第三話 Over the Attack range
「ヨーコ。頼んでたアレはどんな感じ?」
「ん。最終調整も終わった」
「ありがと。じゃあ、いこっか」
厳しい寒さも過ぎ去り、暖かな春の陽気になる頃、村の入口には大きな馬車が止まっていた。
「たいちょー……突然こんな遠くまで来いだなんて急すぎますよぉ」
「私はもう隊長ではない。ジジィはなんか言ってたか?」
「若いモンの指導に戻って来いと「断る」……デスヨネー」
「要件は以上か? なら早速準備してくれ」
孤児院の前でセレーナと話すメガネをかけた金髪の女性が肩を落とした。それと同時に、肩まで伸ばした髪をポニーテールにまとめたリアンが顔を出す。
「先生、準備が整いました」
「あっ、もしかしてその子が?」
「あぁ。リアンだ。
リアン、こいつは昔の部下で名をシエラという。カマトトぶって男に苦手意識があるらしいが多分今もだろう」
「ちょっ!? なに子供相手に喋ってるんですか!!」
「なんだ? いい相手でもできたのか」
「……隊長だって独身じゃないですか」
いじけてしまった元部下に悪びれもせずスルーするセレーナに内心(先生はどこにいても先生だったんだなぁ)と納得したリアンはシエラに挨拶をする。
「初めましてシエラさん。ボクはここのリアンという者です。なんだか急なお願いだったようで申し訳ありません」
「あぁ……よかった。まともに育ってる」
「えっ?」
「ううん、こっちの話。えっと、初めまして。私はシエラ。セレーナ隊長の元部下で、今は王立キュレア学園で魔法教師をしているの」
「へぇ。すごいですね」
「そ、そう? 今回はそんな私が護衛につくから安心していいわよっ」
「……すぐ調子に乗るところも変わらんな」
ボソッとつぶやくように言ったセレーナの言葉は風に消える。
すると今度は、寝癖がついたままのステラが荷物が入ったカバンを背負って慌てて走ってきた。
「あっー!! まってまってー!!」
「ようやくお目覚めか?」
ステラも同じ学園を目指すということで、今回の見学に参加する運びとなっている。なんだかんだ、ステラが勉強に対してやる気になっているのをセレーナは応援しているのだろう。
「それじゃ、行ってきます」
「みんな、帰ったらいっぱい話聞かせてあげるからねー」
準備が整い、見送りに来ていたほかの孤児院の子供達や村人たちに挨拶をして馬車に乗り込む。
「リアン」
「はい?」
出発間近というところでセレーナがリアンを呼び止めた。
「シエラが付いているが、万が一……ということは起こりうる。常に最悪を想定しろ。もし障害が現れたなら……」
「えぇ。その時は排除します」
「よし」
満足げに頷くセレーナと「あぁ、やっぱり隊長の影響が……」と項垂れるシエラ。
「忘れるなよ。ここはお前の帰る場所で私たちはお前の帰りを待っている。無理はするな」
「はいっ」
強く頷くと馬車が走り出し、リアンとステラはみんなが見えなくなるまで手を振り続けていた。
馬車は森を抜け、麓の街も超えて街道をひた走る。手綱を握る白髭の従者も戦闘訓練を受けているらしく、もし野宿になった際はシエラと従者のふたりで夜の晩をするとのことだ。
「シエラさん、セレーナ先生って軍にいた頃はどんな感じだったんですか?」
「んー……ハチャメチャな人、かな」
シエラに尋ねると、当時を思い出してか遠い目をして笑っている。
「と言っても、部下だったのはほんの少しだけなんだけどね」
「そうなの?」
景色を眺めていたステラも話に加わってきた。
「うん。十年前、隣国の一派が攻めてきたことは知ってる?」
「トカラの役、ですよね」
リアンたちが住むライクリオン王国の隣国トゥレスト国が内乱状態であった頃。中央での地位確立を目論んだ一派が暴走して、元々仲が悪かったライクリオン王国を攻めてきたのが始まりだった。
