第十一話 仮面学生
天気は快晴。
まるで祝福されたような晴れ晴れとした空の下を、少年少女たちが緊張しながらも希望に胸をときめかせ、学園への道を一歩一歩踏みしめている。
「うぅむ・・・」
そんな中、いまだにベッドの前で制服に身を包んでいない新入生もいた。
別に緊張して眠れなかったとか、不安に襲われて尻込みしているわけではない。問題は目の前に畳まれた制服そのものにあった。
「くっ・・・。覚悟を決めるしか・・・いやでも・・・」
「リアンさん?」
「ハイッ!?ってフランちゃん?ノックしてよ」
「いえ。ノックしたんですが返事がなかったので・・・どうなさったんですか?そんな格好で」
フランが思わず指摘したリアンの格好は、下着だけのラフともずぼらとも言えるスタイルであった。見た目は美少女なのだが、如何せん佇まいがおっさんのそれに近いせいで恥じらいもトキメキもあったものではない。
「あぁうん。コレなんだけど」
「コレ?制服のことですか?」
リアンの視線先には、白を基調にノースリーブのフード付きブレザーと赤のスカートというキュレア学園の制服が置かれている。
「いや、これスカートが・・・」
「スカートがなにか?・・・もしやサイズがっ・・・」
「いや、そうじゃなくてね。ボク、スカート履いたことないんだ」
「へっ?・・・えぇッ!?」
そう、リアンはミナトの記憶が蘇る前からスカートを極端に嫌い、いつもズボンで過ごしていた。それにこの世界で生きていくと決めた現在でも、女として生きていくことには抵抗があった。
「でも、これが制服ですし・・・。ある程度の改造は許されていますが今日はこれで行くしか」
「うぅ・・・。そういえばフランはボクに何か用事?」
「そうでしたっ」
フランはポケットを探ると一枚の手紙を差し出した。
「こちらがおじぃ様宛に速達で届いたのですが、リアンさんに届けて欲しいとの事で多忙なおじぃ様に変わりお持ちしました」
「わざわざフランが届けてくれたんだ。ありがとね」
「いえ、おじぃ様が馬車を出していただいたので。もしよろしければこのまま学園までお送りいたします」
リアンは申し出を受け、お礼を言ってフランから手紙を受け取り宛名を確認する。
「セレーナ先生からだ。なんだろ?」
出発の前日には盛大なミソスープパーティで送り出してもらったし、何か急用ならステラのメンバーバッジを使えばいい。
そう思いながら封を開くと、そこにはびっしりと書かれた寄せ書きが入っていた。文字が書けない人は代筆してもらったのだろう、裏にまでメッセージが書かれている。
「みんな・・・」
貴重な紙いっぱいに書かれたみんなからのサプライズに感動していると、セレーナからのメッセージが目にとまった。そこには初心を忘れないようにという戒めと、しつこく付きまとわれたら即、報告するようにと心配する気持ちが書かれていた。
「先生・・・。ありがとうございます」
あとでお礼を言わなくては、と思いつつそのまま読み進めると
『それとスカートくらい恥ずかしがらずに履いたらどうだ?』
バンッ!!
「リアンさん!?って服!服ッ!」
思わずセレーナがどこかで自分を見ているのではないかと、驚きのあまり自分の格好も忘れて窓を開け放つと、慌ててフランが止めにはいった。
「あぁ・・・うん、ごめん」
「それで手紙には何が・・・。まさかまたなにか事件が!」
「いや、村のみんなからの応援だったよ。・・・さすがにいるわけ・・・いやでも」
冷静になって窓を閉める。フランは少し期待を滲ませた目で見てくるがリアンは苦笑いで答える。
すると、扉がノックされ老人の声がした。
『お嬢様。そろそろお時間ですじゃ』
「リアンさん。そろそろお時間が・・・」
「えっ!?・・・えぇい!もうどうにでもなれ!」
遂に覚悟を決めたのか、それともヤケになっただけか、リアンはようやく制服に袖を通した。
「わぁ!!お似合いです。」
「ありがとう?」
褒められても素直に喜べないリアンは、スースーする感覚に戸惑いながらも学園へと出発した。
前日の案内の予定通りに、入学式は行われた。
途中、セン学園長がフランの書いた『清黒蝶』を宣伝する爺バカっぷりを発揮し、リアンに言及しようとしたところでシエラが押し留める場面もあったが無事式は幕を下ろした。
「はぁ・・・」
ポニーテールを揺らしながら重いため息を吐き、学園のエントランスを歩くリアン。ふと、大きなガラス窓に目を向けるとスカートを履いた自分が映る。何が問題かといえば自分でも似合ってると思ってしまったことか。
(ミナト、似合ってる)
(ありがと。でも今だけはミナトって呼ばないで)
それに加え、リアンの気を重くさせる要因がもう一つあった。
「ねぇねぇ!『清黒蝶』がこの学園にいるって本当なの!?」
「学園長の話からすると間違いなさそうだよ。しかも先生の中には正体を知っている人もいるみたい」
「きっと優雅でお淑やかでそれでいて勇ましいお姉様に違いないわ!」
女子たちのよく通る声がリアンの耳にも届く。
(お姉様って・・・同い年だよ・・・)
穏やかではあるが優雅でもお淑やかでもないし、勇ましさはあるかもしれないが彼女はきっと英雄のような勇ましさを想像しているのだろう。リアンは生前、アクション映画が大好きだったせいで気が高ぶるとどうにも言葉遣いが下品になる。
彼女達の理想を理想のままで終わらせるためにも正体は隠したほうがよさそうだ。なにより清黒蝶なんて呼ばれ方、想像しただけで背中が痒くなる。
