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第九話 異界物語

「リアン姉ぇっー!リアン姉ぇってばー!」


「ステラ、何を騒いでいるんだ?」


「あっ、先生。リアン姉ぇ見なかった?」


 学園見学に始まった騒動から一年以上が過ぎ、春の木漏れ日も夏の暑さに変わろうかというある日の昼。孤児院ではクリッとした目はそのままに、髪を肩まで垂らし頭にリボンをつけたステラがいた。


「いや、見てないな。なにかあったのか?」

「これッ!!」


 ステラが持っていた封筒をセレーナに見せる。


「この印は学園のものか。ということはこれは・・・」

「そっ。リアン姉ぇの合格通知!!」

「なんだ、勝手に開けて見てしまったのか?」

「見てないけどリアン姉ぇが不合格なわけないよー」

「まぁ、そうだな」


 本来であったら試験免除で入学することもできたのだが、リアン自身が断固としてこれを拒否。

 とはいえ、事件解決の立役者にこのまま何もないのだと色々まずいと説得され、少し考えてスッカラカンのMPを思い出してそれならばと魔石を所望した。別に属性を持たない灰結晶で良かったのだが、属性が付加された色とりどりの魔石が大量に送られてきた時は驚いたものだ。

 ちなみに、属性付加魔石のMP上昇率は無属性のと大差はなかったがヨーコ曰く、「じゅーすぃー」だの「ふるーてぃー」だの言っていたのでリアンの魔石に対する考えが改まったとかなんとか。


「おや、ステラちゃんこんにちわ。どうしたんだい?」


 リアンを探しに外に出ると、洗濯籠を担いだ近所のおばさんに声をかけられた。


「こんにちわ、マーガレットおばさん。リアン姉ぇを探してるんだけど知らない?」

「リアンちゃんなら例の小屋の方へ向かってったよ」

「また?」

「えぇ。また『酵母』を作ってるのかねぇ。なんにしてもすごい子だよリアンちゃんは」


 魔石以外にもディヌオ家から押し付けられた謝礼金は王都で売られる様々な食材やガラス瓶に使われ、余った分は全て孤児院に送った。

 リアンは村に帰るなり小さな小屋を建てて何かを作り始めると後日、酵母の入った瓶を抱えて出てきた。この世界ではパン生地を寝かせると膨らむことはすでに知られていたが、酵母菌の発見はされていなかった。

 信頼できる商人に話しかけ試しに売り出してみると、パンが非常にふっくらすると大好評。売上の一部が還元され村が潤い、それを象徴するように街とを隔てる橋は石造りのしっかりしたものになっている。村人はたいそう喜んだがリアンはたいした興味を示さず、また小屋に引きこもった。曰く、「ついでだから」とか。


「でもリアン姉ぇ、麦とか丸い豆とかも買ってたはずなのに何に使ってるんだろう」

「さぁ?でも、またすごいモノ作ってるんだよきっと・・・っと、噂をすれば」


 ふたりの視線の先には第二次性徴をむかえ、髪も身長も伸びて体が女性へと近づいたリアンが山から歩いてきた。その顔は今までにないくらいニコニコしている。


「リアン姉ぇ!!」

「あれ、ステラどうしたの?マーガレットおばさんもこんにちわ」

「こんにちわ、リアンちゃん」

「これっ、これっ!」


 ステラはぴょんぴょん跳ねながらリアンに封書を差し出す。受け取ったリアンは一瞬首をかしげるが、印を見て納得する。


「あぁ。学園からか」


 そう言うと、勿体振りも何もなく封を解くと中身を確認する。


「うん。合格だって」

「リアン姉ぇ・・・、もっと他にないの?」

「えっ?すごく喜んでるよ、ボク」


 どうやら見た目は変わったが中身は相変わらずのようだ。


「リアンちゃんらしい反応だね。まぁ、ウチの村から王都の学園出身がでるなんてめでたいこった。今夜は宴だよっ!」

「あっ!それでしたらちょうどいいです!」


 合格通知を見た時よりも目を輝かせてリアンが身を乗り出した。普段の彼女が見せたこともない浮かれっぷりにステラも興味を引かれる。


「ちょうどいいって・・・何が?」

「ボクが作りたかったものが、遂に完成したんだよ」

「やっぱり何かすごいもの作ってたんだね。で、何作ったんだい?」


 リアンは顔がにやけるのが止まらないとばかりに、最近膨らみつつある胸を張った。



「それはですね・・・『味噌』です!!」





 

