第五話 学園王国 前編
王立キュレア学園。
そこは大小様々な建物が並び、国の祭典にも使われる広大な運動場や庭園を有する。なによりも清水の都に相応しい、美しい外観を誇る巨大な施設であった。
その中のひとつ、コの字状に造られた建物の一室にリアンたちはいる。
「お初にお目にかかります。セレーナ先生にご紹介いただきましたリアンと申します。この度はこのような場を設けていただき感謝致します」
「お、同じくステラ・・・です。よろしくお願いしましゅ!」
キビキビと挨拶をするリアンと、噛みながらも頑張って背筋を伸ばすステラ。シエラはそんな二人の横で控えており、正面の机には大きな白ヒゲを蓄えたご老人がにこやかに頷いていた。
「うむ。ワシはこの学園の長、セン・ディヌオじゃ。しかし、まだ幼いというのによくできておる。この子らが我が学園を目指すというのは大変喜ばしいことじゃな」
「えぇ、学園長」
「ステラ嬢もあまり緊張せずとも良い。ワシには同じ年の孫娘がいるんじゃが、あぁいや、これがまた可愛くてのぉ。最近は洒落っ気も出てきたみたいでより一層・・・」
「学園長。話が逸れてます」
「むっ、そうか?まぁ二人共。数日の滞在の間は学園だけでなく、王都も存分に見ていくと良い」
「はい。ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
挨拶も終わり、一同は礼をして退出する。シエラが扉を閉めると、まるでずっと息を止めていたみたいにステラは大きく息を吐いた。
「二人共お疲れ様。学園長は普段は真面目なんだけど、お孫さんが可愛くて仕方ないみたいで時々話がそれちゃうのよ」
道すがらシエラは、学園長の孫娘が最近かつらや服などオシャレに目覚めたことなど話してくれた。かつらは様々な髪型を楽しむオシャレ用から威厳を出すためのモノまで広く取り揃えられており、その為きれいな髪はそれ相応の値段で取引されている。
「リアンはそのままの髪が一番だね。でもリアンってば、こんなにサラサラで綺麗な髪なのにすぐ切っちゃうんだよ。最近は切らなくなったけど」
「そうなの?そんなに綺麗な黒髪は珍しいからもったいないわよ」
「ステラやみんなにお願いされましたから今は特に」
孤児院の子供たちが『リアンの髪を切らせない会』を結成したことを思い出して少し苦笑いをする。
「そんなこと言って、それくらいの長さになったらいっつも切っちゃってたもん」
「あら、どうして?」
「売れるので」
「えっ?」
「お金になるので」
「・・・」
村によく来る商人に自分の髪に価値があることを知ったリアンは、ある程度の長さになると髪を切ってはもしもの為に袋に貯めていた。たくさんの髪が入った見る人が見ればホラーな袋をお金に変え、この資金が解毒薬を買うために役立ったのだから満足している。本人は。
「強かなのはいいんだけど、やっぱり髪は大切にしなきゃ。リアンちゃんだって女の子なんだから」
「えぇ、まぁ・・・考えときます」
「大丈夫っ!私が切らせないから」
少女の困ったような表情と、複雑な心の内で悩まされながら建物の外に出る。
「シエラ先生」
「あら?フランちゃん。来てたんだ」
「はい。あの、そちらの方は?」
シエラに駆け寄ってきたのは、ステラと同い年位の黒髪の女の子だった。まだ幼いのに、ひとつひとつの動作が優雅で育ちの良さを感じさせる。
「この子達は学園の見学に来たリエラちゃんと、ステラちゃんよ」
「そうでしたの。初めまして、わたくしフランソワーズ・ディヌオと申します。どうぞ、フランとお呼びください」
「初めまして、リアンです。失礼ですがディヌオとはもしかして」
「えぇ。この学園長の孫にあたります。といっても、まだまだ未熟者ですので名乗るのも恥ずかしい身ではありますが」
「フランちゃんはステラちゃんと同い年なの。だから、このままならふたりは同級生になるわね」
歳を感じさせない振る舞いにリアンは舌を巻く。自分(湊)がこのくらいの歳にはゲームばかりで生意気だったというのに。
ステラは「おー」という顔をしている。村にはステラと同い年の子がいなかったから新鮮なのだろう。
「私はステラ。よろしくねフランちゃん」
「はい。よろしくお願いします」
なにやらもう仲良くおしゃべりを始めた。これはステラが受験勉強を頑張らねばならない理由が増えたようだ。
「フランちゃんの髪キレーだね。リアンみたい」
「これですか?これはかつらですよ。あまりにも綺麗な黒髪だったのでお父様に買ってもらったんです。でも、こんなに綺麗な髪を持った方に一度で良いのでお会いしたいですわ」
そうニコニコ話すフランの顔は嬉しそうだ。シエラが話していたようにオシャレが本当に好きなようだ。
「あれ?もしかしてリアンが売った髪って・・・」
「まさか、ねぇ・・・」
