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第二十一話 マモハン 其ノ二

 丸太のような太い四本の足が巨体を持ち上げ、全身を震わせた。


「ボルロック……」

「おいおい、冗談だろ?」


 ボルロックとは、主に岩場に生息する体中が岩石のような硬い皮膚で覆われた魔物である。

 知能は愚鈍の一言であり、罠を仕掛ければ簡単に引っかかる上、ボルロック自身はそのことを理解するまで時間がかかるほどだ。しかし、この理解していないうちに確実に仕留めなければならないと異口同音に伝えられている。


「ガルマン、これって」

「ええ。ゴブリン共、厄介なことを……」


 もし、一度でも頭に血が上ってしまえば怒りは群れの仲間へと伝播し、最低でも数日は気が収まることはない。もはや何に対して怒っているのかさえ忘れて暴れまわるという厄介な魔物だ。


「おいおい、こいつらがいるのって山のずっと向こうだろ。ゴブリンなら通れる道もあるかもしれんが、このデカブツが越えてきたってのかよ」

「来たんだろう。現にここに居るしな」


 その執念に呆れ顔のエディと相変わらず仏頂面のケヴィン。

 本来はもっと多くの群れを作るはずだが、ここに居るのは三体のみ。うち一体はまだ岩山から抜け出せていない。何らかの原因で怒りを買ったゴブリンを追いかけ、途中どれほど仲間が力尽きようとも道なき道を強引に突き進みここまで追いかけてきたのだろう。高所に逃げこもうとお構いなしに突進し洞窟が崩落。おそらく考えてやったわけではない。


「でもさぁ、これってまだ怒ってるよね」

「ああ。それにどうやら、新しい怒りのぶつけ先を見つけたらしいな」


 エディの言葉通り、ボルロックがこちらへ向かってグッと態勢をおとす。


「来るぞ、散開しろ!」


 ケヴィンの合図と同時に、まるで大砲から打ち出された様に突撃してくるボルロックは一同が飛び退いた場所を構わず突き進み、森の中まで猛進する。その巨体と単純さ故ほぼ直線にしか進めないが、超加速の突進にぶつかればその辺にこらがっているゴブリンの仲間入りだ。


「次が来るぞ! ガルマン、ちと手伝え」

「おう! 姐さん行ってきます」


 既に立ち上がり突撃の姿勢に移ってる二体目のボルロックを待ち構えるように、腰を落とし深く息を吸うパトリスとガルマン。いくら大柄な二人といえども暴走したトラックのような突進を止めることなど普通では考えられない。

 だが、魔法で強化された身体はその普通の限りではない。


「シヤァッ!!」

「オラァッ!!」


 身体強化を発動し、弾かれるように飛び込んできた巨石を挟む込むように受け止めると三メートルほど後退しながらもついにその巨大な流れを止めた。


「ルノー」

「はいっ!!」


 背後へと回り込んだケヴィンとルノーが弱点である首の付け根にある硬い皮膚の隙間目掛けて突き穿つ。二本の剣は吸い込まれるように突き刺さり、一瞬全身を痙攣させると糸の切れた操り人形のように地に付した。

 ケヴィンはすぐさま飛び退いたが、ルノーは剣が引き抜けずもたついていた。

 

「すみません、今――」

「ルノー、飛べ!!」


 ルノーが振り返えると、いつの間にか岩山から抜け出していた三体目のボルロックが真っ直ぐこちらへ猛進する光景がゆっくりと流れていた。

 一秒がひたすら長く伸ばされたかのような空間を一線、弓矢が切り裂きながらボルロックの小さな眼球へと突き刺さった。その衝撃で止まることは無かったが微かに速度を落とし、強引に切り開いた隙間を縫うように駆け抜けるアリュマージュがルノーを突き飛ばしながらその場から押し出した。

 視界が半分潰れたボルロックはそのまま仲間の死体へと激突。


「す、すみません!」

「まだだ!!」


 リアンの怒号がこだますると同時に、木々をなぎ倒しながら最初の一体が猛然と向かってきていた。

 ついにこれまでかとルノーが身構えた瞬間、突然後ろへと引っ張られ体が宙へと投げ出された。

 悲痛な叫び声を上げ、視界がグルグルと回転するなか、腕から伸びる太い金属質の縄を繰りながらまるで鈍器のような自称銃器を構える清黒蝶の姿だけがやけに目に焼き付いた。




 ワイヤーでルノーを後方へと放り投げ、そのまま構えたUTS-15のトリガーを引きまくる。打ち出された散弾はボルロックの顔面へと何度も叩き込まれ、衝撃で小さな脳が揺さぶられたのか地面へと滑るように倒れた。


「なんだありゃ!? 急に奴の顔面が弾けやがった」

「あれが姐さんの銃だ。姐さんにとってのな」


 その異様な光景に驚くセルクルの一同だが、リアンは内心舌打ちした。

 対ゴブリン戦を想定し、銃弾には鹿など中型動物の狩猟から対人にまで幅広く使われるバックショットを使用しているが、ボルロック相手では明らかに火力不足のようで派手な衝撃とは裏腹に一発も皮膚を貫通した弾はない。


