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異形は恋をする。  作者: 桃文化
第1章 恋するサラマンダーは自分の尾を燃やし続ける
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第11話 ひまりサラマンダー⑪

 異形が見つかった当初、人間は医学でそれを解明しようと躍起になっていた。というより、人間というものは前例のないものが苦手なのである。未知を嫌い、何かしらの病気に当てはめようとした。

 しかし火が噴き出るような異形が登場し、その考えは一気に崩れ去る。一体どこにこんな病気があるというのか。人間は諦めて、それを新しく、異形と名付けた。人間とは違う体組織で構成される人のような人ならざるもの。異なる形。

 そんな異形に対し、今も原因を解明するための研究は繰り返されている、らしい。というのももちろん僕はそのような頭のよい人間ではないし、どこか夢物語のように思ってしまうのだ。

 病気?原因?

 異形はそんなものではない。異形は、そのまま異形という存在なのだ、きっと。人間でありながら、その一側面が異形。

 そう考えた者たちは異形にふれあい、原因を解明するのではなく、異形がいつものように、日常に紛れて暮らすことのできるようなそんな生活を支援するいわばカウンセラーのような存在。

 異形専門家。

 異形専門医。

 そう呼ばれる存在がいた。

 僕が玄関の前でこうして立っている目の前にも異形専門医がいるわけだ。小さくて、正直夢乃よりも小学生らしい彼女は木南さんと名乗っている。

 僕がお世話になっている異形専門医だった。


「んん?んんん?」


 木南さんが首を捻る。

 その目は僕を見ていない。僕の後ろにいる、華彩に向けられていた。


「これはまた珍しい。顔から炎とは…サラマンダーの異形かい?」


 華彩は答えない。

 というよりなんて答えたらいいのかわからないのかもしれない。こうしてずけずけと、まっすぐに異形について聞かれたことなど今まで一度もなかっただろうから。

 答えあぐねている華彩にかわって僕が答える。本来であれば異形という事実を他人が語るというのはかなりグレーゾーンというか、禁忌なのであるが、僕は軽く華彩に目配せした。頷く華彩。許可が下りた。


「そうだよ、彼女はサラマンダーの異形だ」

「なるほど、次は彼女に入れ込んでいるというわけだね」


 入れ込んでいる、と言われると否定したくなってしまうが。

 相談役、というからにはそれなりに入れ込んでいなければ逆に務まらないのかもしれない。


「次は…?」

「ああ、そこの男はね、次々と女を連れてくるんだよ、うちに」


 人聞きが悪すぎる。

 たまたま、そういう状況が多かっただけだ。異形と関わることがそれなりに。その度にこの診療所を紹介し、木南さんを紹介してきた。

 異形ならば専属の医師がまず1人はいる。しかし、昔からの異形ならまだしも、いま、ついさっき、異形として成った人間にはまず専門医を紹介するところから始まるのだ。だから、僕に相談された時はこうして、この診療所に連れてくるのだった。

 僕はもちろん木南さんを紹介したら終わり。その後は木南さんと異形との問題になる。残念なことに、いや、別に残念などでは全くないが僕自身女をとっかえひっかえのような甘い生活はおくっていないのだった。そんなことわざわざ説明しなくてもわかっているとばかりに華彩はこう発言した。


「やっぱり、あなたは異形との関わりが多いのね」


 私の目に狂いはなかった。

 そう言いたげである。あまり積極的に話すことでもなかったので、ノーコメントを貫いてきたが、こう言われてしまっては否定する必要も特にない。

 異形という関わりが多い、という情報だけならば、全く、全然、問題ないのである。


「ところで、その、木南さん…は」

「呼びにくかったら苗字でもいいよ、サラマンダーちゃん」

「えっと苗字…」


 華彩が僕を見る。

 僕は「いや、木南さんと呼んどけ」と投げやりに答えた。別に僕は今日、華彩に木南さんを紹介しに来たというわけではないのだ。それこそすでに華彩には異形専門医がついているはずであるし、華彩の中ではぽっと出である木南さんに相談しても意味はないだろう。

 というより。

 今回の件は異形専門医でも解決できないことなのだから。


「私に解決できないこと?随分生意気言うようになったね。私はこんな見た目をしているから、年相応に見られることはほとんどないけれど、君にまでそう言われてしまうと少しばかり寂しいね」


 今回は異形専門医の出番ではない。

 異形という一側面を相手にする異形専門医。しかし、今回はどうしようもなく、人間の部分なのだ。実は木南さんには事前に相談にのってもらっている。具体的なことは全て、こちらでなんとかするしかないが、異形の専門家としての知識はすでに借りてるのである。

