第七話 王国事変 前編
「シエラさん!!」
「リアンちゃん!?ステラちゃんも・・・よかった。ふたりともフランちゃんを見なかった!?」
フランが不自然に街の外へと離れていくのを確認すると、外ではなにやら衛兵たちも慌ただしく動いており、いよいよもってただならぬ雰囲気にリアンは即座に戦闘服とボディーアーマーを装備する。
何が起きているのか判断がつかないためステラを起こして急いでシエラのもとへと向う途中、慌てて走ってきた彼女と鉢合わせになって今に至る。
「いえ。その様子ではフランになにかあったんですね?」
「どういうこと?フランどうしちゃったの!?」
シエラは苦虫を噛み潰したような顔で話始めた。
「フランちゃん、友人の大切なものを返し忘れたって飛び出したっきり戻ってこないらしいの。今は衛兵が捜索しているけど・・・」
「街を出て北西に約40km。未だ離れつつあります!!」
「えっ・・・ッ!?そっかメンバーバッジ!!
でも、その話の通りだとすればやっぱり誘拐・・・。とにかく、この話をすぐに・・・」
(ミナト!後ろッ!)
「ッ!?」
「きゃっ!」
ヨーコの警告で振り返ると、薄暗い路地から浮浪者のような格好をした男が飛びかかってきた。
リアンは咄嗟にステラを庇い、腰のスタンロッドを引き抜く。が、それよりも早く男の顔は水の塊に飲み込まれた。
「これ以上情けないところ見せたら、隊長に顔見せできないわ!」
杖を構えながら男を睨みつけるシエラ。男は苦しそうにもがいていたが、やがて泡を吹いて倒れた。
「クロ・・・カミ・・・コドモ・・・トル・・・」
意識を失いながらも何かをつぶやく男の足をリアンが持ち、引きずりながら兵士が集まっている場所まで急いだ。
「今は広場で学園長が指揮を執っているから、そこまで行きましょう。説明は私がするわ」
「学園長が?」
「学園長は元騎士団長なの。今は顧問についてるけど、今回は事態がね・・・あっ!?」
すると途中で、シエラが兵士の中に見知った顔を見つけた。
「ネオル君ッ!?」
「シエラせん・・・さん!」
「あなたも王都に来てたの?」
「はい。お伝えすることがありまして・・・」
ネオルはそう言うと、リアンとステラに視線を向けてくる。
「構わないわ。この子達はセレーナ隊長の教え子だもの」
「あの『炎海』のッ!?・・・わかりました。実はルセの事件で討ち取られたのはダグスタ家の盟主、ロディア・ダグスタの息子、ダン・ダグスタだということがわかりました」
「ロディア・・・。確か『戦烈』って異名の」
「はい。盗賊団もロディアがまとめあげていたとのこと。しかし、アジトを強襲するも本人は僅かな手勢と共に逃げ果せ、いまだ行方をくらましています」
「そう・・・。ありがと。とりあえず今はフランちゃんが先決だから後で話しましょ」
「それなのですが。ここに来る途中、いくつもの誘拐事件や未遂の報告があったんです」
「ここまでって・・・、ルセから王都まで?」
「はい。狙われたのは黒髪の子供ばかりで、未遂で捕まえた者も『黒髪の子供を渡せ』とうわ言ばかり。実はダンを仕留めたのは『綺麗な黒髪の子供』という証言があり、ロディアと関係しているのではと。フランソワーズ様は黒髪ではないのですが、今回のことが誘拐だとするのなら巻き込まれた可能性も」
「誘拐で間違いなさそうよ。でも黒髪を狙うってさっきの奴も・・・」
「黒髪・・・フランのかつら!!」
それを聞いていたステラが突如声をあげ、シエラはハッとしたように顔を上げた。
「フランちゃんは最後まであのかつらをかぶってた。ということは同一犯という事?」
「それは本当ですか!?・・・だとすればこれは」
「犯人はロディアの者・・・。まずいわ。逆恨み甚だしいあいつらが何かする前に捕まえなくちゃ」
「シエラさん」
事の成り行きを見守っていたリアラがシエラに話しかけた。その姿はすでにフルフェイスを被っており、臨戦態勢だ。
「リアラちゃん、まさか」
「大丈夫です。ただ、これ以上離れられるとマズイので先に偵察に行かせてください」
