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第十四話 Pure Black

 湖の畔にそびえ立つ大きな屋敷。

 王族のために建てられた離宮であるそこには平民はもとより、貴族であっても敷地内に立ち入ることは滅多に許されない。

 そんなお屋敷の前に、湖の女神と王冠が描かれた王家の紋章を掲げた馬車が止まり、中からは見るからに上質な生地で作られた服を身に纏った金髪碧眼の青年が降りてきた。青年を迎えるために一名を除いて屋敷の従者一同が頭を下げ整列しており、壮年のメイド長が前に出て跪く。


「ようこそおいでなさいました、アトラス王子」


 王子と呼ばれた青年はメイド長に笑みを返す。


「ああ、ご苦労。早速だがお爺様のところへ」

「かしこまりました。こちらへ」


 大きな扉が開かれ中へ入ると、大きなエントランスの中心には杖をつきながらも威厳あふれる佇まいの老人と、その傍らに立つ老年の執事がいた。


「お爺様!? 起きても大丈夫なのですか?」

「なに。お主が来ると聞いてな。それに少しくらい動かんと体に毒じゃ」


 そう言って目の前の老人、ライクリオン前国王ベテルギウスは豪快に笑った。


「アトラス兄様!」


 吹き抜けの二階廊下から一人の少年が嬉しそうに顔を覗かせると、そのまま階段を下りて王子へと飛びついた。


「おお、エイムストラ。良い子にしていたか?」

「うん! ちゃんとお爺様の言うこと聞いてるよ」

「そうか。偉いな」


 そう言ってエイムストラの銀色に輝く髪を撫でてやる。


「アトラスお兄様」

「アスピナル! お前ももう大丈夫なのか?」


 階段の上からエイムストラと同じ、銀髪の少女が降りてきた。


「はい。ここの所、随分体調が良くなったので外にも出られるようになりましたの」

「そうか。その、誰かに見られたりは?」

「大丈夫ですわ。ベールを被っていますし、庭の敷地からは出ていませんから」


 その言葉にホッとするアトラス。


「ねえねえ、アトラス兄様。今日はどんなお話を聞かせてくれるの?」

「私は、また清黒蝶のお話が聞きたいです」

「これこれ、お前たちそう慌てるでない。向こうに茶を用意させたから先に席に着いてなさい」

「はーい。兄様も早くきてね。さ、アスピナルも行こ」

「はい」


 銀髪の兄妹は執事につれられ、仲良く手を繋いで扉の向こうへと消えた。


「エイムストラに続き、アスピナルがあれだけ元気になるとは。本当に良かった」

「うむ。身体の成長と共に己の魔力に振り回されなくなったから一安心じゃ。今では二人とも元気に走り回っておるわい。じゃが、やはりあの子らの世界にはこの屋敷は狭すぎるのぉ……」

「父上も、もっと遠出にも連れて行ってやりたいはずです。『ナクアビの子』と呼ばれようと大切な我が子ですから」



 ナクアビの子――

 遠い神話の時代に、銀の炎によって自らと共に大地を焼き尽くしたとされる再生の神『ナクアビ』。希に生まれてくる両親ともに毛色の違う銀髪の子は、いまだに残るナクアビの強大な残香を受けて生まれてくると言われており、それ故にナクアビの子と呼ばれる。

 その魔力故に成長前の身体が耐えきれなくなり暴走したり、逆に力に溺れてしまった者もいる。また狂人には秘宝に見えるらしく、その命を狙われることも少なくない。

 もちろん迷信に過ぎないのだが、王家にナクアビの子が生まれてくるとナクアビ再来の前兆とも言われており、その生まれながらにして強大な力も相まって凶兆だと忌避するものは多い。その為ナクアビの子、それも双子が生まれた時は王宮の一室が騒然となった。何も言わずに目を伏せる侍医とその助手や侍女達。本来喜ぶべき我が子の誕生を沈痛な面持ちで迎えられた后は、怯えた表情で生まれてきた子達を放すまいと抱きかかえて睨みつけていた。そこへ事情を聞いて駆けつけた現国王ナオスが生まれてきた双子の赤子を見るなり后共々優しく抱きしめ、周囲に対する口止めと一部の者以外に秘匿とすることでその場は収まった。


 現在、双子は休養の必要があると表向きの理由を掲げて、退位したベテルギウスと共にこの離宮に隠れ住んでいる。


「軟禁を強いられる二人には今、お主の話しが何よりも楽しみなのじゃ。特に、前に持ってきた『清黒蝶』をとても気に入っての。続きはないのかとせがまれたわい」

「それはよかった。ちょうど西区で、再び王都にその姿を現した清黒蝶が不正に金を巻き上げていた商人を簀巻きにしたと言う報告を受けていたので」

「おお。あの二人なら目を輝かせて喜びそうじゃ。……しかし、なんとも情けなくもある」

「ええ。全くです」


 二人が同時に肩を落とす。英雄が王都に再来したと民は喜んでいるようだが、本来それは衛兵――もとい、国家の仕事である。民は国に税を収め、国は民を助ける。もしその責務が守れないのであれば存在する意味がない。


