別れと呼ばれるものについての解釈
愛別離苦というものが有る
愛する者ともいつかは別れが来るという
ゴウタマ・シッダールタの言葉
しかし
私はこう思う。
元々無かったものが無くなるだけ。
人が最初に手に入れるのは恐らく母親だろう
しかし、それさえも元々持ってはいないのだ
これは人、物全てに共通する
最初からそれを持っていたわけではないだろう?
努力して手に入れた?
それは自己愛に過ぎない
「自分の努力の結果」を失うのが恐ろしいだけだ
「その者」や「その物」を失う恐怖ではない
失うのは「それに費やした己の時間」
そう解釈出来ないだろうか?
人は裸で生まれ裸で去る
去るべき時に持っていけるものは何も無い
また、こうも言える
元々無かったのならそれは喪失ではない
私はダイアモンドを持っていない
ということは
私はダイアモンドを失うことが出来ない
詭弁のように聞こえるだろうが
私はそれを真実と思っている。
私は持っているものだけを失うことが「出来る」
私は持っていないものを失うことは「出来ない」
貴方もそうだろう。
別れというものはそういうものである。
そういうものであると私は考えている。