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第十六話 湖の王子さま

10/8 仮題のまま上げてしまっていたたのでタイトル修正

 西区で発生した騒ぎから一夜が明けた王都キュレア。

 朝から街を行き交う人々は専ら昨日の清黒蝶の話題でもちきりだ。


 そんな中、話題の中心である清黒蝶本人はというと。


「ううぅ……」

「リアンさん、本当に大丈夫ですか?」


 学生寮の自室で、ベッドにうつ伏せになったままうめき声を上げていた。

 そんなリアンを心配そうに覗き込むリザ。


「ちょっと休めば……きっと大丈夫……なはず」

「あ、あの! 私に何か出来ることはないですか?」

「じゃ、じゃあ、水をお願いしてもいいかな」

「はい! すぐにお持ちしますね」


 そう言うとリザは駆け足で部屋を出て行った。

 学生寮では特別クラスを除いて、すべて二人一部屋の相部屋となっている。リアンは同室になったリザに感謝しながら痛む身体をゆっくりと仰向けにすると、空中にふわふわ浮いているヨーコと目があった。その顔は眉尻が少し上がって、珍しく怒った表情をしている。


「ミナト。無茶しすぎ」

「面目ございません」

「医療キッド」

 

 ヨーコは医療キッドを使うことを勧めるが、リアンは渋い顔で考える。

 医療キッドはリアンの痛みを癒してくれるが、やたらMPを使うのだ。加えて、パネルのボタンタッチで発動するため物を補充しておくこともできない上、戦闘中に一回という使用だったせいか一日に一回しか使えない。

 昨年の誘拐事件解決の褒美で貰った大量の魔石はとある理由でほぼ使い切っており、再び魔石節約性活に突入しているリアンとしてはなるべく使用を控えたいのだ。


「うーん……急用があるわけじゃないし。これくらいゆっくり治すよ」

「でも……」


 ヨーコが言いかけると、部屋の扉がノックされた。


「リアンさん。よろしいでしょうか?」

「フラン? いいよ、入っておいで」


 扉が開かれ、見舞いの品らしき包装箱を持ったフランが恭しく挨拶をする。

 昨日の事件の後、ディヌオ家が思っていた以上に高貴な存在であることを知って呆然としたリアンだったが、ソルの時と同じように特に態度を改めることもなく今まで通り接している。


「ごめんね、こんな寝たままで」

「いえ。むしろ私の方こそ、このような時に申し訳ありません。それとこちらはリアンさんに持ってきた物ですので後で開けてみてくださいね」

 

 そう言って包装箱を机に置く。


「わざわざ、ありがと。あっ、椅子を」

「リアンさんはそのままで結構ですよ。それくらい自分でできます」


 起き上がろうとしたリアンを押し戻し、椅子を引っ張ってきて腰掛ける。

 それからフランは、昨日の感謝と偽清黒蝶ことガルマン一派を捕らえ、今は背後関係を調べていることを伝えた。


「幸い、彼らは協力的なため捜査は順調なようです」

「そっか」


 少し嬉しそうにリアンは頷く。


「それで、リアンさんにお聞きしたかったのですが」

「なに?」

「あの方々は、それほどまでの相手だったのでしょうか?」

「それほど?」

「リアンさんは私の要望通り……いえ、想像以上の事を成し遂げてくれました。聞いたこともない数々の魔器に、青き光の羽。街では湖の女神の化身という噂もあるほどです」


 また恥ずかしい噂がたったものだと、リアンは苦笑いをする。


「極めつけは、あの神技。リアンさんの無茶苦茶には慣れたと思っていましたが、全くの間違いでした」

「シンギ? もしかして、オーバーアクセラレーションのこと?」

「おーばーあく……それがあの神技の名前でしょうか?」

「神技なんて大げさだよ。同じところグルグル回ってただけだし」

「いえ、大げさなどではありません。間違いなく」


 LPで驚異的なスピードを使用者にもたらす選択スキル《オーバーアクセラレーション》は使用後、一定時間イオンエンジンに制限がかかるなどのデメリットも存在するが、その速さは相手にとっては消えたと錯覚するほどである。しかし、このスキルにはもう一つ欠点がある。本来は長所なのだが、ある点が欠点にしてしまっている。