そう思い静かに立ち去ろうとすると
「清黒蝶さまーっ!」
ガラスに映るリアンの背後に、輝くような笑顔で手を振りながらこちらに駆け寄る少女がひとり。振り返らなくても周囲のざわめきが聞こえてくる。
「清黒蝶様、今日はもうお帰りですか?よかったら、その、ご一緒に・・・」
「・・・」
「清黒蝶様?」
「・・・ヒトチガイジャナイデスカ?」
「こんなに美しい黒髪を見間違えるはずありません!昨日、鋼の天馬にて助けて頂いたお礼も兼ねてこのあ・・・」
「こっちきて!!」
少女の手を取り、リアンは走り出す。
「ねぇ、いま清黒蝶って・・・」
「顔は見えませんでしたが、あの黒髪・・・お、追いかけましょう!!」
呆然としていた周囲も我に返るとふたりの後を追いかけだした。大講堂のある校舎を抜けて外に出たが、噂を聞きつけた生徒たちが続々と集まってくる。
(これじゃ昨日と同じだよ!いや、もっとひどいか)
(ミナト。前方右に反応多数)
(クッ!!挟まれたッ)
このままでは追いつかれてもみくちゃにされてしまう。そう考えていると建物の隙間から誰かが声をかけてきた。
「おいッ!こっちだ!」
薄暗がりでわからないがほかに選択肢もなかったため、少女の手を引いてリアンは飛び込んだ。
『こっちに来ませんでしたか!?』
『おかしいですわね。確かにこちらに・・・あっちを探しましょう』
足音が遠ざかっていく。
ここにきてようやく一息つけたリアンはあらためて助けてくれた人物を見る。
「ありがとうございました・・・って、ソル?」
「ッ!?覚えてたのか?」
「当たり前だよ。友達なんだもん」
「あ、あぁ。だよな・・・うん」
リアンの言葉に嬉しそうでもあり残念そうでもあるリアクションのソル。すると、リアンに手を引かれていた少女が驚きの表情をする。
「ソル様って・・・も、もしかしてマイヤー家の・・・」
「知ってるの?」
「もちろんです!マイヤー家といえば、キュレアの東区を任された王宮伯のひとりです」
王宮伯ならリアンも聞いたことがあった。なんでも王都キュレアの東西南北を管理する4人の大貴族たちのことだと。
「でも、ソルはそこそこの貴族だって・・・」
「あー。まぁ王宮伯の中じゃ一番歴史も浅いしな。周りからも(王宮伯の中じゃ)そこそこってよく言われてるよ」
「そうだったんだ」
「なにやら親しげにはなされていますが・・・もしや!?清黒蝶様は王宮伯のご子息ともお知り合いなんですか!?」
「清黒蝶?それって最近流行ってる詩だよな。なんでお前がその名前で・・・もしかして」
「あのねソル。これは・・・」
「そう!何を隠そうこの方こそがその『清黒蝶』本人なのです!!」
じゃーんっといった感じで少女が胸を張って応える。リアンは頭を抱えソルは呆然としている。
「・・・マジ?」
リアンは静かに頷く。するとソルは興奮したように立ち上がった。
「すっげーじゃん!周りのやつも大魔法使いの子孫だとか光の使者だとか騒いでたぜ」
(決めた。絶対隠そう)
「それにしても清黒蝶様は突然駆け出してしまって、なにかあったのですか?」
「うん、それなんだけどね。ソルと、えーっと・・・」
「あっ、自己紹介が遅れました。私リザと申します」
「リザ。ふたりにはお願いがあるんだ」
「うん?」
「はい。なんでしょう?」
「せ・・・清黒蝶がボクだってこと秘密にして欲しいんだ」
「「えっ?」」
見事にハモった。
「なんでですか?せっかく名前が売れてるのに」
「いや、みんなの理想にはボクは重いというか・・・恥ずかしいというか・・・」
「・・・わかった」
「マイヤー様!?」
「名の重みはオレにも少しはわかるさ。いつかお前が受け入れる時まで秘密にすると約束しよう」
(名の重みっていうか・・・十字架?)
「・・・わかりました。清黒蝶様には清黒蝶様の考えがあるのですね。あの場にいたふたりにも秘密にするよう伝えます」
少し勘違いしているが、リザも納得してくれたようなのでそのまま通すことにする。
「ありがとう。それとボクの名前はリアン。気軽に呼び捨てでもいいよ」
「そ、そんな!貴女様を呼び捨てだなんて・・・」
どうやら、打ち解けるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
(そうえばソルからも名前呼ばれてない・・・)
「でもよ、お前・・・」
「リアン」
「おま・・・」
「リアン」
「リ・・・リア、ン」
「ん、なに?」
少年の純情など微塵も思わないリアンに、ソルが顔を赤らめつつも疑問を投げかける。
「そのさ、顔は見られてないが後ろ姿とか見られてんだろ?その黒髪も目立つしバレるんじゃないか?」
「うーん・・・、そうだねぇ。まぁそのへんは変装でごまかすよ」
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫!」
そう笑顔で応え、寮への荷物運びなどもあるため、後日また会う約束をしてその日は解散した。
翌日。
新しい生活環境、新しい学園生活、新しい友人。新しいものがギュッと詰まった新一年生のクラスで各々が自己紹介をする。
その中のひとり、メガネをかけ黒髪を三つ編みおさげにした地味目な女の子。メガネという高価なものや背筋を伸ばした佇まいから育ちの良さを感じるが、今クラスメイトがこそこそと話している噂の清黒蝶のような派手さはない。
「みなさん初めまして。リアンと申します。これからよろしくお願いしますね」
こうしてリアンの学園生活が幕を開けたのだった。