第二話 ライフ・イズ・ワンダフル
白い靄のかかった静寂な朝の森に、突如として三発の銃声がこだました。炸裂音に驚いた鳥たちは慌てて空へと飛び立つ。
音の発生源にいたのは小さな体をした子供であった。しかし、顔はフルフェイスのメットで覆われ、灰色を基調とした迷彩柄の戦闘服と未知の金属でできたボディアーマー、コンバットブーツ等各装備に身を包んだ少年とも少女とも判別のつかない人物であった。さらに、その小さな体には不釣り合いな《M24 SWS》を抱えている姿がより異質さを物語っている。
小さく息を吐き、たった今仕留めた獲物を確認すると手を合わせた後、血抜きの準備を始める。その際ライフル銃は邪魔なので消してしまう。
獲物は体長二メートル超えの、マッドボアと呼ばれる地球の猪に似た魔物だ。
「……」
斜面に横たわらせ喉元をナイフで切りつけていると、後方から何者かの気配を感じる。
音を立てず忍び寄る何者かを持っていたナイフの反射を利用して確認しようとすると、相手は一気に加速して背後へと襲いかかってきた。体を捻りつつ横に飛び距離を取ろうとするが、予想を超える素早い動きで目前に迫っていた相手は首元めがけ手刀を放つ。
「くッ!!」
上体をそらし避けると同時にカウンターで蹴りを放つが、既に相手の姿はなく空を切る。落ち着いて体勢を整えつつ、腰のホルスターに手を伸ばすがそこにあるはずの拳銃がなくなっていることに気がつく。
(持って行かれた! でもッ)
逆の手で脇のホルスターから拳銃を抜き、木の陰に飛び込もうとする。だが、それより早く背後から声がかかった。
「目当てのモノはこれか?」
「……」
「私の勝ちだな、リアン」
ゆっくりと振り返ると、黒髪を束ねた浅黒い肌の女性が自身に銃口を向けていた。顔に刻まれたシワがその年月を物語るが、その肉体は引き締まっており、先程の戦闘でもわかる通り村の若者にも劣らぬほど若々しくい。
フルフェイスの人物は立ち上がり青いパネルを出して操作すると、メットが消えて中から黒髪の少女が出てきた。
女性はてっきり悔しがっているものと思っていたが、その顔には笑みすら浮かんでいる。
「先生、それ空に向けて撃ってみてください」
「?」
先生と呼ばれた女性は不審に思いながらも空へ向けて引き金を引くと、パンッという音と共に銃口から色とりどりのテープや紙吹雪が飛び出してきた。音も銃声と呼ぶにはあまりにも軽い、空気がはじけたような音だ。
実は見た目こそ《Glock 17》であるこの拳銃は、一部のイベントなどで支給されるジョークグッズであり、驚かせたり祝ったりする以外に使い道はない。
女性は一瞬ポカンとしたが、すぐに小さく笑い出した。
「やられたな。私が奪うのも想定内だったのか」
「えぇ。先生ならそれくらいやるだろうと」
「いくら強力な武器であっても、一日の長があるお前と同じ土俵に上がったのが失敗だったな」
(でも先生、左手で魔法撃とうとしてましたよね……)
リアンが冷や汗を流しながら話すこの女性は、彼女たちが暮らす孤児院の院長であるセレーナである。元は王宮の騎士団にいたらしく、引退後は用心棒や子供達を預かり勉強を教える代わりにこの村に孤児院を建てたらしい。
それが何故こんな事になっているのかというと、初めは街とを繋ぐ橋が未だ復旧しないのもあって、リアンが食料を確保しておこうと狩りに出ることを申し出た。その際、自身に宿った能力について話した(ヨーコや前世のことは除いて)のだが、半信半疑であったセレーナは実物を見た瞬間険しい顔になり、リアンに狩りの仕方のほか戦闘訓練や基礎体力づくりまで仕込み始めた。
戦闘での反省と平行にボアの解体も行い、多方バラしたところで麻袋に詰め二人で分けて担ぐ。解体の最中に灰色の結晶がてできたがこれはリアンがポケットにしまった。セレーナもだが、100キロ以上はある袋を担ぐリアンの姿は見る人全てが驚く光景だ。
