第十二話 The Peacemaker J
「リザさん、前へ」
「はい」
重厚な扉に閉ざされた大部屋に新入生たちが集められ、部屋の中心には半透明の大きな水晶が鎮座している。
名前を呼ばれたリザは前に出て、水晶に触れる。すると、半透明だった水晶が次第に緑色に染まり出した。
「これは・・・風魔法適性ですね。おめでとう、リザさん」
リザはホッと胸を撫で下ろし戻っていく。その後も次々と生徒たちが水晶に触れて自身の適性魔法を調べていく。
この世界には基本的に火・水・風・土・光・闇といった六属性の魔法があり、この水晶は各々の最も適性のある魔法属性を調べるものだ。
適性が無くとも光・闇以外の魔法は習得可能だが、適性のある魔法属性は昇華することによって新たな魔法属性を使える可能性があると言われている。例えば風魔法を昇華させ、雷属性と呼ばれる強力な魔法を扱う者もいる。昇華させた者曰く、条件は極めることとも閃きとも言われているが、その時がくればわかるという曖昧な返答をするのは一致している。
逆に光・闇魔法は適性のあるものしか使えず、他の属性にはない独特で強力な魔法を扱えるとされるが、この魔法を昇華させたものは未だ確認されていない上、適正者自体少ない。
集まった生徒の適性を調べ終え、大部屋を出るとそのまま解散となり各々好きに動き出す。
「せ・・・リアンさん!」
「ん?あぁリザ。同い年なんだから呼び捨てでいいのに」
「そ、そんな。本当は様付けが相応しいのにも関わらず、私なんかが・・・」
「アハハ・・・」
入学式から一ヶ月が経ち、だんだんと落ち着いてきた新入生たちはそれぞれ仲の良いグループが出来始める。
そんな中リアンは同じクラスになったリザや、クラスは別々だがソルといった友達と平穏な学園生活を過ごしていた。もちろん、清黒蝶であることはバレていない。
リザと一緒にいた子達は同郷の者のようで、クラスは分かれてしまったがたまにおしゃべりをしにくる。
「それにしても驚きました。リアンさんは光属性だと思っていたので」
「多分、あの本に書いてる光は関係無いと思うよ。まぁ、ボクも驚いたかな」
そんな、自身でも驚いたリアンの属性。それは闇であった。
リアンが水晶に触れると最初は何も起こらず教師も首を傾げたが、もう一度触れると水晶は真っ黒に染まった。珍しいとされる光・闇属性の適性に周囲はざわめいたが、すぐに教師が落ち着かせた。
「リゼは風属性だったね。一緒に頑張ろうね」
「はい!」
「ソルは確か火魔法だったっけかな?」
「えぇ。噂によるとマイヤー様の魔法は特別クラスでもすでに一目を置かれているらしいですよ」
「ソルが?へぇ」
適正魔法の検査は貴重な魔道具を使うため、厳重に管理されて一般公開はされていない。しかし、一定の金額を払えば学園の生徒でなくても行えるため、貴族や裕福な家庭では小さいうちから適正を調べて英才教育を受けさせる。そういう生徒は他との差があるため特別クラスに入ることになる。
ソルはこのクラスに入っているため初めから別のクラスになることはわかっていた。
(あれま。噂をすればなんとやらだね)
「おーい、ソルー!!」
「ん?おう二人とも」
「おはようございます、マイヤー様」
「おう。そういや今日、適正魔法調べたんだろ?どうだったんだ」
「はい。私は風属性でした」
「ボクは闇属性だったよ」
「闇ッ!?はぁー、また珍しいのを・・・。にしてもお前、闇ってイメージかぁ?」
「そうですよね。私はてっきり光属性だと思ったんですが」
「そう?なんか優しそうでボク好きなんだけどなぁ」
「闇属性をそう感じるやつは初めてだな」
ふたりは不思議そうにリアンを見るが、彼女は確かに冷たい水晶が黒く染まった時に暖かさを感じたのだ。これもヨーコの影響かとも思ったが、彼女は特に何もしていないらしい。
