番外編 ステラ
今回はステラに焦点を当てた番外編となります。
時系列的には八話(学園見学)と九話(味噌パーティ)の間です。
寒さ厳しい冬の山で白い息を吐きながら走る三人組。
そのうち一番小さい少女は息も絶え絶えだが、前を走る二人は涼しい顔で走り続けている。しかもその二人は重装備を担いで走っているのだから体力は底なしなのだろうかと思ってしまう。
「はぁ・・・はぁ、はぁ・・・」
それでも、なんとかふたりと同じ距離を走りきった少女に手ぬぐいが差し出された。
「お疲れ様ステラ」
「あり、がと、リアン。はぁ・・・すぅー」
息を整えつつ憧れの人からの気遣いに顔をほころばせながら受け取ると、顔に押し当て思いっきり吸い込んだ。
「汗、拭かないの?」
「・・・えへっ」
リアンの疑問を笑顔で誤魔化して(?)手ぬぐいを返す。
「それにしても、ステラも随分体力ついてきたね」
「そうかな?先生にもリアンにも全然追いつけないのに」
「それでも最初の頃なんて途中で倒れちゃったのに、今じゃ最後まで走りきれるんだから」
「うぅ・・・」
リアンの願いで特訓に参加した当初は途中でバテて倒れてしまう事が多く、その度にリアンはステラをおぶって走り続けた。セレーナ曰く、それが責任だと言いリアンも納得していたが、その度にステラは申し訳なさと悔しい想いをしていた。
そんな少女も装備なしとは言え、二人について来れたのだから確実に成長しているのだろう。
「さぁ。いつまでも休んでいないでトレーニングを続けるぞ」
セレーナが手を叩いてふたりを立ち上がらせる。
このあとはセレーナ指導のもと、筋力トーレニングや近接戦闘訓練などを行う。それが終わると今度はリアンが教導をつとめる射撃訓練に移るが、ステラはいまだ小銃を触らせてもらえず観察学習に専念している。
山の斜面におよそ20m毎に置かれた的をリアンとセレーナは小銃で打ち抜いていく。予備の含め弾を撃ち尽くすとリアンの右手が微かに光り、いつの間にか弾倉が握られている。
その射程、威力、構造、どれをとっても従来のモノとは似ても似つかないソレを、ある日突然習得したリアン。にもかかわらず扱いは手馴れており、ずっと昔から使っていたかのように自在に操っている。
(リアン、カッコイイなぁ・・・)
素直にそう思うステラ。
王都で起きた騒動の顛末は、無事に帰ってきたフランが話してくれた。それまでの常識を超える戦いをまるで英雄譚を語るように話すフランであったが、ひとつだけ気になる事があったという。
現場の整理をしている最中、リアンは打ち倒した賊たちに手を合わせ、祈るように目を閉じていた。
『もう死んでるから。化けてでられても困るしね』
フランが何故、賊に祈っているのかと問うとそう答えたそうだ。
彼女の浮世離れした独特の感性はステラをもっても理解できないことが多いが、フランは驚きと共に話してくれた。
しかし、この話を村に帰ったステラから聞いたセレーナの顔は険しかった。
「まさかそれほどまでとは・・・。あいつの感覚は独特を通り越して危険だ。倒した賊にまでいちいち祈りを捧げていたら、あいつの心が壊れてしまうぞ」
ステラはショックを受けた。
確かに、救出から帰ってきたリアンは英雄の凱旋とは思えない淋しげで悲しそうな顔をしていた。今回の事件で囚われた子供たちは全員無事に保護されて故郷に送られ、シエラからとても感謝されていたのをステラも見ていた。にも関わらずリアンの顔は晴れなかった。
この時になってステラは、リアンが事件以前に囚われ、兵士として洗脳教育された者たちを思って喜べないでいることに気がついた。生存していても、もはやまともな生活は望めないほど思考能力が低下した者もいたという。しかし、それは彼女が責任を感じる必要などなく、寧ろ終止符をうったのだから胸を張ってよいのだ。