 村の中心には祝い事などの宴に使われる大鍋が火にかけられ、村で取れる様々な野菜や山菜が煮込まれている。


「たまたま居合わせた私もご一緒させていただいて良いのでしょうか?」

「なに、ゼグ殿にも随分とお世話になりましたからな」

「とんでもない。私なんてリアンさんのアイディアに驚かされてばかりで。今、私がここまで大きくなれたのも彼女がいたからです」


 少し離れたところに村長と、この村を行き来する商人が和やかに談話している。リアン提案の酵母を売り出してから少々丸くなった顔で頷く商人は、興味深々といった具合で鍋を見つめる。


「あの鍋の中身も、野菜を煮込んだだけではなさそうですね」

「うむ。なんでも『コンブ』とかいう海で取れる草や小魚の干物を使って旨みをとっているらしいのですじゃ」

「コンブ・・・。ルセの方で聞いたことありますね。今度仕入れてみるかな・・・」


 こんな時でも商売魂逞しいゼグがそんなことを考えていると、蓋がしてある木桶を担いだリアンと手伝いのステラがやってきた。



「リアンねぇちゃん、合格おめでとー」


「お前さんは、ほんっとーにたいした奴だねぇ」


「やっぱりウチの孫と見合いせんかの?なんならワシでも良いぞ」


「あんた」


「ヒィッ!」



 村人から様々な祝福を笑顔で受けながら大鍋の近くに木桶を置くと、いったん火を退かし蓋を取る。


「あれが・・・『ミソ』かの?」

「こういってはなんですがあまり美味しそうな見た目というか・・・色では・・・」


 他にも難色を示す者もいたが、リアンは構わず自作の味噌漉しと菜箸を使って鍋へと溶き入れ再度火にかける。

 その瞬間、全員が目を見開いて驚いた。


「おぉっ!こ、これは・・・」

「なんという・・・。まるで香りで味わっているような。あぁ、早く舌でも味わいたい」


 村中に広がる麦味噌の香りが、鼻腔を直撃し胃袋が食を求め腹を鳴らす。まだ調理の途中であるにも関わらず、既に器をもって大人子供問わずスタンバイしている。

 そして遂にその時がやってきた。


「もういいかな?みなさん、出来ましたので順番にどうぞ」


 出来上がったスープを我先にと求める村人たちに、ステラも手伝いながら順々に配っていった。


「ッ!?これは・・・。心が温まるとはこういうことを言うんじゃな」

「なぜでしょう・・・。味わったことないはずなのに、あの日故郷を出た時のことを思い出します・・・」


 村長とゼグがしみじみと呟く。

 散々騒いでいた村人達だったが、スープを口に含むと皆一様に黙った。何か思い出に浸っているようだったが、その顔はとても穏やかだ。


「ふむ。温かいな・・・」

「心までポカポカしてきた。リアン姉ぇってやっぱりすご・・・いッ!?」

「リアンがどうかし・・・」


 セレーナとステラの視線の先では空になった器を持ち、天を仰ぎ涙を流すリアンの姿があった。

 いつもにこやかに微笑み、どこか子供らしからぬ顔もすることもある彼女であったが、涙を流す姿など今まで見たことがなかった。これにはセレーナも驚かされる。


「長かった・・・」


 そう、ポツリと零す。

 代用品が入る隙間もないほど小麦が豊富なこの国では米が手に入りにくい。米農家に生まれた(ミナト)にとって、米が食べられないというのは耐え難かった。だから王都で大豆を見つけた時は、味噌汁だけでもっ!と意気込み衝動買いをしたのだ。

 元々地方や海外遠征も多かった彼は、自分の舌に合うものを自作できるくらいには炊事ができるし、米や味噌のことならより詳しい。

 しかし、米が希少なため麦麹を使った麦味噌を作ろうとしたのだが種麹もない現状。数々の試行錯誤を経て、それでも食へのこだわりを捨てずに頑張った。体は変わっても変わらぬ感覚を信じて丹精を込め、遂に第一弾を完成さたのだ。これが泣かずにはいられないとばかりに涙を流す。


