第九十二話 泳がず
「先輩!また来ました!」
「まさか、また来ると言った翌日に来られるとはさすがの俺も思っていなかったよ」
「読みが甘いですね」
「お前の行動パターンなんぞ知るか」
「みっちゃん、別にいいじゃんか。見学に来たんだったら」
「そうだぞ。むしろ、来年の有望な新人が見学に来てくれているんだから、歓迎するべきじゃないのか?」
「有望も何も、こいつは泳ぐの遅いぞ」
「そうですよ」
「まあ、でも小、中と水泳部だったんだろ?えーと、保護者ちゃんだっけ?」
「古木と言います。保護者とは呼ばないでください」
「古木さん、得意種目とベストタイムは?」
「クロールで一分三十八秒です」
「……女の子だもんな。仕方がない」
「参考記録ながら、我らが女子エース高城さんは一分八秒だ」
「高城さんは別格だから。いや、別次元か」
「松ちゃん、その「高城さんは女子として扱うべきじゃない」みたいな態度はどうかと思う」
「まあ、私は女子の中でも遅い方だと思いますよ」
「それでも高校で水泳部に入るのか?」
「はい。でも、そんなに泳ぎませんよ?」
「どういうことだ?うちの顧問は厳しいから、たまに来て泳ぐなんてのは許されないぞ?」
「あー、先輩、私の水着姿がたくさん見たいんですか?」
「言ってないし思ってないし興味ないし」
「なら保護者ちゃん、どうするつもり?」
「それはですね」
「ふむ」
「マネージャーになるつもりなんですよ!」
「歓迎しよう、古木さん」
「おい。気が早いぞ、浜ちゃん」
「みっちゃん。どう考えてもマネージャーはいた方がいいだろ!?」
「受かってもないのに気が早いといっとるんだ」
「タイム計測に用具(ビート板とかプルパドルなど)出し、やることは山ほどあるからな!」
「これで落ちたら双方ともにショック大きいからやめとけ」
「先輩!心配してくれてるんですか!?」
「やかましい。さっさと帰って受験勉強に励め」
「ふーふーふー」
「なんだその、薄気味悪い笑い方は」
「別にー。いいじゃないですかー」
「にやけるな」
「そんなことないですよー」
「なあ、俺たちって邪魔な存在か?」
「二人の世界なのか?」
「いちゃつくなら二人きりの場所でしろよ……」
「あの二人、付き合ってるわけじゃないんだよな?みっちゃん、彼女いないって言ってたし」
「旦那と保護者ちゃんは昔からこんな風だったよ。くっつく気配は、旦那側からは感じられないが」
「古木さんの方は?」
「昔からあんな感じ」
「みっちゃんも、ままならん性格だなあ……」