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第十九話 猫と小銃 其ノ二

 リアンの目に映るマップ上では、いまだにマッドボアのいた場所から生体反応が消えていなかった。

 もしかしたら、アリュマージュが仕留めたと言っているが微かに息が残っていたのかもしれない。もしかしたら、ヨーコがなにか誤認しているのかもしれない。

 そういった都合の良い考えから排除するよう教育されたリアンは、最悪の状況を考えてアリュマージュに警告を発しながら駆け出すと同時に、開けた場所を挟んだ対面からいくつもの反応を察知した。


 一方、アリュマージュは頭上から降り注ぐ矢に慌てることもなく身体の軸を倒し、そのまま踊るように双剣をふるうと矢を全て斬り落とした。


「ふふん。こんなんで罠にハメたつもり? ガルマン!」

「チッ!! いくぞオラァ!!」


 すでに駆け出していたガルマンは姿勢を屈め、さらにスピードを上げて目標の樹木へと体当たりをかました。すると、緑色の肌をした小人型の魔物――ゴブリンが二匹、アリュマージュの元へと落ちてくる。


「はい、いらっしゃーい」

「ギャ!!」

「グゲア!!」


 彼女の双剣が円を描くと、歪な鳴き声を漏らしながらゴブリンの首と胴が綺麗に分けられた。しかし、間髪を容れずに離れた場所からさらに多くの矢が飛んできた。

 全て避けつつ森の中へと戻り身を潜めると、同じくガルマンもその巨体を必死に隠していた。


「オイ! やたら反応早かったが、罠だって気づいてたのか?」

「えっ? 別に。ただ、なんとなーくそうした方がいい気がしただけ」

「だろうと思ったぜ……」

「罠なんて強引に突破しちゃえば無いも一緒よ。それで、これからだけど……ってミナトちゃんは?」


 周囲の気配を探るが、彼女の気配はまるで感じられない。


「んあ? ああ、姐さんなら心配いらねえよ」

「ちょっと、それどういう――ニ”ャワ”ッ!!!? な、なに!?」


 突如として鳴り響く、全身を貫くような爆発音。

 一瞬、飛び上がるほど驚いたアリュマージュが音のした方へ目を向けると、どうやらゴブリンたちが陣取っている場所から聞こえてきたようだ。その後も爆発音は断続的に鳴り響き、そのたびにこちらへ飛んでくる矢の数が減っていく。

 アリュマージュは何が起きているのか皆目見当もつかず呆然と眺めていたが、ガルマンは落ち着いて音のする方を眺めていた。


「ちょちょちょっと、なによこの音!」

「落ち着け。きっと姐さんだ」

「そうなの!? じゃあ、ミナトちゃんは何をしてるっていうの?」

「わからん」


 ガルマンの堂々とした答えにガクッっと崩れる。


「ただ、こういう……訳のわからん事を姐さんは平然とやってのける。一つ一つに驚いていたら身が持たんぞ。ほれ、終わったみたいだ」

「えっ?」


 いつの間にか断続的に聞こえていた音は止まり、こちらへ向けられていた敵意も感じられない。不気味なほど静かな森を注視していると、影の中から何者かが悠然と歩いて出てきた。いや、姿形は清黒蝶そのものなのだが、あまりの雰囲気の違いに先程まで談笑していた彼女と同一人物であるのかアリュマージュにはわからなくなってしまっていた。


「ミナト……ちゃん?」


 目の前の存在が本当にそこにあるのか確かめるように呟いた言葉は、彼女の耳に届いた。


「はい?」


 リアンの返事を聞いてアリュマージュはホッとため息をつく。

 その声や首をかしげる仕草、ちょっと血の匂いが混じっているが甘く鼻をくすぐる香り。先程まで正体不明の存在に見えた彼女が明確になる。


「姐さん、ゴブリンは?」

「片付けたよ。何も言わずに飛び出してごめんね」

「片付けたって……全部!?」

「いえ、一匹は逃がしました」


 それでも、発見からこれほど短期間で制圧したことにアリュマージュは驚き隠せない。


「じゃあ、すぐにその逃げた奴を追いかけて仕留めやしょう」

「ううん。逃げたんじゃなくて、逃がしたんだからゆっくりで大丈夫だよ」

「「はい?」」






 ギルドに帰ってきた三人は真っ先にゴブリンの出現を報告した。ゴブリンを討伐した証拠である剥ぎ取った耳を提出して出現場所を報告すると、生真面目そうな受付の男性が一瞬驚いてすぐに真剣な顔になる。


「こんな所にゴブリンが現れるとは……ありがとうございます。すぐに巣の探索依頼を――」

「あっ、巣はもう見つけました」

「えっ?」


 リアンは王都周辺の地図を広げると、ある一点にピンを差した。


「ここです」


 受付の男性が後ろのガルマンとアリュマージュに目配らせすると、二人とも無言で頷いた。

 先ほどの戦いの最中に、リアンは一匹のゴブリンにこっそりメンバーバッジをつけて逃がしていた。マップ上ではある程度離れると反応は消えてしまうが、メンバーバッジをつけていればどれほど離れていても居場所を表示してくれる。本来は相手に仕掛けると言う仕様はないが、ここでは問題なく機能しているようだ。