「お二人共、どうしまし・・・た・・・」
ステラとシエラの視線がリアンへと向く。続いてフランがよくわかっていないという顔のリアンの髪に視線を向けると、突然目の色を変えた。
「リ、リアンさん!!」
「えっ?あ、はい・・・」
「この髪、色、質感。間違いないです。あなたがこの髪の持ち主だったのですね!あ、あのあの、どうしたらこのようにサラサラな髪になれますか!?わたくし癖っ毛でこういった髪にすごく憧れて、でもでも縛ったりしたらせっかくの美しい髪が痛んだりは・・・」
「ストーップ!!」
リアンの鼻先にまで近づいたフランをステラが押しとどめた。好きなものに対して周りが見えなくなるところは、なんとも学園長と似ている。
「はっ!?すみません、わたくしったらつい・・・」
「その気持ちはわかるけど、そんなにリアンに近づいていいのは私だけなんだよ」
「ボクは初耳だよ」
「アハハ・・・。フランちゃんは今日は学園長に?」
「いえ、お父様の会談が終わるまで散歩をと」
「じゃあさ、フランも一緒に学園見学に行こっ!」
ステラの提案にフランはポカンとした顔で聞いていたが、どこか嬉しさを滲ませていた。
「それはありがたいのですが・・・よろしいのでしょうか?」
「もちろん。フランちゃんなら学園のことにも詳しいし、一緒に案内してあげましょう」
「そういうことでしたら、是非」
引率の許可も降りたところでメンバーにフランが加わった。
「じゃあ、学園を見て回るけど学舎では静かにね。それと、見ての通り学園は広いから決してはぐれないようにね」
「あっ、それでしたら」
リアンはなにか思いついたように空中にパネルを出して操作を始めた。
「えっ、えっ?これはいったい・・・」
「あー、フランちゃん。気持ちはわかるけど、とりあえず早く慣れておきなさい。この子はあのセレーナ隊長が育てたんだから」
「あ、あの『炎海』のセレーナですか!?本やおじいさまの話でしか聞いたことはありませんでしたが・・・なるほど」
(なにがなるほどなんだろう?)
単純な疑問はさておき、いつの間にかリアンはモノクルをかけ、手に持っていた片翼を模した銀バッジをそれぞれに手渡した。
「これはメンバーバッジと言って、これをつけていればボクがつけているこのモノクルに場所が表示されます」
『LP』では裸眼でもマップは見えたが、こちらではそうもいかないようだ。幸い、メガネやモノクルといったおしゃれアイテムでも見えるようになるのであまり問題ないが。
マップにはチームメンバーが緑色で味方が青、敵が赤、それ以外は白で表示されるようになっており、ある程度ヨーコが判断してくれるが細かいところはリアン自身が指示して判別する。
「相変わらず便利ねぇ。じゃ、行きましょ」
ステラはともかく、もう慣れてしまったように受け流すシエラ。フランはというと、疑問よりメンバーバッジのデザインを気に入ったようでどこにつけようかあれこれ試していた。
学園は千葉の某テーマパーク並みに広く、はぐれたらホントに迷子になってしまいそうだった。
座学がメインの大きな校舎や馬術を学ぶための広場、さらには生徒達の寮も学園内に設置されていた。学業だけでなく、社交界のためのマナーや武芸も学ぶための設備も備えているのだ。
また学園内を川が流れており、そのほとりでは遊園会も開かれることもあるという。
「わぁ!綺麗な川だね」
「えぇ。我が学園のみならず、この国の水は精霊が宿ると言われる湖から流れてくるものですから」
「ちょっとここで休憩しましょうか。目の届く範囲でなら好きにしてていいわよ」
そういうとステラとフランは川に駆け出していった。リアンはというと、もじもじしながら少し辺りを見回してからシエラに耳打ちする。
「すみませんシエラさん。トイレってあります?」
「・・・リアンちゃんが恥じらいを持っている!?」
「まぁ、人として。というよりボクをなんだと思ってるんですか?」
「ごめんごめん。んー、ちょっと離れてるけど、さっき通った建物にあるの。わかる?」
「えーっと、大丈夫そうです。ちょっといってきます」
マップで位置を確認したリアンは足早に駆けていった。その後ろ姿を見ながら少し微笑むシエラはどこか安心したようだった。
ハンカチで手を吹きながら建物から出てくるリアンの顔はすっきり晴れやかだ。
(いやぁ、村では野外だったとはいえ、この世界に上下水道が生まれててよかった)
甚く感動しながらスイッチを入れると、自分から半径500mのマップが映し出された。無数の白い点が表示され、メンバーバッジを持っているシエラたちは緑の点に名前付き表示されている。
しかし、ここでひとつ気になるものを見つけた。
「あれ?ここ・・・」
リアンのモノクルには建物の裏側、高い木々で覆われた場所にひとつだけポツンと光る白い点があった。