「・・・できるのね、あなたなら。わかったわ」
「シエラ先生!!」
自体を飲み込めないネオルがリアンの姿に戸惑いながらも声を上げる。
「いいの。ネオル君はこのことを学園長に伝えるのと、ステラちゃんをお願い。
リアンちゃん。さすがにひとりでは行かせられないから私が同行するわ。いいわね?」
「わかりました。では、すぐに」
「リアン」
ステラがまっすぐにリアンを見つめていた。その顔に不安はない。
「なんにもできない私が言うのもなんだけど・・・お願い!私の代わりにフランを助けて」
「・・・うん、大丈夫。ステラのお願いなら、なんでも叶えてあげるから」
「でも、リアンもちゃんと帰ってきてね。それが一番の私のお願い」
その言葉にリアンは強く頷いた。最近頼ってこなくなった妹分のお願いに、力が湧いてくるのを感じながら。
大草原を馬の何倍もの速さで走る、不思議な乗り物があった。
見た目は超大型バイクのようだがタイヤにはホイールがなく、それでも巨大な本体をしっかりと支えられている。もっとも、この世界の者からすれば鉄の塊が猛スピードで疾走するというだけで驚きを通り越して腰を抜かすような光景だが。
「大丈夫ですかシエラさん?」
「ダ、ダイジョウブヨ!!」
あまり大丈夫そうには見えないが、止まるわけにはいかない。
ゲーム内で使われる架空兵器『LPガジェット』の中で、『コンパクトモービル』と呼ばれるこの乗り物は、変形することで低空飛行や固定砲台にもなる頼れる存在だ。
ただ欠点を上げれば、コンパクトモービルに限らずLPガジェットは総じて燃費が悪いため、易々と使えないということ。このままでも十分燃費が悪いと感じているのに、飛行形態になろうものなら細々と貯めていた『MP(リアン命名)』など霞のように消えてなくなるだろう。
「シエラさん。そろそろ連絡をお願いします」
「そ、そうね。わかったわ」
震える手で懐からメンバーバッジを取り出すと、バッジの真ん中あたりを押して話始めた。
「こちらシエラ。応答願います」
『こ、こちらネオル。・・・本当に喋った』
バッジからはネオルの戸惑う声が聞こえてきた。
ステラをネオルに預け、同時にメンバーバッジも渡しておいた。このバッジは通信手段としても使え、特に設定していなければバッジを持っている全員と会話ができる。今はフランとの通信だけ切れている状態だ。
「ターゲットは王都から北西43km地点。未だ移動中」
『了解です。こちらも捜索隊を討伐隊に再編成を完了し『シエラかッ、シエラなのか!?おいッ、フランが見つかったといのは本当か!?』ちょっ!?セン殿!!』
「学園長、落ち着いてください。フランちゃんの居場所はネオル君にお伝えした通りです」
『ッ!?・・・それは、確かなのか』
シエラの話でも半信半疑の部分が大きいのだろう。さすがに責任ある者として最終的な判断は冷静に行う。
「はい。おそらく相手は馬二頭での移動と考えられます。この方角ならばおそらく旧哨戒小屋あたりかと」
『・・・うむ。こちらの考えとも一致する。そこにリアン嬢はおるかの?』
「はい。運転中につき手が離せませんが」
突然呼ばれてたリアンだったが、慌てることなく自分のバッジを押して通話に参加する。
『ウンテンチュ・・・?まぁよい。今はお主の情報にかかっている。情けない話じゃが、いざという時は・・・頼む』
最後の一言には色々な思いがこもっているように感じられた。だから、リアンは当然とばかりに返事をする。
「お任せ下さい。フランは大切な友達ですから」
『・・・口調はまるで違うのに、セレーナと話しているようじゃ。君が、我が校の生徒であることを誇りに思う』
気が早い学園長の言葉に苦笑しながら通信を切った。
目標との距離が近づきすぎないように走っていると段々と慣れてきたのか、シエラは普通に話せるくらいには余裕が出来ていた。今は討伐隊と連絡を取っている。
(ミナト。目標止まった。人がいっぱいいる)
(うん)
(ところで、ヨーコ。ボクの事いまだにミナトって呼ぶよね)
(?・・・ミナトはミナトじゃなかった?)