(貫通どころか、表面が多少削れた程度……それなら――)


 いまだ朦朧としているボルロックへ飛び乗ると、マガジン上部についたレバーを右へとスイッチし頭部めがけてトリガーを引く。すると先ほどは表面が弾ける程度であったが、より鈍い音を立てて皮膚が抉れだした。


 このUTS-15には左右二本のチューブマガジンが内蔵されており、レバーを左右にスイッチすることでどちらのマガジンからでも弾を撃ちだすことが可能となっている。先程、ゴブリン以外の敵を危惧して右のマガジンにスラグ弾を装填したことが功を奏したようだ。


 そのままリアンは止まることなく撃ち続け、ついにその皮膚を砕き切った。カラになったUTS-15を投げ捨てると腰に差したナイフを引き抜き、今し方できた穴目掛けて振り下ろした。

 だが、散々穿たれ意識も途切れたであろうボルロックが本能とも言うべきであろうか、首だけを振って最後の抵抗をした。


「しまっ――ッ!!」


 体勢を崩され、十分な力が込められていないナイフは頭蓋骨の中ほどで止まってしまい、リアンも反動で空へと投げ出されてしまった。咄嗟に衝撃に備えるが、彼女を受け止めたのは固い大地ではなく柔らかな感触であった。


「アリュマージュ!」


 顔を上げれば、自身を抱きかかえたアリュマージュが笑顔を向けていた。


「大人しくしやがれッ、石ころがァ!!」


 ガルマンは遮二無二になって暴れるボルロックへと一直線に突き進み、そのままの勢いで頭上に刺さったままのナイフへと拳を振り下ろす。その衝撃でナイフは頭蓋骨を穿き、柄まで深々と埋め込まれたボルロックはそのまま一瞬身を震わせると、ゆっくりと大地に伏しピクリとも動かなくなった。


「フゥ……姐さん、やりましたぜ!! このガルマン……あれ? 姐さん?」

「ガ……ン、たすっ……」


 声はすれども姿が見えず。音を探ってよくよく見てみれば草むらの影から助けを求める小さな腕としっぽ、そして聞き覚えのある声。


「にゃふふふふ……つ、ついにミナトちゃんがこの手にっ」

「た、たすけてー!」

「なにやってんだっ、こんのクソジャジャ猫がァ!!」


 残りの一匹をなんとか仕留め終えたセルクルのメンバーも一息ついていた。若干一名、空中へと放り出された青年は目をまわして気を失っているが。


「完全に伸びてるな」

「そのうち目覚めるだろ。あっちもまだかかりそうだし、オレは生き残りがいないか見てくるわ。それとオメェにも世話になったな、エディ!」


 礼を送られたエディは小さく手を振って応え、パトリスは周囲の詮索へと向かった。


「エディ。オレからも礼を言う」

「別にオレひとりのおかげってわけじゃないがな。清黒蝶殿やあのアホ猫もいなけりゃ全部おじゃんよ」

「そうだな。しかし、お前ら(・・・)はみんなアレができるのか?」


 アレとは突進するボルロックの目を射抜いたエディの腕のことであろう。


「へっ、あれくらいで驚かれちゃこまるぜ……って言いたいが今回は、清黒蝶を直に見てオレもド肝を抜かれちまったよ」

「安心しろ、ボルロックの頭上から直接ぶち抜くなんてオレも初耳だ」


 気がつけば、二人はガルマンとアリュマージュに両腕を引っ張られ悲鳴を上げる清黒蝶を見つめていた。エディは飄々とした雰囲気は鳴りを潜め、何かを図るかのように思案する。


「奴はお前たちの予想通りだったか?」

「予想というより常識の外だ。詰めの甘さが目立つが、アイツの能力自体未知数過ぎて判断が難しい。だが……」

「なんだ?」


 より一層目に鋭さを増し、今日一番の真剣な表情を見せるエディ。本来は踏み込むべきではないのかもしれないがケヴィンは思わず聞き返した。


「いや、あと数年でいいケツの女になるんだろうな……と」


 無言でケツを蹴り飛ばされたエディの悲鳴が森にこだました。




 最後にゴタゴタはあったが、なんとか成果を持ってギルドまで帰ってきた一同を多くの人が眺めていた。頭に穴の空いたボルロックの首を引きずって入ってきた時は周囲がざわめき、魔法を使っていない事を説明すると今度はどよめいた。今も職員、冒険者問わずボルロックの首の周りに人だかりができている。