「西の奴は対策を行うと誓ったにもかかわらず、いまだこの有様か。あの木偶の坊は一体何を考えているんじゃ」

「このような事態でなければ父上自ら追求もありうるのですがね。例の誘拐事件も西からの侵入であったことも忘れているのやもしれません。フルーヴ卿が憤慨するのも肯けます」


 北の管理者であるフルーヴ王宮伯は普段は感情を表に出さないことで知られるが、城内ではそれ以上に子煩悩で有名だ。その末娘が誘拐され、犯人の入手経路が西門から袖の下を使って通ってきたとなればその怒り様はすさまじいものであった。賄賂を受け取ったとされる衛兵は即刻処罰され、ブルイヤール王宮伯が警備強化を約束したが、当然それだけで怒りが収まるわけがない。

 王も事件の後始末に追われていなければ直接問いただすところだが、ロディアの件でトゥレスト国との話し合いに忙しく、またブルイヤール王宮伯も何かと理由をつけてはぬらりくらりと質疑から逃げていたので、結局ここまで放置されてしまった。


『お爺様ぁ、アトラス兄様ぁ、まだー?』

『紅茶も冷めてしまいますわー』


「おっと、いかんいかん。あの子らが待ちきれなくなってしまったようじゃ」

「ええ。二人がへそを曲げてしまう前に行きましょう」


 二人は顔に笑顔をつくると、双子の待つ部屋へと歩みだした。

 その心の内の憂いは隠したまま――






「うー……」

(ミナト。元気だして)


 キュレア学園の食堂ではリアンが机に突っ伏して項垂れていた。それをリザがオロオロしながらも見守っている。


「リアンさん、そんなに落ち込まないでください。リアンさんにはジュウがあるじゃないですか! 他の人より何倍も何十倍もすごいです」

「だって、あんな目立つの使えないし。みんなできてるのにボクだけ、うぅ……」


 魔法の授業が始まってしばらく経ち、リザを始めクラスの生徒達も初期の魔法を習得していく中で、リアンは今でも杖を使った魔法を使うことができずにいた。


「あらあら? そこにいるのは根暗属性のリアンさんではないですか」


 ふと聞こえた声に顔を上げると、取り巻きを連れた金髪縦ロールのいかにもなお嬢様がいた。それを確認するとリアンは重いため息を吐きながら再び突っ伏した。


「ちょっと! せっかくわたくしが挨拶したというのに、そのため息はなんですの!?」

「ああうん。おやすみレイア。ちゃんと寝ないと美容と健康に悪いよ」

「まだ昼よ!」


 成金商人の一人娘であるレイア・ツァンは特別クラス在籍なのだが、なにかとリアンに突っかかってくる。いつもならリアンも付き合ったりもするのだが、今日はそんな元気はないので扱いもぞんざいになる。


「そ、そんな辛気臭いから、いつまで経っても魔法を使えないのでなくって?」

「辛気臭くなんてありません! それにリアンさんはちゃんと魔法を使えます!」


 思わずと言ったように、反論したリザ。大人しそうな彼女が声を荒げた事に一瞬引きながらもすぐに態勢を整える。


「あら? それは初耳ですわ。でしたら、ここで証明してご覧なさいな」

「それは……」

「もういいじゃないっすかレイア様。あたし腹ぺこで」

「私もー」

「あなた達は黙ってなさい!」


 取り巻きであるショートカットの長身の少女と、ツインテールにした間延びする喋り方の少女が不服を申し立てる。


「良いですこと? いくら学業の点数が良くても魔法が使えないなんて落ちこぼれよ」

「おい」

「そんな落ちこぼれは貴族のお相手は務まりませんわ」

「おい」

「そう。それも王宮伯の家系のような由緒ある血筋にはわたくしのような」

「おい!」

「あの、レイヤ様。後ろ……」

「今度はなんですの? 今良いところ……マイヤー様!?」


 そこには腕を組んで立つソルの姿があった。レイヤがソルを前にすると突然慌てだし、あたふた手を動かしている。


「あ、あの、マイヤー様ここここの度はお日柄も良くっ」

「ああ、そうだな。悪いがちょっとどいてもらえるか?」

「はいっ」


 機敏に動くレイアにソルは礼を言い、いまだ突っ伏したままのリアンへと近寄る。


「リアン、これから時間あるよな。特訓するぞ」

「ええ~。今日はなんだか疲れちゃったよ」

「お前悔しいって言ってただろ。オレもとことん付き合うから」

「うーん……じゃあソルがボクを運んで~」

「バッ、バカ言ってないでさっさと行くぞ!」

「う~い」


 のそのそと起き上がってソルの後をついていくリアン。


(ああ。お二人共すぐ後ろでレイアさんが歯を食いしばっているのに気がついていないのでしょうか)