(いや・・・いいか、ミナトで)
(ん)
納得できたリアンは真っ直ぐ前を向いたままシエラに話しかける。
「シエラさん。5km先で目標が停止しました。細かい人数は不明ですが、フランちゃんの周囲に固まっているため多くは拐われた子供達かと」
「了解。報告するわ」
討伐隊に連絡を済ませた後、目標より手前でコンパクトモービルを降りて慎重に進む。すると鬱蒼とした森が見えてきた。
「あそこに昔使われていた哨戒小屋があるわ。おそらくそこね」
森の中には見張りもいたが、半径500mを正確に映し出すリアンのマップは彼らを丸裸にした。難なく突破し、木造の小屋が見えてきたところで茂みに身を隠して小屋の内部を確認する。情報によると、小屋に入ると待機場になっており奥に仮眠室がある。外には物見櫓もあるが朽ち果てて骨組みを残すのみだ。
フランの反応は仮眠室から出ており、彼女の周りにいくつもの点が集まっている。その少し離れたところに5人と、待機場には15人の反応。さらに入口に立つ見張りが一人。
ここでフランへの通信を入れて小声で話し始めた。
「フラン。フラン。ボクはリアンだから落ち着いて聞いて。声は出さないようにね。・・・いいかい?まずはどうにかしてメンバーバッジの真ん中を押すことができるかな?」
しばらくすると、通信が繋がるマークが表示され向こうから声が聞こえてきた。しかしそれはフランの声ではなく、それも少し遠くから聞こえてくるようだった。
『・・・で・・・部か、かっさらってきた黒髪の子供ってのは・・・』
『まだ帰ってきてない奴もいるが、多方』
『いくらまっ黒な髪が珍しいからって無茶を言いなさる』
どうやら、フランを攫った者たちのようだ。
「フラン。声を出さずにそのまま聞いてね。今からする質問にはいなら一回、いいえなら二回、小さく鼻息を出すんだ。できるかい?」
しばらく無音であったが小さく空気が抜ける音がした。
「よし。まず、五人の大人の男がいる」
一回。
「それ以外はみんな子供?」
一回。
「縛られて動けない状態?」
一回。
「なにか、大きな怪我をしている?」
二回。
「その部屋にロディアと呼ばれる男はいる」
無音。
「わからなくても大丈夫だよ」
その時マップに動きがあった。待機場にいたひとりがフランたちの部屋へと移動してきたのだ。
『ロディア様!!』
『そろそろ移動するぞ。他の奴らはしくじったんだろうよ』
『はっ』
(今動かれるとマズイな)
引き際の良さと、軽いフットワークで捜索隊の目をくらましてきた実力は本物のようだ。隣で聞いているシエラも思案している。
討伐隊がくるまであと1時間以上ある。それまでに連携して人質確保の準備をしようと思っていたがそうもいかないようだ。
『んっ?』
『どうしました?』
『・・・』
段々と足音が近づいてくる。思わず腰が浮きかけたリアンをシエラが押し止めた。
『チッ!・・・誰だコイツを連れてきたのは。コイツはかつらだ』
バッジの向こうからざわめきが聞こえる。
かつらというのは間違いなくフランのことだ。リアンの背筋に冷たいものが流れる。
『馬鹿にしてくれる。・・・もうやめだ』
『ロ、ロディア様』
『ガキどもの首をキュレアの川に流してやる。予定を早める!このままキュレアに目に物見せてやるぞ!』
『は、はい!』
『お前は見張りのやつを集めろ。いけ!!』
『ガキはどうします?』
『金持ちそうなガキを選んで起爆岩を付ける。残りは運びやすいようにしとけ』
(奴らッ!子供を使って王都を攻撃するつもりか!?)
マズイ。非常にマズイ。おまけに奴らは死兵だ。これ以上のさばらせておくわけにはいかない。
まずは小屋を出て行った手下をなんとかしなくては。
「シエラさん」
「えぇ。おねがい」
暗闇の中、瞬時にワイヤーを使って背後から飛びかかり、声を出す間もなくナイフで喉を掻っ切る。
これで増援を遅らせられるが、もはや一刻の猶予もない。
ここでシエラからの通信が入る。彼女も一秒も無駄にしたくないようだ。
『私が正面から行くから、リアンちゃんは直接子供たちの救出に向かって。できる?』
「いけます」
『それじゃあ、私が突入して10秒後にリアンちゃんも動いて。その後は小屋にバリケードを敷いて討伐隊の到着を待つ』
「了」
細かい打ち合わせはできないが、できる限り根を詰める。メンバーバッジを通じて討伐隊も聞いているはずなので、全速力で来てくれるだろう。
こうして、夜の闇に包まれた救出劇が始まろうとしていた。
このことは後に、彼女が初めて世にその姿を知らしめた救出劇として演目が組まれ、後世に語り継がれる事となる。
多くの者には『清黒蝶』と呼ばれ親しまれ、相対した者からは『黒死姫』と恐れられた存在。
しかし、彼女と面識ある者は知っている。
この演劇の話をすると、彼女は真っ赤になって恥ずかしがることを。