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LOVE NEVER FAILS  作者: AW
12/17

だいじょばない

「ふぅ――」


 長い溜息が漏れる。


 やられた。見事なまでの3連敗。最初から勝負は決まっていたということかよ。全部無駄な努力だったわけか。


「********!」


 目を開けると、リーシャの膨れっ面が僕を迎えた。


 期待外れもいいとこだろ。もう泣いてさえくれないほど怒ってるね、これ。でも、怒ってる顔も可愛くて、思わず見惚れてしまう。

 間近で見ると、意外と幼い気がする。小学生ということは無いけど、僕より1つか2つくらい下な感じじゃないかな?



「ごめん。別の方法を考えよう」


 決して諦めたわけじゃない。別の、もっと効率の良い確実な方法があるはずなんだ。

 それにしても、何のリスクもなしに、時間の巻き戻しなんて都合の良い魔法が何回もできるものだろうか。そんな甘くはないよね。今更だけど、確認しておかないと。そう思い、ノートに思いつく限りのパターンを書き連ねていく。落とし穴を作って誘き寄せる、人質をとって交渉する、ゴブリンの集落ごと燃やす、井戸に毒を――だんだんと物騒になっていく。


 いや、こんな残酷なことを望んでいるわけじゃないぞ、あくまでこれは例示。何度でもチャレンジできるなら、あらゆる手段で勝ちにいけるだろってことさ。



「ノブナガ……」



 リーシャはゆっくりと首を振る。否定する。


「やってみなければ分からないじゃん! それとも、この魔法には何か制限というかリスクでもあるの!?」


 言葉が通じないのは知っているけど、全否定する彼女に対し、思わず大声を出してしまった。


「******」


 彼女は何か小声で呟いた後、両手で顔を覆って泣き始めた。ノートを渡しても何も書いてくれない。


 何が一番辛いかって、会話ができないことだよ。

 どうせ時間を巻き戻せるなら、こっちの世界とあっちの世界の時間をフルに使って日本語を教えちゃうか。そう思い、ノートにそれを書いてみる。

 すると、指の隙間からじっと窺っていた彼女が、いきなり立ち上がって抱き着いてきた。あぁ、やっぱり言葉が通じないってのが嫌だったのは僕と同じだったんだね。


 それからやることは一貫していた。


 まずは場所の確保。必要なのは、十分な明かりと僕用の食事とトイレがあること。ここに居ると三猿に出くわす可能性があるし、自宅に帰れば母ちゃんが帰ってきて面倒だ。かと言って、今日は金曜日なので制服を着て歩き回るのもまずい。色々考えた結果、ここから数百mの郊外にあるカラオケルームへと飛び込んだ。こういう時、後払い制というのはお得だ。料金オーバーになっても異世界に逃亡できる。これって詐欺罪に該当するのだろうか。法律に詳しい人がいたら聞いてみたい気がする。


 それはそうと、よく言われることだけど、日本語って難しい。とにかく表現が多すぎるんだよ。文字だって、平仮名・片仮名・漢字って3種類もあって、どれか1つというわけにもいかないし。自国語の授業をほぼ毎日12年間も学校で習う国なんて日本以外にあるのか疑わしい。どんだけ日本人は日本語を理解していないんだって思えちゃう。

 でも、語順を気にせず単語を並べるだけで意外と会話って成立するもんだ。それに、リーシャの記憶力というか学習意欲が頗る高いこともあって、凄いペースで単語と文法を吸収していった。

 初日にして50音と身の回りの単語の読み書きを覚え、平仮名主体の絵本が読めるようになったんだ。逆に僕があっちの言葉を習うとしたら、年単位で時間が掛かる自信がある。


 カラオケルームに22時まで籠った後、異世界へと旅立つ。緑の扉を潜り抜けた途端、森の香りが鼻腔をくすぐる。

 薄々気付いていたんだけど、こっち側の世界は1日が短いみたい。どうやら1日=12時間というところか。彼女の部屋に籠り、一騎打ちが始まるまでの6時間ほど勉強する。不謹慎なのは十分に分かっているけど、今はやるべきことに集中する。


