第十八話 猫と小銃
別に大きな夢があるとか、生活に困窮していたというわけではない。
学園生活にも慣れ、せっかく王都で過ごしているのだからもっと色々なものを見聞きしたいと思い、様々な依頼が集まる冒険者ギルドに興味を持っただけだ。ランクが上がれば討伐依頼や護衛依頼もあると聞き清黒蝶の姿での登録を余儀なくされたが、恥ずかしいということ以外さほど問題とも思っていない。
「おい、アレって」
「ニセモンだろ。どう見てもガキだしよ」
「お前、西区で起きた騒動のこと聞いてないのか? 見た目はガキだが、誰にも真似できないって言われるほどの暴れっぷりらしいぞ」
「ちょっと声かけてこいよ」
「なんでオレが。お前いけよ」
周囲の話し声に気にした風もなく、清黒蝶ことリアンは掲示板に張り出された依頼書を眺めていた。
(星一つじゃ、探し物や荷物運びばかりか。とりあえず……)
「ネエネエ」
「えっ?」
直接声をかけられ振り向くと、三つ編みでまとめた灰色の髪を膝裏まで伸ばした女性が立っていた。何より目に付くのは頭に生えた二つの猫耳だ。
(獣人種のミュウキャット? これだけ近くで見るのは初めてだな)
獣人種は動物的特徴を兼ね備え、遠い南の大樹海に国を持つ種族である。リアンも珍しくではあるが王都で見かけることがある。
「キミでしょ? 清黒蝶ってのは」
口に笑みを浮かべて、リアンをくまなく見つめる。バイザーに隠された素顔のさらにその奥、心の内まで覗き込むような視線に対してリアンは何も言わず見つめ返したままだ。
「ミナトって言ってたっけ? まさかこんなところで清黒蝶様の名が知れるとはねぇ」
「私になにか?」
「まずはお話でもと思ったけど……まあいいニャ。アナタ、あのフルーヴ王宮伯の御抱えってのは本当?」
その問にリアンは首を振る。
「いえ。王宮伯には一宿一飯の恩を返した事はありましたが、特に誰かに仕えているわけではありません」
確かにフランとは仲良くさせてもらっているが誰かに仕えていると言う事実はないので、適当に誤魔化しておく。そういった噂が流れていたのだろうか、周囲には驚いた顔をした人がちらほらいた。
「なら問題ないね。アタシはアリュマージュ。ミナト、無所属ならウチのチームに入らない?」
「せっかくですが、遠慮します」
一瞬の思案もなく断られたアリュマージュは表情を変えず、むしろ顔を近づけてくる。
「そう言わずに、ちょっと見てくだけでもいいからぁ。こう見えてもウチは中々デカイとこだから待遇も保証するよ」
顔を押し退けながら、なんなのだこの女性はとリアンが思っていると周囲のヒソヒソ話が聞こえてきた。
「アリュマージュの奴、清黒蝶まで勧誘しだしたぞ」
「ああ。若く可憐な女が大好物だからな、あの女好きのメス猫は」
等と、リアンとしては聞きたくなかった情報が入ってくる。
今日は諦めて帰ろうかと思し始めてきた時、突如二人の間に大きな手が割り込んできた。
「それくらいでやめねぇか」
「なんだ。牢屋にぶち込まれたと聞いていたけど元気そうじゃない」
「ガルマン!」
リアンからは殆ど背中しか見えなかったが、間違いなく西区で戦闘を繰り広げたガルマンであった。名前を呼ばれたガルマンは勢いよく振り返り、土下座するかのように跪いた。
「あ、あの時は大変お世話になりました。まさか姐さんに覚えていてもらえるなんて……こうしてまた一から歩き始める事が出来たのも、姐さんの熱き魂がオレに大切なことを教えてくださったからです。もう腐ったりなんかしやせん」
「そっか……あともしかして姐さんって私のこと?」
「へい、姐さん! 冒険者登録をされたそうですがこのガルマン、長いこと冒険者をやってますのでよければなんでも聞いてください」
その顔には、西区で見た淀みや何かから目を背けているような感じはない。口調こそ荒っぽいがそれは元からなのだろう。少し安心し、まずは姐さん呼びを断固訂正してもらおうとした時。
「ちょっとちょっと、アタシが話してたのに邪魔しないでよ」
「なんだとぅ? 大体お前、女ならいっつも囲ってんじゃねーか」
「それはそれ。だって、こんなに可憐な雰囲気を醸し出す美少女ほっとける訳ないって。是非ともアタシが、この手でその素顔を解き明かしてあげたいじゃないの」
「てめっ! どさくさに紛れて姐さんに触ろうとすんな」
「うっさいニャア。いいから外野は引っ込んでなさい。ミナトちゃんに汗臭いのが匂いがうつるでしょ」
「言わせておけば! 姐さん、こいつは冒険者の事を教える気なんてハナっからありはしません。ついて行っては駄目です」
「失礼ね。冒険者のいろはから終わった後のリラックス方法までちゃ~んと、教えてあげられるわよ」
リアンは三歩引いた。
「やっぱりおめぇに任せるとロクなことになりそうもねえ」
「チームを解散させられたあんたよりマシよ」
「くッ……それを言うならおめぇ、また内輪揉めで注意を受けたそうじゃねぇか」
「あれはアタシへの愛が強すぎた故の事故よ」
「なにが事故だ。その時の気分でよく考えもせず行動するからだろうが。オレがチームをまとめあげる器じゃねぇのは事実だが、オメェだけには言われたくねぇよジャジャ猫」
「ほんっと失礼な奴ねアンタ。そこまで言うならどっちが教えるのに相応しいか決めてもらう?」
「おうよ! 後で吠え面かくんじゃねぇぞ」
