プロローグ
この世界は腐れ切っている。
路地裏はいかがわしい連中の巣窟と化し、聞こえてくるのは怒号と嬌声のみ。喧噪の中を俯き加減に歩き回る人々はみな、死んだ魚の目だ。まるで路上を漂うゴミのよう。いや、語弊があった。この溢れる人だかりの中には、澄んだ瞳で力強く生きている者もいるはず。ならば、腐っているのは僕自身ということになる。この眼に映るのは、僕の瞳を通して見える世界なのだから。焼け焦げた兎のぬいぐるみを拾い、暫し見つめる。そして、本来あるべき場所、地に横たわる物の腕の中へと、そっと収めた――。
昼下がり。徒然なるままに立ち寄った露天の本屋で、懐かしい本を探した。かつて僕をときめかせた物語ならば、再び私の心を躍らせてくれるかもしれないという、淡い期待が潜在意識にあったのかもしれない。あの頃は全てが虹色に見えた。世界も、人物も、全てが輝いて、煌めいていて、僕はひたすらにそれを追いかける人生を送ってきた。しかし、今はどうだ。かつての輝ける世界も、微々たる希望も、生きる目的も見出せないまま、僕はその場を去った――。
偶然目の前で停まったバスへと飛び乗る。行先なんて脳裏に浮かびもしなかったのだから、無料だったことは不幸中の幸いとでも言うべきか。面白いもので、こうやって運命に流されていくだけの人生ならば、その結果を自然と受け止めることができる。たとえそれが多くの者の一つひとつの厳選なる選択の結果であったのだとしても、抗うことなく流れに身を委ねさえすれば、僕の心身は鳥のように自由になれるんだ。そう思い込むと、憂鬱な未来でも少し生きやすくなる――。
漂う小舟の中を見回すと、大勢の同志が居た。僕なんかに同志呼ばわりされる者にとっては不幸中の不幸かもしれないが。歩いてきた道のりで僕に勝る者はいないだろうと余裕の笑みを浮かべながら、一つ、二つと波止場に降りていく影を見送っていたとき、ふと小舟の中に一つの光を見つけた。小さな女の子に抱き締められている白猫と視線が交錯したとき、青い瞳が揺れて金色に輝いて見えたのだ。僕が背にしている西日が反射したのだろう。その時、僕の中で色褪せていた物語が再び、輝きを取り戻すのを感じた――。
時系列的に2つあります。タイトルが“カタカナ”の場合と、“ひらがな”の場合で分けますので、参考にしてください。上記の都合上、1話が短くなる場合もあります。