 これこそレイアがリアンに絡んでくる原因だというのに、とリザは心の中で思いつつ自分には何もできないと急いで二人の後をついて行く。

 あとに残された食堂には、とうとう爆発したレイアの声がこだまするだけであった。




『リアンさん?今学園にいますか』

「フラン? 今学園にいるけど、もしかして……」

『ええ。動きがありました。すぐに門のところに馬車を向かわせますので、そこで落ち合いましょう』


 いつもの雑木林に向かう途中、フランからメンバーバッジに連絡が入った。向き直ると、事情を察した二人が頷いてみせた。


 門の前には街を移動しやすいように小型の馬車が停まっており、従者が扉を開いて中へと招き入れた。そのまま馬車は西へと動き出す。


「動きがあったっていうのはやっぱり……」

「はい。ブルイヤールです。ブルイヤールではここしばらく、清黒蝶を名乗る愚か者が狼藉を働いていたようです。もっとも、黒い仮面をしただけの大男ですので酔っぱらいの戯言としか思われていなかったようですが」

「リアンさん、マイヤー様。もしかして」

「ああ。それはこっちでも噂になっている。怪しすぎる黒い男が西で暴れてるってな。まさか清黒蝶を名乗っていたとはな」

「おそらくはこの前の清黒蝶をおびき出すための餌でしょう。そして裏ではどこかの商会が暗躍しているはず」

「そんでまんまと釣られたって訳か」

「あの方とはなるべく穏便に話がしたいのです。怪我で済むうちに間に合えばいいのですが」

「でも、あの偽物も強かったですし」


 リザが疑問を投げかけると、隣のリアンが応える。


「それは違うよリザ。あの子はいままで小悪党を力押しで叩いてきたけど、今回は相手も戦うために罠を仕掛けてきたんだ。あの子は魔力は強いけど、それがイコール実戦で強いかって言ったらそうじゃないんだ」

「そ、そうなんですか。勉強になります」

「そうですね。それでリアンさんにはやっていただきたいことがあります」

「うーん、なんとなく予想できるけど……できることなら」

「ありがとうございます。それではまず――」




 馬車が現場に着くと、人の壁が出来ていた。

 フランたちが人を掻き分けて進んでいくと輪の中心では、いつぞやの黒い木仮面をつけた大男と複数の白いフードつけた男たちの前に仮面の子が膝をついていた。服はボロボロになり、露出した肌には火傷や切り傷が見える。そして驚くべきことに、その髪は黒ではなく銀色に輝いていた。


「黒髪じゃない? あいつはこの前の奴じゃないのか!?」

「銀髪……まさかナクアビの子!?」

「すみません。コレはいったい?」


 明らかに血の気が引いた顔でフランは野次馬の一人に訪ねた。


「ん?ああ、見ての通りさ。どうやったかは知らないけどあのナクアビの子は髪を黒く見せてたんだ。どいうことなのか俺達もよくわかんねぇんだ」


 フランは礼を言うと視線を落とし、こっそりと襟元のメンバーバッジに語りかける。



「多勢とは、卑怯な……」

「おいおい。知らねぇのか? 清黒蝶ってのは光のしもべを操るんだぜ。こいつらはオレの生み出した光のしもべってわけよ」

「そんな訳がッ」

「ふん。テメェだってどうせニセモンなんだろ? それとも本当に清黒蝶の正体は自分だって言いてぇのか? ナクアビの子がよ」

「クッ……」


 何も言えずに目をそらしてしまった。そらした先にいた髪をお団子にまとめた少女と目と合ってしまった。涙の溜まった目を見て、ここで自身こそ清黒蝶の正体だと名乗りたい衝動に駆られたがそれはできなかった。


「まあ、どっちでもいいか。いい加減その仮面を取って素顔を見せろよ。服から見て良いとこのガキなんだろ?」


 男がこちらへと歩いてくるのが見える。きっと仮面の下では下衆な笑みを浮かべているのだろう。逃げなければと思うが体が動かない。


「さあ、清黒蝶様の素顔の公開だ」

「や、やめ……ッ!?」



 その時、男達の背後に何かが舞い降りてきた。



「な、なんだ!?テメェ……ガッ!!」

「どうした!!グフッ!!」

「上の奴ら何してんだ!早くこいつをグッ!!」


 舞い降りてきた人物が駆け出すと、手に持つ青白く発光する黒い棒を男たちに振り抜いた。見た感じそれほど重い一撃というわけではなさそうだが、当てられた者たちは次々とビクンッと震えそのまま倒れていく。途中、高く跳躍したかと思うと、黒い木仮面の大男を飛び越えて仮面の子の前に降り立った。


「チッ。おい! 誰だテメェは!?」


 大男は剣を向けて威嚇するが、逆三角形の仮面の人物は臆した風もない。



「ボ……じゃなかった、私? 私はね」



 カチッという音と共にまるで羽のように背中から青白い光が吹き出した。



「『清黒蝶』……って呼ばれてるよ」




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