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第二十二話 ちょうちょのユメ

「こんばんは、ちょうちょさん」


 ゴスロリに身をくるんだ少女は翡翠色の瞳を細めて無邪気に微笑む。


「こんばんは。こんな夜更けにこんなところで奇遇だね」

「うん。すてきな、ちょうちょさん」

 

 リアンは少々困惑していた。向かいの屋根に立つ少女は明らかに自身よりも幼い上に、こうして対面しても敵意が感じられない。だというのに、その大きな瞳の奥底からは言い知れぬ何かが溢れ出ている。


(この娘、昼間の……)


 今朝、ギルドを出たところでぶつかりそうになった少女を思い出す。一瞬であったが、その服装と大きな翡翠色の瞳は見間違えようがない。


「あのね、わたしオシゴトをまかされてココまできたんだよ」


 聞かれてもいないのに誇らしげに胸を張る少女。


「それはすごいね。でもボクはもう帰りたいから、お話は今度にしてほしいな」

「えー! わたし、ちょうちょさんとあそびたくてこっちきたのに」

「仕事で来たんじゃなかったの?」


 尋ねられた少女は唇に指を当て、んーっと考え込む。


「そっちはみんながやってくれるから。わたしはこっちー」


 いい加減なことだとリアンは呆れた顔である。彼女の言う仕事やみんなとはなんのことかは変わらないが、厄介者には関わりたくないというのが率直な感想だ。


(ミナト。あいつ何かしてる)

(何か?)


 いかにしてこの場をやり過ごすか考えていたリアンは、ヨーコの警告を受けて辺りを注意深く観察する。表面的には変化がないように見えるが、何かが起こっているというのを肌で感じ取った。


「ねえ、ちょうちょさん。あっそびぃましょー」


 そのまま少女は一歩、また一歩とこちらへと近づくと、ついに屋根の端へと足をかけた。一寸先の暗闇に落ちればどうなるかなんて誰にでもわかる。


「できれば遠慮したいかな。申し訳ないけど」


 リアンの返答にも笑みを崩すことなく、まるでピクニックに出かけるような軽やかさで少女は虚空へと足を踏み出だした。

 そうであるのが当然であり、重力に引かれた少女の身体は暗闇へと落ちる。そのまま、最後までリアンを見つめていた翡翠色の瞳が屋根の向こうへと消えた。

 

 (落ちた? いや、静かすぎる)


 マップに少女の反応を示す点滅はない。しかし、いくら体重が軽かろうと、この高さから落ちればそれなりの音がするはずだ。


「覗きたくないな……」


 心情を吐露しながらも、周囲への警戒心は怠っていない。

 そのはずであった。


(ミナト後ろッ!!)

「ッ!!」


 リアンは反射的に飛び出した。同時に火の魔法を込めたSSA.Jを抜き、背後へと構える。


(いない!?)

(今度は右!)


 瞬時に側面から駆け寄る少女目掛けてトリガーを引いた。放たれた火球は小さな少女を包み込み、火炎に飲まれた対象は塵も残らず消え散る。


「ちょうちょさん、やっぱりすごいねっ。ぜーんぜんつかまんないもん」

「もしかして、もうベッドで夢でも見てるのかな?」


 振り向けば、今し方炎に飲み込まれた少女が無傷で立っている。


「そうだよー。それじゃあ……こんどはー」

「二人なら、どうかな?」


 彼女の背後からもう一人、瓜二つの少女が現れた。喋り方は少ししっかりしているが、翡翠色の瞳といいそっくりそのままコピーしたかのような存在だ。


(双子……いや、でもどこから?)

(ミナト。あいつの目、見ちゃダメ。夢に引き込まれる)

(夢? どういうこと?)

(あいつ、夢の自分を投影してる。ここにはあいつの現実がない)


 荒唐無稽ではあるが、それが本当であれば幻影を相手にしていることになる。夢の中で幾度となく斬られ燃やされ朽ち果てようとも、目が覚めれば当然いつもの自分がそこにいる。そんな存在を相手にするなど、まさに痴人の前に夢を説くようなものだ。


(今はあいつもミナトに触ることできない。けど、目を使って少しづつ自分の夢に引きずり込もうとしてる)

(どうにもこうにも、一旦逃げたほうが良さそうだね)


 正体不明の魔法を前に、リアンは目線を合わせないようにしつつ隙をみて屋根から飛び降り反重力子を展開した。


「あれ? ちょうちょさんこっちこっち」

「清黒蝶さんこっちだよ」


 声を無視して路地へと着地し、そのまま駆け出そうと顔を上げた先に――




「……こっち」




(しまッ!?)


 三人目と至近距離で視線を合わせてしまった。咄嗟に蹴りをいれると、少女は白いモヤとなり霧散した。


「もう、冗談やめてよ」


 悪態をつきながら今度こそ狭い路地を走り出すが、突如目の前に湧き出た壁に行く手を阻まれた。振り返れば背後にも壁。それもじわじわとその間隔が狭まってきている。


(ミナト。もうここ、ほとんどあいつの(テリトリー)

(みたいだね。ちょっと……面倒だなあ)


 四方を壁に囲まれたリアンが空を見上げると、先ほどの三人が取り囲むように見下ろしていた。もはや袋のネズミという状況に、思わず拳を壁に打ち付ける。


「ちょうちょさんは、きづいてるんだよね? もう、にげられないって」

「ねえ、清黒蝶さん。よかったら、私たちといっしょにいかない?」

「あなたなら……こっちの方があってる。きっと」

 

 なんとも一方的であり、相手の意思を考慮する気など更々無いのが伝わる。言葉の節々から少女がどこかの組織に属しているというのは伝わるが、リアンには到底そこがまともな場所には思えなかった。


