第四話 フルメタル・ジャック
リアンが目を覚ますとベッドの上だった。
「目が覚めた?」
暗い部屋の中、ランプに照らされたシエラが覗き込んでくる。
「えぇ・・・。あっ、ステラは!?」
跳ね起きるリアンにシエラが人差し指を口に当てて制し、視線を下げる。視線を追うと、リアンのベッドにもたれて寝息をたてるステラがいた。
「あんなことがあったからルセで一泊することにしたんだけど、ステラちゃん絶対ここから動かないんだって聞かなくてね」
「そうだったんですか。従者の人は?」
「右腕が折れてたみたいだけど、それ以外は特に。本人は役目を果たせなかったことを悔やんでるみたいだったけど」
「そんなこと・・・。シエラさんもあの時庇ってもらってありがとうございます」
「いいのよ。むしろあれくらいで気を失うなんて、私も鈍っちゃったなぁ。でも、あれだけの風使いがいるなんて想定外もいいところね」
「やっぱり、只者じゃなかったんですか?」
シエラは少し悩みつつも話してくれた。
「昼間話したトカラの役のことだけど、実は戦火からも粛清からも逃れた一派の者がいたの。噂では盗賊に身を堕としたって話だったけど、本当だったみたいね」
「そうだったんですか・・・」
「行方知れずだったけど、セレーナ隊長の手紙にちょっとしたことでも調べるようにって書いてあってね。まさかこんなところで捕まるなんてねぇ」
「・・・すみません。ボクが無闇に外に出たせいで」
「そうね。でも、あそこで逃がしていたらもっとひどいことになっていたから差し引きで帳消しかな」
「どういうことですか?」
「あいつら、少人数で子供をさらっては自分達の兵士に教育して、ライクリオン王国への復讐を企んでいたみたい。まったく、逆恨みもいい加減にしてほしいわ」
子供をさらって母国を攻めさせる下衆なやり方に、シエラは悲しみと怒りをあらわにする。
「今は捕らえた奴らを尋問してアジトを聞き出しているみたいだから、あとは彼らに任せましょう」
「・・・はい」
「・・・初めてだったんでしょ?殺めたのは」
シエラの優しくも真剣な眼差しで見つめられて、リエラは小さく頷く。
「アレはあなたの大切なものを理性なく奪おうとしたモノよ。いつか、誰しもが守るために戦わなければいけない時がある。それが今回だっただけ」
「・・・はい。でも、思ったより大丈夫みたいです。セレーナ先生にも度々言われてましたし、いつかはと覚悟もしてました。それに、少しだけわかった気がしたんです」
シエラは黙って彼女の話に耳を傾ける。確かにこの世界は危険に満ちているし、セレーナからも心構え叩き込まれていた。だけど今回の事件で、リアンはそれ以上に何かが心の中にしっかりと収まった気がしていた。
「ボクは命というものを大切だと思ってきました。でもちょっと違くて、ステラやみんなが大切だったんだなって。根底の気持ちは変わりませんが、もう一度繰り返してもやっぱりボクは戦うと思います」
「そう・・・。やっぱり隊長の教育の賜物ね。
ステラちゃんが羨ましいわ。こんな強い騎士様がいるんだもの」
「アハハ・・・。でもシエラさんもみんなの中に入ってるんですよ?」
シエラはきょとん、とするがすぐに小さく微笑む。
「あら?それは頼もしいわね。なんとなく隊長が私を護衛につけた理由がわかった気がするわ」
「それにしても、今回の事件について随分詳しいんですね」
「まぁ私も軍に身を置いてたし、昔の生徒がいたからその子から話を聞いたの。内緒だからね」
「そうだったんですか。もちろん誰にも言いませんよ」
「そう。じゃあ今日はもう寝なさい。明日も早いから」
そういうと、シエラはランプの火を消した。お休みの言葉と程なくしてリアンも眠りへとおちていった。
翌朝。
リアン達が馬車へ向かうと、シエラに腕を治してもらった従者の人が頭を下げてきた。自分が悪いのだから気にしないでくださいと笑顔で応え、馬車に乗り込む。
「シエラ先生」
最後に馬車に乗り込もうとしたシエラを呼ぶ声が聞こえた。リアンがカーテンの隙間から覗くと、金髪で鎧を着た青年が立っていた。よく見れば昨日、検問に立っていた副隊長と呼ばれていた男である。
「あっ、ネオル君。見送りに来てくれたの?ってもう私先生じゃないってば」
「そうでした。シ、シ、シエラさん」
「うん。でもそうなるとネオル君って呼び方も変えたほうがいいかしら」
「い、いえ。そのままで結構です!はいっ」
なにやら甘酸っぱいモノを感じさせるが、シエラは特に気がついた様子はない。おそらく昨晩言っていた昔の生徒であろう青年は、一つ咳をすると真面目な顔をつくりシエラに耳打ちする。
「それで実は、持っていた短剣の印から昨日の風使いは粛清から逃れたダグスタ家の者だということがわかりました」
「そう・・・。アジトの方は?」
「未だに・・・。全容が掴めたわけではないので道中くれぐれもお気をつけください。本当は自分が付きたいのですが色々調べなければならなくて」
「いいのよ。こっちはこっちでなんとかするから」
「そうですか・・・」
