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「うわあ、広いっスねぇ。俺の住んでたフロ・台所付き六畳一間の安アパートとはケタ違いで……なんと言うか、非常に掃除のやり甲斐がありそうと言うか……」
「汚いって言いたいんでしょ。いいわよ、別に今更取り繕わなくたって」
「あ、もしかして引っ越したばかりとか?」
3LDKのマンションに積み上げられたダンボール箱を見て、ヤツが首を傾げた。
「ここに引越してきてもうすぐ二年になるけど、なにか?」
「……いえ、なんでもないっス」
「とにかく、期限は土曜日の朝ね。それまでに出来る限り片付けて頂戴。謝礼は弾むから。あ、それからベッドルームの隣の仕事部屋は触らないように」
「了解っス! 死ぬ気でやらせて頂きます!」
威勢よく挙手敬礼してみせるヤツに、おまえもう死んでるだろーがというツッコミは敢えて入れず、家を出る。器無しなんぞに家を任せて外に出ることに一抹の不安が無いと言えば嘘になるが、仕事を休むわけにはいかない。背に腹は変えられないのだ。それでも一応定時に仕事を切り上げて帰宅したところ、ヤツは予想以上の成果をあげていた。
「今日はキッチンと風呂場なんかの水まわりをやりました。明日はリビング・ダイニング、最終日にベッドルームとクローゼットを片付けていく予定です」
生前の職業はもしや主夫、または訪問介護ヘルパーか何かだったのだろうか。腰に巻いたゴミ袋をキリリと紐で縛り上げ、妙にテキパキと空になったダンボール箱を畳んでいく。綺麗に洗われて戸棚に仕舞われた食器に密かに感心していると、ヤツは小さく嘆息して肩を竦めた。
「クレハさん、引っ越してから二年間、使った食器はワイングラスとコーヒカップだけで、あとはダンボールに入ったままってちょっとどうかと思うんスけど」
「うるさいわね、仕方ないでしょ。仕事が忙しいんだから」
「それはわかりますけど……でも冷蔵庫もカラッポで、入っているのは日本酒とビールだけって、やっぱヤバイっスよ」
「おまえは私の母親か」
「いや、自分、共働きの両親に代わって子供の頃から弟妹の世話とかしてたせいか、食事とか栄養バランスとか、結構気を使うほうだったんですよ。こう見えて料理も得意だし……あの、もし材料とか買ってきてくれたら、簡単な夕飯くらい作りますけど」
幽霊のくせに押しかけ女房のような真似をするなと決めつけ、ションボリしているヤツを無視してバスルームに向かう。滑って転びそうなほどに磨き上げられたバスルームには、丁寧に畳まれたタオルが置かれていた。
ふと考える。
ヤツらは往々にして塩を嫌い、酒を好む。でも、腹を空かせることはないのだろうか。