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番外編 エイムストラとおまけ

 始まりはディヌオ家の息女が持ってきた一冊の本であった。


「清黒蝶ってすごいね!」

「ええ。私たちと歳は同じくらいなのに、強く、美しく、そして勇敢。私も憧れてしまいます」

「気に入っていただけたようでなによりです」


 ベッドに入ったままのアスピナルと、傍らに腰掛けるエイムストラが目を輝かせて一冊の本を見つめている。

 そして椅子に腰掛けた金髪癖っ毛の少女。王都北区を管理するフルーヴ王宮伯の娘、フランソワーズ・ディヌオが二人を微笑んで見つめている。


「しかし、口惜しい事に私の稚拙な文章では彼女の魅力を十全に表現しきれていないのです。彼女のたくましさ、美しい黒髪、輝き、やさしさ、そしてきれいな黒髪。それらはいくら書いても書ききれないほどです」


 熱く騙るフランに、アスピナルが驚いたように口を開く。


「まあ。この清黒蝶という方はそれ程までに魅力ある人物なのですね」

「恥ずかりがり屋なのか本名や詳細は秘密にされていますが、見ればきっと驚きの連続ですよ」


 その後も賑やかに三人の会話は続いたが、不意に部屋の扉がノックされた。


「失礼します。フランソワーズ様、迎えの馬車が到着いたしました」

「あら、もうそんなお時間ですか。それではエイムストラ様、アスピナル様、ご機嫌よう」


 挨拶を交わし、立ち去っていくフランソワーズ。


「それにしてもすごいね。光のしもべって書いてるけど、僕たちと同じ光魔法の担い手なのかな?」

「ええ……」

「どうしたのアスピナル? もしかしてまた魔力が!?」

「えっ? ああ。そうじゃなくて、ただ、羨ましいな……って」

「あっ……」


 二人の時だけの砕けた口調で話すアスピナルが何を言いたいのか、エイムストラは理解した。


「大丈夫だよ。先生も良くなってるって言ってたじゃないか」

「でも、魔力が安定して暫く経つお兄様に比べて、私はまだ……それに例え良くなっても、自由に外を飛び回りたいなんて願い叶う事も……」

「アスピナル……」


 ナクアビの子として生まれた二人は、その強大な魔力が身体に馴染むまで辛い日々を過ごしてきた。エイムストラはすでに魔力も安定しており、アスピナルも快調に向かっているのだが、嬉しい半面本当に良くなるのだろうか、という不安から気持ちが落ち込みやすくなっているのだろう。

 そして、その気持ちはエイムストラには痛いほど理解できた。




 その日の夜、衣装室からこっそり拝借したアスピナルの服と、廊下に飾られていた黒い面をつけたエイムストラが部屋を抜け出して庭の木を登っていた。いつ見回りが来るかわからない為、なるべく音を立てないように風の魔法を使わずにこっそりと二階にある妹の部屋のバルコニーを目指す。


(待っててね、アスピナル……いま……行くからね、っと)


 無事、部屋の前にたどり着いてホッと一息つく。


「よし。あとは―――光よ。深く潜め」


 そう唱え頭に手をかざすと、たちまち銀色の髪が黒く染まった。

 指定した対象を黒く見せることができるこの魔法は、光属性であるエイムストラとアスピナルが偶然発見したもので、この二人以外には知られていない新魔法である。

 エイムストラの計画では清黒蝶の書物にあったように、月の光をバックに華麗に登場するというもの。正体がバレないように声も高めに意識していざ、突入を試みる。


「あれ?」


 悲しいかな、しっかりと施錠されたガラス扉はエイムストラの侵入を拒んでいた。

 あまりにも当たり前な現実を前に慌てて開錠を試みるが、そんな技術を持ち合わせているはずもない。


「どうしよう。もたもたしてたら見回りが」


 仕方なく、本日の計画を諦めて登ってきた木に足をかけて慎重に下りる。


「うん、しょ……あ、あれ? ッ!」


 暗闇に惑わされ、足を滑らせてしまったエイムストラはお尻から地面に着地してしまった。痛みに体が震えるが、なんとか大きな声を出さないよう我慢できた。その時、誰かが近づいてくる気配を感じた。


(もう見張りの時間!? 逃げなきゃ)


 女装して庭を散歩していた等と祖父の耳に入ればどんな叱りを受けるか、想像するだけでも泣きそうになってくる。

 急いで離れようとするが、見慣れた敷地の見慣れる暗がりに惑わされてどんどん屋敷から離れていってしまい、遂には敷地内からも出てしまった。


「やっちゃった。これじゃ次の交代時間まで戻れない……じゃ、じゃあ仕方ないよね」


 誰に言い訳してしているのかエイムストラは呟いた。実を言うと彼はこの状況にわくわくしていた。いままで軟禁生活を強いられ、冒険どころか王都すら満足に歩けなかった自分が一人で外に出ているのだ。不思議な高揚感が少年を包み込む。自身の格好を忘れさせるほどに。


