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第八話 王国事変 後編

 ロディア・ダグスタ。


 ライクリオン王国との国境沿い、トゥレスト国オルガニア辺境伯であるダグスタ家の長男に生まれた彼の初陣は13歳の時だった。

 戦局が芳しくない隊を見つけると勇猛果敢に切り込み、見事巻き返して初陣を華々しく飾った。

 その後も戦果を重ね、23歳でオルガニア辺境伯を引き継ぎ当代当主としての地位を築く。


 しかし、ロディアはひとたび戦場に駆り出せば『戦烈』と渾名される勇猛果敢な将であったが、平穏な世界を生きる事は難しかった。戦線が小康状態になり戦のない日が続くと、内政の殆どは家臣に任せて自分は酒を浴びる日々。

 

 そんなある時、王が次期国王を明言しないまま逝ってしまった為、妾の子である長男と正妻の子である次男とで骨肉の争いが起こった。強固に領土拡大を主張してきた次男側が劣勢になると、オルガニア辺境伯に使者が送られてきた。


「オルガニア辺境伯!!今こそ我らと共にライクリオンの土地を攻め、正統なる恩賞を勝ち取りましょう。さすれば、あの腰抜けどもにも我々の言い分が正しいことくらい分かりましょう」


 それが現実を一切見ない欲にまみれた内容であることは理解していたが、ロディアはこれを承諾。


 その結果は歴史書に記された通り。




 息子が討たれたと聞いた時も自身の闘争心が燃え上がるのを感じた。だが、それと同時にこの事態に対して喜びを感じていることに気がついた。


 本当は爵位を剥奪されたことへの逆恨みなどないのかもしれない


 本当は息子を奪われた復讐心などないのかもしれない


 本当は何もないのかもしれない


 ロディアは唯々戦いを欲していた。


 そこ(戦場)こそが平穏を生きられない彼が唯一、生を実感できる居場所だと信じて。


 それに気がついたらすべてがどうでも良くなった。

 噂に聞いた『綺麗な黒髪の子供』を攫えと無茶を言ったのも体裁に過ぎない。息子の仇を討つという理由を求めただけ。


(それもいまとなっては・・・。さて、起爆岩を付けたガキ共を王都に送ったあとはどこから攻めてやろうか・・・)


 部下が準備を始める間、まるでイタズラを考える悪ガキのような顔で考えていると、ふと顔の左半分を覆う火傷痕に熱を感じた。

 あのトカラの役で『炎海』につけられた大きな傷痕。

 敵味方まとめて罠に嵌めたものの、一刻もしないうちに戦場に舞い戻ってきた時はさすがのロディアも焦ったものだ。


(またあんな奴にあったら、その時は・・・ッ!?)



 瞬間、小屋全体を包む魔力の気配を感じる。


「ッ!!敵しゅ・・・」


 一瞬の間をおいて待機場から引き裂くような鋭い音がする。あまりの鋭さに皆が思わず身体を丸める中、ロディアは立ち上がり周りに指示を出す。


「チッ!見張りはなにやってんだ。お前はあの癖っ毛のガキを捕まえとけ。貴族の娘だろうよ。それ以外のガキも盾にはなるだろ」

「はッ!!」


 見れば癖っ毛の子供は身体を丸めて縮こまっており、周りの子供たちも真似している。

 誰もが怯えや先ほどの音のせいだろうと気にも止めなかったが、ロディアはあることに気がついた。


(このガキ・・・、全く震えてねぇ)


 怯えよりもまるで、なにか衝撃が来る事を知っているかのような姿勢。


(この感覚前にも・・・・)


 

 すると外から風を切り裂くような音が、段々と近く大きく聞こえてくる。



「ッ!!来るぞ、構え・・・」


 その言葉が最後まで紡がれることはなかった。


 突然、屋根をぶち破って鉄塊が降ってきたのだから。

 青白い光を放つそれに乗るのは子供のように小さな身体をした奴。しかし全身黒っぽい謎の金属で覆われ、顔は逆三角系の黒い板で覆われ素顔が見えない。

 こんな得体の知れない相手に、ロディアは初めて『炎海』と対した時のことを思い出していた。






―――時は少しだけ遡る。


 正面の見張りは既に排除しており、障害となりうる周囲の敵も片付けた。今はシエラにスタングレネードを渡し、コンパクトモービルに乗って待機している。ちなみに頭部はフルフェイスではなく、相手が黒髪である自分に少しでも意識を向けることができればと思い、黒い逆三角形のバイザーをつけているだけだ。

 ふと、リアンは自分が今何も感じていないことに今更気がついた。


(この前は気を失っちゃったのに・・・。麻痺してるのかな)


 そんなことを考えているとシエラから通信が入った。


『こちらシエラ。準備できたわ』

「こちらリアン。こちらも配置につきました」

『知ってるとは思うけど、起爆岩は十分気をつけてね。通信を切った10秒後に『すたんぐれねぇど』を使って突入するからその後は、頼んだわよ』

「了」


 起爆岩。

 不安定な魔力を含む故に外から別の魔力を与えると活性化して発光し、しばらくの後に爆発する。しかも周りの起爆岩にも連鎖するので注意が必要だとセレーナに教わった事を思い出す。