 それは速すぎるということだ。そしてLPはオンラインである。

 オフラインならば周囲が遅くなれば高速化を演出できるが、一々行動を緩慢にされては他のプレイヤーのストレスが溜まるということで、そのままの意味での高速化ということで落ち着いた。だが、そのせいでスキルを使った者は壁と熱い抱擁をし、突然入水を始め、気がつけば空へと駆け出していた、という事が頻繁に起こった事は言うまでもない。


「しかし、今のリアンさんの状態はあの神技を発動したせいですね?」

「うっ……まあ、ね」


 隠し事できない空気を醸し出したフランに、リアンは何故かばつが悪くなって頬をかく。


 ミナトは驚異的な動体視力と空間把握能力によってこのスキルを使いこなし、チームの遊撃手として活躍してきた。リアンとなった今もその感覚は衰えず、それどころか特訓によって更に磨きがかかり、どれほどの力で進めば壁に着地できるかなどを瞬時に計算し、相手を翻弄するなどわけない。

 しかし、嘗ての状況との一番の違い。それは、肉体の有無である。

 いくらボディアーマーなどに補助されていると言っても、その中身はいまだ成長途中の少女なのだ。保護機能をもってしても肉体にかかる負荷を相殺できるものではなく、その代償が今のリアンである。


「本当はセレーナ先生からもっと身体をつくって、補助系の魔法もかけてようやく数十秒使えるようなものって言われて使用を禁止されてたんだけどね」


 最後に、絶対内緒だよと人差し指を唇に当てた。


「そこまでして何故、あの者たちに……」

「ガルマン達はさ、確かにアホだしみんなに迷惑かけたけど、最後にボクに十全の本気で向かってきたんだ。それがなんだか嬉しくって、ボクも応えてあげなきゃって思ったんだ。相手が誰とかじゃなくて、それがボクにとってはなによりも大切だったから」


 LPの代表戦では誰ひとりとして手を抜かず、諦めず、どの国でどの人種かなんて忘れて今までの自分のすべてをかけてしのぎを削りあってきた。だからこそ、リアンは本気のガルマンに本気で返した。彼女にとってそれは挨拶をするように当たり前で、大切なことだった。

 リアンの話を聞いていたフランは終始真剣な表情でいたが、次の瞬間には柔らかな笑みを浮かべていた。


「ステラちゃんの言う通り、本当に不思議な方。誰であっても、向かってくる者を突き返す事も避ける事もせず、ただただ受け止める。彼らが協力的なったのもその御心のおかげでしょう」

「ボクは好きでやってるだけだから、そんな大層なものじゃないよ」

「いいえ。そんなあなただからこそ信じましょう」


 そう言うとフランは立ち上がり部屋の入口へと向かい、少しだけ開ける。


「お待たせしました。こちらへ」


 そう言うと扉が開かれ、そこからローブを頭まですっぽり被った人物が現れた。体格はフランと同じくらいだろうか。深く被ったフードの影で表情はよく見えないがキュッと閉じられた口元から、緊張しているように見える。


「大丈夫ですよ。先ほどのお話の通り、この者は十分に信頼に値します」


 フランに促され、震える手でゆっくりとフードを取ると、男の子とも女の子とも見える銀髪の美少年が顔を出した。流れるように解き放たれた髪が部屋に差し込む僅かな光を受けて輝き、端整な顔立ちをより一層引き立たせていた。

 リアンはその髪に見覚えがあった。


「ああ。君もしかして……」

「ごめんなさい!!!!」


 声をかけたと同時にものすごい勢いで謝られてしまった。


「エイムストラ様。爺が人払いをしているとは言え、あまり大きな声を出されないよう」

「あっ、うん。ごめん」


 驚いた表情のまま、リアンは何が何やらと言ったように固まっている。


「えっと、ごめんね。その子は昨日の仮面の子……でいいんだよね?」

「は、はい。フランからあなたが清黒蝶であると聞きました。本当に申し訳ありませんでした」


 あまりにも必死に謝るのでリアンも困惑したままだ。ただフランが言っていた、この子の名前であろうエイムストラという言葉が頭に引っかかる。


「そ、そんなに頭下げないで、ね。エイムストラで、いいのかな? どこかで……あっ」


 リアンは唐突に思い出した。一番最初のこの国のことについて授業を。エイムストラの名を。

 すると、エイムストラの隣に立つフランがゆっくりと片膝を折って跪く。普段の柔らかな雰囲気はなく、一人の臣下としてのフランソワーズがそこにいた。


「はい。この方はライクリオン王国、国王ナオス・ソルレヴェンテ・ルシエル・ド・ライクリオン様のご子息にして、王位継承権第四位であらせられるエイムストラ・ソルレヴェンテ王子です。そして、昨今の仮面の者の正体でもあります」