「リ、リアン姉ぇ?」


 いつの間にか姉と呼ぶようになったステラが、恐る恐るリアンへ話しかけてきた。


「ん?なぁに、ステラ」

「え、えっと・・・ゼグさんが呼んでる、よ?」

「あ。うん、ちょっと行ってくるね」


 そう言って涙を拭いゼグのもとへと向かう。ステラは初めて見るリアンの涙に戸惑ったが、滅多に見れない素顔に申し訳なく思いつつちょっとだけ得した気持ちになった。


「フランには悪いけど、これは秘密だね」


 胸のメンバーバッジを握りしめ、同じくメンバーバッジを与えられた遠い友人に今日はどんな会話をしようかと思いながら再びスープを飲み始める。




「リアンさん!!」

「どうもゼグさん。味はいかがでしたか?」

「それはもう!あっさりしているのに深い味わいと、この素晴らしい香り!」

「それは良かったです」


 全身でおいしさを現すゼグににこやかに答える。

 だが、これはビジネスの話をしに来たのだとリアンもわかっている。むしろ彼女はこの時を待っていたのだ。


「それで宴会の途中で申し訳ないが、この『ミソ』の作り方教えていただけないでしょうか?こんなに素晴らしいものを前にしたらいてもたってもいられなくなっちゃって」

「光栄です。しかし・・・」

「もちろん、謝礼の方は今まで以上のものを。あの酵母だってパン屋に革命を起こしたんだ。君の発明にはそれだけ価値がある」


 熱く語るゼグに、リアンは実際は自分が見つけたものではないと心の中で詫びながらも、一つの提案を持ちかけた。


「いえ、分配は今のままでも十分です。それ以外に頼みたいものがあるんです」

「頼みたいもの?」

「はい。『米』を仕入れて貰えないでしょうか?」

「コメ・・・ですか?あの東方から運ばれる・・・。それをリアンさんにお届けすれば?」

「いえ。ゼグさんには米をこの国に広めて頂きたいのです」

「コメを!?それは、なんとも・・・」


 これにはゼグも悩んだ。一部の珍しい物好きが買うと言われるコメを、このライクリオン王国で流行らせと言ってきたのだ。


「もちろん策はあります。まず、この話を聞いてから考えてくださっても構いません」

「それは・・・。しかし、うまくいくのでしょうか?コメを欲しがる人なんてあまり・・・」

「それは米に対する認知が低いからです。米にはいろんな可能性があるのです。

 ゼグさん。商人であるなら流行りに敏感であることは大切です。ですが、流行を自ら作り出す・・・。新規市場を開拓できれば他にはない、あなたの商品にみんなが飛びつくでしょう。ゼグさんも最近体験したのではないですか?」


 ゴクリと唾を飲み込む。

 他の誰も作ったことのない『酵母』を売りだしたら、ここでしか買えないからと通常の何倍もの金を出してまで買おうとする客までいた。このまま行けば王都に本店を建てる事も・・・そう思わずにはいられない。



「先生。リアン姉ぇの顔怖い」

「うぅむ。何があいつをそこまで突き動かすのだろうな」






 ゼグとの商談もまとまり、少し離れて味噌汁と余った材料でこっそり用意した麦飯おにぎりを頬張るリアン。再び盛り上がった村人たちは主役がいなくなっていることに気がついていないようだ。

 そして、リアンのとなりではヨーコが味噌汁を味わっている。

 

「おいしい?」

「・・・」

「ヨーコ?」


 普段から無口な彼女ではあるが、無感情ではないことをリアンはよく知っている。返事をしないことを不思議に思い見てみるとヨーコは俯いていた。


「これ、ミナトの故郷の味?」

「まぁ、完璧にってわけじゃないけど自分でもよくできたと思うよ」

「・・・ごめんなさい」

「えっ?」


 突然の謝罪に訳も分からず声が出る。


「ミナト、こんなに故郷を求めている。なのに私は何もできない。私のせいなのに」

「ヨーコの知識とかとっても役に立ってるよ。それにヨーコは何も悪くないよ」


 電子世界の神というだけあってその知識量は(一部偏っているが)膨大でリアンも様々な場面で助けられている。

 この世界に飛ばされた事も全く気にしていないといえば嘘になるかもしれないが、そもそも悪いのはあの麻薬中毒者だ。それに今はみんなで笑って過ごせる日々が楽しいし、ヨーコも大切なみんなだ。


「・・・だけどっ」

「ヨーコ」


 なおも食い下がるヨーコの目を正面に見据えてリアンは微笑む。


「あの時さ、助けようとしてくれてありがとね」

「えっ?」

「ボクが撃たれた時、ヨーコは必死でボクを助けようとしてくれたんだよね?そりゃ色々つっこみたいこともあるけどさ、まずはお礼かなって」

「・・・でも」

「でももへちまもないの。ボクはこの世界でみんなと生きていくって決めたんだから、ヨーコはボクの大切なパートナーなんだからしっかり頼むよ」


 キョトンとした顔でヨーコが見つめる。


「パートナー?」

「そっ。ヨーコとボクは一緒に戦ってるんだから、これからもよろしくね」

「・・・うん。私、頑張る!ミナトをサポートする」

「そうそう」

「それと、ありがとう。あの時、私を助けようとしてくれて」

「・・・うん」


 最初の頃にはヒトを理解することができなかったヨーコが、悩みつつも成長していることを微笑ましく思いながら彼女の夜は更けていった。






「先生・・・、リアン姉ぇ一人で喋ってる・・・」


「思っていた以上に苦労が溜まってたんだな・・・。明日はゆっくり休ませてやろう」



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