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第一話 XY‐DAY

 Electronic sports。


 通称eスポーツが世界中で競技人口を伸ばし、広く認知された時代。

 

 その人気は凄まじく、四年に一度行われるeスポーツ版オリンピックである《e-World》が各国で開かれ、より一層電子世界を盛り上げている。アメリカで開催された今大会も大いに盛り上がり、各メディアも自国の代表の活躍を大きく報じていた。

 そんな中、試合会場の外にあるベンチでウトウトしている日本人が一人。


「……きろ……おい! 起きろミナト」

「……んぁ。あれ、どうしたの?」

「どうしたじゃねーよ。そろそろオレたちの番だってのっ」

「あー……りょーかい今行くよ」

「ったく。次はフィンランド戦なんだから気合入れろっての」

「おっけー。ボクも、もうバッチリ目が覚めたからさ」


 ミナトと呼ばれた彼の名前は明石(あかし) (みなと)。プロゲーマーチーム《コガラス》の一員であり、近未来の世界を舞台にしたFPS《LEADING PERSON(通称LP)》の種目に日本代表として参加している。


 eスポーツが盛り上がっている理由はバックアップの充実もあるが、大きな理由はVRゲームの進化にある。

 大歓声に迎えられた選手たちが席に着くと、そこにはコントローラーもディスプレイもない。あるのはシールドのないフルフェイスのメットだけだ。選手達がメットを被ると当然視界は真っ暗になる。しかし次第に明るくなってきたかと思うと、いつの間にか全員が荒れ果てた古城跡に立っていた。変化はそれだけではない。ミナトは先程よりもガッシリした体型になって顔は黒いフルフェイスで覆われている。腕を振って、キャラクターの操作性を確かめると満足したようにスタンバイに入った。

 脳波を感知して操作する《BCシステム》。まるでゲームの中に入り込んだかのようなリアル感があり、その世界では自身が作ったキャラクターになりきって遊べるにシステムに世界は夢中になった。


『いくぜ、ミナト!! いつも通りタイミングはお前に任せる』

『了』


 そしてついに試合開始の瞬間がやってきた。


『3……2……1……GO!!!!』

――――

―――

――




「……んぁ。あれ?」


 暗い部屋の中で少女が目を覚ました。華奢な体に巻かれた包帯が痛々しくもあるが、気にした風もなくベッドから起き上がる。


「前世の夢を見ちゃうなんて不思議な気分。しかも男とか……」

「あっ! リアン起きたんだ」


 明るい栗色の髪とクリッとした目が可愛らしい少女が扉を開けて入ってきた。リアンと呼ばれた少女は驚くことなく微笑んで応える。


「ステラ。いつも言ってるけど入るときはノックして」

「でもリアンと私の仲に壁はないんだよ?」

「なにそれよくわかんない」


 親しき仲にも礼儀あり、というのは日本人であった自分の独特な感覚なのだろうかと少し悩む。

 ステラは水が入った木桶と体を拭くための布をリアンに渡すと、ベッドの脇に椅子を置いて座る。


「ありがと。あとは自分で片付けるから大丈夫だよ」

「ううん。ここにいる」

「そう?」


 特に気にせずリアンが木桶を覗き込むと、そこには綺麗な黒髪を短く切りそろえた少女が映りこんでいた。


(子供の頃は女の子みたいって言われてたけど、まさか本当に女の子になるなんてね……)


 心の中で乾いた笑いが出る。子供の頃というのはもちろんミナトの時のことだ。




 グリムベアーが動かないことを確認したリアンはすぐさまその場を離れようと立ち上がったが、不意に足元でゴトッという音がした。

 視線を落とすと、自身が手にしていたはずのAA‐12。


 その瞬間、脳内麻薬によって忘れていた痛みが全身を走り、その場でうめき声を上げながら崩れ落ちた。特に右腕と左肩が酷く、物を持つどころか動かす事もままならない。

 薬袋を咥えながら、なんとか這う這うの体で孤児院までたどり着いたがそこから先は記憶がなく、話によると丸一日間泥のように眠っていたようだ。


 目が覚めたとき目の前にいた院長先生に長い長いお説教をくらったが、最後に抱きしめられた時のぬくもりは本当に安心した。


(まぁ、薬が効いたみたいでよかった。あの効き目はさすが魔法の薬。でも、なんでシクイムシが……シクイムシはこの辺には生息していないはずだけど)