心なしかちょっと残念そうなネオルに、シエラは笑顔で応えて馬車に乗り込む。
「じゃあね、ネオル君。王都に来たら顔出すのよ」
「は、はいっ!」
「同期のフット君やレイン君、ラナちゃんも王都にいるから久しぶりにみんなで会いましょ」
「・・・はい」
思いが伝わらず落ち込みながらもシエラ達を笑顔で送り出すネオルに、リアンは心の中で(がんばれっ!)と励ましのメッセージを送った。
そんな思いに気づくはずもなく、馬車を見送ったネオルは大きく伸びをする。
「それにしても現場が混乱していたとは言え、綺麗な黒髪の子供が不思議な魔法で倒したなんて目撃談されてもなぁ。強力な風の防御壁を打ち破り、矢のように貫く魔法・・・。はぁ、また聞き込みか」
シエラに伝えるまでもないと思って話さなかったが、まさか馬車にその『綺麗な黒髪の子供』が乗っているとは知る由もない。
「そう言えば、リアンちゃんが昨日使ってた・・・アレ」
「アレ?あー、M16A4とGlock17ですか。銃ですよ、あれ」
「あれが銃ッ!?・・・私の知っている銃と違う」
シエラの知っているマッチロック銃はあんなに重厚じゃなかったし、100m先のものを正確に打ち抜いたりしなかった。
「まぁ、ボクの銃は特殊なので。でもそれがどうかしました?」
「そうそう。リアンちゃんが倒れた時に持っていたのも銃ってことよね?何かの媒体だと思って回収しといたんだけど・・・」
「あぁ、それでですか。ありがとうございます」
シエラから木箱を渡され蓋を開く。しかし、そこには何も入っていなかった。
「あれ!?そんなはず・・・ッ?」
「これでいいんです」
驚き慌てるシエラと対象に、落ち着いているリアンはパネルを操作して右手にGlock17を出現させる。実はどこからでも遠隔操作で出し入れできるため、昨晩のうちに消しておいたのだ。
「遠くからでも消したりできるんです、コレ。それにボクの許可がないと撃てないようになってますし」
「・・・なんだがセレーナ隊長と同じくらい驚かされるわ」
セレーナとの戦闘訓練で銃を奪われた時の対処のため、ヨーコ認証のロックがかけられた。元々安全装置のない『LP』の銃器にどうロックするのか聞いたら、「割れ対策機能みたいなもの」と言っていたがどうやっているのかはよくわからなかった。
「リアン。それ私にも使える?」
そんなことを思い出していると、出発してからリアンの左腕に抱きついたまま黙っていたステラが話しかけてきた。あれだけ怖い目にあったのだから仕方ないと思っていたのだが、何やら少し違う様子だ。
「それって・・・銃のこと?」
「うん」
リアンは悩んだ。弾の補給と修理は彼女にしかできないが銃の贈与自体はできるし、セレーナにも扱い方を教えて一丁渡している。それはセレーナが力の使いどころを知っており、それだけ信頼しているということだ。
だがもし、ステラに渡したことで要らぬ危険に巻き込まれたら。そう考えていると。
「私、自分の事くらい自分で守りたい。できるならリアンの事も守れるように強くなりたい。もうリアンに悲しい顔させたくない。ダメ・・・かな・・・?」
リアンは驚いた。
ステラがそこまで考えていたことに。なにより自分がそんな顔をしていたことに。
「そうだね。とりあえず護身用は必要かも・・・。でも、それ以上はセレーナ先生の特訓についていけたらかな。できる?」
「うん。私やる!」
尻込みすることなく頷くステラ。いつの間にかお姉ちゃんの顔をするようになった妹分に、幾ばくかの寂しさをと頼もしさを感じながらリアンは笑顔で頷いた。
「あらあら。ステラちゃんも立派な騎士様だったようね」
「うん。私が騎士になって、将来お姫様のリアンをお嫁さんにもらうの」
「えっ・・・、ボクお嫁さんの方なの?」
微妙にツッコミどころを間違えながら、最初の頃のように楽しい雑談をしながら旅は続いた。
ちなみにこの時、ステラの言っていることはおままごとの様なものだろうとリアンは軽く考えていた。この時は・・・
そんな長旅も終わり、遂に王都キュレアにたどり着いた。
簡単な検査を済ませ、巨大な門をくぐった先の大通りは様々な出店が並び活気にあふれ返っていた。キュレアは別名、清水の都とも呼ばれており、豊富な水源とそこから街中を流れる川や水路などがこの街をより美しく魅せていた。
「ここをまっすぐ行くとキュレアの広間っていう大広場があって、そこをまっすぐ行くと王城があるわ。私たちはこのまま学園に向かうからキュレアの広間を右へ進むけどね」
「美味しそうな匂いだね」
「あれは、魚の串焼き?」
屋台の一つを見て、川原でキャンプした時にあんな食べ方したなっと前世を懐かしく思っていると、馬車は噴水のある大きな広場を右に曲がる。
「さすが清水の都と呼ばれるだけあって噴水も綺麗ですね」
「でしょ。あそこをまっすぐ行って門をくぐると広い湖があって、その真ん中に王城が建っているの」
「へぇ。そっちも見てみたいです」
「後でね。まずは学園から」
リアンはまだ見ぬ学園を想像し期待に胸を膨らませながら、キュレアの街並みを目に焼き付けるのであった。