 気を引き締め直し通信を切ってハンドルを握ると、血の気が引いて冷たくなっている自分の手に気がついて、微かに安堵した。



 数秒後、内部の音を外に漏らさない為に小屋全体が薄い水の膜で覆われ、シエラがスタングレネードを投げ入れ作戦が開始される。ここからは一瞬も遅れることはできない。

 コンパクトモービルについているモニターを操作してモードを切り替える。すると、電子音と共にタイヤが横向きになり浮遊を始めた。そのまま小屋の上に飛ぶとマップを睨みつける。目標はロディアと子供たちの間だ。


「フラン。これからボクが突撃するから身体を丸めて身を守っててね。周りの子達にもできる限りで伝えてあげて」


 そしてその時はやってきた。


 通信を切るとリアンは勢いよく小屋へと急降下し、屋根を突き破って突入した。


「・・・ッ!!」


 突然の襲撃に驚く賊を確認するやいなや、両手に持った『MP5K』を叩き込んだ。

 薄暗がりの部屋に眩い光とけたたましい炸裂音を鳴り響かせ、屈強な男たちが何かをする前に次々と薙ぎ払っていく。


 音が止むと辺りに硝煙の匂いが立ち込め、動いているものがいないか確認するがうめき声を上げるかピクリとも動かない者のどちらかだ。

 リアンはマップに注意しながら振り返ると、口と手足が縛られた子供たちが怯えた目でこちらを見ていた。その中でフランだけは安心したようにリアンを見ている。


 ホッと一息入れる・・・と、フランの目が大きく見開かれた。


 直感に従い左手で庇いながら振り返ると、飛んできた拳大の岩がMP5Kを弾き飛ばした。


(マズイッ!!)


 飛んできた岩は起爆岩であり、しかもすでに活性化を始めている。急いで起爆岩に飛びつくと、自身が入ってきた穴に向けて全力で投げた。


 数秒後、空中で大きな爆発が起こる。


 が、事態はそれで収束はしなかった。

 今リアンの目と鼻の先には、顔の左半分に火傷痕のある男―――ロディアが血を流しながらも右手に長剣、左手に鉄製のロッドを持って飛びかかってきているからだ。

 リアンはバックステップで距離を取りつつ右手のMP5Kを向けようとするが、ロッドで弾かれてしまう。


「舐めるなァ!!」

(この声!?こいつがロディアか!!)


 ロディアはそのまま押し倒したリアンの首を串刺しにしようとする。だがそれよりも早くMP5Kを手放したリアンの右手が剣先を受け止めた。

 瞬時に武器を手放す事のできる判断力と、自身の突きを止めた子供とは思えない程の怪力にロディアは嬉しそうに声を上げる。

 

「化物めッ!!またもやオレの前に立ちはだかるか!!」

「意味、わかん、ないッ!!」


 リアンは相手の腹を蹴り飛ばし、長剣を放り投げて跳ね起きる。

 ロディアはすぐさま魔法を使う体制に入ったが、リアンが今度はこちらの番とばかりにワイヤーフックでロットをとらえると、巻き上げる力を利用してもぎ取った。それと同時に、背中に差した『ウィンチェスターM1887』のレバーを掴んでスピンコックしながら引き抜き、がら空きとなったロディアへと向ける。


「グッ!!」


「ぶっ飛べ」


いまだ闘志を燃やすロディアに向けて引き金を引く。打ち出された鉛玉に肩から右腕をもぎ取られ壁に叩きつけられると、相手は動かなくなった。マップを確認しても生存反応はない。


「はぁ・・・。もう動かないでよ」

「リアンちゃん!?」


 戸を開けて入ってきたシエラが慌てて駆けつけてきた。隣も片付いたようだ。


「すみませんシエラさん。遅れました」

「いいえ、上出来すぎるわ。隣の部屋に山ほど起爆岩があるから気をつけてね」

「はい。っと、みんなごめんね。もうちょっとだけ待っててね」


 もう休みたい気分だったが、先ほどの爆発のせいで集まりつつある見張りたちを迎え撃たねばならない。リアンはコンパクトモービルで待機場への壁をブチ破りながら移動する。


「リアンちゃん・・・。気をつけてって言ったわよね?」

「あっ、魔力とか一切使ってないので大丈夫です」

「大丈夫なのかなぁ・・・」


 待機場にはロープで数珠繋ぎにされた起爆岩の束がゴロゴロしていたが、魔力にさえ触れなければ石ころと大差ない。といってもこの世界は魔力に溢れていることが前提ではあるが。

 ヨーコはあくまで『LP』を再現する為に魔力を使っているのであって、兵器自体は魔力を出さない・・・とのことなので小屋の入口辺りにセットして再びモードを切り替える。

 まず車体下半分が両脇へと回転し、二つ折れになって斜め後方へと移動し同時に突き出た四脚によって固定される。前方上部が開くとパルスキャノンが顔を覗かせ、座席が下がりスクリーンには敵の位置情報が記されている。


「さぁシエラさん。どうぞ」

「・・・・・・任せて!!」


 なにやら開き直っているようにも感じられるが、当初の予定通り敵を迎え撃つ。

 魔法は極力使いたくないのでシエラには固定砲台を使ってもらい、リアンは『ミニミ軽機関銃』を担いで屋根の上から前方以外へと意識を向ける。


 もはや人質を取り返した彼女たちを縛るものは何もない。

 残った手下たちは暗い森に隠れて近づこうとするが、レーダーは正確に敵の位置を特定していた。


「『狙って撃つだけ』って簡単に言うけど、これってどこまで・・・」



 ギュァァン!!!!



