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第十話 The Day After Day

 雪が溶けて春が訪れるとキュレア学園の入学試験が行われる。

 貴族や裕福な家では家庭教師が修学証明書を発行し入学を認められるが、そうでなければ試験を受ける必要がある。この試験に無事合格した者は、晴れて秋から新入生というわけだ。


 今日は式の案内説明や制服の受け渡しで入学式は翌日なのだが、新入生の顔はすでに緊張した様子の者も多くいる。


 そんな王立キュレア学園から少し離れたところには、シエラと金色の癖っ毛に麦帽子を被せたフランが並んで立っていた。


「あとで会えるからフランちゃんまで迎えに出ることなかったのに」

「いえ。一年ぶりの再開ですから、一刻も早く会いたくなってしまって」

「でも、リアンちゃんにメンバーバッジ貰ったんでしょ?」

「はい。おかげでステラちゃんとは毎晩お話できるのですが、リアンさんはお忙しいようでなかなか・・・」

「そうなんだ。それにしてもリアンちゃん遅いわね・・・。そろそろ待ち合わせ時間のはずなんだけど」


 周囲を見回しても、駆け足で通り過ぎる新入生がちらほらと見えるだけだ。もうすぐ待ち合わせの八時の鐘が鳴ってしまう。


「リアンさんになにかあった・・・と言っても自力で解決しそうですが」

「そうよねぇ」


 頷いたところでフランに通信が入った。


『こちらリアン。フランちゃん、いま大丈夫?』

「あっ、はい。大丈夫ですけど・・・」

「リアンちゃん?シエラよ。何かあったの?」

『シエラさん?ちょうど良かった。いまからそちらに着陸するので場所空けといてくださいね』

「そう、着陸ね・・・着陸ッ!?」



 シエラが何か言う前に通信が切れ、遠くから空気を切り裂く音が聞こえてきた。



「・・・まずい。フランちゃん道を空けるわよ!」

「は、はいっ」


 急いで馬車が入れるくらいの空間をつくると、風を切り裂きながらコンパクトモービルが空いたスペースに突っ込んできて旋回しながら着陸した。リアンもマップで確認していたのか、幸い通りかかった人はいなかった。

 コンパクトモービルが完全に動きを止めると、フルフェイスに黒のライダースーツを着た人物が降りてきた。よくよく見ると、後ろには少女が乗っている。

 フルフェイスを外して顔を出した人物―――リアンが、長い黒髪を輝かせながら晴れやかに二人に笑顔を向ける。


「シエラさん、お久しぶりです。フランちゃんも久しぶり」

「は、はい・・・。お久しぶりです」

「うん、久しぶり・・・じゃないわよっ!なんだってコンパクトモービルで突っ込んでくるの!?」

「あはは・・・、すみません。ちょっと事情が・・・」

「あの、リアンさん。それよりもあちらで伸びている方はよろしいのですか?」

「えっ・・・あぁっ!?」


 リアンは急いで後部座席に座って目を回している少女を介抱する。

 このあと、少女を運んだり緊急出動した王国騎竜隊にシエラが説明しに走ったりしたが、無事説明案内は済ませることができた。





「それじゃ、新入生が乗った馬車の車輪が外れて立ち往生したところに・・・」

「リアンさんが通りかかってここまで運んできたんですか?」

「はい。先にほかの人を護衛しながら近くの街まで送ってたら遅くなっちゃって」


 要件を終えたリアンは、シエラとフランの三人で王都の喫茶店でお茶をしている。


「もうっ。それならそうと始めに言ってくれればいいのに」

「そうですよ。それにリアンさんの後ろに乗れるなんて羨ましすぎます!私だってまだなのに」

「そこなんだ・・・」

「アハハ・・・。すみません。フランちゃんも後で乗せてあげるよ」

「本当ですか!?絶対ですよっ」


「あ、あのぅ・・・」


 和やかに会話していると突然、リアンと同い年くらいの少女三人組に話しかけられた。視線を追うとリアンに用があるようだ。


「?ボクに何か・・・って君は」


 よく見ると、中心に立つ少女は今朝リアンに運ばれて目を回していた娘だった。


「す、すみません。私、お礼もちゃんと言えてなくて・・・。本当にありがとうございました」

「ううん、こっちこそごめんね。びっくりさせちゃったよね」

「いえっ、それは全然構わないんです。それで、ちょっと聞きたいことがあって」

「ん?ボクが答えられるならなんでも聞いて」

「あの、その・・・あなたがあの『清黒蝶』・・・なのですか?」

「せいこ・・・えっ?」

「純黒の衣を身にまとい、鋼の天馬に跨り颯爽と現れる。あの詩の通りです」


 なにやら後ろの少女たちも興奮した面持ちだが、リアンは意味が分からず言葉に詰まった。すると何故か、カップを置いたフランが応えだした。


「もしかして御三方は私の作った詩を聴かれたのですか?」

「私の・・・って、まさかあなたがあの詩を!?」

「えぇ。そしてこの方こそ、清黒蝶で間違いありません」


 混乱するリアンを置き去りに、黄色い声をあげて盛り上がるかしまし娘たち。


「あ、あのっ!握手、してください」

「えっ、あっはい」

「私にはサインください!」

「ウン?うん・・・」

「そ、それから物語にあった清黒の仮面を被った姿を、一度でいいので拝見させていただけないでしょうか!」

「えっ・・・」

「駄目・・・ですか?」


 潤んだ瞳で言われても清黒の仮面なんてリアンは知らない。するとフランが耳打ちしてきた。


「リアンさんが助けにきた時につけてた仮面です」

(あっ、バイザーか)