王国軍はトカラ平原にてこれを撃退。一派も派閥抗争に敗れ、粛清されたと記されている。
「まだ新人だったけど、水の魔法使いだった私は後方治癒班として参加してたわ。そんなある時、セレーナ隊長が大怪我をした状態で運び込まれてきたの」
「セレーナ先生が!?」
あのセレーナ先生が大怪我するというのが想像し難い。だが、当人がいつも口酸っぱく言っていた「戦場では何が起こるかわからない」という教えを思い出して口を噤む。
「うん。それで私が水の魔法で治癒してたんだけど、時間がないからって私の首根っこ掴んで馬に乗ったかと思ったらそのまま走り出しちゃって……」
「先生って、やっぱりすごいねっ」
ステラは純粋に応えるがシエラの目は虚ろだ。治癒しながら前線を駆け回るなど絶対に体験したくなかった経験であっただろう。
「それでなんとか敵を追い返したあと、隊長から『ガッツがあるな』なんて言われて無理やり引っ張り回されたの……」
「それは……お疲れ様でした」
その力関係は変わっていないようで、今もこうしてこき使われているというわけだ。
「まぁ、その後すぐ退役しちゃったんだけどね。でも隊長の魔法はすごくて、常に前線を走って戦場を焼け野原に変えてしまうから『炎海』なんて呼ばれてたのよ」
「あー。なんとなく分かりましたが本当にハチャメチャな人だったんですね」
「先生つよーい。でもね、リアンもすごいんだよ! バァンって魔法でどんな魔物も倒しちゃうんだよ」
「ばぁん? 二人とも魔法適正はまだよね? それに、そんな魔法あったかしら」
「アハハ……まぁ特殊能力みたいなものですよ」
「そうなんだ。たまにそう言うちょっと違う力を持った人もいるって聞くけど、よかったら後で教えてね」
楽しく雑談をしつつ順調に旅を進めて四日が経った。その日はルセという街で食料を調達しなければならなかったのだが、賊が出たということで検問が敷かれていた。ルセは海上貿易の盛んな街への要所となるため、多くのキャラバンや旅人が立ち往生して長い行列が出来ていた。
「ついてないわね。まぁ仕方ないし、気長に待ちましょ」
「そうですね……あれ?」
「どしたのリアン?」
「うん、アレ」
リアンが指差したのは列の少し前、馬車の一つがUターンし始めたのだ。当然、兵士の目に留まる。
「おい、そこの馬車! ちょっと待て」
停止を促された馬車は静止を振り切り駆け出す。
「副隊長!!」
「うむっ。お前は隊長に連絡してこい!」
副隊長と呼ばれた若い騎士の男性は、馬にまたがり数名ほど引き連れて駆け出す。逃走する馬車は荷台を切り離して火をつけた後、二人の男が馬に乗って脱出を図った。
「二名はあの馬車の中身を調べろ! 残りはオレに続けッ!」
多くの視線がその逃走劇に釘付けになっている中、列に並んでいた小型の馬車が先程の馬車とは逆方向へと逃げようとしているのをリアンは見逃さなかった。
常々「全体が動けば必ず隙ができる。常に全体を見渡せ」と、セレーナに言われていたものだ。
「シエラさん、カーテン閉めます」
「えっ?」
リアンはカーテンを閉めるとパネルを操作し、予めセットされていた装備を一瞬で身にまとうと、手に持つサプレッサー付き《M16A4》を構えた。
「えっ、えっ!?」
(ヨーコ、お願い)
(うん)
目を見開くシエラをよそに銃口をカーテンの隙間から覗かせると、フルフェイスの内側に自身から半径一キロのマップが映し出され、目標の馬車が赤い点で表示される。その距離、百メートルちょっと。
「あっ、おい! そこの馬車止まれ!!」
兵士が気がつき静止を促すが、すでに馬車は西の林へと逃走しようとする。
だが、突如として重く空気を切り裂く音と共に車輪の軸が爆ぜ、そのまま片方の車輪が外れた馬車は大きな音を立てて横倒しになった。