「筋力を上げるとは便利なものだな、その《戦闘服》というものは」
「アハハ……」
リアンは苦笑いで応えるが、本物の戦闘服やボディーアーマーにそんな機能はない。
これはゲーム内での能力付加を忠実に再現されているためであり、筋力・耐久性増加など様々だ。もし生身であったなら、今頃M24 SWSから打ち出される.300Win.Mag弾の衝撃に悶絶していただろう。
他にもLPは近未来の戦場を縦横無尽に飛び交うワイヤーアクションも目玉としているため、通常装備としてワイヤーフックや反重力子噴射口などがセットされている他、様々な架空兵器が存在する。中には今のリアンでは扱えない切り札的なものもある。
ちなみに体力・スタミナゲージは表示されてはいない。これは体力ゲージはまさしく自身の命そのものであり、スタミナもそのまま自身の持久力だからなのだろう。
「だがな、その力が強力であればあるほど自分の意志とは関係なく様々なことに巻き込まれやすくなる。私自身覚えがあるし、まわりにもそういう奴はいた」
「……」
「お前のなりたいものはお前が選んでいい。だが、道中は必ず険しいものと思え」
「ボクのなりたいもの……」
「今はより多くのことを知って力の使いどころを見極めろ。その為に王立学園への推薦状も書いたんだからな」
「そうですか……って、えぇ!! 王立学園ってボク聞いてないですよ!?」
「言ってなかったからな。さっそく巻き込まれてしまったな」
呆然とするリアンを横目に笑いながら歩くセレーナ。諦めたようにため息をつくが相手は気にした風もない。
「入学はまだ先だが、一度下見に行くこともできるがどうする?」
「そんな急に……まぁ、興味はありますが」
「よし。まぁそれも、橋が直ってだから当分先だろうがな。それと生憎、私は村を離れられんから昔の知り合いをお前につけよう」
セレーナの目が少しだけ鋭くなる。シクイムシの群れが現れた時のことを思い出しているのだろう。
「やっぱり、この前のはシクイムシは誰かが?」
「だろうな。おそらく少人数の人攫いの類か……いずれにせよ、もう逃げ出しているだろうが念には念をいれんとな」
「もう毒はこりごりですよ」
「なんだ? 私はあのままでも自力で毒が出るまで耐え抜いたぞ」
「そんな無茶な……と言い切れない」
なにせ刺されたらすぐに動けなくなると言われているシクイムシの毒を受けてなお、子供たちを背に立ち上がり、火の魔法によって群れを焼き払いそのまま村の救援に駆けつけたのだから。
「それでももう昔のようには……あっ!」
リアンがしまったと口を噤むが時すでに遅し。セレーナは振り向きながら猛禽類を思わせる笑顔にこめかみをピクピクさせていた。
「ほぅ。私を年寄り扱いするか。そんなお若いリアン殿は、走り込みの量を追加しても平気と見える」
「えぇ……」
リアンは青ざめながら、これから始まるであろう重装備を担いだまま行われるデスマーチに身を震わせるのだった。
「ヤダヤダヤダヤダ!!!!」
夕食の片付けが終わりステラと談話していたのだが、学園に行くかもしれない話をしたところ自分も行きたいと言い出した。ステラは急いでセレーナにそのことを話すと一言であっさり却下された。
そして現在、絶賛駄々っ子モードに突入しているというわけだ。
「大体、勉強嫌いのお前が学園に行ってどうする? リアンは遊びに行くのではなく勉強をしに行くのだぞ」
「うぅ……でもリアンと離れるのはもっとヤダッ!!」
孤児院でも年長組に入るのに、まだまだ遊び足りないといった感じのステラは勉強と聞いて半歩下がる。
「だって学園に行ったらずっと会えなくなるんでしょ?」