「ごはんする? おふろ? それとも、リーシャ?」


 日本を基準にして5日目。

 ほぼ日常会話が可能になったあたりで、例の軽トラックに乗せられて自宅に帰ると、リーシャから驚くような言葉を聞いた。

 一応自己弁護しておくけど、僕はいかがわしい内容を教えていない。健全な日本語を、健全に教えていただけ。たまたま偶然に変な風に聞こえただけだと思うぞ。


「僕はご飯食べる。リーシャは先にお風呂に入っていいよ」


 微苦笑しながら答えると、リーシャは笑顔で台所へ向かう。そして、冷蔵庫から何度目かのベジタブルを取り出し、慣れた手つきで食事の用意をし始めた。まるで自宅で過ごしているかのように。


 その後ろ姿を見ていると、ふと気づくことがあった。


 もしかして、背が縮んでない?


 最初に出逢ったときは僕より10cmくらい低かったはず。でも、今は僕の肩くらい。つまり、140cmちょっとしかない。中2くらいだった見た目も、小6くらいになっている気がするんだけど――。


 笑顔が幼い感じはしたけど、横向きの今ならはっきりと断言できる。確たる証拠を挙げるなら、胸の凸部分がかなり減っていること。これは間違いないぞ。


「リーシャ――もしかして、魔法を使うと若くなる?」


「うん。だいじょぶ」


 少し間を置いて小さく頷く彼女。


 やっぱりそうなのか。5日で1歳くらい若返っている感覚。このままいくとどうなる?

 小5、小4、小3……3歳、2歳……え……それって、消えちゃうってことじゃないか!?


「大丈夫じゃないでしょ! そういう大事なことは早く言ってよ!」


 彼女の貴重な時間を奪ってしまったという罪悪感に、胃に収めた野菜が逆流しそうになる。


「だいじょぶ。リーシャ、ちいさくてもだいじょぶ」


「はぁ~、全然だいじょばないけど……分かったよ。リーシャに魔法を使わせないように僕が頑張るしかないってことだ」


 ロリに興味があるとかないとかは関係ない。彼女の願い通りに村を救ったとしても、彼女自身を失ってしまったら意味がないんだ。そのために最短攻略の作戦を考えないと。


 うーん……ゴブリンを確実に倒せる方法が何かるはず。まずはあの魔法をどうにかしないと。例えば、例えば、例えば――。


 リーシャからの情報を勘案し、あらゆる方法を模索した末、僕はある作戦へと辿り着いた。

 それは、最初と同じく、この森の中で一騎打ちに臨むことだ。森の中は森の妖精の加護があるらしく、ゴブリンは総合的に弱体化するらしい。あの魔法も、数cmほど足が沈むくらいであれば勝敗に影響はない。

 もし問題があるとすれば、どのように一騎打ちにの場に立つのか、という方だろう。兎に角、やるしかないんだ。


 母ちゃんへの置き手紙を綴る。もう長い間ずっと会っていない気分からか、仰々しい程の寂しい思いと一大決心が織り交ぜられた遺書のようになってしまった。

 代わりばんこでシャワーを済ませた後、リーシャに例のエルフ服を着せる。やっぱり身体が小さくなっているね。胸回りに余裕があるし、残念ながらスカート丈も丁度良い。僕は僕で、例の聖剣と旅人7つ道具をバッグに押し込んでいる。怪しい近代兵器は持参しない。というのも、今回は最初のルートをなるべく忠実になぞることにしたんだ。


「準備できたよ」


「うん。いく」


 たどたどしい日本語だけど、お互いに意思が通じるのは良い。目が合うたびに笑みが零れる。彼女が大きく手を伸ばし呪文のようなものを唱えると、僕の部屋のドアは緑色に包まれていく。これには何度見ても苦笑いが止まらない。僕たちがあっちに行った後もこのまま残っているんじゃないだろうな。

 もし母ちゃんが帰ってきてこのドアを見つけたら――僕がとうとう現代アートに目覚めたんだと手放しで褒めてくれるのか。いや、僕は間違いなく半殺しになるだろうね。


 手を繋いで扉を抜ける。手を繋ぐのが自然になってきた。傍から見ると、小学生を連れ歩く危ない中学生だと後ろ指を指されそうだけど、そんなの関係ない。超絶美少女と手を繋ぐことが許された選ばれし勇者に対する嫉妬だと受け止めればいい。



