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LOVE NEVER FAILS  作者: AW
15/17

ふざけんなよ

「うぅ……」


 気がつくと、僕は真っ暗闇の中で横たわっていた。


 背中に感じる柔らかさは、残念ながらリーシャの膝枕ではない。


 この腐敗臭は記憶にあるぞ――あのイケメンエルフの部屋か!

 


 依然として頭が朦朧としている。


 どうして生きているんだろう、ここにいるんだろう、リーシャは? オーガは?……次々と疑念が浮かんでくる。でも、その1つ1つへの答えを考える力もなければ、教えてくれる者もいない。止まることなく沸き起こる疑問に、思わず頭を抱える。


 あ、折れたはずの手が動かせる。足も!


「ん?」


 足に触れた何かを引き寄せると、無くしていた僕の鞄だった。一緒に棒も置かれていた。良かった!


 激痛を覚悟し、上半身を起こす。


 しかし、痛みは全くなかった。


 噛まれた傷口は既に完治していた。それはまるで、最初からなかったかのように――。


“最初から”なかった?


 もしかして、巻き戻っている?

 リーシャが近くにいた?

 きっとそうだ! 捜しに行こう!


 疑念の中から一筋の光を見つけ、僕はベッドから跳ね起きた。



 懐中電灯で暗闇を照らす。


 僕の推論は正しかった。時計が指し示すのは0時。これは時間が巻き戻ったことの何よりの証拠。


 これから起こるのはあの恐怖だ。オーガ5体による村の強襲。あの地獄絵図が脳裏を駆け巡る。


 僕にできることは――。




「敵が来るぞ!」


「オーガが来るぞ!」


「みんな、逃げろ!!」


 白い大木から抜け出した僕は、大声で敵の来襲を告げながら走り回る。


 突然起きた深夜の大騒動に、何事かとエルフたちが木々の隙間からこっちを窺う。


「オーガが来るぞ!」


「みんな、逃げろ!!」


「あっちだ!」


 一番近くにいた若いエルフの少女に、地下牢のある洞窟を指差しながら叫ぶ。


 でも、逃げる者はいない。今さらながら、言葉が通じないことを思い出した。


 助けたくても助けられない辛さが、苦しみが僕の胸を押し潰す。


 そうだ!

 リーシャを捜せば、リーシャに説得してもらえばいいんだ!


 そう決断し、騒ぎ立てるエルフたちを放って、僕は森の外へと駆けだした。



 左手に懐中電灯、右手には愛用の棒を持って深い森を走る。


 あの時も、何度も方向を変えながら走ったから、正直方角は分からない。とりあえず、自分の方向感覚を信じて突き進むだけだ。



 前方から、バキバキっという木々が折られる音が響き渡った。


 奴らが来たのは間違いない。距離は300mちょっと、時間はちょうど1時。武器はあるけど、奇襲を仕掛けても勝てる気がしない。村は心配だけど、今は全力で避けるべきだ。


 オーガとの遭遇を避け、南側へと進路を変えて進む。



 見つけた!


 森の切れ目から覗く、切り立った岸壁。


 時間は2時過ぎ。足元を確認しつつ、慎重に近づく。


 耳を澄ますと、ゴゥゴゥという川の音が聴こえる。この崖の下は川なのか。あの洞窟があった場所とは微妙に違うらしい。川は右から左に流れている。上流へ向かうか、下流へ向かうか――。


 洞窟付近で川の音は聴こえなかった。それは間違いない。地理的に川と離れていたからか、流れの静かな下流付近だったからか。

 悩んだ挙句、崖に沿って左手に進む決断をする。


 時計を見た瞬間、心臓を抉られる思いがした。3時――既に村は襲われている時間。見殺しにして自分だけ逃げたという罪悪感に心が蝕まれる。



 やっと洞窟を見つけた。僕が落とされた崖もある。ここで間違いないだろう。


「リーシャァァァ!!」


「リーシャ、どこだぁぁぁ!!」


 いてもたってもいられず、大声で叫んでしまった。


 朝靄の中、森で木霊する声に答えるものはなかった。


 何とか崖下へと降りられる道を見つけ、洞窟に近づいてみる。大蛇だか大トカゲが出てきそうで怖いが、リーシャがこの中にいる可能性も否定できない。


「リーシャ?」


「リーシャ、いるか?」


 入口から問いかけるが、やはり答える声はない。



 フェンシングのような半身の体勢で侵入する。


 間合い2mを瞬時に打ち抜く覚悟で、大上段に構える。


 懐中電灯の光の先、動くものが映った!


「シュゥゥ!」


 光の直撃を躱すように、それは横へと低く動き――。


 ガツン!!


 僕の喉元に飛び掛かる寸前、右手一閃。


 骨を砕く嫌な感触が未だ手に残る。


 地面を照らすと、全長3mほどの白い大トカゲの無残な屍が1つ。


 さらに奥を照らすと、洞窟は10mほどで行き止まりに達し、そこには花瓶大の卵しかなかった。リーシャはいなかった――。



「ふざけんなよ……」


 こいつは、巣を、卵を守るために必死だったのか。それを殺してしまうとか、マジで最悪だろ。


 どんな奴にも家族がいるんだということを思い知らされた。ゴブリンにもオーガにも、もちろんエルフや人間にも、守るべき、愛すべき家族がいるってことを。大トカゲの砕けた頭部にタオルをそっと乗せ、その場を去った。



 