「ずっとじゃないよ。四年間だけだから」
「まぁウチは十五でここを出て行くことになっているから、そのまま向こうで暮らしても構わんがな」
「先生っ!!」
「びえぇぇん!!」
とうとう泣き出してしまったステラをなだめながらどうしたものかと考えていると、セレーナがふむ、と頷くと口を開いた。
「ならば、私の出す課題をこなすことができれば考えよう」
「ほんとっ!?」
「その前に、お前の年齢なら早くても一年遅れでの入学になるがそれでもいいのか?」
リアンより一つ下だという事実を忘れていたのかしまったと渋い顔をするステラ。しばらく悩んでいたが、顔を上げて頷いた。
「よし。では課題だが、私が出す全学問のテストに合格しろ」
「うぇ……」
「そうか。ならこの話はなかったことに――」
「うそっ! 嘘です! 頑張るからっ」
慌てて訂正するステラにやれやれと肩をすくめながら院長室から退室させる。リアンは話があるとかで残ったままだ。
「お願いを聞いてくださってありがとうございます」
「あいつは勉強以外にもメンタルも鍛えてやる必要がな。だがなぜお前が礼を言う?」
「さぁ?」
「まぁどのみち私の出すテストに合格できなければ、学園の試験など受からんよ」
「あのー、ボクは受験勉強とかしなくても……」
「王国史はいくらか不安ではあるが、四則演算をすらすら言えるお前に必要ない」
「アハハ……」
砕けた空気を少し締めるように腕を組み、自身と向き合うセレーナにリアンも姿勢を正す。
「さっきも言ったが、学園を卒業する頃にはお前も世間一般では大人だ。その先は村に帰ってきて開拓をするも良し、いっそ冒険者として飛び出していくも良しだ」
この世界では十五歳になると大人として認められる。
孤児院でも十五歳になると、奉公へ出るなり村に住み着いて開拓するなり選ばなければならない。その為に様々な技能をセレーナは孤児たちに教えているのだ。
「そうですね。色々と見聞きしながら考えます。そのための学園なんですから」
「そうだな。もしなにかあればすぐに手紙を出せ。特に、しつこく言い寄る男がいようものなら……」
「先生、目が……」
「おっと、すまん」
間違いなく部屋の温度が下がった。あまり現役時代の話を聞いたことがないが、少しだけ戦場を駆けていた頃の面影を見た気がする。
「だが、お前ほどの女なら成人前から引く手数多になるだろう」
「はぁ……? そうですかね?」
「気がつかぬは本人だけか。村や街からも息子や孫の見合い相手にという話がきているのだぞ」
「えぇ……」
まったく知らないところで自分の見合い話があったことに困惑する。しかも、この世界ではちょっと早いだけかもしれないが自分はまだ9歳だ。
まぁ知らないということは断ってくれたのだろうが。
「そのうち嫌でも実感するだろうがな。おっと、話が長くなった。今日はもう休め」
「あっ、はい。おやすみなさい」
退室して、歩きながら学園のことなどをうんうん考えていると頭上から声がかかった。
「悩んでる?」
「ヨーコ……うん、まぁいろいろね」
呼べば出ると言っていたヨーコだが、度々自分から出てくる。
「そうだ。ヨーコ、これ今日採れた魔石」
「ん」
ボアの体内から出てきた灰色の結晶を、ヨーコはためらう事無くパクっと飲み込んでしまった。システム上、弾の補給や銃器の修理などゲーム内通貨が必要であったものはヨーコが魔石に込められた魔力を代用として作り出している。魔力が含まれたものならばなんでもいいらしいが、魔石が一番効率が良いとのこと。
装備の確認をしながらセレーナが言っていたしつこく言い寄られた時のことを考えてみる。
(まっ、テーザーガンがあるし)
軽く物騒な考えに至るが、セレーナの教育の賜物だろう。
その後は、ヨーコに常識などを教えながら夜は更けていくのであった。