

 僕はひとまず、仙道のことを置いておき、サキュバスの異形に話しかけた。


「サキュバスの異形。そこはお前のいていい場所ではない」

「だからんなの私が決めるんだってば」

「出て行ってくれたらいいものをやろう」

「なに?」

「仙道のパンツ」

「はあ!?」

「いらない」

「すまん、仙道。僕の力が足りないばかりにお前を傷つけてしまって…」

「後で殺す」


 状況が悪化した。

 僕の敵が増えてしまった。なぜ、毎回こうして意図せぬところで敵を増やしてしまうのだろうか。もう、余計なことはしないでおこう。ただ単純に。僕は願っていた。そもそもなぜ、夢乃の体であるはずなのに、僕の方で譲歩して出て行ってもらおうとしているのか。

 サキュバスの異形、お前から出ていくのだ。それが、当然の結果。


「僕の妹を返せ」

「…なるほどね。私のこの姿を見ても、あなたはそうやって立ち向かってくるんだ。いいよ、私を捕まえることが出来たら妹は返してあげる」


 そう言うや否や大きな翼を広げてこの場から飛び去っていく夢乃。唐突に始まったゲームに困惑する僕。鬼ごっこ、だろうか。どうして出ていく気になったのかは知らないが、ちょうどいい。助かる。

 さて、と。追おうとしてすでに姿が見えなくなったことに気付く。


「仙道。お前飛べる?」


 このあとぶん殴られたことは言わずともわかるだろうから、省略。












「サキュバスねえ…」


 蛇縄木南は診療所で1人、パソコンに向かっていた。インターネットさえできればいいやと雑にそろえたノートパソコンを見ながらコーヒーを飲む。

 相変わらず、ありえないほどの確率で異形と出会う男だ、彼は。だからこそ、木南にとっては異形だけではなく、彼もとても興味深い人物なのである。

 木南が見ていたのは異形収容所。正式名称は異形生活院だったっけ。人と共に暮らすことのできなかった異形を集め、この中で生活させるというもの。主に人の命を奪いかねない異形を中心に入れているようであるが、具体的な選定条件等はわからない。

 しかし、間違いなく危険な場所ではあるだろう。まるで犯罪者が集まった刑務所のように、近づくことはあまりにも危険な場所である。


「ん?」


 その中の1つ。とても評判のいい生活院である『山清院』という名前の建物。確か、華彩という顔の燃えた異形の子が最近入ったとかなんとか。

 スクロールして、生活院の概要を見る。


「規則正しい生活、正しい精神…。ほんとまるで刑務所みたいだよね、これ。更生施設だよ」


 謳い文句を見て、ため息をつく木南。

 すると、その中に気になるページが。


「脱走者?」


 どうやら生活院から脱走した異形をここにリストしているみたいだ。本当に刑務所みたいだな…なんて木南は思う。しかし大きなニュースになっていないところを見るときっと命にかかわらないような異形を逃がしてしまったのだろう。


「…へえ、なるほどねえ」


 リストの中の1人。

 顔写真付きで載っているのは。


「夢乃ちゃんだ」


 夢乃、だった。




















よろしくお願いします。

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