 試しに撃ってみたところパルスレーザーは一直線に森を焼き貫き、幹を抉られた木々が音を立てて倒れた。


「ちょっとリアンちゃん!?こんな凶悪なもの私に任せないで!!」


 そう叫ぶがおそらくリアンには聞こえていまい。彼女は屋根の上でMP5Kの銃声が可愛く思えるほどの爆音を鳴らして敵を森ごとなぎ払っているのだから。

 大きな音というのはそれだけで相手に心理的恐怖を与えることができる。敵が弓の射程に入る前に正確に位置を把握して次々とミンチに変え、青白い光の束が通り過ぎると塵も残らない。

 残党が壊走するまでにそう時間はかからなかった。




 討伐隊が到着した頃には、少し広くなった森の姿があった。

 兵に周囲の散策と警戒に当たらせながらセンと通信役を担うネオルは引きつった顔で周囲を眺める。


「これはまた・・・凄まじいのぉ」

「えぇ。いったいどうやったらこんな風に・・・」

「おじぃ様!」

「おぉっ、フラン!!よくぞ・・・よくぞ無事であった」

「えぇ。リアン様が天より駆けつけてくれましたので」

「天?」

「学園長っ」


 小屋からは助け出した子供達や生け捕りにした賊を引っ張り出している中、シエラとリアンが歩み寄ってくる。


「シエラ!それにリアン嬢も。今回は本当によくやってくれた」

「いえ。殆どリアンちゃんのおかげです」

「そんなこと・・・シエラさんがいなければ今頃どうなっていたか」

「まぁお二人共、今は身体を休めてはいかがですか?フランソワーズ様もそちらで・・・」


 


 ネオルの言葉は突如蹴破られた扉の音に遮られた。




「ッ!?そんな!!」

「嘘でしょ・・・確かに死んだはず!!」


 振り向くとそこには、片腕のロディアが首に起爆岩の数珠を巻きつけて幽鬼のように立つ姿があった。


「これ、が・・・オレの・・・さい、ごの・・・戦、果・・・か・・・」


 ロディアは集まった兵たちに対して満足げに笑いかけ、起爆岩に魔力を流す。

 こんなところで爆発されたら小屋の中の起爆岩まで誘爆して大惨事はまぬがれない。


「マズイ!!皆の者、逃げろ!!」


「ダメッ!子供たちだけでもッ!」


「シエラ先生!!」


 ロディアはもはや、自身が何者で何をしようとしているのかも認識できていない。ただ、本能に従うだけの光りなき眼で世界を見据えた。




(アノ日と同じだ・・・。罠に嵌めた・・・追い詰めた・・・逃げられない・・・諦めろ・・・)




 風を貫くような音が通り過ぎる。




(なのに・・・奴は・・・ナゼ、そんなに真っ直ぐ・・・


 アイツは・・・


 アイツは・・・



 コイツはッ)





「アアアアァァァァァァァ!!!!!!!!!」


「ナゼダァッッ!!!!!」





 ワイヤーに引かれながらエンジン全開で突き進むリアンの飛び蹴りがロディアを小屋へと押し戻す。


 コンパクトモービルが空けた穴を過ぎて仮眠室にまで吹き飛ばすと、速度を落とさずロディアの下に潜り込み蹴り上げる。



「ラァアッ!!」



 それだけでは終わらない。天井にワイヤーをかけ、自身が入ってきた穴目掛けて再度思いっきり蹴り上げる。そしてさらにもう一発。



「まだまだァッッ!!」



 屋外にまで蹴り上げると、今度は朽ちた物見櫓にワイヤーを射出して櫓を中心にグルッと回転しながら加速を続けロディアへと迫る。

 途中、物見櫓が遠心力に耐えきれす倒壊するがそれでもなおリアンは止まらない。




「ブッ飛べエエェェェッッ!!!!!」




 すべてを込めた蹴りを叩き込んだ。








―――オレは死ぬのか?こんなところで・・・なんの戦果も上げることなく。


(違う。あなたはもう死んでいた。それもきっと、ずっと前に)


―――・・・そうか。そうだったのか。・・・フ、フフ、フハハハハ!引き際を間違えるとはオレらしくなかったな。

 小娘。向こうであったらまた一勝負頼むぞ!





 小さな太陽が暗い森を照らし出した。



「・・・冗談やめてよ」








 MP5Kを両手で持ちたかった。ウィンチェスターM1887を意味もなくスピンコックしたかった。と供述しており―――


 この章は次回で終わり、学園編へと続きます。

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