第八十話 部長
「そんな……まさか……」
レース後の電子掲示板を見ても、結果は変わっていなかった。
「部長が予選敗退……?」
200バタフライ予選後。北高応援席は静寂に包まれていた。
当たり年の名に恥じず、今年の愛知県大会は一年生が決勝進出の半分を占めていた。全国から有力選手を集めてきている、豊玉高校を筆頭とした私立勢が残りの枠も奪い、結果として公立高校の選手は東海大会出場が絶望となっている。去年は行けた部長の種目、浜ちゃんがいるフリーリレーでさえ、決勝にすら進めなかったのだから残酷だ。部長にとっては最後なのに……!
「……部長、お疲れ様です……」
「なんだみんな、お通夜みたいだな」
「……残念でした……」
「記録的には妥当なところだろう。去年はレベルが低かった。今年はレベルが高い。それだけのことだよ」
「……だって、悔しいじゃないですか!先輩はあんなに練習してきたのに!県外から引っ張ってこられた愛知県以外の人間が東海大会に出場するなんて!」
「実力だから仕方がないだろう」
「仕方なくないですよ!県大会なら県の人間だけでやるべきなんです!外様が出るべきじゃない!傭兵軍団なんておかしいですよ!」
「三井、黙れ」
「でも……!」
「黙れと言っているだろう」
部長の低い声が響き、俺は黙り込む。
「他の部員も聞いてくれ。声に出さなくても三井のように思っている奴はいるだろう」
淡々と話す部長。
「確かに決勝進出した選手の多くは私立で、県外から来た選手も多い」
「そうです!だから……」
「旦那、落ち着け。部長が話してるんだ」
「しかし俺はそれが悪いとは思わない」
「……え……?」
「県外から来た選手はどれだけのプレッシャーがあると思う?泳ぐのが速い、その長所を伸ばすために名門高校に入る。しかし伸びなければ、一人でその悔しさに耐えなければならない。それを避けるためには、ただひたすらに泳ぐしかないんだ。そんな状況で、死に物狂いでやってきた結果を出し、上の大会に進むのは当然の権利だと俺は思う」
「でも、それが愛知県でなくても……」
「愚痴はこれで終わり。俺のことを思って、憤慨してくれたことには感謝する。ただ……それなら、一つ別なことを頼むよ」
「……なんですか?」
「メドレーリレーの決勝の応援、全力でやってくれ。俺はそれをしてもらえるのが一番うれしい。……応援団長をやってくれ、三井。できるな?」
「……わかりました」
翌日、メドレーリレー決勝。
「「「がんばれーーーーっ!!!!北高ーーーーーっ!!!!」」」
応援の効果は定かではない。部長の気配りに過ぎなかったのかもしれない。しかし北高水泳部員は全力で声を出した。明日声が出なくてもいい。俺たちの声でリレーメンバーが少しでも勇気付くのなら、できる限りのことをやろう。そう誓い合った部員たちの声は、プールに響き渡った。その結果―
「「「わあああ!!!!東海大会だああああ!!!!」
北高水泳部メドレーリレーは、東海大会に出場した。