「まぁでも、お前がそう言うならそうなのかもな」
「ありがと、ソル」
お礼を言うとなぜか視線をそらされてしまった。
「そうだ!ねぇソル」
「なんだよ藪から棒に」
「あのさ、付き合ってよ」
「・・・」
「ひゃー・・・」
瞬間、ソルは固まって目を点にしていた。これにはリザも真っ赤になって顔を手で覆っている。
―――
――
―
「―――風よ!」
ソルが杖を向けてそう唱えると、不自然に発生した風が木を揺らし葉が落ちてくる。
「わぁ!ホントにソル魔法使ってる!!」
「アー、ウン。・・・そんな事だろうと」
「えっ?なんか言った?」
「い、いや!なんでもねぇよ!!」
「マイヤー様・・・、ファイトですよ!」
「・・・」
いま三人がいるのはリアンとソルが初めて出会った雑木林だ。ここでソルはリアンに魔法を見せて欲しいと頼まれ、ついでに基礎魔法の勉強に付き合わされている。
「それじゃボクも。・・・―――風よ!・・・アレ?」
入学式の前日に渡された杖を、ソルと同じように構えて同じように呪文を口にするが何も起こらない。
「そりゃ簡単にはいかないって。杖の先に自分の魔力を集中させて現象をイメージすんだ」
「う、うん。ふぅー・・・―――風よっ!」
やはり、なにも起こらない。
その後も色々試してみたが一向に風が吹く気配もなく、精神的に疲れてしまったのでリアンは一休みしている。現在、ソルはリザを見ているが彼女も悪戦苦闘しているようだ。
「要はイメージが大切なんだが、どう言ったらいいかな・・・」
杖を使うのも指向性とイメージしやすいという理由で使われているので、慣れた人は自分にあったオリジナルの媒体を作ることが多い。中には剣やメイスに改良を施し、ロディアの鉄杖のように武器としても扱っている者もいる。拳を媒体としているのはセレーナくらいだが。
実はセレーナからも魔法を習った事があるのだが、『ググッときてバッ!だ』や『重要なこと?全部だ』など抽象的すぎて理解ができなかった過去がある。
「はぁ・・・はぁ・・・。やっぱりマイヤー様はさすがですね。なんなく魔法が使えてしまうんですから」
「コツを掴めりゃみんなできるって。それに最初はオレだって散々失敗したんだ。でも絶対に諦められなくなったからな・・・」
そういって体育座りしているリアンをチラッと見たが、何かに気がついたように目をそらした。
(?・・・でも、そっか。ソルも去年は魔法が使えなくて逃げ出してたんだもんね。すごい頑張ったんだろうな)
去年は魔法ができず、嫌になって逃げ出したソルとここでリアンは出会った。あれから一年、ソルは言葉にはしないがかなりの努力をしてきたはずだ。友の成長を素直に喜ぶリアン。
(そういえば、ボクみたいに自由に空を飛び回るんだって言ってたっけ。ソルなら、きっと出来るよ)
それだけがソルの頑張る理由ではないのだが、少しでもリアンにカッコイイ所を見せたい少年の心情など彼女が知る由もない。
「・・・イメージかぁ」
思いつきでパネルを開いて『コルト SAA』を取り出す。これはセレーナとの模擬戦でも使ったGlock17のジョークグッズと同じで実弾は出ず、軽い発砲音と紙吹雪が出るだけだ。
そのまま誰もいない方向を狙い目をつぶって集中する。
(風が起こるイメージ・・・魔力が弾になって装填され発射される感じで・・・)
十分集中したところで目を開け、目標を見据えて撃鉄を起こす。
「・・・―――風よ!」
しかし、先程と同じようにそよ風ひとつ吹かない。
「・・・やっぱりそううまくいかないか。結構良いイメージできたんだけどなぁ」
そう結論付け、なんとなしに引き金を引くと
ブオォ!!