 シクイムシは毒を刺した相手に卵を産みつけ、僅か一週間で孵った幼虫がその名の通り死肉を漁る魔物である。しかし、この辺に生息しているとは聞いたことがない。


 顔を拭きながらそんなことを考えていると自然と顔が険しくなる。


「リアン、まだ痛いの?」

「あっ、ううん。院長先生が治ってよかったなって」

「……でも、リアンも死んじゃうところだったんだよね? 私がお願いしたせい……だよね……」

「そんなことないよ。ステラがお願いする前からボクはああするつもりだったから。だからこれはボクが反省することだから、ステラは気にしなくてもいいんだよ」


 深く落ち込んだ様子のステラを慰めるように言ったが、その顔は晴れない。それどころか今にも泣き出しそうだ。


「違うのっ。いっつもなんでもできちゃうリアンが、あの日ボロボロになって帰ってきて、眠ったまま目を覚まさなくて……初めてリアン死んじゃうかもって思ったの。そしたら……そしたら……」


 ステラは不安に押しつぶされそうになるのを堪えるようにギュッと手を握ると、遂に涙が溢れ出す。いつもリアンの後ろをついてきて、何かと自分を頼ってくる妹分。院長先生が倒れたあの日も『先生を助けてっ』と自分を頼ってきた。

 しかし、今はそのことを後悔しているのだろう。

 そんなステラを引き寄せ、リアンは院長先生がしてくれたように優しく抱きしめた。


「大丈夫。ボクはいなくならないよ」

「……ほんとに?」

「うん。だから泣かないで。もう少ししたらまた一緒に遊べるようになるから、ね」

「……うん」


 不安は和らいだようだが今度は少しポーっとしている。


「ステラ?」

「リアンなんか変わった?」


 首をかしげながら聞いてくるステラ。

 変わったかと聞かれれば変わったのだろう。なにせ前世の、それも異世界の頃の記憶が蘇ったのだから。


「そ、そう?」

「うん。前から大人っぽかったけど、今はもっと大人みたい。それになんだか男の子と喋ってるみたい?」

「ボク、男の子っぽいって言われるからね」


 自分で言っておいて不思議に思いながら苦笑いで応える。

 元々自分のことを女の子だという自覚が薄く、『ボク』という一人称を使い続けたり男の子と遊ぶことが多かったりと、見た目の可憐さとは裏腹に活発な少女であった。

 向こうの記憶が蘇ってからはそれが如実になり、自分のことを女の子だとは認識していない。とは言え、この体そのものは少女のモノであるため男性だとも言い難い。


(どこかで区切りをつけなきゃいけないんだろうけど……)


 身体を拭き終えた後ステラに桶を渡し、礼を言うと笑顔で部屋を出て行った。




「……いい子」

「うん」


 リアン以外誰もいないはずの部屋から、か細い声が聞こえる。リアンが部屋の隅に視線を向けると、先程まで誰もいなかった場所に左右に白いメッシュが入った黒髪を肩で切り揃え、和装に身を包んだ少女が佇んでいた。

 正確に言えば、少女は初めからこの部屋にいたのだ。リアン以外には見えていなかっただけで。


「傷……痛い?」

「医療キット使ったから、もう平気。でも一晩で直しちゃうと不思議に思われちゃうからね。それより、話の続きいいかな?」


 こくんと頷く少女。実はリアンが前世(ミナト)の記憶を持ったまま生まれたのは、この少女が深く関係している。

 目覚めた日の深夜にこの少女が目の前に現れて、自分を神だと言った時にはどう対処したものかと思ったが、話を進めるうちにミナトだった頃の記憶や死に際の光景が蘇った事で真剣にならざるを得なかった。




 ミナトの死。


 それはとある店で世界大会の打ち上げの最中、麻薬中毒者が起こした銃乱射事件に巻き込まれた為だった。

 混乱する店内で肩を撃たれ壁に叩きつけられたミナトは、霞む視界に呆然と立ち尽くす一人の少女が映った。そのままフラフラになりながらも少女のもとへ駆け寄り、驚く少女を片手で抱き上げ逃げようとしたが、一発の銃声と背中への衝撃を最後に全身から何かが抜け落ちた様にその場に倒れた。体から様々な感覚がなくなり、血だまりを作りながら最後の力で抱えた少女の方を見ると驚きの表情のまま何かをしゃべりかけてくる。