「アスピナル、ごめんね。いつかアスピナルも連れていってあげるから」


 エイムストラは自身に風の魔法をかけて、草原を飛ぶように駆け出す。まるで勇者が冒険への一歩を踏み出すかのような気持ちで。


 光魔法の加護によって夜の暗がりを見通せるエイムストラは、あっという間に王都中央までやってきた。屋根から屋根へと飛び移りながら、中央広場を見下ろす。


「わぁ!! すごい、誰もいない」


 馬車の窓から眺めた中央広場はいつも多くの人で賑わっていた。しかし、月明かりに照らされた広場は静かな水の音が聞こえてくるだけだ。そんな当たり前のことにも興奮しながらエイムストラはどんどん先へ進む。


「やだーッ!!」

「ん?」


 ふと、なにかを泣き叫ぶ女の子の声が聞こえた。声のした方を見てみると一件の家屋の前で母娘がなにやら揉めているようだ。


「もう遅いから、明日探しましょう?」

「でもでも」

「ほら、夜は絶対外に出たらダメって約束したよね。それにもうすぐパパが帰ってくるから、おウチにいないときっと寂しくて泣いちゃうかもしれないよ」

「うー、わかったぁ」


 女の子が母親のあとに付いて家の中に入ろうとした時。


「どうしたの?」

「えっ?」


 突如、仮面をつけた人物が空から降ってきた。母親は気がつかずに水場で洗い物を始め、少女は混乱したまま立ち尽くしている。そんな少女にエイムストラはできるだけ優しく話しかける。


「なにか、失くしちゃったの?」


 少女はこくんと頷いた。






 腰に剣を携えた男が、肩を抱きながら夜の街を歩く。やがて、愛する家族が待っているであろう自宅の前につき扉を開けた。


「うう。最近さみぃなあ。おおい、帰ったぞ」

「パパおかえりー」

「おー、まだ起きてたのか。そんな悪い子はこうだ」

「キャハハ。パパのほっぺつめたーい」

「おかえりなさいアナタ。待ってたのよ」

「ただいま。何かあったのかい?」


 なにやら深刻そうな顔をした妻に男は向き直る。


「あのね、きょうパパからのプレゼントをどっかにおとしちゃったの。ごめんなさい」

「プレゼントって髪留めかい? でも、ちゃんと持ってるじゃないか」


 抱きしめた娘の手には先週、誕生日を迎えたお祝いにプレゼントしたきれいな赤と緑の石が両端についた髪留めの紐が握られていた。


「まさか!? 探しに行ったのかい? こんな夜更けに……」

「いえ、違うの。正確には見つけてもらったの」

「見つけてもらった?」

「うん! あのね、せいこくちょーさまがみつけてきてくれたの」


 警備強化と監視のために北区衛兵隊から西区に送られた男に伝えられた話は、翌日には上へと報告された。

 そしてその話は後日、双子の兄妹にも届くこととなる。


「まあ。それは本当なの?」

「ええ。ここで衛兵を勤めていた者の家族が、漆黒の仮面と衣服に身を包んだ少女に助けてもらったそうですよ」


 メイド長の話をアスピナルは目を輝かせて聞いていた。一方、椅子に腰掛けたエイムストラはうつむいて、よく見ると若干震えている。


「お兄様?」

「エイムストラ様、如何なさいました?」

「ウぇッ!? な、なんでもナイヨ!」


 そう言うエイムストラの目は泳ぎ、声は上ずっている。


「今日は乾燥していますから喉の調子がよろしくないさそうですね。いま水をお持ちいたします」


 メイド長は盆を持って部屋から出て行く。


「お兄様はどう思う?」

「ど、どうって?」

「もちろん、清黒蝶のお話。王都に現れたと言う話を聞いた時、私ワクワクしちゃった」

「そう、だね。うん」


 エイムストラが使った夜を見通す加護は光を増幅させるため、光を反射する物は日中よりも見つけやすい。女の子が昼間通ったと言っていた中央広場の噴水の近くに、赤と翠のきれいな石のついた髪留めをすぐに見つけたのまではよかったが、自身の格好の事をすっかり忘れていたエイムストラは見事清黒蝶と見間違えられていた。


(ど、どうしよう。僕は本物じゃ……でもでも、言い出せるわけ)

