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しんしんと音も無く雪が降り積もる。こんな寒い夜にはやはり熱燗が合う。コンビニで買ってきたカップ酒を温めかけ、慌てて火を止める。熱燗とか、意味が無い。だってあいつらは、きっと温度なんて分からない。
「……ほら。約束のブツ」
冷たいカップ酒を足下に置いてやると、廊下の隅で小さく丸まっていたヤツは驚いたように顔を上げ、幾度か瞬きした。
「……いらないなら持って帰るけど」
「いやいりますいりますメッチャ有難いっス!」
ヤツは安物の酒に飛びつくと、目を細め、喉を鳴らして一気に飲み干した。
「いやあ、ご馳走様です。こんな寒い日はやっぱ酒がうまいっスね」
「幽霊でも寒いとかあるんだ?」
「いや、ないっスけど。でもやっぱり気分的に寒いじゃないっスか、雪とか降っていると。生きてるホームレスの人は大変だろうなぁ、って同情しますよ」
空になったコップを名残惜しそうに撫でながら、肉体という名のホームを失ったヤツが目尻を下げて無邪気に笑う。
「……どうでもいいけど、あんたいつまでここにいる気? 掃除が終わったんなら、目障りだからさっさといなくなって欲しいんだけど」
「あ、そう、ですよね……」
急に弱々しく目をショボつかせ、ヤツが俯いた。
「自分もここから出て行こうかとは思ったんですけど、でも動くとせっかく綺麗にした廊下がまた汚れるし……それに、これと言って行く所もないし……」
千切れた下半身が作る血溜まりを申し訳なさそうに破れたシャツで拭う。その情け無い姿に頭痛がした。恐らくコイツは『なりたてホヤホヤ』の新参者なのだろう。
無言で家に戻り、大きめのゴミ袋と丈夫な紐を探す。
「ほら、これあげるから、自分でなんとかしなよ」
顔を背けてゴミ袋と紐を投げつけてやると、ヤツはキョトンとした表情で私を見上げ、やがてパアッと日が射すような笑顔を見せた。
「いやあホント、何から何までお世話になって、申し訳ないです」
幾度も頭を下げつつ、垂れ下がった腸やら肝臓やらをゴミ袋に押し込み、血が溢れないように胸の辺りで紐を結ぶ。
「自分、死んでから他人にこんなに優しくして頂いたの初めてなもんで、本当になんとお礼を言えばいいか……」
「お礼とかいいから、サッサと目につかない所に行って」
日々生きている人間の相手をするのでさえ億劫なのに、一時の情けで死んだヤツの相手をするほど物好きではない。邪気の無い笑顔から目を逸らし、踵を返した。