「ちなみに、君……君たちは何がしたいの?」


 問いかけられた少女たちは大きな目を嬉しそうに細めた。


「きまってるよ。セカイのサイタンをもういちど」

「私たちの世界を今一度」

「素敵な……私たちの、世界」


 案の定ロクでもない夢見がちな少女の返答に、リアンはゆっくり右手を上げ中指を突き立てた。


「寝言は起きてから言え」


「そう。じゃ、ユメのセカイにさようなら~」


 瞬間、急速に両側の壁がリアンを押しつぶさんと一気に迫り、爆音と共に一部の隙間も無く閉じられた。


「あーあ。ざーんねん」

「それにしても、あっちはまだ終わんないのかなー。もう帰りたいんだけど」

「まって。一応……持って帰る。不思議な魔器、持ってた」


 ぴたりと閉じていた壁が再び開くと、そこに清黒蝶の死体は無く、横壁にポッカリと穴があいていた。


「あれ? なん――」


 その疑問は彼女の足元から吹き上がった爆炎によって強制的に遮られた。

 少女たちは一瞬唖然となり、煙の中から飛び出してきたリアンに反応できなかった。リアンは左手に構えた《M1905銃剣(バヨネット)》を別の少女の喉元へと突き刺し、そのまま最後の一人へグロックの銃口を向ける。


「ダメ!!」


 少女の叫びに呼応するように屋根がせり上がり、襲い来る銃弾の盾となる。

 リアンは舌打ちすると再び屋根に空いた穴へと身をくぐらせ階段を駆け下り、窓をつたって別の家屋へ飛び移る。いくら夢であろうと見えない敵を捉えることはできないようで、周囲の壁に飲み込まれるといったことはない。


(ヨーコ、反応は!?)

(ダメ。一人はもう復活してる)

(……あとはあの間延びした喋り方の子だけど、望みは薄そうかな)


 どさくさに紛れて壁に設置したブリーチングチャージ(C4)を起爆し、ギリギリのところで家屋へと逃げ込んだリアンは、まず三人のいずれかを倒せば夢が解けるのではと考えた。しかし、確実に目の前で消えた少女以外を優先的に狙ったにも関わらず、いまだ現実に帰れた様子はない。


(とりあえず、夢の世界とはいえなんでも好き勝手できるわけじゃないのかな)

(たぶん、ここがまだ夢と現実の狭間のようなところだからだと思う)

(じゃあ、ここで死んだら文字通りあの娘の夢の世界へ連れて行かれるわけだ。こりゃなんとしても覚めてもらわなきゃ――)

「あっ、いた! もうっ、さっきはほんとうにビックリしたんだからね!!」

「なッ!?」


 リアンの頭上にはプリプリと怒った顔の少女が、天井を紙のようにめくり覗き込んでいた。


「はやくわたしのユメにはいってよー」

「冗談でしょ!?」


 天井が落ちてくる寸前、窓から大通りへと飛び出だした。夜間とは言えこれほどの騒ぎなのに一人として起きて出てくる気配もない。

 例外は月の光に照らされた少女が二人。


「「こっちだよ」」


 通りに伸びる二つの影から、黒い鎧を纏った騎士が浮かび上がる。二体の騎士はガクガクとしたぎこちない動きで走り出し、手に持つ長剣を振り上げた。リアンも紙一重で避けつつバヨネットで応戦するが、体格差に加え尋常ではないパワーの剣戟を前に次第に押され始める。


(なにか……なにか、ないのか!)


 じりじりと後退していたリアンの背中が不意に、トンッと壁にぶつかった。


(クソッ!!)


 大通りを遮断する壁ができたなど聞いたこともない。考えられるのはここにいない、もう一人の少女の仕業だろう。気づいた時にはすでに黒騎士の斬撃がリアンの目前へと迫り、そのまま背後の壁をも粉砕し砂塵が巻き上がった。

 それを怪訝な顔で眺める少女が一人。


「いま……清黒蝶、何かした?」

「うそっ!? 流石にあそこから逃げれるはずないよ」

「そうでもないかな」

「「ッ!?」」


 背後から声が掛かると同時に、二人の頭部へ鉛玉が撃ち込まれた。

 騎士ごと消える二人を片目に、両手にグロックを持ったリアンは首や腕を回して自身の状態を確認する。


(うん、大丈夫。問題ないみたい)

(でも、オーバーアクセラレーションの使いすぎはダメ。タイムリミットは絶対)


 〇・八秒――

 それがヨーコの導き出した、オーバーアクセラレーションの活動限界である。現在のリアンがこの時間を超過すれば、即座に身体に影響が出る可能性があるということで強制的に解除される。しかし、〇・八秒あれば騎士の間をすり抜け、目にも止まらぬ速さで少女の背後に立つなど造作もない。


(ヨーコ、もう一人は?)

(南西の路地。でも……ここから遠ざかってるみたい)

(それって逃げてるってこと? なんでそんなこと……)


 彼女は夢の存在であり、なんど倒されようとお構いなしとばかりに向かってくる。そんな彼女が逃げを選択したことに疑問に思うリアン。もちろん、何らかの策なのかもしれないが、彼女のこれまでの言動からは考えにくかった。


(そういえば、さっきも最後の一人だけは防御を……ヨーコ! 二人はもう復活してる?)

(まだ、一人)


 その言葉に弾かれるように走り出したリアン。


(ミナト。なにかわかった?)

(ここは半分は彼女の夢。だから彼女の思うままの事が起きる。でも、それは彼女自身が思い描かなければいけない!)


 ワイヤーで屋根へと飛び乗ると、少女までの最短距離を駆け出した。


「さあ。早く目を覚まさないと、悪夢が始まるよ」


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