 そんなことを考えていると華彩が不意に口を開いた。


「やっぱり、見た目通りの年齢ではないんですね、えっと…何かしらの異形なのかしら」


 確かに異形が異形の専門医になることも少なくはない。それこそ異形の微妙な機微を判断するためには同じ異形がよいという説もあるぐらいだ。

 しかし、木南さんは見た目が小学生の大人の女性という創作の世界でしか見ないような奇跡的なステータスをしているものの、普通の人間である。


「第二次性徴が雑魚だっただけだろう」


 僕は冷たく言い放った。

 木南さんは「よよよ…」と泣くふりをしている。小学生が泣いているようでなかなかの罪悪感だが、それ含めてこの女の作戦だろうことは長年の付き合いでわかってしまう。僕はスルーをして、待合室を通り抜けようとする。

 何度も言っているが僕は別に木南さんに用があったわけではない。診療所でもない。この建物に用があったのである。そのまま歩いていこうとすると木南さんが僕に声をかけた。


「ん?屋上に行くのかい?」

「まあ…ちょっと屋上借ります」

「了解。学校サボってここにきた理由は聞かないでおくよ」


 ありがたい。軽く会釈をする。

 奥にあるエレベーターに乗り、2階、3階を抜けて屋上へと出た。なかなかこうした一軒家にエレベーターがあるのは珍しいが、診療所と2階を階段等で繋げたくないという気持ちが木南さんにはあるらしい。なんというか仕事とプライベートは違うのだとか。一緒くたにしたくない。その気持ちはまだ学生である僕にはよくわからないけれど、確かに自分の家に学校のこととかはあまり持ち込みたくはない。また夢乃にとやかく言われてしまう…。

 エレベーターから出るとすぐに心地の良い風が吹く。ちょうどいい気温。風と相まって不快感はない。そして2人きりになれる場所としてはこれ以上ないだろう。誰もいない、正真正銘僕たちだけの空間、僕たちだけの世界。

 華彩と話をする前に僕はとあるメールをスマートフォンから送信した。変な汗が噴き出る。なんとか自分との葛藤に打ち勝ち、それを送信した。


「さて、と」


 僕は華彩に向き直った。

 ああ、とうとう、この関係も終わりなのか。色々なことがあったが、楽しくなかったともいえない毎日だった。特にこいつとは今まで全く関係がなかったのだから。一番の変化は華彩との関係なのだろうな。

 燃える女。

 サラマンダーの異形。

 そして恋する人間。

 そして、こいつは…。


「華彩、お前の顔の炎を消して、蛇縄に告白する、ということは永遠にできない」


 そう伝えるのだった。

 華彩は特に驚くでもなく、少しだけ息を吐いてから、「どうしてかしら」とそう言った。単純なお話だ。お前が、蛇縄を好きである限りは永遠にその炎を消すことはできないのだ。

 それは、ベタではあって、言うのも気恥ずかしいぐらいだったが、それは恋の炎なのだ。

 いつもこいつの感情は炎に表れていた。照れたらぼふっと燃え上がり、怒ると強く燃え続ける。悲しそうに揺らめくこともあっただろうか。直接的に感情がその炎に表れていたのである。

 だから。

 好きという気持ちが炎に表れていてもおかしくはない。

 確か、華彩が炎の、サラマンダーの異形と認識したのは中学生の最初の頃だっただろうか。華彩はその前から蛇縄のことを好きだったと話していたが、いや、なんのことはない。ただ、中学生になって初めて蛇縄に向けるその感情が恋ということに気付いただけなのだ。

 小学生の頃は友達の延長線上にあるものだと思い込んでいて、中学生になって、少しだけ大人になって、ようやく気付いただけなのだ。

 この感情は、恋だってことに。


「だから、お前が蛇縄のことを好きだと思い続ける限りは、永遠に消えない。お前が蛇縄を好きじゃなくなってようやく消えるんだ、その炎は」


 風に吹かれて火が揺らめく。

 綺麗な青空だった。そんな青い背景に、火の赤はよく映える。僕は素直に、綺麗だ、と思った。


「そう…。いえ、ええ…なんとなく、わかっていたのかもしれない。私は心のどこかでそうなんじゃないかって…その事実を自分で認めたくなくて、あなたに指摘してもらって、その事実に気付こうとしていた…のかもしれない。あなたにそんな辛い役目を押し付けて…」


