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第十三話 Black Butterfly

 偽清黒蝶の報告を聞き、自らの目で確かめようと飛び出したフランと鉢合わせたリアンたちは、王都の西側に来ていた。


「この地区でよく目撃されるはずなのですが」

「こ、ここって王都西区ですよね?王都に来てからまだ浅いですが、その・・・あまり良い噂は・・・」


 つばのひろい帽子を被ったフランを先頭にリアン達4人は、王都の西区『ブルイヤール』と呼ばれる地区に来ていた。この地区は商売が盛んなのだが、『大きな事件は大抵西区絡み』と言われ黒い噂がつきまとっている。商会の本拠地が多いのも、融通が利きやすい(・・・・・・・・)と言われているせいでもある。

 誘拐事件のこともあって、本来なら護衛を付けなければならないのだが「リアンさんがいますし」と言われ、今に至る。


「でもこういう事って予想できたし、わざわざフランが出なくてもいいんじゃない?」

「そうなのですが、少し気になる事が・・・」


「さぁさぁ!そこ行く紳士淑女の方々ッ!本日入荷した漆黒の仮面だよ!なんとウチはアノ、清黒蝶本人から仕入れた本物を取り扱ってるんだ」


 露天商が大きな声を上げ、思わず足をとめた。最近は王都のいたるところで『漆黒の仮面』なるものが売られている光景をよく目にする。蝶の模様が入っていたり片目だけのものだったりと特徴も様々だ。

 となりに立つソルがチラッと見てくるがリアンは首を横に振る。


「だよな。にしても売る気あんのか、アレ」


 目の前で売られている籠いっぱいに入った漆黒の仮面なるものは手抜き感が満載の、ただの黒い木の仮面である。街行く人々も訝しみながら見ており、このまま放置していても問題ない気がする。

 その時だった。


「店主さぁん、おつかれさま。新しい仮面持ってきたわよ」

「あっ!これはこれは清黒蝶様」


 商人がさらに大きな声を上げた。その声にリアンは一瞬ビクッとなったが、どうやら彼女に向かって言ったのではないらしい。突然現れたのは店頭に並べられている仮面と同じものをつけたグラマラスな女性だ。女性は持っていた籠を渡すと、足を止めて見ている見物客たちに振り返った。巻きつけように着た黒い布と、中途半端に革の鎧や肩当てをしているせいか何ともチグハグだが、露出度の高い胸元やロングスカートのスリットから覗く脚に男性連中は目が釘付けになって気がついていないようだ。


「おい。あんた今清黒蝶って・・・」

「ええ。わたくしこそ、今王都にその名を輝かせている清黒蝶ですわ」

「清黒蝶って少女だと聞いたが」

「そうか?オレは絶世の美女だと聞いたぞ?」


 リアンはフランへ顔を向けると、彼女は首を横に振っていた。

 どうやら例に漏れず、清黒蝶の噂は人から人へと移るにつれて本人像をあやふやにしているようだ。書籍版にはしっかりと記述がなされているが、残念ながら読んだ者はこの中にはいないのだろう。


「いえいえ、みなさま。この美しい脚をご覧下さい。清黒蝶はその美脚をもって敵を蹴り飛ばすと言われているではありませんか」


 再びフランへと顔を向けると、彼女は笑顔で頷いた。


(書いたんだ・・・)


「なんでしたら、清黒蝶様の脚・・・もっと近くで見てみませんか?」

「んふふ、仕方ないですわねぇ」


 そう言って偽清黒蝶はスカートのスリットを開いて脚を露出させる。観客達、主に男性連中は生唾を飲み込みながらフラフラと集まってくる。


「なんだアレ。あんなのが清黒蝶だと?ふざけやがって」

「本当です!清黒蝶様はもっと輝いていて上品です!ですよね、清黒蝶様」

「あーうん。あんな長いスカートじゃ動きにくそうだね。あとその名前で呼ばないで」


 ソルは不快感を隠さず、リザは言葉こそ丁寧だが赤い髪を震わせるほど怒っている。当のリアンはどこ吹く風という感じだ。


「フランはこのことを言っていたの?」


 その言葉にフランは首を横に振って応えた。


「いえ、私が報告を受けたものとは違います。ですがあれも偽物、それも悪質な物ですのであとでお話(・・)して差し上げなければ・・・」


「ちがうよっ」


 なにやらフランが不穏なこと言いかけた時、突如として女の子の声が聞こえた。周りも一斉に声のした方を向くと、髪をお団子にした小さな女の子が母親と思われる女性に手を引かれて自称・清黒蝶を指差していた。