 考えが追いつかないが、流されるまま求められるままに逆三角形のバイザーを装着すると歓声があがった。さすがにそこまで騒ぐと、街行く人々も何事かと眺めてくる。


「おい、あの仮面って」

「うそっ!本物!?」

「そういや今朝、鋼の天馬を見たってやついたぞ」


 ざわつき出す民衆に慌ててシエラが立ち上がった。


「二人とも、出るわよ」

「もうですか?」

「は、はい!フランも早く」


 集まった民衆から逃げるように店を出て学園の敷地内に逃げ込み、追ってがいないか確認するが誰もいない。うまくまけたようだ。


「ふぅ・・・。で、なんでこんな事になってるの?」

「こんなことですか?」

「その、・・・なんたら蝶っていうの!フランのせいなの!?」

「はいっ」


 フランは然も当然とばかりに元気に頷いた。


「リアンさんのあの素晴らしいご活躍を世に広める為に私にできることはないかと思いまして、稚拙ながら詩を作ったのです。その名も『清黒蝶』!」

「シエラさん?」

「あぁうん。リアンちゃんはこういうの喜ぶのかなって思ったんだけど、あの時は私も事後処理に追われてたからねぇ。まぁ減るものでもないし」

「さらにおじぃ様とお父様の全面協力のもと、遂に本にまとめる事もできました!清らかな黒を纏いて夜の闇を舞う蝶・・・。リアンさんにぴったりです」

「やめてっ!恥ずかしいから!ボク(ミナト)の過去がボクを責めるの!!」


 最後までロディアに屈しなかったリアンが、中学生の頃の黒歴史を思い出して膝を折って真っ赤になった顔を地面に押し付けている。


「リアンちゃんの恥ずかしいの基準がわかりにくいわ。まぁ、街中ではあの仮面・・・バイザーだっけ?あれをつけなければバレないわよ・・・たぶん」

「ち、ちなみに学園では?」

「大ヒットです♪」

「短い間ですがお世話になりました」

「ちょっと、どこ行くの!?」


 即効で立ち去ろうとするリアンの腕を慌ててシエラが掴む。


「大丈夫よっ。仮面を被った人物としか書かれてないから!」

「嫌ですっ!さっきみたいなことにまたなったらッ」

「リアンさん・・・。もしかして、私はご迷惑だったんでしょうか?」

「うっ・・・」

「・・・リアンさん。私・・・」


 中二病という概念がないこの世界ではよりかっこよさが求められ、書かれる方も読む方もそれを望む。本来であれば物語の主人公になるのは多くの騎士が夢見る話だ。フランもそう思っていた。

 だがリアンは違う。ミナトの頃に世界大会などで大勢の注目を集めたりなんてこともあったが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。

 とは言え、それを目を潤ませてうつむくフランにどう伝えれば良いのか。


「あー・・・まぁうん。フランの気持ちは嬉しいよ、うん。でも・・・」

「そうですよねっ!!良かった。このフランソワーズ・ディヌオ!これからもリアンさんの生涯を書き記していきますのでご安心ください!!」

「えぇ・・・・・・・・・」



 後に『清黒蝶(フランソワーズ・ディヌオ著)』シリーズとして次々と世に送り出されるが、本人の強い意向により本名は伏せられたままになっている。




「疲れた・・・」

「ミナトくたくた?」


 結局フランを説得することはできず、宿屋のベッドに横になりため息をつくとヨーコが声をかけてきた。


「うん・・・精神的に・・・。別に能力は隠すつもりはなかったんだけど、おいそれと街中でコンパクトモービルは乗れないかなぁ」

「ミナトすごい。ワイヤーもないのに宙に浮いてる」

「・・・なんで読んでるのッ!?」


 いつの間にかヨーコはフランから手渡された初版『清黒蝶』をじっくりと読んでいた。この本をどんな顔をして受け取ったのかリアン自身覚えていないが、フランが銃器についての理解が足りない分、本の中の彼女は神々しく描かれており3ページ読んだだけで勢いよく閉じてしまった。


「『彼女は鋼の天馬に跨り舞い降りると、眩い光のしもべを操り悪賊どもを瞬く間に地獄へと送り返した。その後ろ姿に流れる美しい黒髪はまるで・・・』」

「それ以上言ったら絶交だよ」

「・・・」


 ヨーコは声に出すのをやめたが、本は読み続けている。

 リアンは何ともいたたまれない気持ちで枕に顔を埋める。せめてもの救いは、フランは彼女を神々しく描きすぎてもはや誰だかわからなくなっていることだろう。なぜか口調も尊大になってるし。

 なにせ本来のリアンはタレ目の穏やかな顔立ちでオーラなど皆無なのだから。黒髪は隠せないが昼間みたいに目の前でバイザーをかぶったりしなければ気づかれることもあるまい。たぶん。


(送った人たちがやけに熱視線向けてたのはそういうことだったんだ・・・。はぁ・・・、もう寝よ)


 入学式の前日からドタバタ騒ぎになってしまって疲れたリアンは静かに目を閉じた。



 この世界に等しく訪れる夜を過ごす者たちの思いは様々だ。


 初めての姉がいない夜の寂しさに震えたり、執筆に夢中になっていたり、初恋の相手を思ったりして眠れない少年少女たち。



 そして憧れの『清黒蝶』に会えた興奮さめやらぬ少女達もまた、眠れぬ夜を過ごすのであった。
















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