「リーシャァァァ!!」


 洞窟の外で、もう一度精一杯の声で叫ぶ。


 やはり、答える声はない。


 全身の力が抜け、その場に座り込んでしまう。


 はぁ……。




 辺りの捜索が無駄に終わり、肩を落として村へ戻った僕が見たのは、予想を超える惨状だった。


 既にオーガは去ったようで、僕はただ一人阿鼻叫喚の地獄を彷徨う。


 そして、白い大樹の幹に串刺しにされたエルフを見つけた。


 イケメンエルフ――リーシャのお兄さんだ。


 恐る恐る近づいてみると、腹を極太の槍で貫かれ、白い幹を赤く染めている。


「ニンゲン……」


「っ!?」


 唇から漏れた声は、聴き間違えでなければ日本語。目を開けることなく、首を項垂れたまま発せられた日本語。


「言葉が通じるのか? リーシャは、リーシャはどこに?」


「イカイニ、ニガシタ…グフッ……」


「おいっ! しっかりして! 僕はどうすれば――」


 それ以上の問いかけは無意味だった。



 3時間かけて大きな穴を掘った。屍をそこに葬った。何人分なのか見当もつかないほどの、どれも見るも無残な姿だった。時間が巻き戻るのならば、今の行為が無駄なのは理解している。でも、今の僕は、感情が行動を束縛しているようで、そうせざるを得なかった。



 11時を過ぎていた。誰もいないリーシャの部屋のベッドで、僕はひたすら考えていた。


 リーシャのお兄さんも日本語を話せた。リーシャは異界、たぶん日本へ逃がされた。この2つの事実は何を物語るのか。


 リーシャが日本語を教えた? それとも、リーシャの兄も異世界に行く能力があるのか? いや、後者はあり得ないはず。もし行けるならリーシャと一緒に逃げるだろうから。それなら、リーシャが教えた? それも――あり得ない、と思う。僕はリーシャに“ニンゲン”や“イカイ”という単語を教えた記憶はない。もしかして、あの部屋にあった遺体の日本人が? なるほど、その可能性は否定できない。彼は僕が来る前から日本語を理解していたということか。それなら最初から話していればいいのに――。


 日本に逃げたリーシャは、またこっちに戻って来られるのだろうか。戻って来るとしたら、この部屋に0時に来るはず。僕はそれを待てば良いのか。そうか、なんだ、簡単なことだったんだ!


 不安と希望を胸に、懐中電灯で照らされた腕時計を見つめる――間もなく12時を迎える。




 視界がぼやけた後、僕は暗闇の中にいた。


 足元の鞄から懐中電灯を取り出し、確認する。予想通り、リーシャの兄の部屋の中だった。時間は0時。急いでリーシャの部屋へと向かう。




 無我夢中で走り抜けた僕は、5分ほどでリーシャの部屋へと到着した。


「リーシャ?」


「リーシャ?」


 一度は小声で、二度目は大声で呼びかける。それでも応答する声はない。


 どこかですれ違った? いや、それは絶対にない。ということは、彼女はこっちに来ていない? 来られない? それとも、来る気がないのか?



 その日、僕はリーシャの部屋で1日を過ごした――。


 オーガの咆哮を無視し、エルフの悲鳴に耳を塞ぎ、ずっとずっと一人で待っていた。


 当然だけど、リーシャは来なかった。


 日が沈みかけた頃には、静けさが満ちていることに気づいた。


 リビングデッドのようにベッドを這い出し、外へ出た。


 そこには、前回以上の惨状が広がっていた。


 へし折られた大木、喰いちぎられたであろう屍の欠片と夥しい血液――思わず何度も戻してしまった。


 そして、白い大樹には前回同様、彼がいた――。


「ニンゲン……」


 うっすらと開かれた目から、射殺すような瞳が僕に向けられていた。


 目を背けることなく、強い意思で受け止める。


「リーシャのお兄さん、リーシャは――」


「イカイニニガシタ……」


「リーシャは、リーシャはここに戻って来ますか?」


 苦しそうな表情を浮かべ、しばらく沈黙した後、彼の口から出た言葉を僕は決して忘れないだろう。


「ニドト…アウコトハ……ナイ……オマエハ…ステラレタノダ」




 その日から僕を支え続けたのは、リーシャを信じたいという気持ちだけだった。


 それが唯一の原動力となり、僕は幾度となくこの悲惨なループを繰り返した。彼からの情報をひたすら集めた。


 時に黙秘し、時に嘲笑を浮かべて語る彼の話が本当かどうかは証明できないが――おおよそ以下の事実が分かった。


 1.リーシャが“イカイ”に行ったのは0時半で、森の東でオーガに囲まれたとき。

 2.異世界人はそもそも異世界で日を跨ぐことができないが、リーシャと僕が一緒にいるときは、その例外となる。

 3.オーガを撃退することができれば、リーシャの兄が僕を異世界へ送ってくれる。


 つまり、巻き戻ってすぐに急いで森の東に行ってもリーシャに会うことはできないということ。そして、何が原因か分からないけど、僕とリーシャが同じ世界にいない限り、お互いに同じ日を繰り返すことになるということ。さらに、リーシャの兄も異世界への扉を開ける力を持っているらしいこと。したがって、彼との約束――オーガの撃退――を果たせれば、僕は日本に戻り、リーシャと出逢えるということ。



 僕の目的は定まった。


 オーガの撃退だ。


 脳裏に浮かぶあの巨体が僕に向かって咆哮し、巨大な斧を振り上げる。


 非力な一人の人間が勝てる見込みは薄いだろう。でも、きっと何か方法はあるはずだ。


 そして、僕の孤独な戦いが始まった――。

次回は別視点です。

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