「あの警戒心の強いゴブリンの巣をいとも簡単に……さすがです。すぐにでも高ランクの依頼をお取次ぎしたいですよ」

「あまり買い被らないでください」


 リアンは世辞として受け取ったが、この場でそう感じたのは本人だけだろう。ずる賢く警戒心の強いゴブリンの巣を見つけるのにどれほど苦労するのかなど、彼女は知る由もないのだから。


「それでは自分たちはこれで」

「あの、少々お待ちください」


 立ち去ろうとするリアンたちにそれだけ言うと受付の男性はそのまま奥へと走っていき、少しすると戻ってきた。


「すみません、お待たせしました」

「どうしたんですか?」

「いえ。実は清黒蝶……ミナト様にギルドから依頼を受けていただきたいのです」

「ギルドから直接か?」


 応えたのは後ろで控えていたガルマンであった。


「ええ。職員が巣を確認次第、正式に討伐依頼を出しますが、巣の場所を直接知っているミナト様が同伴されるとより確実と考えました」

「でも、ボク……じゃなかった、私まだ一つ星なんですが?」

「今回と同じように適正ランクの者と臨時チームという形で認証させていただきます。その為、後ろのお二人にも参加していただきたいのですが……もちろん、指名ということもあり報酬も上乗せさせていただきます」

「のった!!」


 アリュマージュは乗り気なようで、身を乗り出して参加を宣言した。ガルマンはリアンの判断に従うとばかりに黙している。


「わかりました。とりあえず詳しい話しを聞かせてください」

「ありがとうございます」


 その後は話し合いも終わり、三日後に再度訪れることを約束し解散となった。

 冒険者ギルドを出てからもアリュマージュはご機嫌なようでスキップする勢いだ。


「嬉しそうですね、アリュマージュさん」

「むう。もう! いい加減、敬語は禁止!」

「えっ? まあアリュマージュさんがいいならいいです……いいけど」

「うんうん。なんかそこのデカ物より距離あるみたいで嫌だったんだよね。あとさん付けも無しね」

「おい。そんなことより、さっきは詳しい話も聞かずに姐さんを巻き込もうとするんじゃねえよ」

「だーいじょうぶだって。巣ももう見つけたんだし、後は不意打ちにさえ気を付ければ楽勝だよ」

「お前がそれを言うのか……」


 ガルマンは手で頭を抱える。イヤミにも気にした風もないアリュマージュはふふーんと胸を張る。


「まあまあ。もう受けちゃったんだし。それにアリュマージュの直感は先鋒として頼りになるし……もうちょっと周りを見て欲しいけど」

「姐さんがそう言うのでしたら……」

「さすがミナトちゃん。それに、ウチのチームからも何人か出すし任せなさいって」

「本当? ありがとう、心強いよ」

「ニャ~ン。初めてミナトちゃんに感謝されちゃった」


 まさしく猫のような素早さで抱きついてくる彼女、されるがままになるリアン。


「抱きつくのは勘弁。あと、ちゃん付けもやめて」

「なんで? あっ、もしかして照れてる? かっわいい~」

「いや、そうじゃなくて――」


「「「お待ちくださいッ!!」」」


 突然の大声に驚いて振り向く三人の前には、様々な娘たちが十人程集まっていた。中にはキュレア学園の制服を着た娘も見られる。


「あれ? みんな集まって、これからお茶会?」

「みんなって……」

「うん。うちチームのメンバーで、右の娘から――」

「そんなことよりお姉様。清黒蝶を勧誘したというのは本当ですか」

「えっ? うん。清黒蝶……あっ、ミナトちゃんって言うんだけど、強いし賢いし可愛いしできっとみんなとも仲良く出来ると思ってね」


 何故かチームに加わることになっているがリアンにそんな気は毛頭ない。だが、何やら不穏な空気が漂い始め、口を挟めずにいた。


「……お姉様。この間の騒動の後に交わした約束お忘れですか?」

「約束?」

「そうです。もうこれ以上メンバーを増やさないって言っていたのはありませんか」

「あ、あー……それはぁ……」

「これ以上増えるのはもう限界です、お姉様。いっそのこと今、この場で、誰を一番愛しているのか決めてください」

「そうです。そうすれば全ての問題が解決してアナタと二人でどこまでも――」

「ちょっと、なんであんたが選ばれる前提なのよ!」

「さあ、私を選んで。さあさあさあ」


 さすがのアリュマージュも目の据わった彼女たちににじり寄られ、一歩また一歩と後退していく。


「え、えぇ~っと……ほら、私ってばみんなを愛してるから誰か一人っていうのは……ねっ」


 追い詰められた彼女が発した一言に、全員がピタッと止まった。納得してくれたのだろうと思い、ホッと息を吐いたが問題は別の意味で終わっていた。


「そうですか……私を選んではくれないのですね」

「いや、選ぶとかじゃ……」

「もう良いです!! アリュマージュ様にとって私はその程度だったという事です。さようなら!!」

「ああ!! ミーケ!!」


 アリュマージュが必死に呼びかけるが、少女はそのまま走り去ってしまった。


「お姉様!」

「みんな落ち着いて、ね。とにかくミーケを追いかけなくちゃ」

「あの月の綺麗な夜の事……私、一生忘れませんわ。さようなら!」

「ああ!!!! ペルー!!」


 その後も一人、また一人と去っていく少女たち。そしてとうとう、アリュマージュの前には誰もいなくなってしまった。

 夕日をバックに立ちすくむ彼女がゆっくりと振り向く。


「えへ。やっちゃったニャ」


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