 安堵と僅かな後悔の中、ミナトの意識は暗闇へと沈んでいった。




 そして現在、抱えていた少女は目の前で自らを神だと名乗っている。あまりの内容に、一旦小休止を挟まなければリアンの頭がどうにかなってしまいそうであった。


「もしかしてボクはあそこでは死なないはずだった……とかなの?」

「関係なく死んだかもしれない。私にはわからない」

「神様なのに?」

「私はヒトの心から望まれ、生み出された神」

 

 どうやら問答無用の全知全能というわけではないらしい。神という存在が如何なるものかわからないが、彼女が言うには望まれたから神として生まれたとのこと。


「でも、干渉できないはずの私をあなたは助けようとしてくれた。なにか報いたかった」

「それで、二度目の生……ね。でもどうしてLPの装備が使えるの?」

「あなたがもっとも得意だったから。あなたの助けになると思った」

「そう……」


 本来であれば混乱を防ぐためにもう少し緩やかに記憶が蘇るはずだったが、危機的状況のため急遽記憶を蘇らせ能力も覚醒させたそうだ。

 それを聞いてリアンは頭が痛くなった。この神とやらは良かれとやっているのかもしれないが、自分の死の記憶が残っているうえに地球ではない魔物が闊歩する異世界に産み落とされたのだ。

 それにLPはスポーツであり、現実で撃ちたいと願ったことはない。死因が銃なら尚更だ。


「わかった。もういいよ。でも、どうして女の子の身体なの?」


 どこか投げやりに応えるリアン。未だ受け入れ難い部分も多いが、とりあえずこの体について聞いてみた。


「たまたま。性別は重要?」


 聞かれた方は首をかしげる。


「それなり以上に」

「でも世界……とりわけ日本では、男性も女性の肉体を構築することが多い」

「あぁ、うん。でもそれはゲームであって現実じゃ」

「現実? 違う? 私はあなた達が言う電子世界に生まれた。違いがあるの?」


 リアンは絶句した。どうやらこの神様は生まれて間もないようで、知識はともかく常識がズレている。そしてそれを見聞きするために外の世界に出てきたらしい。

 本来は姿もなく干渉できないはず存在とのこと。


「えっ。じゃあその姿は?」

「みんなみたいな仮初の体が欲しかった。最初に目にとまったやつを参考にした」


 要は人の真似をしてみたかったのだろう。リアンはこの子が認識したのがネタキャラじゃなくで本当に安心した。


(しかし、電子世界に生まれたって……知識が偏っているのもそのせいか)

 

 教えなければならないことが色々ありすぎて頭を抱えたくなる。


「ちなみに、君の力を使えばボクを男の子にすることもできるの?」

「ダメ」


 なんとなしに聞いてみたが、返ってきた答えは実に簡潔であった。


「……えーっと、なんで?」

「こっちで決定された現実を改変させる力はない。それに世界を断ち切ってあなたの心に憑いてきたから、私に出来ることはそう多くない」


 無言。

 自分に二度目の生を与えサポートするために、この神は片道切符で世界を超えたのか。この割り切りは神ゆえか、それとも生まれたばかりという童心からか。


「はぁ……なんだか疲れちゃった。今日はもう休むよ」

「そう。必要なら呼んで。すぐでる」

「うん……あれ?そういえば名前は?」

「名前?」

「もしかしてないの?」


 こくんと頷いて暫定する。


「じゃぁ…………ヨウコ」

「ヨーコ?」

「うん。昔……ミナトの頃、友達に登山に付き合わされたことがあってさ。登ってる最中の事はよく覚えてないんだけど、山頂から見た景色とその山にまつわる鷹の伝承がすごく印象的だったんだ。ボクが好きなその山の名前から文字って鷹に古でヨウコ。ダメかな」

「……かまわない。私が必要な時はそう呼んで」


 そう言って霞のように掻き消えた彼女の感情はわからないが、なんとなく名前を気に入っていたような感じがする。

 静かな部屋でベッドに横になると色々な思いが頭を駆け巡るが、ステラとの約束もあるので今は体を休めることに専念して瞼を閉じた。


よろしければなろう用twitterも覗いてみてください。


twitterアカウント・@J_melzel

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