「ッ!?」
オモチャのような軽い発砲音や紙吹雪と同時に突風が吹き、リアンは思わず仰け反ってしまった。
異変に気がついたソルとリザが駆け寄ってくる。
「おいっ、大丈夫か!?っていうか今魔法を・・・」
「もう習得されたのですか!?さすが清黒蝶様です」
「ちょ、ちょっと待って。もう一回」
SAA.Jを杖に持ちかえて意識を集中させ、さっきの感覚を思い出す。
「―――風よ!」
「・・・」
「・・・なにも起きませんね」
「駄目だ。イメージがあやふやになっちゃう。これなら、うまくイメージできるのに」
そう言って手に持つをSAA.J眺める。
「なんだ、その鉄の・・・取手?」
「綺麗ですねぇ」
「ああ。これはボクの拳銃だよ」
「ケンジュウ?銃ってあの火薬に火をつけて弾飛ばすやつか?だけどこれは・・・」
「私は銃というものがあることは聞きましたが、実物を見るのは初めてです」
「いや、こんな銃を見るのはオレも初めてだ。お前が特殊なのはよーーーく知ってるけど、それが銃だなんて信じらんねぇ」
「ボクのは特殊だからね。といっても、これはドッキリ用だから弾は出ないけど」
ふたりはドッキリ用という意味が分からず首をかしげる。
(そういえば、さっきはコイツで魔法が使えたんだし、もしかしたら・・・)
「ちょっとごめんね。試してみたいことがあるから」
そう言ってSAA.J構え、集中するリアン。ソルとリザも固唾を呑んで見守る。
(魔力を銃弾のようにイメージ・・・装填・・・)
リロードするように魔力を込めるイメージをする。次に風が巻き起こる様子を思い浮かべる。
「・・・―――風よ」
なにも起こらない。しかしここまでは想定内だ。
リアンは一本の木に向かって撃鉄を起こし引き金を引く。すると、軽いオモチャのような発砲音と同時にソルが見せたように魔法の風が吹き、木を揺らして葉が舞い落ちる。
「じ、時間差!?」
ソルが驚きの声を上げる。彼に比べれば魔法に対する知識が少ない分リザの驚きは小さいが、それでもリアンがとんでもないことをやったというのは理解できた。
その後、様々な検証の結果、弾倉に込めた魔力は30分程度は魔法効果を維持することができ、装弾数と同じ数だけストックできるということがわかった。自分以外はどうなのかと、試しにソルにSAA.Jを持たせてみたが魔法は発動しなかった。ソル曰く、構造や弾丸の装填をイメージできないと言っていたが、扱ううちに習得できるのか興味がわいた。
これほど規格外なことをやると目立ってしまうので、なんとか杖で魔法が使えるようになりたいのだが、杖に持ち替えると相変わらず魔法が使えなくなってしまうため自身でも呆れてしまう。
意見もまとまり、三人は練習を切り上げて立ち上がる。
「しっかし、あれだけのことができるのに、いまだに普通に魔法が使えないってのも不思議なもんだな」
「イメージしやすさっていうのかな。ボクにとってコレは体の一部みたいなものだからね」
そういって、制服に隠されたホルスターをポンっと叩く。
「それにしても、銃って意外と可愛らしい音なんですね。とても大きな破裂音って聞いていたので」
「ああ。これは特別だからね。本当はもっとすごい音がするよ」
戦闘服を纏うと補助フィルターがかかってリアンの鼓膜を守っているが、それでも対物ライフル等を撃つ時はその衝撃の凄まじさに全身が痺れる。
「リアンさーん!!」
リザもソルも興味津々でリアンの銃器について聞きながら校門へと向かっている最中、誰かが背後からリアンを呼ぶ声が聞こえてきた。
「あれ?フラン?」
「げぇっ!?」
走って追いかけてくるフランに、リアンは彼女が慌てている事に少し驚き、リザは『清黒蝶』の作者に目を輝かせ、ソルは何故か嫌そうな顔をして一歩身を引いている。
「はぁ、はぁ・・・。丁度良いところに」
「どうしたの?そんなに慌てて」
リザと同じく大人しめの子であるフランだが、彼女の場合は教育や家柄もあってかお淑やかという言葉が似合う淑女である。そんな彼女が息を切らせて慌てて来たのだ。なにかあったに違いない。
「じ、実は清黒蝶を名乗る者が現れたんです」
「清黒蝶様ならこちらに・・・」
「ですからっ。清黒蝶の名を騙る偽物が現れたんです!」
その言葉に一同は、一気に驚きの表情へと変わった。
リアンを除いて。