 ぼんやりと光が灯り、闇に沈んでいた彼女の世界を照らし出す。彼女の魔力を感じた植物が、ヒカリゴケのように淡い光を放っているんだ。

 今さらながら、この世界の神秘的な光景に息を呑む。この綺麗な部屋を蹂躙したあの醜悪なゴブリンを思い出すと、無性に怒りが込み上げてきた。今は1つ1つ未来を積み上げるしかない。


「行こう」


「いこう」


 リーシャの手を握り、ドアを出る。

 直径2mほどの円形の廊下が真っすぐ10mほど続いている。その先、微かに漏れ出す光を目指して歩を進める。

 僕たちが目指すのは、村の長が住んでいる大樹だ。リーシャが捕えられ、部屋に軟禁される結果となった長との面会。その時、僕は馬鹿らしいことに爆睡していた。


 彼女が異世界へと繋がる力を持つことは、長しか知らないらしい。そして、彼女のその魔法に時を戻す力が秘められていることを知る者は誰もいない。

 時を戻すことは、ある意味、未来を知ることと同義だ。“熱いコーヒーを室温下で放置しておくと冷めてしまうが、逆に冷えたコーヒーが勝手に温まることはない”という熱力学の第二法則は重要この上ない。故に、予言やら未来視などが胡散臭いというのは、古今東西、世界を問わず一致した見解らしい。よって、彼女の有する力は禁忌。彼女が捕えられた原因の1つがそれだ。

 そして、軟禁のもう1つの理由は僕という存在。彼女自身、異世界には行くことができても、そこから何かを持ち帰ったり、連れ帰ったりしたことはないらしい。理由は明快だ。“怖い”から。時間遡及の力は万能そうに見えて、実はそうではない。確かに死んだ者すら蘇らせる奇跡も可能だ。でも、彼女自身や共に時間を繰る者の記憶自体には、不可逆性があるんだ。つまり、彼女や僕の中に積み重ねられていく記憶は、死をもってのみ消去しうる、ということ――。


 大木の外へ出る。右側に回り込むと下へと続く螺旋階段がある。でも、彼女が僕を導いたのは反対側だった。周囲50mはあろうかという大木の幹を反時計回りにしばらく歩く。

 すると、蜘蛛の糸のような吊り橋が見えてきた。まさかとは思ったけど、彼女の足は迷わずにそこに向かっている。吊り橋の50mほど先を見やると、白亜の城とも見間違えそうな、白く巨大な老木が聳えていた――。


「した、みないよ」


「うん、分かった――」


 足下に広がる地獄のような暗闇のお陰で、高さを感じることなく渡り終える。多分、昼間これを歩くのは僕的に無理。だって、蔓が上下に2本ずつ張られているだけなんだぞ。上のを両手でがっちり掴み、1歩1歩蟹歩きすることでやっと目的地に辿り着いた。落ちたら死ぬ、死んだらリーシャに生き返してもらうという甘えはダメだ。まずは命を大事に、だ。


 白い巨木は、そのいたるところに穴が開いていた。リーシャが言うには、その穴はお墓みたいな物らしい。何千年もの歳月で散っていった者の魂が宿る場所。魂は生きる者のみに与えられた祝福だ。身体が滅びると同時に魂も消滅してしまうため、この村ではある程度歳をとると、この巨木に居を構えるとのこと。そうすれば、魂だけでも永遠に滅することなく生き続けられるのだそうだ。因みに、エルフがどうやって産まれてくるのかは聞いていない。人間と同じような身体だから、その辺は人間と同じなのかな。


 再び螺旋階段を上へと進む。すると、槍を持ったエルフ2人が守る扉が見えてきた。リーシャと目が合う。彼女は穏やかな笑顔を僕に向け、繋いでいた手をそっと離して扉に向かって行った。



「******?」


「***」


「************」


「**********」


 何を言っているのかさっぱり分からないけど、時間が時間だし、入れてくれないみたいだ。


 リーシャも諦めて僕の方へ戻って来た。眉毛がへの字に曲がっている。幼いながらも精一杯に険しい表情を浮かべている。彼女のこんな顔、初めて見た。相当に怒ってるよね、これは。それにしても、リーシャを知っている者からしたら、いきなり若返った彼女に違和感を覚えないのだろうか。


 ぼうっと考え事をしていると、リーシャが突然僕の腰から聖剣を奪い取り、低い姿勢で駆けだす――。


 えっ、いきなり打ち合わせなしの展開!?