 人間として告白できない。

 異形専門医は異形も人間の一側面だと判断しているが、しかし、華彩のこの姿は、お世辞にも人間とは言えない。心が、精神が人間であっても、見た目が、異形なのである。

 だから、彼女の、唯一の願い、告白して恋仲になりたいだなんて、そんな願いではない。単純に人間として告白したいというささやかな願いはこうして、もう2度と叶えられないことがわかってしまったのだった。まあ、しかし。


「僕の戯言かもしれない。僕は専門医じゃないからな」

「いえ、それはないと思うわ。お医者様は、異形の専門医は私の症状をわからない、なんて言っていたわけだし。当たり前よね、恋の感情で顔が燃え上がるなんて、それは完全に人間の領分だもの」


 恋は。

 異形の領分ではない。

 だから専門医じゃわからなかったのだろう。原因不明だと判断したのだろう。


「まあ、自業自得というわけね。私は私の恋で苦しんでいたのだから」


 なぜ、人を好きな気持ちというのを自業自得だなんて判断しなければならないのだ。人を好きという気持ちはそれこそ誰かに咎められるようなものではない。罪悪感も、責任も、そんなものを感じる必要のないものだ、人間であるならば。

 異形だから、申し訳ないなんて、言わないでほしい。

 お前は、何も悪くないのだから。

 自業なんて、何もないのだ。

 ただ、人並みに恋をしていただけなのだから。


「ありがとう。大海原くん」

「…」


 華彩。

 僕はこの間木南さんに相談したことを思い出す。

 異形の暴走についてだ。


『異形の暴走なんて、それはもうたくさんあるよ。それこそ君もニュースでよく見るでしょ?死傷者だって出るぐらいものはさ。だから君に相談しているその顔から炎?が出ている異形だって本来はかなり危険な異形なんだ。それでもみんなと同じように同じ空間で過ごしているというのはかなり、かなり』



『凄惨な過去があったのだろうね』



『その過去を乗り越えて、いや、逃げ続けて、いま、ここにいるというわけだね。異形の力のコントロール?ああ、ある程度はできるけど完璧には無理さ。それこそ、炎なんて危険な異形であるならば尚更ね。まず、自宅安静。それか幽閉かな?監禁、軟禁?施設行きだね。そんな彼女がこうして学校の審査をクリアして日常を過ごせているのは単に、その異形性が他人に向いていないだけだよ』


『他人に向いていないから、他人に対して危険性がないと判断された、だけだよ。単純にね。だからその異形性が他人に向けば大変なことになるかもしれないね。いやはや、許してあげなよ。異形だなんてとんでもないものがいきなり生まれて、それでその異形を慌てて社会に組み入れようとしたんだ。多少の、過ちぐらい許してあげなよ。それこそ、誰か1人2人死ぬくらい、許してあげなきゃ。これでもよくやってる方だと思うよ、この国は』


『話が逸れてしまったね。そう、そうだ。彼女は自分の身を焼いているのさ。魔女裁判じゃないけれど、火あぶりってわけだね。さながらジャンヌダルクのように、彼女は自分を責め続けている。自分の炎で、自分を焼き続けているんだ。だから、その炎はきっと彼女が自分で自分を許せなければ、二度と消えないのだろうね。ただ、安全性でいえば自分を許さない方がいいんだけれど。異形性が自分に向いている方がいいんだけれど。また厄介なのを相手にしているね。今度連れてきなよ、私も見てみたい』


『…また君は。また君はそうやって、自分を犠牲にしようとするのかい?彼女が自分を許すためにはまず、自分の過ちを認識させる必要がある。その過ちが何かはわからない。そうだね、今度その子の家にでも行ってみれば?何かわかるかもしれない。わかるかもしれないけど正気かい?君、死んじゃうかもよ?いや、君が死ぬのはまだいいけど、彼女、壊れちゃうかもしれないぜ』


『ああ、いや、言葉は悪いけどもう壊れているのか。壊れているからこれ以上は壊れようがない、なんて、荒療治にもほどがある。異形専門医の免許を持つ私にはできっこないことだね。それこそ免許はく奪。これでも私は自分の生活を大事にする方でね。それは困るんだ。それとも君が養ってくれるのかい?…勘弁してくれってなにもそこまで言わなくても…私の体型ってほら、ロリコンに喜ばれそうだろ?え?君は違うのかい?五陵花ちゃんと一緒にいつもいたからてっきりそっちの気があるのだとばかり』