だが、リアンにはそれができなかった。
「ステラ。これから先、なるべくあいつを一人にしないでやってくれ」
その言葉にステラは首を傾げた。
リアンはみんなから頼りにされ、いつも誰かに声をかけられる。彼女から離れるつもりはないが、何故いま自分なのかと疑問に感じた。
「確かにあいつの周りには人が集まる。だがな、力を持つ者は集団の中にいても孤独に感じることがあるんだ。それは周りの人物が理解者というわけではないからだ。
ステラはあいつを特別だと思わず、ひとりのリアンとして接してくれ。あいつはああ見えて強がりなところがあるからな」
「うーん・・・、リアンはリアンだよ?」
「フッ・・・。そうだな。私もそばにいてやりたいがこの孤児院もあるし、あいつは一箇所に留まるような奴じゃない。もしもの時、あいつの心を支えてやれるのはお前やこれから先に出会う者たちに託そう」
少し寂しげにリアンの行く末を案じるセレーナの顔は、まるで・・・
「先生も誰かに支えてもらったの?」
「私か?私は酒があれば心が潤ったから、特に必要なかったぞ」
「あー・・・。先生ずぼらだもんね」
「ほぅ。言うじゃないか。そんなしっかり者なステラ嬢には大部屋の掃除をしてもらうことにしよう」
「ウソウソッ!!先生はとっても優くて繊細です!ハイッ」
土下座に近い形で頭を下げたステラが恐る恐る様子を伺うとセレーナは笑っており、からかわれただけだと気がつきホッと胸を撫で下ろした。
(さっきの先生、なんだかお母さんみたいだったなんて言ったら、今度こそ怒られちゃうかな?)
「ステラ?」
「ッ!!な、なに?」
思い出に入り込んでいたら、いつの間にか射撃訓練を終えたリアンが正面から声をかけてきて思わず声が裏返る。
「ちゃんと見てた?観察学習も大事なんだからね」
「う、うん。大丈夫大丈夫!しっかり観察してたから」
「本当かなぁ?」
疑いの眼差しを向けるリアンであったが、ひとまず納得したようだ。最後にミーティングとリアンの持つ銃についての知識を教わり、山を下りる。
「前々から思っていたのだが、お前はどうやってソレの使い方を理解したんだ?」
「えっ?」
孤児院に戻る途中でふと、セレーナがそう口にする。ステラもその疑問は常々感じていた為、顔を向ける。
「最初はお前に宿った特殊能力だからと思ったが、段々とそうとも思えなくなってな。まるでお前が生み出したというより、既存のモノを取り出して使っているような感じに思えたんだ」
そこまでは考えていなかったが、確かにそう言われればそうだ。リアンは少し考えるように俯く。
「無理にとは言わないが・・・」
「あぁ、いえ。そうではないんですが・・・、なんて説明したらいいか」
「自分でもよくわからないのか?」
「うーん、なんといいますか・・・。簡単に言うと、死んで覚えました」
「・・・」
「・・・」
「プッ、ハハハ!お前もこういう時、冗談を言うようになったな。確かにそれなら嫌でも体に身に付くだろうさ」
「えっ?あっ、そうですね。アハハ」
珍しく冗談を言った(と思った)事にセレーナは笑い出し、リアンも笑っている。そんな二人の顔を少し離れたところから眺めているステラ。
(やっぱり、先生お母さんみたいな顔してる)
物心付く前に両親とは死別し、孤児院が家族となったステラには母との思い出などなかった。だが、記憶にないはずの母の面影をセレーナに感じる。
(先生がお母さんなら、リアンは・・・お姉ちゃん?)
「おい。なにをまたぼーっとしてるんだ。置いていくぞ」
「ステラ。早くおいで」
「あっ、はーい!」
(お姉ちゃん・・・リアンお姉ちゃん・・・リアン姉ぇ・・・、うん。今度呼んでみよう。先生もいつか、きっと・・・)
なんとなく楽しくなってきたステラは、心を弾ませながら冬の寒さ厳しい山を駆け下りる。きっと、たくさんの家族が待っているから。