「たおしたー」


 リーシャが自慢気に聖剣を掲げる。


「いや、駄目でしょ! 仲間だよね!?」


 僕はそれを奪い取り、床で伸びている2人を確認する。息はしてるね。大丈夫そう、かな。失敗したくない状況で、どうしてこうなるのかが分からない。この子、身体だけじゃなくて精神的にも幼くなっているのか? 僕は平和的な解決を激しく求む!



「みつかる。いそぐ」


「はいはい」


 扉を開けて中に入ると、きらきらと輝く光のドームが僕たちを迎えた。


 よく見ると、天井からぶら下がった藤の花のような植物から光が溢れ出している。ヒカリゴケの一種だろうか、足元も淡い光に包まれていく先を照らし出してくれる。

 そんな幻想的な光の道が、上下左右に慌ただしく曲がりくねって続いていた。


「こっち」


 手を引かれるまま、アリの巣のような迷宮の中を進んで行く。これは絶対に1人では戻れない。途中まで頭に残していた道順だけど、今は完全に放棄して諦めている。


 そんな折、大きく左に曲がると僕たちは広い空間に到達する。


「あそこいく。あにいる」


「兄?」


 また聞いていない単語が出てきたぞ。

 偉い人=国王か族長か、それとも村長に会いに行くとしか聞いていなかったのに、それがリーシャの兄だとは。ということは、リーシャも“偉い人”ということか。もしかしたら、お姫様や王女様だったり?


 言われてみれば納得だ。裸のイメージが強いけど、あのきらきらした服なんかは特にね。今着ているのは日本アニメの粋を極めたエルフ服だけど、やっぱり本物には勝てない。


 スカートの裾をひらめかせ、大股に歩み寄る彼女の先、黄金の天幕が張られたベッドが置かれている。

 そのカーテンを無造作に薙ぎ払うと、彼女は大声を上げた。


「**********!」


「******?」


「*******」


 計画通りなら、彼女はこう言っているはずだ。


“ゴブリンが攻めてきた、村が全滅する前に、異世界から伝説の勇者を召喚した!”と。


 でも、何だろう――雲行きが怪しい。


 天幕からは複数の怒鳴り声が木霊している。


 近づきがたい空気に、僕は部屋の隅っこで待機中だ。


 とその時、ベッドから走り去る女性が。お兄さんの奥さんだろうか。見事なまでに裸で、ボインボインと胸を揺らして走り去っていった。

 糞尿少女?