『ま、協力はしてあげる。場所ぐらい貸してあげるよ。屋上を使うといい。あそこならだれも間に入れない。ただ、それこそ君はかなり危険だと思うけどね。逃げ場なんてないし。それでもいいなら貸してあげる。邪魔をしないであげる。うん、でもそうだね。放ってはおけない。いつかは見なければいけない現実。ここで見せてあげてもいいかもしれないね。時間が経過すれば経過するほど、それは困難になっていく。正直、赤の他人である君がやるべきことではない気がするけど、でも、やりたいならやるといい』


『…うん、そうだね。これだけは確実に言える。炎なんて危険な異形でありながら、過去に一度も誰も傷つけなかったなんてことは絶対にない。確実に誰かを傷つけている。それは覚えておいて』


 華彩。

 お前はさっき、誰も傷つけないようにしていた、と。それが、唯一守ってきたそれが破られた、なんて言っていたけれど、それは本当に、ずっと守られきたことだったのだろうか。

 僕はお前の相談役だ。相談されたことは恋に関することなんて可愛らしいことだったけれど。でも、この炎を、顔の炎を消してほしいということはきっとそういうことなのだろう。

 僕にそれを頼んだということは、そういうことなのだろう。

 いつしか、華彩、お前は僕に謝ったことがあったな。ごめんなさいって。それはきっとこのことだったんじゃないだろうか。

 華彩の炎は単純な恋の炎だけではない。

 もう一側面。

 自分の身を焼き続ける処刑の炎。

 お前の炎を消すということはこの2つを解決する必要がある。恋の方は、先ほど言ったように、もう、好きじゃなくなるしかない。きちんとフラれることが解決方法だ。

 そしてもう1つは。


「お前の部屋、すごかったな」

「何、急に。それはもうあなたの靴ぐらい舐めてあげるぐらいのことはされたけれど、女の子の部屋に言及するだなんてなかなかに無神経なのね」

「いや、舐めなくていい」


 いつもの棘はなかった。

 どこかすっきりとしたような声。


「耐火シート、あれをかぶせてないと安心して過ごせないの。それこそ、コントロールできていたとしても、ね。だからあんな部屋になってしまっているのよ」

「ああ」


 それはわかっている。

 僕が華彩の部屋で見つけたもの。それは耐火シートのこともある。とても驚いた。女の子の部屋だとは思えなかった。しかし、それ以外にも、まだあるのだ。

 僕がこいつの部屋で見つけたもの。

 それは…。僕は少しだけ、いい淀む。ここから先は、僕が介入していいものではない、ないが。いや、いい。僕が任せられた顔の炎を消す、ということはこれも相談内容の1つなのだろう。

 唾を飲み込み、口を開く。

 僕が、華彩の部屋で見たものは。






「お前、いつから線香をあげてないんだ?」






 それは、お仏壇だった。

 放置された。

 耐火シートすら被せられていない、お仏壇だった。

 お仏壇と。

 家族の。

 遺骨。

 それが雑に、部屋に置いてあった。

 華彩の動きが止まる。

 

「華彩」

「何を言っているの」


 まず、マンションの部屋に入った時、違和感があったのは生活感のなさ、である。厳密に言えば華彩以外の人間の生活感がなかったのだ。そして玄関から中に入ると、あったのは華彩の部屋だけ。そこからわかった、華彩は1人暮らしをしている。

 これだけだと、親元を離れて暮らしているのだな、なんて思ってしまうものであるが。

 しかし台所を見ると人数分の食器が、父親、母親、祖父、祖母、そして華彩の5人分の食器が置いてあるのだった。まるで使った後かのように、洗ってあるのだった。そして、食卓には椅子が5つあって、そこにはいつから放置しているのかわからない御飯が、置いて、あって。

 華彩はもう、壊れていた。


「華彩、お前は僕に言ったよな。私の炎を消せって。じゃあ、消してやる」

「さっきからあなたは、何を言っているのよ。線香…?あなたが何を言っているのか、さっきから何もわからない…」

「華彩!」


 部屋の壁一面に貼ってあった新聞記事。

 異形の起こしたとある事件の記事。

 そこにもまた耐火シートが被せられていなかった。


「あれ…炎が…抑え…られ、な…」


 ずりゅ、と。

 まるで生き物のように炎が燃え上がる。華彩はきっと僕を敵と見なしたのだ。だから、その異形性が僕に向けられている。

 現実の象徴として、僕に。

 向けられる。


「まずは現実を、過去を見よう、華彩」


 お前の家族は。

 お前の炎に焼かれて、死んでいるのだ。

















よろしくお願いします。

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