倒れた馬車の中から這い出してきた男達は駆けつけた兵士に取り押さえられたが、火を見て興奮していた馬が大きな音に反応して何頭かが暴れだすなど小さな混乱が起きていた。
(ゲーム基準とは言えそれなりに大きい音だったけど、この混乱で誰も気にしない……はず。それと、やっぱりマップがあると便利だね)
LPでは当たり前であったマップ機能だが、こちらではNoDataと表示されるだけで使えなかった。このままではいけないとヨーコに頼んだところ、LPの能力とヨーコの認識する範囲を合わせることによってマップ機能の復元に成功した。ヨーコ曰く、「まだいける」とのことだがマップを広げるほど雑になっていくためこれ以上は止めておいた。
リアンは右手のグローブと拳銃が入った腰のホルスターを残して装備を解除しすると、馬車を降りた。野次馬たちを掻き分けて進むと、兵士たちの喋り声が聞こえてくる。
「これは、シクイムシの蛹か。みんな気をつけろ、一定の魔力を浴びると羽化しはじめるぞ」
「売買が禁止されているシクイムシをこんなに運んでるってことは、やはりこいつらが」
「あぁ。例の賊だろうな」
聞こえてくる内容的に、どうやらこいつらが目的の賊だったようだ。
(シクイムシを使った賊? もしかしてこいつらが村を襲った……)
「リアンちゃん!!」
「あれ。シエラさん」
「あれ、じゃないわよっ。なに今のは!? 見たことも聞いたこともないんだけどっ」
「まぁ、あれがボクの特殊能力といいますか……それよりステラは?」
「特殊過ぎよ……ステラちゃんなら馬車で待ってるから、あなたも――」
「まだ一人隠れてるぞ!!」
シエラの言葉が兵士の叫びに遮られた次の瞬間、暴風が兵士や多くの野次馬をまるごと吹き飛ばした。リアンも例外ではなかったが、吹き飛ばされ地面に激突する直前シエラが庇ってくれた為、大きな怪我はない。しかし、代わりとなったシエラは苦しそうに呻いている。
「こいつ風の魔法をッ!? 逃がすなっ、魔法隊放てッ!!」
衝撃で少し頭がふらつき視線がぼやけるが、短剣を持った男が飛んでくる火球を風で払いながら反撃しているのが見える。
男はシクイムシの蛹に魔石を投げ込み、一部の兵士が羽化を始めたシクイムシの対処に追われていた。この騒動で今度こそ馬たちは錯乱し大混乱となったが、そんな中いち早く体制を整えた馬がいた。
それはリアンたちが乗っていた馬車の馬であった。
男はそれに目をつけると走り出す。
(ま、ずい……ステラッ!)
「お逃げくださいッ!!」
果敢にも従者がナイフを投擲して荷台にいるステラを逃がそうとするが、すべて風の障壁に阻まれ、男の打ち出した風の塊が従者を吹き飛ばした。リアンは思わず馬車へ駆け寄ろうとするが混乱した人の波で思うように進めない。
そのまま男は馬に飛び乗ると荷台と切り離そうとする。
(そのまま離れてくれ。今はステラが……)
「うぅ……リアン? なんかすごいガタガタしてなにがなんだか……えっ?」
だが、無情にもステラはカーテンを開けて出てきてしまった。
「ちっ! 何見てんだテメェ!!」
男は無性に腹が立ってたのか興奮状態なのか、はたまた両方か。ようやく視界が開けたリアンが目にしたのは、男が手に持った短剣をステラに振りかざす光景であった。
「やめろォッ!!」
三発の銃声が異界の空へと響いた。
ドサッという何か重いものが落ちた音に、ステラは恐怖でギュッと閉じていた目をそっと開けて辺りを見回すが、男の姿はもうなかった。
「はぁ、はぁ……」
「うぅ……リアン、ちゃん? ハッ! リアンちゃん!!」
シエラの視線の先には、いまだ混乱収まらぬ喧騒の中に立ちすくむ年若い少女。シエラが急いで駆け寄ると、青ざめた顔で無理して笑うように口角を上げた。
「大丈夫、です。それより……ステラを……」
そこでリアンの意識は暗闇へと沈み、彼女の手にした本物のグロック17の銃口から昇っていた煙が静かに消えた。