 チラッと見えた横顔に見覚えがあった。


 あぁ、そうか。

 なるほど、人物相関図が脳裏に浮かんできた。


 村がピンチの時にドンパチしている兄にキレるリーシャ、リーシャに逆ギレする兄――その結果の軟禁、ということだね。


 ここまでは恐らく前回と同じ流れなんだろう。


 でも、今回ここには僕が居る。



「ノブナガ」


 意気揚々と修羅場に突入する気にはなれないけど、臆することなく堂々と歩み寄る。


 目を吊り上げたリーシャの脇に立つ。


 ベッドには、半裸の金髪イケメンが居る。


 やっぱり一騎打ちの場に居たあのイケメンエルフだ。



「*********?」


 何を仰っているのか全然分からないけど、僕は僕で打ち合わせ通りに動きます。


「ゴブリンが攻めてくる。村を守るため、僕が一人で戦う」


 通じないと思うけど、一応前口上を述べてから必殺の棒テクニックを見せる。


 いやらしい方のテクニックではない。

 高速バトンスピン、左右のガンライドパス。そして、奥義大車輪。ラチェットタイフーンを動かす大技だ。今回は出し惜しみせず、ちょっと多めに回しておいた。


「この禿げぇ!」


 ドスっと床に叩きつけた勢いで、訳の分からない奇声を発してポーズを決める。


 攻撃力は真剣に比べて大したことはないけど、見た目が重要。そう、世の中見た目で決まるんだ。



「******?」


「********!」


 兄と妹の口論は続いている。


 どうせ“強いのか?”“強いわよ!”的な会話だろう。


 本当はただのはったりで、全くもって強くはないんだけど――。



「ノブナガ、よくやった」


 そう言って僕の腰に抱き着いてくるリーシャ。

 言葉は上から目線だけど、行動が可愛いから許す。


「任せとけ」


 兄の鋭い殺気を感じ、短く答えて彼女を引き剥がす。


 背筋がぞっとするような殺気だった。




 その後、客室のような部屋に通され、携帯食で空腹を紛らわせながら3時間ほど休んだ。


 初回と比べてリーシャも一緒に居るし、僕自身も決して寝坊しないよう最大限の注意をしている。


 でも、気になる点がないとは言えない。


 まずは、この部屋。何やら腐敗臭がするんだ。まぁ、死者を弔う墓場のような場所らしいから仕方がないとは言え、昔浜辺を散歩していたときに出くわしたサメの死体のような臭いが充満している。

 それともう1点。外が騒がしい。ゴブリン襲撃に対する準備が行われているから当然と言えば当然なんだけど、警戒対象が僕に向いているような気がしないでもない。


 それから、今後の細かい予定をリーシャと話し合っていると、とうとう時間になった。そう、ゴブリン到着の、一騎打ちの時間だ。


「行こう」


「リーシャも」


「うん、一緒に行こう」


 戦場に彼女を連れて行くことへ不安はあったけど、またどちらかが捕まるようなことがあれば元も子もないので、なるべく一緒に行動することに決めていた。

 安心したのか、リーシャの笑顔の中には涙があった。それをそっと拭い、僕たちは決戦の場へと歩き出した。



 ザッザッザッと、軍隊が地面を抉って歩く音がする。

 音が次第に大きくはっきりし始めると、森の縁、木々が微かに疎らになる辺りから、横50mに広がったゴブリンの隊列が現れた。


「グォー!」


 野太い咆哮の後、集団が左右に分かれ、例のガタイの良いゴブリンが単体で歩み寄ってきた。


「********!」


「******!」


「*************?」


「******!」


「リーシャ、奴は何を言ってるの?」


 大声で怒鳴り合うゴブリンとイケメンエルフの主張は平行線を辿っているように見え、仕方なく隣に居るリーシャに訊いてみた。


「リーシャをもらう、かえる」


「はぁ!? そんなのダメだって」


 リーシャを戦場へ連れてきたことがいきなり裏目に出た予感。


「でも、それでみんなたすかるなら――」


 ゴブリン側に歩み寄ろうとするリーシャの二の腕を掴み、引き寄せる。


 僕はこういう自己犠牲精神が大嫌いだ。歴史で、自分の命を犠牲にして長篠城を落城の危機から救った部下を称えて立派な墓を建立させたという偉人のエピソードを習ったとき、反吐が出る思いをした。だって、自分が犠牲になって相手を助けても、助けられた相手は喜ぶのか? より親しい者であればあるほど、生き残る側が辛いのではないか? それなら、その行動は逆に相手を悲しませ、苦しませているだけじゃないか。忠義に報いるのはいい。でも、死ねば何も残らない。全て終わりだ。自分のために死んでいった者に立派な墓を造るのは自己満足のためか? 罪悪感のためか? そんなことより、泣いて、泣いて、精一杯悔しがって、寂しがって、自分も干乾びて死んでいくバッドエンドの方が断然マシだ。だから、僕は、自分を犠牲にしてまで僕を守ろうとする行動を、決して許さない。


 いつの間にか、相当な力でリーシャを抱き締めていた。ゴブリンの視線が僕に突き刺さる。


 そして、長い槍を天に掲げ、僕に向かって歩み寄ってきた――。



「********!」


「わたしとたたかえって……」


 槍を眼前に付きつけて怒鳴るゴブリンの言葉をリーシャが通訳してくれた。ちっこい癖に偉そうな奴だ。


「正々堂々、一騎打ちだ!」


「************!」


 今度は、僕の言葉をリーシャが相手に伝える。

 四字熟語は教えていないから正確に伝わったか分からないけど、憤慨して地団太を踏んでいるチビマッチョを見る限り、正しくは伝わってないね。



 両者が各々の武器を手に取り5mの距離で向かい合う。


 すると、その周囲に大きな楕円形の人垣ができていく。


 どこからともなく現れたエルフの美少女たちが、姫を巡る男の戦いにキャッキャウフフの喝采を挙げ始めている。



 ドーン!