二人の視線が、リジュから差し出された紅茶を飲みながら事の成り行きを見ていたリアンへと向けられる。
「えっ? なに?」
王都から南に位置する森林の中を三人の男女が歩いていた。
「じゃあ、やっぱり商売を邪魔された腹いせに?」
「ええ。ですが、オレんとこにきた奴は連絡係だけで依頼主は一回も来やしませんでした」
「アンタそんな怪しい依頼よく受けたわね?」
アリュマージュを先頭にリアン、ガルマンと続いている。
3人が受けた依頼はこの森に生っているリーン草を納品するというもの。この草はポーションの材料としても使われ、常に依頼書が張り出されている。しかしこの森は魔物が出没するため、本来であれば一つ星のリアンでは受けられないのだが、そこは共同依頼ということで認可された。
「どうせ、子分たち食わす金がなくなったんでしょ。アンタんとこ中堅から中々上がれない癖に手下ばっか増えてったし」
「……」
ガルマンが押し黙った。どうやら事実なようだ。
リアンもこのへんのことはフランから状況を聞いていた。寄せ集めからはじまったガルマンのチームは最初こそ順調だったが、ある時から伸び悩むようになった。また、来るものを拒まなかったため維持費だけが増え、運営資金に困り果てていたところに裏の依頼を持ちかけられたこと。
ガルマンを擁護する気も同情する道理もリアンは持ち合わせていないが、それとは別に黒幕をボディアーマー着用で2、3発程殴ってやりたくなる。
「子分さんたちはどうしたの?」
「あいつらはオレが情けないせいでこんなことになっちまいましたからね。身の回りのもん売り払ったり、残ってた金持たせて故郷へ帰すなり、古いツテに頼んで他のチームに入れてもらうなりしてもらいました」
「身の回りって……まさか武器持ってきてないのって売っちゃったから!? あっきれた~」
「なぁに、元はこの拳一つでチームを立ち上げたんだ。問題ない」
「これだから男は……特にアンタのまわり男ばっかだったから臭いったらなかったニャ。それに比べてリアンちゃんはいい匂い……はあ~もっとこっちおいで」
おいでと言いながらアリュマージュがリアンの方へ駆け寄って抱きついてくる。
「コラッ! ちゃんと前方警戒しやがれ!」
「アハハ……」
「そういえば、ミナトちゃんが担いでるそれは魔器かなのかニャ?」
抱きついた時に触れた、硬く冷たい感触。王都を出てからリアンがいつの間にか担いでいたソレがアリュマージュは気になっていた。
「いえ、《M4A1》って言う銃ですよ。普通のとは……ちょっと、違うけど」
「銃!? ソレが?」
「オレが見たのよりデカイですが、そいつからも魔法が飛び出たりするんですか」
「これは魔法は出ないよ。ただ、爆発的な音が出るから注意して」
「銃から魔法が出るだのなんだの、清黒蝶が魔器コレクターって噂は本当らしいね。ソレもなにか特殊な能力があるんでしょ?」
「そんなことないですよ。普通です」
そう。ゲーム基準であるため、暴発しないことを除けばいたって普通の〝小銃〟である。
その後もギャーギャー騒ぎながら進む一行だが、なんだかんだ不安もあった彼女にとってこの賑やかさはありがたくもある。巻き込まれ体質である彼女ではあるが、もし本気で嫌ならば有無を言わさず断っている。
ふと、先頭を歩くアリュマージュが足を止めた。
「止まって」
先ほどのふざけた雰囲気は既に霧散し、鼻をすんすん鳴らしている。
「この先から魔物の匂いがする」
リアンはマップを拡大させると確かにそれらしき反応があった。
「リーン草はすぐそこだというのに。しかし変だな。魔物が出てくるのはもっと奥のはず」
「匂いの強さからして手負いだね。リーン草を食べに来たんでしょ」
「うーむ……もっと奥にもリーン草の群生地はあったはず。何故ここなんだ」
「たまたまじゃないの? ほら、行くよ」
不敵に笑って腰に差した双剣を抜くアリュマージュ。ガルマンも渋々手になめし革を巻き、リアンは背負っていたM4A1を引き抜きコッキングレバーを引く。
足音を立てないよう慎重に進むと、こちらに背を向けて木に寄りかかるマッドボアを発見した。その先には目的のリーン草が生い茂った開けた場所が広がっている。
「いたいた。それにしても血の匂いがキツいニャア」
「やはりおかしい。怪我をした獣が、あんな開けた所で身体を休めているなんざ」
「なんにしてもチャンスだね。ミナトちゃん、ちゃんと見ててね」
ガルマンは躊躇っているようだが、それなりの値段で引き取ってもらえるマッドボアを前にアリュマージュは既に狩る気満々だ。
「おい! 無闇に飛び出すなって」
ガルマンの制止も振り切りアリュマージュは駆け出していってしまった。
驚くべきはスピードよりもそのフットワークの軽さだ。目標までに障害物となる木を避けながら駆けているというのに全く速度を落としていない。まさに駆け抜けると言う言葉がピッタリだ。
あっという間にマッドボアの背後へと躍り出ると、そのまま通り抜けざまに斬りつけた。マッドボアは小さく呻くとピクリとも動かなくなった。
「ふふん。楽勝ね」
アリュマージュは振り返りながら不自然な点に気がついた。マッドボアの足が全て折られていたのだ。
骨折してここまでたどり着いたのではなく、まるで動けないようにされてここに置き去りにされたような。
「アリュマージュさん、上だッ!!」
リアンの警告とアリュマージュの頭上に矢が降り注いだのはほぼ同時であった。