「わたし、せいこくちょーさまにあったことあるけど、あのひとじゃなかったよ」

「嬢ちゃんも清黒蝶様にあったって言うんかい?」

「うんっ。せいこくちょーさまはね、ちいさいのにつよくて、はやくてキラキラひかってるんだよ。ママもあったもんね」

「そうねぇ。私たちの見た清黒蝶様と随分と違うわね」


 どうやら母親も会ったことがあるという。女の子の話は眉唾ではあるが、その母も証言したことにより周囲もざわめきだす。


「リアンさん。あの方々に見覚えは?」

「うーん・・・、女の子と接触して、尚且そのお母さんにも見られてるってことだよね?絶対とは言い切れないけど記憶にないなぁ」

「なるほど。では、やはりあの方々が話す清黒蝶というのは・・・」


「ちょっとちょっと!」


 フランと話していると商人が母娘に詰め寄っていた。


「あんたらねぇ、清黒蝶様はここに居られるじゃないか。変な言いがかりはやめてもらいたいんだがねぇ」

「だって、せいこくちょーさまはあんなヘンなかっこうしてないもん」

「へッ!?」


 変と言われた偽物は言葉に詰まる。


「あー。確かに、よく考えりゃ清黒蝶様ってのは闇夜を自由に駆け回るんだよな?」

「どんな魔法かは知らねぇがあんな格好で飛び回れるんかね?」

「なぁ。いっちょ飛んでみてくれや」


 次々と上がる疑問の声にしどろもどろになる偽物。


「えっ、えぇーと・・・そ、そうだわ!これから人助けに行かなければならなかったんだわ!ということで後はよろしく~」

「お、おい!高い金払ったんだからちゃんと働け!おいっ!」

「うっさいわね!毎回アンタの趣向に付き合ってやってるけど、ここまで変な格好はやってられるかってんだ」


 そう言ってそそくさと立ち去ってしまった。

 集まった観客たちも呆れて解散していく。リアンたちももうここには用はないとばかりに立ち去ろうとすると、諍いの声がした。


「っく、おい!このガキ!どうしてくれんだ」

「ちょっと、うちの子に当たるのやめてよ!それにあんな偽物使ってたら、いつか本物の清黒蝶様から罰を受けるわよ!」

「んだと?そんなもんが怖くてこの商売やってられっかってんだ。それに、うちのバックに誰がついてると思ってんだ?」


「ったく。自業自得な上に、最後に墓穴掘ったのアイツじゃねぇか」


 ソルの言う通り、最後に止めをさしたのは商人自身だ。だが当の本人にそんな考えはなく、邪魔をした女の子に八つ当たり気味に吠えている。母親も負けじと言い返しており、なにやらマズイ雰囲気だ。仕方なくフランが前に出ようとしたその時。


「待ちなさい!!」


 どこからともなく、よく通る声が響いた。言い争いをしていた当人や周囲の人々がキョロキョロと見回す。


「あそこだ!」


 ソルが指差した先は、二階建て家屋の屋根の上。

 そこには漆黒と言うべき上品に煌く仮面と、それに劣らない輝きを放つ黒髪ショートヘアーの子供がいた。


「はっ!」


 そのまま屋根から飛び降り、地面に激突する直前で風の魔法を使ったのか緩やかに着地する。


「あっ!せいこくちょーさまだっ」


 女の子が嬉しそうに指差した。

 左肩にかけたマントをなびかせ、黒を基調としながら所々フリルやレースをあしらった、ひと目で上等とわかる服装をして周囲までキラキラと輝いているかのようだった。清黒蝶と呼ばれた子供は商人に向かってキッと視線を向けた。