「待たせたな」

「エディさん?」


 特別試験の審査のため待たされていたリアンたちのもとに現れたのは、職員を連れ立ったエディであった。


「へっへーん。実はな、何を隠そうこのオレが試験の審査官だったんだ」

「えっ? そうだったんですか」


 気のない返事にガクッと崩れるエディ。


「おいおい、もっと驚いてくれないとつまんないだろ」

「十分驚いてますよ?」

「オレの考えている十分と程遠いが……まぁいい。ほれ、合格だ。おめでとう清黒蝶殿」

「ありがとうございます」


 手渡されたカードに魔力を流してみると自身の名前と今回の報酬、そして星の数が浮き上がる。


「あれ?」

「どうした? 言っとくが審査は公平にさせてもらったぞ」

「いえ、そうではなくて……これ四ツ星なんですが?」


 今朝まで一ツ星だったはずだが、何度見ても四ツ星が煌めいている。すると後ろからガルマンとアリュマージュも覗き込んできた。二人とも納得顔だったり喜んだりしているが、疑問を感じてはいないようだ。

 すると、エディは理解したのか手を叩いた。


「ああ、そういうことか。実はな、この試験は内容次第でランクアップ可能と書かれているがそこに上限は無いんだ。所謂、飛び級試験ってやつだな」


 そこまで説明されてようやく得心が行った。特別の意味も最初に大袈裟なくらいみんなが驚いていたことも。


「そういうこった。ちなみに評価としちゃ、お前さんの咄嗟の判断と俊敏性は悪くない。だが、少々詰めが甘いところがある。これからも力に甘えずに精進しろよ」


 そこでおおよその話は終わり、その後はガルマンとアリュマージュ、セルクルのメンバーに加え事後処理などの仕事から逃げ出してきたエディを迎えた一同で成功を祝って宴会を開くこととなった。

 ケヴィンは相変わらず黙々としていたが、以外にも酒には弱いことをパトリスにバラされてヘソを曲げてしまったり、意外にも酒に強いルノーに質問攻めにあったり、酔ったフリして襲い来るアリュマージュと鉄拳振り下ろすガルマンを見て笑ったりと賑やかな時間はあっという間に過ぎ去っていった。

 辺りが暗くなる頃にようやく解散となり、互いに礼を交わしリアンも帰路に就く。


「ミナト、チーム作る?」

「ああ。あの話ね」


 横でふわふわ浮いているヨーコの言葉は宴会の途中でエディが発したものだ。




「そういや、お前たち三人はチームじゃないんだよな」

「えぇ。特にそういうわけでは」

「せっかくだから、お前たちでチームを作ったらどうだ?」


 その言葉に三者三様の反応を示した。驚いた顔のリアン、落ち着いた風を装っているがそわそわした態度を隠せないガルマン、そして名案だとばかりに身を乗り出すアリュマージュ。


「二人が中堅というのもあるが、今日見ている限りコンビネーションも悪くないようだしどうだ?」

「それは……考えときます」


 その場は明確な返答をしないままに留まり、その話は終わった。




「正直に言うと、あのふたりが一緒ならありがたいよ。ガルマンはフォローが上手いし、アリュマージュも行動が早いし。でもなぁ……」


 道すがら思い返すのは今日の戦いだ。確かに、今日は二人と一緒で心強かった。それに加えてアリュマージュはすでに乗り気であり、ガルマンも負い目があるのか口にはしなかったが満更でもない様子だ。

 しかし、リアンには学園のこともあるが、元々冒険者として生活しようというわけではなく自由に色々なことを経験してみたいという思いから始めたのだ。今もその考えは変わっていないため、冒険者として生計を立てている二人の邪魔になってしまうのではと考えてしまう。


「ミナト、誰かみてる」

「え?」


 不意に、ヨーコが後ろを見つめながら呟いた言葉で思考が切り替わる。


「後つけられちゃったのかな……」


 唯でさえ目立つ格好にギルドでの騒ぎもある。このまま付けられても厄介なので少し先の路地裏へと入ると、ワイヤーを使って屋根を飛び越え三つ隣の路地へと入った。ここからどう帰ろうかとマップに目を移した瞬間、対象反応が障害物など意に介さないかのように自分へと一直線に向かってきているのを見てリアンの目が否が応にも険しくなる。


「あいつ、まだ来てる」

「うん。できれば敵意がない相手ならいいんだけど」


 自分で言っておいてその予感は当たりそうもないと半ば諦める。基本三階建てのキュレアの建物をひょいひょい飛び越えるなど只者ではないし、何より自身の感がありえないと告げている。


「あいさつだけで帰ってくれればいいな」

「ダメだと思う」

「だよね」


 虚しさにため息をつき、いつものようにワイヤーで空へと飛び上がった。屋根の上へ着地すると、すでにレッドシグナル(敵対反応)へと切り替わった相手が月下に佇んでいた。




「こんばんは、ちょうちょさん」



 UTS-15

 特殊な設計(変態的)で知られるネオスタッド2000をベースに、トルコのUTASマキナ社が開発したブルパップ式ポンプアクション散弾銃。

 ネオスタッド2000から受け継がれた二本のマガジンチューブが特徴であり、マガジン上部のレバーを左右にセットしてどちらか一方に装填でき、中央にセットすれば左右交互に装弾できる。

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