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「クレハさんの話をしていたのに、なんでイキナリ俺の実家に行くことになっちゃうんですか?! ってか、なんでオトコの人形じゃなくって、女のコの方なんスか?! 自分にはクレハさんの思考回路が理解できませんっ」
一夜明けた土曜日の早朝。ヤツは私の素晴らしい提案に納得を示そうとはせず、家中を逃げ回っている。
「だってあんた、やることはやったとか言ってるけど、ただ玄関の隅っこに這いつくばってノックしてるだけじゃあ、何かやったうちに入んないじゃん。そんな中途半端なことしてるから、迷いが残って成仏できないんじゃないの?」
「ち、違います! その、それはもちろん家族のことがどうでもいいわけじゃないけど、でもこんな別れも運命だって諦めているっていうか、腹を括っている部分があって、それなのに自分がこういう形で此の世に残ることになったのは、多分違う理由なんじゃないかと思ってて……!」
「はいはい良かったね。言い訳は後で聞くから、さっさとコレの中に入ってよ」
「い、イヤですッ」
紅い着物の人形を突き出すと、ヤツは涙目で後退った。
「入り方とかわかりませんし、そもそも入ってみたはいいものの、出れなくなったりしたらどうするんスか?!」
「大丈夫。その時は私が責任を持って厄払いの寺で焚き上げてもらうから」
「それのどこが大丈夫なんスか?! 呪いの人形として焚き上げられるとか、自分絶対にイヤですからッ」
「往生際の悪いヤツめ。死霊の分際でワガママ言うな」
逃げ出そうとするヤツの髪を掴み、グイッと人形を近付ける。
「せ、せめて男のコのほうにしてくださいよぉ」
「ダメ。アレは単なる器とは言え一応蒼をかたどってるんだから、私の一存であんた如きに貸すわけにはいかない」
「じゃあクレハさんのほうならいいんスか? クレハさん、自分をかたどった人形にオトコの霊が入るとか、イヤじゃないんスか?!」
「私はこんなモノを自分だと認識したことはない。そもそも下半身のないあんたに男女差を語る権利はない」
「こんなモノってクレハさん! それメチャクチャ矛盾してますよ?! ってか自分、クレハさんのデリカシーの無さにはついていけませんっ」
「うるさい」
泣き喚くヤツの顔に叩きつけるようにして人形を押し付ける。と、ふわりと言うか、ずるりと言うか、妙な手応えがあり、破れかけたゴミ袋を残してヤツの姿が消えた。
「……えーっと、もしもーし、御在宅ですかー?」
唇にほんのりと紅をさした人形の顔をつくづく覗き込み、一応確認の為に声をかけてみる。
『……自分、実は人形系のホラーが大の苦手で、テレビで映画の予告とかやってるだけでチャンネル変えるくらいなんですけど、まさか死んでから人形の中に入るハメになるとは、思ってもみませんでした』
ナルホド。それであんなに必死になって抵抗していたのか。
「で、実際に入った感想はどう?」
『ど、どうって……まぁちょっと窮屈ですけど、でも案外悪くないっスね。人形とはいえ、器があるのってなんかやっぱり安心感があると言うか。外から見た感じはどうスか?』
「うん、一言で言うなら、なんか人形の顔が卑しくなった」
『……はい?』
「やっぱ器じゃなくて中身が大切なんだなぁって、改めてちょっと感心した」
木と胡粉で造られた硬い人形の頬が僅かに引き攣ったようにみえて、思わず笑ってしまった。