「なんだ、またガキかよ。こっちは大事なお話してるんだからとっととかえ・・・」

「そこの商人」

「あん?」

「清黒蝶の名を語るだけでなく、それを指摘した斯様な少女に対する八つ当たり。見過ごすわけにはいかないな。即刻、少女に謝罪するのであればなにもしないが?」

「・・・ッ!英雄気取りのガキが。大人の怖さ知りてぇみたいだな」


 そう言うと懐から木の杖を取り出した。


「へっ。ちょっと魔法が使えるみてぇだが、オレは中退だったが学園で将来的には昇華も見込まれたほどなんだ。―――火よ、集まれ!」


 そう唱えると掲げた手のひらに拳程の火の塊ができた。

 あれは本当に昇華できるほど優秀なのだろうか?とフランに尋ねると「みんな言われますよ。それ」と返ってきた。


「確かに多少は魔法を扱えるようですが、相手との力量差を測れない時点でたいしたことはないでしょう」


 そうフランの言葉に、リアンも内心納得する。


「ハッ。謝っても、もう・・・」

「―――火よ、集まれ!」


 仮面の子がそう唱えると、手から自身と同じくらいの大きな火の塊が出現した。これには周りもどよめき、商人にいたっては驚きで杖を落としてしまっている。

 仮面の子はそのまま劣化コピー仮面の籠に向かって火球を放つと、対象は一瞬で燃え上がった。さらに自ら水魔法を使って消化すると、黒い炭だけが残る。


「まだやる?」

「クッ・・・。お、覚えてやがれ!!」


 なんとも古典的でお約束な言葉を吐きながら商人は逃げていく。

 皆がまだ唖然としている中、お団子の女の子が仮面の子へと近づく。


「やっぱり、ホンモノのせいこくちょーさまだったんだ!」


 その言葉に清黒蝶と呼ばれた子は笑みで返すと両手を空へと向けた。


「―――光よ、弾けろ!」


 そう唱えた途端、空で光がパンッと弾け辺りをキラキラした光の粒が降り注いだ。


「深き闇より生まれし悪鬼よ!我が名は清黒蝶。栄光へと導くこの光が燈す限り、愛する民には指一本触れさせはしない!」


 そう宣言すると、周囲の民衆がドッと沸き立つ。


「光魔法・・・。本物だ!本物の清黒蝶様だ!」

「やっぱりな。おかしいと思ったんだ」

「おめえ、真っ先に偽物の脚に食いついてたじゃねえか」


 盛り上がる民衆を見渡しながら、手を掲げ応える清黒蝶とやら。その中で一切反応を示さない子供たちに目が止まった。


「ッ!!」


 その中で唯一キュレア学園の制服を着ていない金髪でくせっ毛のある少女に目が止まると、目を見開いて驚く。


「そ、それでは諸君!またいつの日にか!」


 先程までの余裕はどこへやら。しどろもどろになってマントを翻すと、風魔法で大きく跳躍し民家の向こうへと去っていった。突然の突風で驚いた民衆であったが、仮面の子供が消えていった方を眺めながら「流石だなあ」などと口々に呟いていた。

 そんな中リザが慌ててリアンへと向き直った。


「リアンさん!早く追いましょう!」

「えっ?いや別に・・・」

「そうですね。この人だかりでは、もう追いつけないでしょうし」


 解析してくれたフランには悪いが、単純にどうでも良かっただけだ。口にはしないが。


「それで、フランが報告を受けたのってあの子で間違いなさそう?」

「はい。光魔法を使い、民の危機に駆けつけてはそれを助ける。劣悪な偽物とは一線を越し、尚且背景に営利目的の組織も見えないという報告と一致します。それに、『深き闇より―』から始まる決め台詞は私が『清黒蝶』の書籍のみに書き記したものそのものです。服装から見てもかなり教養のある人物だと思います」

「えっと、フラン?ボクあんな小っ恥ずかしい事言った覚えないんだけど・・・」

「まぁそれはおいおい」

「大丈夫ですよ、リアンさん。あの台詞はリアンさんが言ったほうが断然カッコイイです!」

「そうじゃないんだけど・・・。それに、どうせならボクはもっとハードボイルドなものが」

「はーどぼいるど?ともかく、これからどうする?このままじゃアイツが清黒蝶として通っちまうぞ」

「それは、困りますね。これはリアンさんの生涯を書き記すものですのに」

「それにしては脚色が・・・。でもまぁ、ボクも出来る限りは手伝うよ」


 リアンは別に清黒蝶と言う名に執着は無かったが、友人であるフランが困ってるならと少しだけやる気を出す。


「ありがとうございます。ですが、あれだけ大きく騒がしているのでしたら情報も掴みやすいでしょうし、しばらくは静観いたしましょう。それとあの商人が言っていたことも気になりますし」

「バックに・・・とか言っていたやつか?」

「えぇ。そちらも少し調べてみますので今日はここまでにしましょう。近いうちにまた動きがあるかもしれませんのでその時はリアンさん、よろしくお願いしますね」


 リアンは苦笑いで応え、全員で学園近くまで戻ることにした。道すがらフランは「あの方、私を見て驚いて・・・」だの「光魔法の用途は・・・」だの独り言を呟きながら深く考えこんでいた。



―――そして十日後。フランの予想通り事態は動いた。















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