「お兄様。私、頑張ってみる」

「えっ?」


 顔を上げて妹に目を向けると、その目には強い決意が表れていた。


「早く元気になって、それで清黒蝶を一目でいいから会ってみたい」

「アスピナル……」

「今まではこのお屋敷から出れないなんて思っていたけど、それでも諦めない。……だから、お兄様も手伝ってくれる?」

「も、もちろんだよ! アスピナルは絶対すぐよくなる。そうしたら一緒に清黒蝶を見に行こう」

「うん。清黒蝶が王都に留まっている間になんとしても外に出られるようにならなきゃね」


 この日から、エイムストラは妹の為に清黒蝶の存在をアピールし続けた。アスピナルは気持ちが前向きになったおかげか、どんどん快調へと向かった。






 しかし、行き当たりばったりで始めた隠し事がいつまでも続くはずもなかった。幸いにして、素顔を観衆に晒されることはなかったが、そうなってもおかしくはない状況だった。


「やはり、あなただったのですね。エイムストラ王子」


 逆光で表情は見えないが、自身のよく知る金髪で癖っ毛の少女が立っている。


「フラ……ン……」


 肉体よりも精神が疲弊しきっていたエイムストラは、そのまま倒れ込むように気を失った。






「……ん、うぅ」

「お気づきになられましたか?」

「フラン? ここは……」


 エイムストラが目を覚ますと見慣れぬ天井と、自身を覗き込んでくるフランソワーズの顔が視界に入る。


「ご安心を。ここでは私と爺や以外、誰にも話しを聞かれる心配はございません。それでエイムストラ様。話していただけますね?」

「……」


 真剣な眼差しを向けられ、エイムストラは事の顛末を全て話した。フランは全て聞き終わるとため息をついてみせる。


「なるほど。アスピナル様の為ですか。確かに、最近はとても明るく元気になられた聞きましたが」

「う、うん」

「ですが、それとこれとは別です。清黒蝶と名を偽り、皆を騙したのですから」


 その言葉にシュンとするエイムストラ。


「フラン。僕はこの後どうすれば」


 その言葉にフランは顎に手を当てて考え込むと、何かを思いたようにその目が怪しく光る。


「そうですね。まずは清黒蝶本人に謝罪でしょうか」

「そ、それはもちろん……」

「まあ、良くて日の当たらない地下部屋にて生涯過ごすくらいで許してくださるでしょう。それで王族が女人の格好して街中を歩いていたなんて事が世間に知られることもありません。ご安心ください」

「うッ……!」


 エイムストラの言葉が詰まる。だが次の瞬間には、決意をしたようにフランにちょっと潤んだ目を向ける。


「わ、わかったよ! だけどフラン」

「はい」

「どうかアスピナルには秘密にして欲しい。僕のことは、どこか遠い異国の領主の養子になったとでも言って欲しい。フランにしか頼めないんだ」


 そう言って頭を下げる。本来であれば臣下に王族が頭を下げるなどありえないが、エイムストラはそれほどの気持ちで頼んでいる。自身の罰よりも、いまのアスピナルに心傷を与えればどんな影響が出るかを考える方がよっぽど怖い。

 そんな王子の姿にフランは静かに口を開いた。


「エイムストラ様」

「うん」

「嘘でございます」

「…………えっ?」


 たっぷり十秒の沈黙からエイムストラが出せた言葉はその一言だけだった。


「申し訳ございません、エイムストラ様。彼女はそのようなことをおっしゃる方ではありませんよ。ですが、本来はいま言った以上のことも覚悟せねばならなかったのですよ」


 リアンがまったく気にしていないため今回の件は落ち着いたものの、本来であればとんでもない事態なのだ。だからこそフランはエイムストラに、相手の好意に甘んじるようなことがあってはならないという事を教えたかった。若干の悪戯心がなかったとも言い切れないが。


「う、うん……本当に閉じ込められない?」

「はい。たぶん」

「えっ?」

「さて、そろそろお屋敷に戻らねばなりませんね。ですが明日にはちゃんと謝罪に行きますよ」

「あっ、うん。わかった」

「ええ。折角ですので、それ相応の衣装も用意せねばなりませんね」

「衣装?」


 この時、妙にテンションの高いフランに疑問を抱いたエイムストラの予感は翌日的中することとなる。同時にもっとも弱みを見せてはならない相手だったことも。




―――おまけ


 謝罪を受けて、二人が帰った後の妙な静かさを感じながらリアンはため息をついた。


「はあ……フランも悪い子じゃないんだけど我が強すぎるよ。弟子なんて、しかも女装の王子様とか」

「ミナト」

「ん?」


 ヨーコが差し出してきたのはフランが見舞いにと持ってきた包装箱だ。


「そういえばあったね。ちょっと見てみよっか」


 大貴族の娘からの見舞い品。内心、リアンもどんな物が飛び出してくるのかワクワクしていた。


「なにこれ? 紙?」


 開けてみればそこにあったのは紙束である。王都では既に木から紙を作る製法が広まり、それほど高価な物と言えなくなってきている。

 疑問を感じつつも束を取って一枚めくってみると


『清黒蝶 ~狂気の王と封印の魔剣~(仮題)』


と書かれていた。


Goddamn!!(ガッデム)

 









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