 大きな太鼓だか銅鑼だかが鳴り響くと同時に、ゴブリンが突っ込んできた!


「いきなりかよっ!」


 不意打ち気味に放たれた必殺の突きを間一髪のところで弾き返し、自分の間合いを確保する。


 腕力は、小さくても相手が上。武器のリーチや性能もだ。戦闘経験は、よく見て互角といったところ。僕が勝る点は――唯一、身長のみ。ならば、それを生かすしかない!


 短い武器を器用に使い、こっちの間合いを保って手数で押し通す。上段からの面打ちを繰り返し、隙を見て手首を狙いすました攻撃を挟んでいく。10合と打ち合うことなく、あっという間に相手を防戦一方に追い詰める。

 振り下ろしを両手を上げて堪えるのは非常に酷だ。ただでさえ視界が圧迫されるうえ、次第に筋肉疲労も重なって、防御に甘さが見られてきた。肩へ、首元へ、手首へと容赦なく打ち下ろす。


「********!」


 ゴブリンの口から発せられた聞き覚えのある言葉!


 例の魔法か!?


 これについては十分に対策を考えていた。

 エルフの森ではそもそも加護の関係から魔法の効果は薄い。でも、足裏に粘り付くあの土魔法は脅威だ。そこで考えたのが、名付けて“マトリョーシカ作戦”だ。

 リーシャ曰く、この魔法は足に直接魔力を纏わせる類とのこと。でも、その魔力は足の表面を覆う程度の、浸透性の低い物らしい。だから、今日は不自然に靴下を3枚重ね履きしてきたのだ。


 咄嗟に距離を取り、靴下2枚を脱ぎ捨てると、予想通りと言うか、ほとんどあのうっとうしい魔法効果は感じられなくなっていた。



「とりゃぁ!」


 再度魔法を放たれる前に勝負をつける!


 気合いの掛け声と共に一気に踏み込み、勝利の雄叫びを上げようと、息を吸い込んでいたゴブリンの鳩尾に思いっきり突きをぶちかましてやった。

 質素な皮鎧の上からでも確かな手応えが伝わる一撃。


 腹を抱えて蹲るゴブリンの眼前に、聖剣を突き付ける。



「降参しろ!」


「******!」


 意気揚々と走り寄ってきたリーシャが、翻訳してくれる。


 項垂れ、号泣するゴブリンに、少々同情してしまう。


 でも、油断大敵だ。


「約束通り、森から出て行ってもらうぞ!」


「****、**********!」


 僕と同じように腰に手を当てて胸を張るリーシャ。なんと威厳と可愛らしさに満ちた宣言だろう。


 腹を押さえて立ち上がるも、名残惜しそうに何度も後ろを振り返りながら、奴等は去って行った――。



「「ワァ!!」」


 黄色い大歓声が森に鳴り響く。


 終わってみれば圧勝劇だった。一度も攻勢を許さず、一方的に攻め切った。僕自身も、連敗続きだった相手に完勝できて、笑いが止まらなかった。



「******!」


 さすがにあのイケメンエルフも僕の力を認めたようで、自ら握手を求めてきた。うん、気前よく応じておこう。僕は差し出された華奢な手を力強く握り返した。


「何言ってるのか分からないけど、これで平和になるね」



 その後、夜通しで行われたのは戦勝の宴。


 白い大樹の裏手にある広場は、森の妖精たちで賑わっている。僕の隣にはリーシャ、反対側にはリーシャに勝るとも劣らない綺麗なエルフ少女を数人侍らせている。平凡なルックスの僕には考えられない光景だ。

 肉やお酒のような派手な料理はないけど、近くの倉庫らしき建物から持って来られた色とりどりの果物が、僕だけのために並べられている様は本当に気分が良かった。


 そんな状況の中、僕は日付が変わったことに気づかなかった。


 リーシャが何も行動を起こさなかったというのもあるかもしれない。


 異世界で初めて日付を跨いだこと、このことが後に大きな問題に発展するとは、この時の僕は無頓着にも全く考えが及ばなかったんだ――。

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