 時間にすればそれほど長くなかったが、リアンにはとてつもなく長い沈黙が流れたように感じた。ついでに、王子の頭上で興味深そうに眺めているヨーコを見て冷や汗が流れた。


(えーっと……確か、エイムストラ王子は双子の兄の名前だよな。妹はアスピナル王女。そんで、昨日の仮面の子は女の子だった……よね。あとヨーコそこどいて、早く)

「戸惑いのようですね、リアンさん」

「えっ?」


 リアンが頭の整理をしている間に、いつの間にか立ち上がっていたフランがエイムストラのローブに手をかけた。

 その顔にさっきまで見せていた一人の臣下としてのフランソワーズは消えかけていた。


「あれ? フラン何して……まさか!? やめて心の準備がッ」

「つまりは、こーーいう事ですッ!!!!」


 フランは慌てる王子に構わず思いっきりローブをとっぱらうと、そこには黒を基調に所々フリルやリボンが散りばめられた愛らしい衣装を身にまとったエイムストラがいた。

 昨日見た仮面の子の格好も女性モノではあったが、レギンスのようなものを履いてシックな感じをまとっていた。だが、いまエイムストラの履いているものはスカートである。それもフリルでヒラヒラなスカートである。そして、それら全てが美少年であるエイムストラに完璧に似合っていた。


「ううぅぅ……」

「こういうことです」

「えっ? えっ?」


 スカートを押さえてうずくまるエイムストラに気を取られてフランの言葉を聞いていなかったが、聞いてもわからなかっただろう。

 一瞬、実はエイムストラは女の子だったのではとも思ったが、目の前でスカートを押さえつけうずくまるエイムストラに既視感を感じてすぐに否定した。つい一ヶ月ほど前にリアンも同じ想いを味わったのだ。あれは正しく恥じらう男娘おとめのポーズである。


「つまり、偽清黒蝶は少女の格好をしたエイムストラ王子だったのです」

「ううぅ……本当にごめんなさい」

「ああうん」


 涙目になって謝るエイムストラが女の子にしか見えないせいで「本当に?」という言葉をギリギリで飲み込んで、リアンは納得することにした。

 聞けば、病弱な妹を元気づけようと清黒蝶の格好をして窓から登場しようしたのは良いものの、しっかりと施錠されていたため失敗。手間取っているうちに従者に見つかりそうになって慌てて屋敷を飛び出してしまったそうだ。その後、落し物をして困っていた母娘を成り行きで手伝うとその格好から清黒蝶と勘違いされて、ついいろいろと張り切ってしまった……とのこと。


「とりあえず、王子が昨日の仮面の子のだってのは理解したよ。うん。でもこの格好は?」

「もちろん、より納得してもらうためです。昨日の服はボロボロになってしまった為、私が見繕いました。私情はありません」

「そこまで聞いてないよ」


 なんだか、体だけでなく頭も痛くなった気がしてきたリアンをエイムストラが覗き込んできた。


「あ、あの!!」

「あっ、はい」

「ぼ、僕にできることがあればなんでも言ってください。普段はお屋敷から出られないことも多いですが、せめてもの償いに、少しでもあなたの手伝いをさせて欲しいんです」

「いや、それは……」


 リアンは別に、手伝いを必要としてはいない。


「わかっています。昨日の事でいかに自分が奢っていたか理解しました。このままでは手伝うなど力不足ですよね」

「別に……」

「ですので、これから更に修練を積みます。そして、もしその成果を認めてくだされば僕をリアンさんの……いえ、清黒蝶殿の弟子にしてください!!」

「えー」

「このようなことを言える立場でない事は承知しています。ですが必ず! 清黒蝶殿の役に立てるよう邁進しますので、どうか。そして、いずれは民を守れる立派な男児になりたいのです」

「エイムストラ様も王室に生まれた男児として立派な志を持つようになられたのですね。このフランソワーズ、全力で応援させていただきます」


 スカートを押さえて内股の王子に男児うんぬんを言われても、リアンには一体どう反応を示せば良いのかわからない。

 

「冗談やめてよ……」


 呟いた言葉は誰に届くわけでもなく、ため息と共に消えていった。




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